比翼の鳥、連理の枝
ポニーテール。
ナイスバディ。
髪が緋色で眼は紫、
背中に生えるは白い羽根。
色々な意味で目立つ容姿の転校生を迎え、教室は静まり返っていた。
「――霧生緋影。よろしくね」
簡単な自己紹介を自らの名で結ぶと、少女は軽い足取りで歩みを進め、空いていた席に腰を下ろした。本来なら、彼女の隣には彼女同様に目立つ容姿の青い少女――いや、少年が座っているのだが、今その姿はない。
――北極圏での死闘から、三日が過ぎた。
ユギンクゥアルもう一つの記憶の復活に伴って行方をくらましていたこともあり、帰還を遂げた緋影は青邪に付き添われて一度家へ戻ったのだが、背中から翼を生やしているばかりか、髪や目の色まで変わっている娘の姿に、母親――霧生家は母子家庭――が絶句したのは、言うまでもない。
その後、本人の希望により、緋影もまた銀星学園の生徒として迎えられることとなった。
そして、今日がその学園生活初日。
さて、今この場にいない青邪だが、彼は〈エレイユヴァイン〉の復元に伴い肉体的なダメージこそ完全に回復したものの、今までの無理がたたってか、心労で体調を崩し、やたらと無理をする日頃の行いもあって、現在は医務室で缶詰め、早い話が軟禁状態のう憂き目にあ遭っている。
閑話休題。
授業時間はのんびり過ぎ去り、やがて放課のチャイムが校舎内に響き渡った。
「さーて、とっとと部屋帰って――」
「相模っ!!」
荷物をまとめ始めた白郎を、声と共に衝撃が襲った。
「どおぅわっ! ンな、何しやがる霧生!?」
まともにタックルを食らいながらも、自分を押し倒した少女に毒づく白郎。
「あたしをほっといて行かないでよね! まだここに来てから時間たってなくて不慣れなんだから!」
胸元から、妖精を象った銀色にきらめくクリスタルのペンダントヘッドを揺らしながら、緋影が道案内を迫る。
「ったく……しゃーねえな。面倒くせーから天城のとこにだけ案内してやらあ」
起き上がって、中断させられた荷物整理を再開。元から荷物が少ないこともあって、作業は手早く終了する。
「うん。ってゆーか、そこだけで十分だよ」
青邪の名を聞き、緋影、あからさまに上機嫌。
「あーそーかい」
内心うんざりしながら、適当にあいづち相槌を打ち、歩き出す。
「で? 首からぶら下げてるそりゃ何だ?」
「え? これ?」
訊かれて、白郎の隣を歩きながらペンダントを手にとる緋影。
「ああ」
話題がまさしくそれだと理解したとたん、彼女の表情はにへえ……とだらしなく緩んだ。
「ちょっと遅れたバースデイプレゼントぉ~」
(……訊かなきゃよかった)
うんざりを通り越してげっそり。白郎は大きくため息をついた。
「ねーねー、誰がくれたと思う?」
「あんだよ、どーせ天城に決まってんだろ?」
「そーだよー。えへ、えへへへ」
もらったときのことを思い出しているのだろう、やがてこらえきれずに笑い出す緋影。傍から見ていると、その様はかなり怖い。
「あたしがいなくなった後だっていうのに、気が付いたら買ってたんだって。愛だよね~……」
顔を赤らめ、夢見るように陶然と呟く緋影。
「知るかっ!!」
器用にも一人で激甘の雰囲気を作り出す緋影のノリについていけず、白郎は思わず声を荒らげる。青邪に対する好意を打ち明けられずうじうじしている緋影を見ているのも苛立つものがあったが、それが叶った今の姿を見るのも、これはこれで疲れる。
「うっきゃー! もー、うれしーったらうれしーったらうれしーったら!!」
べしっ、べしべしべしっ! 両手を頬に当てて、腰をくねらせ、派手に照れながら嬉しがる緋影の背中の翼が激しく開閉され、隣の白郎を無自覚にひっぱたく。
「だーっ、いい加減にしやがれっ!!」
飛び散る羽毛の中、たまりかねた白郎が怒鳴った。だが、
「いーじゃない、別に」
まるで効果なし。
「ひょっとして、自分がもてないからって妬いてるワケ? うぅわ、さっびしー」
「違うわっ!!」
全身全霊で否定し、肩を大きく上下させる。
何か、精神的にどっと疲れる。自覚はないかも知れないが、この底抜けのおちょくり方は、まるで……。
「おまえ……最近やたらと天城に似てきてねーか?」
「え、そう?」
(あ、やべ! 墓穴か!?)
