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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第八話『ハイパーターボアクセルババア』
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ハイパーターボアクセルババア 六

 衛が見ている右側のサイドミラーには、右車線、やや後方の光景が写り込んでいる。

 その中央に───紫色の妖しい光が灯っていた。

 光は、煙のように不確かな形をしている。

 その曖昧な形が───徐々に、人の形を形成していく。

 形の下の辺りが、忙しく動いている。

 まるで、人間が全力疾走しているかのようである。

 それからも、形ははっきりとした形へと変わっていき───遂に、完全な人の姿へと変わった。


『ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』

 老婆であった。

 割烹着姿である。

 割烹着姿の老婆が、おぞましい笑い声を上げながら、夜のハイウェイを全力疾走していた。


「あれがアクセルババアか」

 衛が呟く。

 誰かに語り掛けた言葉ではない。

 自然と口から零れた言葉であった。

「・・・すげえ健脚だな」

「感心しとる場合か!早う距離を離さんか!」

 舞依が焦りながらツッコミを入れる。

 額には、じわりと汗が滲み出ていた。

 急がなければ、こちらに向けて光線を放ってくるやもしれない───そう考えていた。

「ええ、そうね───」

 シェリーもそれを危惧したらしい。

 舞依の意見に同意し、アクセルを踏む足から、徐々に力を抜いていく。

 アクセルババアの背後を取ろうとしているのである。

 しかしその策は、アクセルババアに一度接近しなければならないという危険性がある。


 車と老婆の位置が、徐々に近付いていく。

 左前方にあった車の位置が、老婆と並走するような位置へと変わっていく。

 この瞬間が一番危ない。

 完全に並んだ瞬間、アクセルババアが光線を放ってくるやもしれない。

 そう思い、衛はいつでもバリアを張ることが出来るよう、体内の抗体を練り始めた。


 車内が緊迫した空気に包まれる。

 チリチリとしたものが、車の中を焦げ付かせるように充満しているような気がする。

 一同の表情も、やや緊張したものとなっていた。

 ただ一名───西洋人形の妖怪を除いて。


「・・・・・」

 マリーは、窓ガラスにべったりと貼り付いていた。

 そして、アクセルババアをじっと見つめていた。

『グギャギャギィェゲベヘャアババガガギャガギャギャ!!』

 アクセルババアはおぞましい笑い声を上げながら、横に並びつつある黒いスポーツカーを見る。

 車内のマリーと、視線が絡み合っていた。


「・・・・・」

 その時、不意にマリーが、右手を掲げた。

 そして───

「・・・」

 無言で、その手を左右にひらひらと振り始めたのである。

「んな!?何やっとるんじゃお主は!?」

 横に座っている舞依が、慌てて制止しようとする。

 しかし、そんな舞依の様子とは真逆に、マリーは実にのほほんとした調子で答えた。

「え?あ、いや・・・手を振ったら何か反応するのかなーって思って」

「いらんことするな!あの老婆を刺激して、光線でも撃たれたらどうするんじゃ!」

「えー?でもあのおばあちゃん、パッと見あんなだけど、良く見たら悪い人に思えないわよ?何か反応してくれそうな気がするんだけど───」

「んな訳あるか!あの老婆は既に、三人の人間を病院送りにしとるんじゃぞ!そんな凶悪な輩と、コミュニケーションなんて取れる訳───って、あれ!?」

「ああっ!!」


 その時、舞依とマリーは思わず目を疑った。

 窓の外で全力疾走している老婆が、スポーツカーに向かって不敵な笑みを浮かべながら、右手の二本指を揃えて敬礼。

 そして、空を袈裟に切るかのようなキレのある動きで、その二本指を袈裟に振り下ろしたのである。


「ま、衛!あのおばあちゃん敬礼したわよ!!」

「ああ。ノリの良い婆さんだな」

「アホみたいなことを言っとる場合か!何なんじゃあの老婆は!?」

 車内の四人全員が、アクセルババアの反応に驚いていた。

 人々に迷惑を掛け続ける、正気とは無縁の狂った怪物───誰もがアクセルババアに対してそんな印象を抱いていたのである。


「予想外ね・・・。まさか、普通にコミュニケーションを取ることが出来るのかしら?」

