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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第八話『ハイパーターボアクセルババア』
101/310

ハイパーターボアクセルババア 三

3

 ──そして二十分後。


「ごちそうさまでした」

(((治ってる……!!)))


 白飯と豚汁を胃の中にたらふく詰め込み終え、丁寧に両手を合わせる衛。

 その姿は、先ほどまでのような死にかけの状態ではなく、生命力に満ち溢れていた。

 全身の怪我も完治───というほどではなかったが、傷は既に塞がりかけており、傍目には何ら異常がないような状態になっていた。

 人間離れした、凄まじい治癒速度であった。


「──っていやいやいや! いくら何でも速すぎるわよ!! あんたの体一体どうなってんの!?」

「メシ食ったら治るって、お主はマンガのキャラか!?」

「そもそもあなた、どうして死にかけてたの!? ただのトレーニングであんな怪我するとは思えないわよ!?」

「落ち着け。一から順番に説明する」

 凄まじい勢いで質問を浴びせ掛けてくる三人を片手で制する衛。

 そしてお茶を一口啜り、それぞれの問いに答え始めた。


「……ふう。そんじゃ、まずは『どうして死にかけてたのか』だな」

「……え、ええ。普通にトレーニングするだけで、あんな大怪我しないはずよ?」

「ああ。『普通は』な。普通じゃないトレーニングをしたから、ああなってたんだよ」

「……どういうこと?」

「師匠に頼んだんだよ。『俺を本気で殺すつもりで稽古をつけてくれ』ってな」

「え!?」

「はぁ!?」

「ど、どういうことじゃ衛!?」

 シェリーだけでなく、マリーと舞依も驚愕する。

 対する衛の表情は、極めて冷静なものであった。


「この間の延慶の一件──それと、囁鬼の事件で、俺は自分がまだまだ未熟だって痛感した。精神的な面は特にな。だから、それを克服する為には、生死の瀬戸際に立つくらいの鍛練が必要だと思ってな。それで師匠に頼んだのさ」

「そ、そうなの……?」

「ああ。それにしても──ここ一週間、色んな鍛練をやったけど、今日の内容が一番きつかったな」

「今日の? 何をやったんじゃ?」

「本気を出した師匠と殴り合った。マジで死ぬかと思っ──いや……実際死んだな。殴り合いの途中、俺の心臓何回か止まって動かなくなったらしいしな」

「さらっととんでもないこと言ってんじゃねーわよ!!」

「つーか師匠も容赦無さ過ぎじゃろ!!」

 平然と衝撃的な告白をする衛に対し、驚愕しながら突っ込むマリーと舞依。

 それでも衛は、涼しい顔をしてお茶を啜っていた。


「ちょっと待って。あなたの師匠はどうしたの? 弟子が死にかけの状態なのに、そのまま帰らせたっていうの?」

 不自然さを感じたのか、シェリーが眉を寄せながら尋ねる。

 その問いに、衛はすました顔で答えた。


「ああ、それは俺のせいなんだよ」

「え?」

「実は、殴り合いが終わった後、流石に師匠も俺の様子が心配になったみたいでさ。『家まで送っていこうか』って提案されたんだ。けど、ここで甘えちまったら、一週間の精神修行の意味がなくなっちまうからな」