「……そういやあいつの様子はどうなってんだ?」
すぐさま明るくなった緋影の表情を見て、更なる深みにはまる危険を悟った白郎は、即座に話題をそらした。これ以上のろけられてはたまったものではない。
「おまえら見てると背筋がやたらむずむずしてくっから、全然行ってねーんだけどよ」
「あ、うん……」
意外なことに、その話題になったとたん、緋影の表情が少々暗くなった。
「なんかあったのか?」
「うん、まあ……ね」
歯切れは悪かったものの、緋影は最近抱いているという悩みを語った。
「青って、時々医務室を出てどこかに消えちゃうんだけど、必ずあたしのとこに帰ってくるんだ。それにね、あたしが一緒にいると、安心しきってすぐ寝ちゃう。……まあ、どっちもうれしいし、寝顔見るの好きなんだけど、たまに思うんだ。あたし、単なる猫の飼い主なのかなー、って。だってさ、全然女の子扱いしてくれないんだもん」
「はああ? 結局何が言いてーんだ?」
「いや、あの、だってね」
言葉に詰まり、顔を赤らめながらも、緋影は続けた。
「二人っきりになるチャンスはたくさんあるんだけどさ、まだキスの一つだってしてくれてないんだよ?」
「だーっ! またかーっ!!」
緋影の甘ったるく贅沢な悩みに耐えかねて、白郎が髪をぐしゃぐしゃとかき乱しながら叫んだ。
「のろけるか悩むかはっきりしやがれ!!」
直後。緋影の拳が彼の間近を通り過ぎ、行く手にあった廊下の壁を、鈍い音と共にほとんど半球状に陥没させた。
「あ・た・し・はっ、これでも真面目に悩んでんのっ!」
照れ隠しにしても凄まじ過ぎる破壊をもたらしておきながら、緋影は顔を赤らめた「恋する乙女」モードのまま。呼吸の一つも乱れていない。以前自販機を引き裂いた力をもってすれば、この程度は造作もないことなのかも知れない。
結論。
灰色熊並みかそれ以上の破壊力を秘めた可憐な少女を怒らせてはまず命はない。
「……ごめんなさい。オレが悪うございました」
命あっての物種、と即座に白郎は頭を下げ、
「とりあえず……場所変えましょ。今ので人が集まってくるだろーし」
下手に出ながら周囲を見回し、きびすを返す。
「そーだね」
緋影もまたその後を追い、歩き出す。
着いた先は、生徒会執行部安全保障委員会執務室。相も変わらず無駄に長い名の表札がかかったXENON地下基地の入り口。
「……で」
場所を変えて気を取り直し、白郎は訊いた。
「結局何が相談したいんだよ?」
「わかんない」
あんまりな即答に、白郎の膝もがくっと砕ける。
「オイ」
「どうしよう?」
白郎の呆れ顔にも構わず、緋影、質問続行。
「知るか。本人にも質問のしようが解んねえよーなもん、オレが答えられるわけねーだろ」
「そりゃあ、……そう、なんだけど……」
「いーから、行けや」
いい加減、思い人のいない自分にとってはイヤミにしか聞こえない悩みなど聞き疲れてしまった白郎は、ロッカーに偽装された基地への入り口を開けるなり、緋影をそこへ蹴り込んだ。
「わー!」
抗議の暇もあればこそ。安っぽい悲鳴を残しすぽん、と緋影があっけなく穴の中に消え去る。その後には舞い散る羽毛のみが残った。
「ったくよお……のろけてる暇あんだったら、オレに女紹介しろよな」
「ま、失礼な」
白郎のぼやきに、ドアの開く音と共に女の声が応えた。
「とっくに二人も身近にいるじゃありませんの」
碧紗を連れたトーヴァだった。
「さあ、どちらがお好み?」
「……おまえらか。あー……どっちかってーとオレは藤堂の方が好みだな」
「は?」
あっけにとられ、トーヴァがぽかんと口を開ける。碧紗を引き合いに出しはしたものの、まさか自分を差し置いて彼女が選ばれるとは思っていなかったらしい。
「私?」
「まあ、なんつーか。ちょっと陰のある方がいい」
