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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第八話『ハイパーターボアクセルババア』
103/310

ハイパーターボアクセルババア 五

5

 そして───深夜三時。

 夜のハイウェイは、春のそれとは思えぬほど冷たい空気に満ちていた。

 人の気配など、当然あるはずもない。

 それどころか、整備された道を走る車の姿も見当たらない。

 たった一台───闇に紛れるように疾走している黒い車を除いては。

 アメリカはフロンティア社のスポーツカー、『カウボーイ』である。

 最高速度は当然、通常の乗用車を遥かに凌駕しており、その速度に達するまで五秒とかからない。

 その上、ハンドルは非常に扱いやすく、抜群の安定性を誇っている。

 カーマニアの間では、フロンティア社の製品の中でも最高傑作であるという声も多く、まさしく『名車』と言っても良いポテンシャルを秘めたスポーツカーであった。


 その車の中には、四人の人影がある。

 左の運転席には、静かにハンドルを握るシェリーが。

 右の助手席には、腕組みし、両の瞼を閉じている衛が。

 後部座席───右には、窓に張り付き、次々に切り替わる外の景色を楽しむマリーが。

 そして左には、澄ました表情で外を眺める舞依が座っていた。


「そろそろ、アクセルババアが目撃されている区間に入るわよ」

 シェリーが三人に呼び掛ける。

 運転する姿勢は程よくリラックスしているが、表情は真剣そのものであった。

「穏やかなものじゃな・・・妖怪の類いが出没するような空気とは思えんほどに、空気が澄んでおる」

 舞依がぽつりと漏らした一言。

 その言葉に、シェリーはバックミラーを一瞥してから頷く。

「そうね。でも、そんな空気を打ち破るかのように、アクセルババアは現れる。この平穏は云わば、嵐の前の静けさってやつよ」


 その一言を最後に、再び車内が静まり返る。

 車外の静けさと同調するかのように。

 その光景はまるで、車内の四人がアクセルババアを呼び出そうとしているかのようであった。

 但しそれは、アクセルババアに現世で暴れさせる為ではない。

 アクセルババアを調伏し、偽りの平穏ではなく、真の平穏を高速道路に取り戻す為であった。


 しばらくして───

「・・・・・。ねぇ」

 マリーが口を開いた。

 この沈黙が耐え難かったのか、それとも純粋な疑問からなのか。

 それは本人にも分からなかったが、マリーは質問を投げ掛け、沈黙を破った。


「そのアクセルババアってさ───正体は一体何なのかな?」

「・・・正体?」

 シェリーが声を返し、バックミラーを見る。

 鏡の中のマリーが、不安げな顔で頷いていた。

「うん。どこかのおばあちゃんが亡くなって、その霊が化けて出たのか───それとも・・・ええっと・・・」

 そこでマリーが、眉を寄せて考え込み始める。

 言いたい考えがあるのに、それを上手く説明する言葉が見つからない───そんな様子であった。


 そんなマリーの後を引き継ぐように、舞依が口を開く。

「都市伝説が人間達の間で語られている内に、いつの間にか命を持ったのか───と言いたいのか?」

「あ!そう、それそれ」

 代わりに説明してくれた舞依の言葉。

 それに対して、マリーはすっきりとした表情で肯定した。


 この世に妖怪や悪霊といった化け物が現れるのは、人や物に超上的な力が宿る為だけではない。

 都市伝説や噂───そういった体や形を持たないものも、人々の口や耳を行き来することによって、命や魂が宿り、形を持った存在へと化けることがある。

 マリーは、そのことについて言いたかったのである。


「んん・・・そうね・・・」

 シェリーが僅かに考え込む仕草をする。

 しばらく眉を寄せ───その後、マリーの問いに答えた。

「・・・・・。・・・可能性が高いのは、どちらかと言えば後者の方かしら。凄い速さで走る老婆についての都市伝説は、かなりポピュラーな部類の怪談だもの。その噂話に、いつしか魂が宿り、実体化した───有り得ない話ではないわ」

「ふ~ん・・・」

「でも───前者の可能性も無いとは言い切れないわね」

 もう一つの可能性についても語るシェリー。

 何かを憂えるような様子が、その表情からは伺えた。

「年老いた女性が、何らかの形で命を落とし───それでも未練があって、霊となってこの世に留まった。そしてその霊が、悪霊となって人々に危害を加える───この業界じゃ、よく耳にする事例よ」

「「・・・・・」」

 シェリーの言葉に、マリーと舞依は真剣に耳を傾けていた。

 そして、うんうんと唸りながら、アクセルババアの正体について考えていた。

 もし本当に、アクセルババアが人間だったのであれば───どんな未練を抱いて現世に留まることとなったのか、想像を巡らせていた。


 マリーと舞依が、そうやって思考している一方───衛は、沈黙を守り続けていた。

 瞳を閉じ、腕組みをしたまま、助手席に座っている。

 眠っているのであろうか───衛のその姿をちらりと見て、シェリーはそう思った。

 しかし、彼の口と鼻からは、寝息は漏れていない。

 どうやら、眠っている訳ではないらしい───そう思った。


「衛、あなたはどっちだと思う?」

 シェリーが衛に話を振る。

 衛は───

「・・・・・」

 何も答えない。

 精神統一をしているのであろうか。

 もしそうなら、話を振るのは迷惑に違いない。

 シェリーはそう考え、肩を竦めた───その時であった。


「―――!」

 突如、衛の目が見開かれた。

 瞳には、燃えたぎるような闘気が宿っている。

 そして次の瞬間───

「・・・!」

「え!?」

「これは・・・!」

 シェリー、マリー、舞依の全身に、異様な感覚の波が訪れる。

 生暖かい空気でありながら、ぞっと寒気がするような感覚。

 妖気や霊気に触れた際に感じる感覚の一種であった。


「これは・・・まさか!」

 シェリーが驚いたような声を上げる。

「ああ」

 それに対し、衛が初めて声を漏らす。

 眉を寄せ、助手席側のサイドミラーを一瞥し───また、口を開いた。

「お出ましだぜ」

 次の投稿日は未定です。


【追記】

次は、木曜日の午前10時頃に投稿する予定です。

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