父、帰還する……が?
「んー、魔王が死んでから三週間かぁ……」
少年、フィリック・スレイリーは朝刊を読みながら呟いた。
まだ眠たそうな声だ。
金色の髪はまだ結っていない。
紙面には、大きな字で『ジェイ・ファベット陛下死去から三週間!!』と書いてある。
三週間前、魔王ジェイ・ファベットが死んだ。
その悲報は、魔界中をあっという間に飲み込んだ。
現在、城に魔王はいない。
新たな後継者はどうするのかと、国民は注目していた。
「体が弱いってのは、噂で聴いていたけどなぁ……一回ぐらいは顔見たかったな。やっぱり顔を見ておかないと、こいつを守っているんだって気にもならないし」
フィリックは、騎士団の一人だった。
「今日からまた仕事ね、フィリック。頑張ってね」
キッチンからフィリックの母親が顔をだした。
テーブルの上に、料理を盛った皿が次々と置かれていく。
「あぁ。久し振りの里帰りだったしな、のんびりできた」
フィリックは休みを貰っており、実家に戻っていたのだった。
いつもは、騎士の仲間たちとともに寮で暮らしている。
「はぁ、母さんまた寂しくなっちゃうなぁ」
「またすぐに帰ってくるよ」
フィリックは、新聞を読むのをやめて折りたたみテーブルの上に置いた。
「だってパパもいないし」
「父さん、最近帰ってきてないのか?」
「三か月ぐらいかしら? 向こうで会ったりしないの?」
フィリックの父親は、魔界城にある図書室で、司書をしている。
日々資料整理に追われており、なかなか帰って来られない。
「んー、俺あんまり図書室にはいかねぇからなぁ。……まぁ、今度顔だしてみるよ」
「そうしてあげてね。パパはほら、足悪いから……」
「父さんなら平気だと思うけどな」
「気にかけてはあげてね。はい、コーヒー」
「わかってるって。お、ありがと」
フィリックはカップを右手で持つと、口へ運ぶ。
唇を尖らせて二、三回息を吹きかけてから、カップの淵へと口を近づけていく。
「うぇ、げほっ……ごほっ……!!」
カップにいれられたコーヒーを一口飲んだ瞬間、フィリックはすぐに噴きだした。
激しくせき込む。
「あらあら、気管にでも入った?」
「か、母さん……塩と……さと……」
フィリックはまだむせていた。
母が汚れてしまったテーブルを拭いている。
「どうしたの、一体?」
「さ、砂糖としお! ……間違えただろ」
「……え?」
「母さんは、ほんとうによく砂糖と塩を間違えるよな」
若干不機嫌になりながらフィリックは言った。
「えぇ? 間違えちゃったぁ? そんなはずないと思うんだけどなぁ……」
母はそう言って、コーヒーのカップに入れた白い粉が入った瓶を見る。
そこには異様に大きな字で、「しお」と書かれていた。
「あらやだ。ごめんね、フィリック」
「そんな大きな字で書いてあるのに、なんで間違えるかなぁ。……まぁ、いいけどよ。今に始まったことじゃねぇし。このよくわからねぇ色になった料理にも慣れた」
皿に盛られた料理は、料理とは言えない色になっている。
フィリックの母は、料理が非常に苦手だった。
異様に辛いか甘いか酸っぱいか苦いかのどちらかに分かれた味がするらしい。
長年この料理を食べてきたからか、スレイリー一家は大きな病気にかかったことがない。
「食ったらちょっと準備して、そしたら行くから」
「えぇ。本当に、また寂しくなるわね」
母と息子、二人だけの朝食が始まろうとしていた時だった。