「何なら、他にも試してみよっか?」

 訝しむような表情で、アクセルババアを一瞥するシェリー。

 それに対し、マリーが提案を持ち掛ける。

 そして再び、窓ガラスに張り付いた。


「すぅ~・・・」

 胸いっぱいに溜まるよう、大きく息を吸い込み始める。

 そして、肺が限界に達したと感じた瞬間―――

「こんばんはーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 マリーが、思い切り叫んだ。

 車内がビリビリと震えるほどの大音声。


「ってただの挨拶かい!!」

 隣に座っていた舞依が、即座にツッコむ。

 マリーの大声を隣で直接耳にしてしまい、堪らず顔をしかめていた。

「何よ!あのおばあちゃん敬礼してくれたのよ!?もしかしたら挨拶も返してくれるかもしれないじゃない!」

「んな訳あるか!第一窓は閉まっとるんじゃぞ!!その状態で叫んでも外に聞こえる訳が───」


 しかし次の瞬間───


『ゴんヴァんはァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』


「って、あれぇ!?」

 アクセルババアが、言葉を叫んだ。

 全ての窓を閉じて疾走しているスポーツカー───その中にいる人物にも聞こえる程の叫び声。

 全力疾走しつつ、舞依に向かって満面の笑みを見せ、挨拶を返したのである。


「ま、衛!あのおばあちゃん、挨拶返してくれたわよ!!」

「ああ。ハイテンションな婆さんだな」

「も・・・もうツッコむ気力も湧かん・・・!何なんじゃあの老婆は・・・!!」

 またしても驚くマリーと、既にアクセルババアの行動に適応し始めた衛。

 そして、自らの予想が尽く外れ、げんなりとした表情を見せる舞依。

 各々が違った反応を見せる中、シェリーだけは冷静に運転を続け、無事に アクセルババアの背後を取った。

 そして、その過程の中でも、アクセルババアの観察と考察を怠ってはいなかった。


「ねえ衛、ちょっと良いかしら───」

「・・・?どうしたシェリー」

 シェリーの言葉に、衛が返事をする。

 そうしながらも、衛は正面のアクセルババアから目を離さない。

 油断は禁物である───そう思い、アクセルババアを注意深く監視していた。

「ついさっきまで私達は、アクセルババアとはコミュニケーションを取ることが出来るなんて思ってなかった。だから、もし彼女が何らかの危険な行動を取ったら、すぐに退治しようと決めていた。・・・でも───」

「・・・ああ。これまでの反応を見た感じだと、あの婆さんには知性があるみたいだな」

「ええ。ひょっとしたら───」

「・・・『力づくで退治しなくても、説得で成仏させることが出来るかもしれない』って言いたいのか?」

 眉をひそめながら尋ねる衛。

 彼の低音の問い掛けに、シェリーは神妙な面持ちで頷いた。

「まぁ勿論、コミュニケーションを取ることが出来るとは言っても、彼女が説得に応じるとは限らないわ。・・・だけど、戦闘になれば高速道路にも被害が出ることになる。可能な限り、被害は最小限に抑えたいもの。試してみる価値はあるんじゃないかしら」

「んん・・・」

 口元に手を当て、考え始める衛。

 手の隙間から、唸り声が漏れ出ていた。


 殴り倒すのではなく、相手を説得して成仏させる───そのようなパターンは、衛にも経験がない訳ではなかった。

 かつて衛は、心霊現象が絡んだとある事件の依頼を受けた際、原因となった霊を説得し、成仏させたことがあるのである。

 もしもアクセルババアが、未練を抱いてこの世に留まっている妖怪であるのならば、彼女の未練さえ取り除いてやれば、無事成仏させることが出来るやもしれない───衛は、そう考えた。


「・・・まぁ、俺も年寄りに暴力なんて振るいたくはねえしな」

「・・・!それじゃあ───」

「ああ。試してみる価値はあると思うぜ。・・・ただし、あんたが今言った通り、あの婆さんが説得に応じるとは限らねえ。まずは予定通り背後から追跡して、あの婆さんの情報を集める。そして、あの婆さんに関する何かを掴めたら、試しに説得してみよう。・・・けど、もしあの婆さんが少しでも悪さをしたなら、力づくで退治する。それで良いか?」

「ええ、了解よ」

 衛の決断に、シェリーは瞳に決意を宿して頷く。

 その口元には、微笑が浮かんでいた。

 次の投稿日は未定です。


【追記】

 次は、金曜日の午前10時に投稿する予定です。

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