憧れが、失望へ
「申し訳ありません。団長、ハービスは朝から姿が見えないのです」
赤フレームの眼鏡をかけた金髪美女は、申し訳なさそうにそう言った。
フィリックとロベルは騎士団長室とドアに書かれた部屋に入ったものの、目当ての人物はいなかった。
「いいんだよ、アイちゃん。苦労してるね、君も」
「まったくです。団長にはほんと困っています。毎日、毎日……。また夜中に抜け出して女性と遊びに行ったんじゃないかしら……。付き人をやっていたときも、サボってばかりで……」
美女、アイリス・トーヴィは深々と溜め息をついた。
彼女は騎士団副団長だ。
団長ハービスの補佐をしている。
「夜遊びに……女たらし、か。……うわぁ。なんか、騎士団長に対する尊敬が、どんどんなくなっていく……」
「ははは、ハービスはこういうやつだよ。彼は自由人だし、面倒臭がりだ。彼が付き人として任命されたときは、どうなるかと思ったな。前の魔王も魔王だったし……」
ロベルは苦笑いをしながらも、どこか懐かしそうな声色で言った。
「あ、フィリック君、久し振り。今回付き人に任命されたんですってね」
アイリスは、視線をロベルの隣にいるフィリックへと移した。
「あ、お久し振りです。この前の訓練以来ですね。いきなり今朝言われたもんで驚いてますけど」
「 頑張って下さいね。なにか困ったことがあれば、力になりますし」
「あ、ありがとうございます。まだ実感も全然なくて、自信ないんですけど……」
「そうですねぇ、付き人のお仕事は大変ですから。私はもっと実践経験が豊富な方にしたほうが良いのではないかと言ったのですが……。ロベルさんは、私の息子なんで大丈夫ですよ! とか言われてましたし。団長も団長で、オレの友人の息子ならなんとかなるさとか言って聞きませんし」
「はは……なんか、朝から疲れてきた」
「今、帰ったぜぇ!」
勢いよく扉が開かれた。
「よお、アイちゃん。留守番ご苦労! お、ロベルじゃないか」
ドアを開けた、黒髪の男は、意気揚々と部屋の中に入ってきた。
若干足元がふらついていて、髪は少しボサボサで、所々跳ねている。
「は、ハービス団長! 今までどこに行っていらしたんですか!」
アイリスは、男に駆け寄りながら言った。
「って、ちょ……お酒、臭いんですけど。何杯飲んだんですか、飲み過ぎですよ」
ハービスは、酒好きだった。
しかも、かなり強い。
アイリスはすぐに顔をしかめて、一歩後退りする。
「はは、結構飲んだからなぁ。そんなに臭い? ねぇねぇ」
「ちょ、やめてください! 息、吐きかけないで! こっちにこないでください!」
ハービスは奇妙な手の動きをしながら、アイリスにジリジリと迫っている。
ハービス・フォール騎士団長、名前とその地位を聞くだけなら、魔界城騎士団の長として恐れられる存在だ。
しかしその実態は、今はどう見てもただのセクハラ親父にしか見えない。
そんなセクハラ親父の姿を、フィリックは呆然としながら見つめていた。
「なんか、怒りを通り越して、泣きたくなってきたわ。魔界城の騎士団長がこんな、こんなダメ男だったなんて。……うん、いやでも。……なんかさ。親父の友人だから、まぁ……おかしなやつかなとは、正直思っていたけど」
「ちょっとちょっと、私はあんな変人じゃないよ。ハービスの女の子好きは、若い時からだもん。騎士学校のときだって、ハービスは女の子のことばっかり追いかけていたんだぞ。アンナだってこいつにとられるところだったんだから」
「ははは、ロベルの奥さん美人だよなぁ。あ、そう言えば、そこにいる金髪の少年は誰だ?」
アイリスの背後から抱きつきながら、ハービスが言った。
「もうっ! いい加減にしてください!」
怒りが頂点に達したアイリスは、ハービスの腹に肘鉄をいれると、右手をつかんでそのままぶん投げた。
「うがっ!?」
アイリスの背負い投げをくらい、ハービスは受け身がとれず背中を強打してしまう。
「おぉ、すげぇ」
「アイちゃん、お見事 」
セクハラ親父を撃退した美女に、スレイリー親子は、自然と拍手をしていた。