問い返された照れくささに、そっぽを向き、自分の髪をくしゃくしゃとかき乱しながら、肯定。
「ふうん……」
頷く碧紗。しかし、その無表情ぶりからは白郎の言葉に対してどんな感情を抱いたのかがまるで判らない。
「まあっ! わたくしでは不満だと!?」
「へー、なんだよ。おまえまさか妬いてんのか?」
「なっ!!」
絶句するトーヴァの顔が、見る間に赤らんだ。
「ばっ、馬鹿なことをおっしゃらないで下さる!? どうしてこのわたくしが、あなたのような――あーっ!!」
正面から白郎の背中に腕を回し抱きついた碧紗の姿に、トーヴァが声を張り上げる。
「好きとか、嫌いとか、そういうことはよく解らないけど。白郎と一緒にいるのはいやじゃない」
白郎に体重を預けながら、碧紗が相変わらず淡々とした口調でささやく。
「そ……そっ、か」
すぐさま頭に血が上ってしまい、当の白郎にはまともな受け答えができない。
「とっ、藤堂さん! 早く離れなさい!」
「どうして?」
「どうしてでもですわ!!」
暦の上では秋の終わり。だが、人の心に春が来るのに実際の季節はあまり関係ないらしい。
「この色魔! 早く離れなさいと言うのにっ!!」
「別に私、欲情してない」
呆れるほどストレートな碧紗の反論に、トーヴァの顔がまたも赤らむ。
「そっ、そーいう問題じゃありませんわっ!!」
執務室に降ってわいた修羅場は、しばらく続いた。
◇◇◇
長々とチューブを通り抜けた末、緋影は地下基地に降り立っていた。
「はー、びっくりした。あんな不意討ち、反則じゃない」
ぼやきながらも、先に待っている半病人のことを思えば心が浮き立ってしまうのがまた、単純と言えば単純。
軽く弾む足取りで歩みを進め、そろそろ医務室の近くにさしかかろうかというところで、ふと眉をひそめる。
「話し声……?」
それも、一人や二人ではなく、かなりの大人数。むしろざわめきと言っていいレベル。時折、楽しげな笑い声さえ聞こえてくる。
それに、何やら食欲をそそるいい匂いまで漂ってきた。
「一体なに?」
足早に医務室へ向かうと、そこは空。人の声や匂いをたどってもう少し先へ向かうと、
「なっ…………」
人、人、人。人だらけ。灰色の作業服を着た男たちが、食堂から廊下にあふれ、たむろしていた。
「ちょっ、何よこれ!?青っ!?」
集中する視線にも構わず、食堂の中へ飛び込む。
「あ、いらっしゃい、緋影」
灰の中の黒一輪。色気があるのかないのか判らないが、そんな印象。
黒く大きなリボンでブルーブロンドを束ね、黒いロングコートをパジャマの上に羽織った、比較的細身な青邪が、灰色の作業服姿のごつい男たちに周囲を固められながら、満面の笑みで緋影を出迎えた。
「いらっしゃいって……何がどーなってんの?」
「宴会……みたいなもんかな」
小首をかしげながら青邪が発した答えは、かえってよく解らない。
「は? 宴会?」
「何となく料理したくなって厨房に来たら、整備員の人たちと鉢合わせてさ。食堂のおばちゃんも休みらしくて、せっかくだからって俺が腕を振るったら好評でね。全員が集まって来ちゃったわけだこれが。はっはっは」
「はっはっはって……のんきねー……」
「いやー、男だって解っててもこんなかわいい子の手料理ってなかなか食えるもんじゃないからな。実際うまいし」
「おれたち整備員は、男所帯で、しかもほとんどが独り者だから、かわいい顔と手料理にゃ弱くてね」
「ま、そーいうことらしい。あの人、料理がうまいからな。覚えておいて損はなかった」
「ふーん……」
相変わらず生家に関しては他人行儀な青邪のまとめを聴き、緋影はあからさまに不機嫌な表情で頷いた。
「……どうかしたのか?」
問うその手をつかまえ。腕を引っ張り食堂から連れ去る。
「おおっ、青春だーっ!!」
