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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第八話『ハイパーターボアクセルババア』
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ハイパーターボアクセルババア 四

4

 その老婆───『ハイパーターボアクセルババア』が最初に目撃されたのは、一年前のことであった。

 某県高速道路上のとある区間を走っていると、隣の車線を凄まじい速度で老婆が走っていった───それが、最初の目撃者による目撃証言である。

 時刻は午前三時頃。

 辺りはまだ闇夜に包まれており、車の通りも少なかった。

 おそらく眠気のせいで、バイクか何かを老婆と見間違えてしまったのではないか───目撃者は苦笑しながら、そう語っていたという。

 現実で、そんなことが起こり得るはずがない───と。


 しかし後日、同じ時間帯にその区間を通った別のドライバーが、やはり疾走する老婆を目撃したのである。

 目撃証言はその後も続き、一月に一度という頻度で出現した。

 だがその老婆は、民間人に何らかの危害を加えたりすることはなかった。

 ただ車を追い越し、走り去って行くだけ。

 危険度は無に等しい───大半の退魔師はそう判断し、ハイパーターボアクセルババアを調伏することはなかった。


 しかし───一週間前、異変が起こった。

 出現する頻度が突如増加、ほぼ毎日、午前三時頃に出現するようになったのである。

 それだけではない。

 人間に危害を加えることはなかったはずの老婆が、稀にではあるが、高速道路を疾走する車への攻撃を始めたのである。

 その内容は、並走する車に向かって、両目から怪光線を発射。

 ドライバーの目を眩ませて事故を起こさせる───というものであった。

 それにより、既に三台の乗用車をスクラップにし、それらのドライバー全員を病院送りにしている。


 これまで人間に危害を加えることはなかったというのに、何故行動パターンが急変したのか───それは不明である。

 一つだけはっきりとしているのは、このままハイパーターボアクセルババアを放置しておけば、更に多くの人々が負傷する可能性が───否、死人すら出る可能性がある、ということである。

 それを危惧したシェリーは、ハイパーターボアクセルババアを退治することを決断。

 その協力を、青木衛に要請したのであった。


 そして、二日後の深夜一時。

 衛、マリー、舞依、そしてシェリーの四人は、某県高速道に設立してあるサービスエリア───その中にある、二十四時間営業のレストランにいた。

 店内の客は疎らである。

 誰かが利用しているテーブル席よりも、誰も利用していない席の方がずっと多い。

 時間が時間なので、客が少ないのは当然ではあったが、それでもやはり、店内はどこか寂しい雰囲気に満ちていた。


 しかし、店内の隅にある席───衛達が利用している席からは活気が滲み出ており、この店内から隔絶された空間のようになっていた。

 否───この場合、活気というより、闘気や戦意と言った方が正しい。

 これから化け物を退治しに行くのだ───そんな戦意が、四人の姿からから感じ取ることが出来た。

「それで───どうするつもりなんだ?いきなり先制攻撃を仕掛けるつもりか?」

 和風ハンバーグを箸で細かく切り分けながら、衛がシェリーに尋ねる。

老婆と接触した場合にとるべき行動を確認しているのである。

「いいえ、まずは様子見よ。人間に危害を加えるようになったとは言えど、その事例は現状、この一週間で三件のみ。その上、以前のように車を追い越して行くだけで、何も危害を加えなかったこともあったの。まずは観察して、『どういう条件が重なったらアクセルババアが攻撃を仕掛けてくるか』を判断しようと思ってるの」

 シェリーはそう答え、カフェオレに口をつける。

 コーヒーの苦味とミルクの甘味が口の中に広がり、これから仕事に赴こうとするシェリーの心に、僅かな安らぎを取り戻させた。


「そのおばあちゃんが、こっちに攻撃してきたらどうするの?」

「何か対策は考えておるのか?」

 マリーと舞依が、眉をひそめながら質問を投げ掛けてくる。

 その表情からは、気の昂りが伺える。

 そして僅かに、緊張も混じっていた。

「そうね・・・アクセルババアが目から放つ光線は、直接的な殺傷性はないけど、目に入ったら一時的に視界を奪われてしまうわ。その対策は、今のところ二つ。回避出来るよう、アクセルババアの背後を取り、適度に距離を離しておくこと」

