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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第三話『西洋人形の電話』
10/310

西洋人形の電話 一

 前回の投稿分の後書きで、新エピソードの投稿まで時間が空くとお伝えしていましたが、導入部だけは完成しているので、先に投稿しておこうと思います。

 それでは、よろしくお願いします。

1

 『……マリー……マリー……』


 ──声が聞こえる。

 女の子の明るい声が、あたしを呼んでいる。

 その声を聞いて、あたしの心臓がトクンと高鳴った。


 あたしの大好きな女の子。

 あたしの大好きなお友達。

 あの子が呼んでいる。

 眠ってる場合じゃない。

 眠ってなんかいられない。

 今日もあの子に会いに行かなくっちゃ。


 ──眠りから目覚めると、目の前に、お日様みたいに笑っている女の子がいた。

 女の子は、大好きなママのまねをするように、あたしに優しく声を掛けた。

「おはよう、マリー。もう朝ですよ。はやくおきないと、パパとママにおいていかれちゃいますよ」


 おはよう、さっちゃん。

 あたしったら、またお寝坊しちゃったね。

 あれ? パパとママに置いて行かれちゃうって?

 さっちゃん、今日はどこかにお出かけするの?


「きょうはね、おひっこしをするんだよ。これから、あたらしいおうちにいくんだよ」

 お引っ越し?

 ああ、そうだったわね。 昨日、パパとママと知らないお兄さんが、忙しそうに机やタンスを運んでたっけ。

 あのお兄さんは、お引越しのお兄さんだったのね。

 お部屋の中が空っぽになってるのは、そういうわけだったんだ。


 さっちゃんが、あたしを優しく抱きかかえる。

 まるで、赤ちゃんをあやすママのように。

「さあマリー、いこう? お外でパパとママがまってるよ」


 うん、さっちゃん。

 パパとママに置いて行かれちゃうもんね。

 大好きな人に置いて行かれたら、とっても寂しいもんね。


 お外に出ると、パパとママが待っていた。

 パパは車の運転席に座っている。

 ママは車のそばに立っている。


「おっ。さつき、もう準備はいいのかい?」

「うん!」

 パパがニコニコしながら、さっちゃんに声を掛ける。

 ごめんねパパ、あたしがお寝坊したから、遅くなっちゃった。


「もう出発するわよ。さあ、シートベルトをしましょうね」

 ママもニコニコ笑いながら、さっちゃんを席に座らせた。

 よかった。パパもママも、怒ってないみたい。


 席に座ったさっちゃんが、シートベルトを締める。

 あたしにはシートベルトは必要ない。

 だって、さっちゃんが両手で優しく、しっかりと抱きしめてくれているから。


「さつきは本当にマリーちゃんが大好きだな。まるで本当のお友達みたいだ」

「そうねえ。いつも一緒にいるんだもの。私ももう家族の一員みたいに感じちゃってるの」

「『みたい』じゃないよ! 本当のおともだちだよ! 本当の家族だよ!」

 パパとママの言葉に、さっちゃんが笑いながら答える。


 ありがとう、さっちゃん。

 あたしもさっちゃんのこと、大好きなお友達だと思ってるよ。

 大事な家族だと思ってるよ。


 その時、さっちゃんがちょっぴり寂しそうな顔をした。

 そして、あたしだけにしか聞こえないような小さい声で、ぽつりとつぶやいた。

「ねえマリー……。あたらしい学校で、おともだちできるかな……? みんな、さつきとなかよくしてくれるかな……?」


 大丈夫だよ、さっちゃん。

 さっちゃんが良い子だってこと、あたしは知ってるよ。

 きっとみんなも、さっちゃんが良い子だって思うはずだよ。

 みんな、さっちゃんのお友達になってくれるよ。

 それに、もし出来なくっても、あたしがいるよ。


 だから、そんなに寂しそうな顔をしないで。

 あたしに向かって、笑って話し掛けて。

 いつもみたいに、元気になって。


「さあ、そろそろ出発しようか」

 パパが車のエンジンをかける。

 車は一度、大きい音を出すと、ゆっくりと動き始めた。

 あたしは、さっちゃんに抱き抱えられながら、しばらく車の揺れを感じていた。

 そして、さっちゃんとの新しい生活が、どんなに楽しいものになるかを想像しながら、もう一度眠ることにした。


 ──新しいお家は、どんなところなのかな?

 どのくらいで着くのかな?

 眠っている間に、お家に着くかな?

 お家に着いたら、さっちゃんと何をして遊ぼうかな……?


 ──あたしの名前は、マリー。


 西洋人形で、この家族の一員。


 そして──さっちゃんの、大切なお友達。

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