 衛がそこまで言い終えた時点で、三人は既に、その後に続く言葉が予想出来ていた。

「まさか……一人で歩いて帰ったのか?」

「うん。血の流れを遅くして、自己治癒の術を使いながら帰ったんだ。……けど──」

 そこで衛は、僅かに眉を寄せる。


「予想以上に怪我の具合が酷かったみたいでな。殴り合いの疲労も重なっちまって──」

 衛の顔が、ますます深刻な表情になる。

 何やら緊急事態でも発生したのであろうか──そう思い、女性陣の表情も、釣られて怪訝なものになる。

 衛は、また一口緑茶を啜り──そして、口を開いた。


「帰る途中で腹が減ってな。エネルギーと体力が切れて、治癒術を使えなくなったんだよ」


 衛が言い終わるのと同時に、女性陣は脱力。

 勢いよく、椅子から転げ落ちた。

「いや……油断したよ。まさか気が練れなくなるくらい体力が尽きてたとは……」

「ななな、何よそれ!!」

 最初に口を開いたのはマリーであった。

 それに続くように、舞依も口を開く。


「妙に真剣な顔で話すと思ったら! 腹が減っておっただけか! 子どもかお主は!!」

「んん……」

 衛は顔をしかめ、頭を掻く。

「帰りながら治癒術を使えるくらいの体力なら残ってると思ったんだけだ。だけど、予想以上に消耗しちまってたみたいで。何か腹に入れて、気を練れるくらいの体力だけでも回復しようと思ったんだ。それでコンビニに入ろうとしたんだけど、店に入る前に店員さんがビビって奥に引っ込んじまったんだよ」

「ま……まぁ、血塗れの人間が入ってきたら誰だってそうなるわよね」

 衛の言葉に対し、シェリーは苦笑いを浮かべて相槌を打つ。

 口の端がひくひくとひきつっている。

 完全に呆れ返っていた。


「……つまり、あなたの怪我がこんなに早く治ったのは自己治癒の術のおかげで、応急処置よりも食事を優先させたのは、治癒術を使う為のエネルギーを取り戻す為だったって訳ね?」

「そういうこと。……いやしかし、運動後のメシはやっぱり最高だな。五臓六腑に染み渡るってのはまさにこのことだな。メシ様々だぜ」

「「「……はぁ……」」」

 しみじみと感嘆の言葉をもらす衛。

 その姿を見て、三人は深い溜め息を吐いた。

 ほんの僅かな時間の内に、どっと疲れていた。


「それで……シェリーはどうしてここへ?」

「え?……あ、ああ、そうだったわね。色々ありすぎてすっかり忘れていたわ」

 衛の言葉に、シェリーが顔を上げる。

 そして、真剣な表情で語り始めた。


「実は、ある悪霊を鎮める為に、あなたの力を借りたいと思ったの。それで、その交渉の為に訪問したんだけど、この娘達から『衛は留守だ』って聞いてね。だから、あなたが帰ってくるまで、ここで待機させてもらうことにしたの」

「そうだったのか。留守にしてて悪かったな」

 衛が謝罪する。

 その後、シェリー同様、真剣な顔になった。


「それで、その悪霊ってのは?」

「ええ。実は──最近、とある場所に、老婆の化け物が現れるって噂が流れてるの」

「「老婆の化け物?」」

 マリーと舞依が口を合わせた後、顔を見合わせる。

「『とある場所』ってのは?」

「高速道路よ」

「「「高速道路?」」」

 今度は衛も口を合わせた。

 シェリーの返答に、三人は眉を寄せる。


「ええ。『車を運転していると、凄いスピードで走る老婆が追いかけてくる』っていう都市伝説、聞いたことがあるかしら?」

「ああ、それなら聞いたことがあるよ。峠とかを車で走ってくると出てくるっていうアレだろ。確か名前は、ダッシュババアとか、ターボババアとか……色んな名前があったな」

 衛は天井を仰ぎながら、その化け物の名前を挙げていく。

 それを聞いて、シェリーは肯定の頷きを返す。


「その通り。でもこの老婆は、高速道路に出没するの。その上、都市伝説で言い伝えられているスピードよりも、ずっと速く走る」

「……」

 シェリーの話を聞きながら、衛は頭の中でイメージを膨らませていく。

 時速百キロで走る車を追い越す速度で走る老婆──とてつもなく不気味であった。


「そのあまりの速さに、インターネット上ではこんな名前で呼ばれているわ──」

 そこで初めて、シェリーは自分用に注がれたお茶に口をつけた。

 ぬるくなった液体で喉を潤し、湯飲みを置く。

 その間、三人は真剣な表情で、その老婆の名が明かされるのを待った。

 そして遂に──シェリーは深刻な表情で、その名を告げた。


「そう──『ハイパーターボアクセルババア』とね……!」

「長いわね……」

「ダサいのう……」

「小学生が考えた必殺技か?」

 次の投稿日は未定です。


【追記】

次は、水曜日の午前10時に投稿する予定です。

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