少々下世話などよめきも、とりあえず無視。
しばらく走り続け、あまり人の気配のない一角まで来てようやく足を止める。
「突然何なんだ、緋影?」
「あたし、決めた!」
振り返らず、両手を拳に握る。
「?」
怪訝そうな青邪を振り返るなり、跳びつき、捕まえる。驚くその表情を確認するよりも早く、その唇に自分の唇を押し当てる。
緋影のタックルに対し、青邪はほとんど反射的に彼女を包み込むように抱きしめ、そして二人は硬い床へと一緒に倒れ込んだ。
静寂。
そして沈黙。
相変わらず、唇を重ねたまま。
緋影は目を閉じ、頬を染めて。
青邪は目を見開き、硬直して。
現状を理解できず、思考を停止していた青邪の頭脳が、なんとか再起動に成功する。そして、数ある語彙の中から、現在遭遇している状況に合致しうる表現、及び単語を検索し、探し出した。それはもちろん……
キス。スマック。ベーゼ。俗っぽく言うなら、ちゅー。もちろん青邪、そんなこと初めて。
そうして、状況を理解した、とたん。
ぼん、と音を立てんばかりの勢いで、青邪の顔が一気に紅潮した。緋影は唇を離し、初めて見たまともに動揺している青邪の顔をかわいいと思いながらも、その言葉を遮って、宣言。
「もう、これ以上ヘンに待ったり悩んだりしない! 押して押して、押しまくるからね!!」
一呼吸置いて、続けざま、ため込んでいた感情を言葉にして一気に吐き出す。
「あたしは青が好き! 大好き!! 誰にも渡したくないの! さっきの整備員の人たちとだって、仲良くしてるのを見るのはイヤ! あたしに青を独り占めさせて! いいでしょ!? ってゆーか、あたしのファーストキス代として今日一日は独占決定!! 決めた反論許さない!!」
最後には、問いや、確認さえも通り越し、宣言。これはもう、傍からは自棄にさえ見えてしまう。
「ぷっ……」
あまりの強引さに、青邪はキスの動揺からも我に返って噴き出した。
「ふ、ふふっ、はっ、あっはっはっはっはっ!」
横になったままではいられず、上体を起こして大爆笑。
「む、なによー、笑うなんて失礼でしょ?」
「わ、悪い」
肩を震わせ、笑いの余韻で流れ落ちた涙をぬぐいながら、青邪はふと真顔で緋影の顔を見つめた。
どきり、と緋影の胸が高鳴る。ここで拒絶されたらどうしよう……と、あまり根拠のない不安が渦巻いた。
ほとんど冗談じみていても、口にした全てが本音なので、それらを無視されてしまえば道化にさえなれないのだ。
青邪が、審判を下すべく口を開く。
「大歓迎だ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ。何しろ、一生――」
言いながら緋影を抱き寄せ、その胸に額を当てて、目を閉じる。
「ここ以外で眠る気はないから」
「う……うん……っ!」
わずかな羞恥と幸せとで顔を赤らめて、緋影も青邪の頭を抱きしめる。
わずかな沈黙の後、どちらからともなく二人が身を離し、改めて手を重ね、唇をも重ねようとした、ちょうどその時。
〈アンノウン‐ナンバーズ出現。第二種戦闘態勢発動。総員、配置へ〉
通路の照明の赤い明滅が始まると共に、ひどく事務的なアナウンスが流れた。
〈繰り返す。アンノウン‐ナンバーズ出現。第二種戦闘態勢発動。総員、配置へ。ゼノアーク、発進態勢へ移行〉
「……全く、野暮だな」
ぼやきながら、青邪は緋影に手を貸し共に立ち上がった。
「ゼノアークが発進態勢に入ってるってことは、作戦室に行くよりも直接乗り込んだほうが早いか」
天井を仰ぎ、思案顔で呟く。
「青、大丈夫なの?」
出撃する気満々の様子が気になり、緋影が訊いた。
青邪は無理が好きだ。ほうっておけば、簡単に自滅してしまう。一人で何でもできそうに見えてそれが意外に脆い、そういう微妙なダメ男ぶりがまた気になって仕方がない。