「そしてもう一つは、俺の抗体───だよな?」

 添え物のニンジンとポテトを飲み込み、衛が口を開く。

「ええ、その通りよ」

 シェリーはそう言いながら、僅かに微笑んだ。


 そんな二人の会話を聞いて、マリーが驚いたような顔で口を開いた。

「抗体───って、抗体が打ち消せるのは、衛に向けて使われた妖術だけじゃないの?どうするつもりなの?」

「簡単だ。両手から抗体を放出して、バリアみたいに張りゃあ良いのさ」

「そんなことが出来るのか?」

 半信半疑といった様子で尋ねる舞依。

 対する衛は、味噌汁を啜った後、普段の無愛想な表情のまま頷く。

「ああ。・・・けど、ノーリスクで使える訳じゃねえ。例えるなら、水道の蛇口を開けて水を出しっぱなしにするようなもんだからな。水道代が跳ね上がるのと同じように、当然体力は大幅に消耗する。この調子なら、使える回数は一度か二度。セーブしたとしても三度。・・・だから、不用意に乱発する訳にもいかねえ」

「そうね。だからこそ、極力私も避けるようにするわ」

「おう。あんたのテクを信じるよ。任せたぜ」

 眉をひそめて告げるシェリーに、衛も真剣な表情で答えた。

 茶碗に装ってある山盛りの白飯の上に、切り分けたハンバーグを乗せる。

 そして、和風ソースが飯に染み込むのを待ち、丁寧に食べ始めた。


「ねえ・・・あのさ───」

 その時、マリーが口を開いた。

 僅かにげんなりとした表情を浮かべていた。

「はふ───んぐ───・・・ん?どうした?」

 若干固めに炊き上げられた飯を、美味そうに食べている衛。

 しかし、マリーの様子に違和感を覚えたのか、その箸を止めた。

「いや・・・どうしたも何も・・・!あんたは一体どんだけ食べるつもりよっ!!」

「・・・あ?」

 マリーのツッコミに、衛が不思議そうな表情を見せる。

 お前は何を言っているんだ───そう言いたげな顔であった。


 マリーの指摘───それは、衛がこのレストランで食べたものの量についてであった。

 現在彼は、和風ハンバーグ定食に舌鼓を打っている。

 しかし、それを食べる前に衛は、このレストランでロースカツ定食、麻婆豆腐定食、海老天うどん、大盛りコロッケカレー、照り焼きバーガーLセットを完食しているのである。

 それでいて、食欲は一切減退していない。

 腹も膨れ上がってはおらず、普段通りの平らな形を保っている。

 凄まじい食欲───そして恐るべき吸収力であった。


「ああ・・・言わないようにしてたのに・・・」

「意識したら、必要以上に気になるようになってしもうた・・・」

 シェリーと舞依も、マリーと同じ疑問を感じていた。

 しかし、敢えてその疑問に触れないようにしていたらしい。

 しかし───マリーが指摘してしまったことによって、塞き止めていた疑問の波が一気に押し寄せていた。


「仕方ねえだろ。さっきも言ったけど、抗体でバリアを張るのはかなりエネルギーを使うんだよ。だから、こうやって補給して、今のうちに蓄えとかなきゃならねえんだ。戦闘中にエネルギー切れ起こしちまったら話にならねえからな」

「あ、そういうことなの?普段の何倍も食べてるなーって思ってたけど・・・」

「ああ、そういうこった。それに───」

 衛はハンバーグを口に入れ、しっかりと味わってから飲み込む。

 そして、その先を話し始めた。

「・・・実は、師匠との鍛練のダメージがまだ治ってねえんだよ。だから、自己治癒の為のエネルギーも一緒に溜め込んでおきたいんだ」

「え・・・!?大丈夫なの・・・!?」

 シェリーが心配そうな言葉を洩らす。

 それでも衛は、冷静な調子を崩さなかった。

「ああ、大丈夫だ。バリアを張るのに支障はねえよ。流石に生身の戦闘になったらちょっとキツいけどな」

「そう・・・分かったわ」

 シェリーが真剣な表情で頷く。

 衛に極力負担を掛けないようにしなければ───そんな意思が見てとれた。


「取り敢えず、今の俺がしなきゃならねえことは、ただ一つ───」

「「「え?」」」

 真剣な衛の言葉に、三人が不思議そうな声を洩らす。

 衛はそこで、味噌汁を一啜り。

 椀を置き、一層真剣な調子で言った。


「今頼んでる生姜焼き定食とスペシャルパフェを平らげることだけだ」

「「「まだ食べる気!?」」」

 次の投稿日は未定です。


【追記】

 次は、日曜日の午前10時に投稿する予定です。

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