「ああ。元々肉体的な傷は完治しているからな、後は愛のパワーでどうとでもなる」
平然と。とんでもない台詞を口にする青邪。
「あ……あいのぱわあっすか……」
当然、青邪の口から飛び出したストレートな愛情表現に圧倒され、緋影は俯きがちにそれを口の中で繰り返した。
まあ、確かに。大切な人間と心が通い合っていることを思えば、例えどんな奇跡だろうと起こせそうな気になってくるが。
「……言ってて、恥ずかしく……ない?」
聴いて恥ずかしくなった緋影が赤い顔で問い返しても、当の青邪はあくまで真顔のまま。
「別に?」
逆に不思議そうに緋影を見返す。
「思ったことを口に出すのがどうして恥ずかしいんだ?」
「……すごいよ青」
不思議な素直さに、緋影は呆れることしかできない。
「……とりあえず、続きはまた後だな」
「うん……、こればっかりは仕方ないよね」
頷く緋影。青邪の言う「続き」とやらが一体何を意味しているのか、気にはなったが、問い返している暇はない。
二人は連れ立って走り出した――手をつないで。
◇◇◇
パイロットスーツへの着替えを終えて、二人――緋影は相変わらず黒地に緋色のワンポイントが施された星の子仕様――がゼノアーク艦内の作戦室へ駆け込んだ時には、他の三人と一匹は既に揃っていた。
なぜか――トーヴァ一人だけが妙に険悪な雰囲気をみなぎらせていたが。
「遅れてすみません! 司令、状況は?」
「うむ。急を要する。複数のアンノウン‐ナンバーズがチェルノブイリの“石棺”付近に出現したのだ」
巌一郎の言葉を受け、立体的な映像が複数浮かび上がる。
まさしく棺のような印象を受ける、コンクリート製の封印が施された建造物。過去最大の核災害をもたらした、旧チェルノブイリ原子力発電所三号炉である。
そして、その間近に佇む、翼を持つ灰色の機体の群れ。
「石棺が破壊されれば、その中の膨大な量の“死の灰”が撒き散らされてしまう……か。付近に恐怖を広めるには手っ取り早い手段ですね」
「……うむ」
青邪に苦々しく頷きながら、巌一郎はその視線を緋影に向けた。
「霧生君、この機体をどう見る?」
問われ、緋影が答える。
「あんなタイプは“覚えて”ません。多分、新しい『星の子』システムの副産物ですね。指揮してる特別な機体もいないみたいだし、パイロットは全部人間だと思います」
神体や神器は、エルフと呼ばれる古代人の遺産。そして緋影は彼らの、精神や肉体的特徴を始めとする、存在ほぼ全ての構成情報と共に現代に転生してきた「正式な」チェンジリングの一人。
緋影の持っている、過去の、ユギンクゥアルの記憶が、現在≪XENON≫には貴重な情報源となっているのだ。
「そうか。では、彼らの保護も念頭に置かねばなるまい」
「……皆さん。まもなく現地上空に到着します。機体に搭乗し戦闘態勢に入ってください」
「了解!!!!!」
妹尾の指示に声を重ね、それぞれが格納庫へと散ってゆく。
ただし、二人乗りの〈エレイユヴァイン〉に限っては、青邪と緋影、それにブルーが一緒。
「――みんな。まずは、俺たちが〈エレイユヴァイン〉の速攻で連中をかき回す」
乗機を起動させるなり、青邪は各員に向け回線を開いた。
「その後、オフェンスプランβ‐4で一斉攻撃。一気に戦闘能力を奪う。力を貸してくれ」
〈ったりめーだろ!!〉
白郎。
〈了解〉
碧紗。
〈お任せになって!〉
トーヴァ。
頼もしい仲間たちが次々と応えてくる。
そして最後。青邪は回線を切り、振り返らぬまま背後に告げた。
「緋影。ブルー。行くぞ」
「うん!」
「……ぁ」
何よりも心強い後押しを受け。
「〈エレイユヴァイン〉、出撃する!!」
宣言の下、純白の機体は漆黒に羽ばたき、次の瞬間には真っ青に輝く天空を舞っていた。
(アークエネミーの飛翔・完)