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羽撃のアークエネミー  作者: 銀丈
第二章
2/7

人間万事塞翁が馬

 かりかりかり……。

 かりかりかり……。

 かりかりかりかり……。

 自室のドアをこする妙な音に、青邪は夢の中から現実に呼び戻された。

「……!?」

 呆けるのも束の間、即座に跳ね起き身構える。

「誰だ?」

「……ぁ」

 ドア越しに聞こえたのは、かすれがちな、ひどく小さな声だった。

 聞き覚えがある。そして滅多に聞かない分、印象も強い。発したのが誰なのか、青邪にはすぐに見当がついた。

 緊張を解くと、なおもこすられ続けるドアへ歩み寄り、ドアノブをひねって手前に引いた。

「お前に人間仕様のドアを開けるのは難しいよな――ブルー」

 果たして、ドアが開くなり跳びついてきた黒い毛皮は、当然のように青邪の胸に収まり、名を呼ばれて嬉しそうに頭をすり寄せた。

「珍しく朝早いな。案外、起こしに来てくれたとか?」

 抱いたブルーの頭をなでながら、ベッドに腰をおろした青邪が訊く。

「……ぁ」

 喰いつかれそうなほど大きく開いた口の奥から、すぐに答えが返ってきた。多分、肯定だろう。

 鳴こうとすること自体が滅多にないので判りづらいが、ブルーは元々「にゃあ」と鳴けないらしいのだ。

 ちなみに、青邪自身はそのことをさかりのついたブルーにすり寄られ――困ったことに種の違いという壁は彼女にとってえらく薄いものらしい――て知った。

「そうか。ありがとうな」

 穏やかな笑みを浮かべ、ブルーの喉元をくすぐる。

 ブルーの方も気持ちよさげに目を細め、ごろごろと喉を鳴らしながら、指定席である青邪の膝の上で大きく伸びをする。

 しばらく無心でその黒く柔らかな毛並みをなでていた青邪だったが――

「くし」

 ふと、その容姿には少々不似合いな、小さく可愛らしいくしゃみを一つして、ぶるりと身を震わせた。

 秋も終わりに差しかかったこの時期に限らずとも、朝、寝起きにパジャマ姿のまま何もせずにいれば、冷えるのは当然だろう。

「んー……」

 目覚ましのセットされた時間までにはまだ間がある、と青邪は何のためらいもなく再び布団の中に潜り込んだ。

「うー、あったか」

 冷えた体へと染み込んでくる温もりに、さっきとはまた別の意味で、改めて身を震わせる。

 腕の中をブルーが抜け出していったことはあまり気にならない。それより、眠い――。

 再び目を閉じた青邪の頬に、何かひんやりした柔らかなものがそっと触れた。

「……?」

 重いまぶたを開けてみると、ブルーがすぐ目の前にいた。お行儀よくちょこんと座り、前足をこちらに伸ばしている。

 頬に当たる感触は、彼女の肉球だったらしい。

「……駄目?」

 ダメ。起きなきゃ。

 一見どころか二見三見しても無表情な金色の眼は、そう言っている。

 無駄と解りつつ訊いてみれば、やっぱり無駄だった。

「……仕方ない」

 しぶしぶ布団から抜け出し、大きなあくびを一つすると、青邪はいかにも眠そうな、ある意味泣き顔にも見える顔で部屋を後にした。

 おぼつかない、しかしやはり無音の足どりを、ブルーがすぐに追う。

「おはよ」

 あくびをかみ殺しつつ、青邪は食卓周辺に集まっている面々に朝のあいさつをした。

「おはよう」

「おはよー」

「……」

 父親と橙矢の二人はすぐに返事を返したが、残る母親の返事がない。

「?」

 妙な間を(いぶか)って母親のいる方を向いた青邪の視界に、自分を見ようともせず食卓を整えているその姿が入った。

「母さん……俺、何かした?」

 こういう態度に出られると、例え心当たりがなくとも、理由のない罪悪感にかられてしまうのだが……。

「それは私の方が訊きたいわね。あんた昨日、緋影ちゃんに何したの? あの子、帰り際に泣いてたわよ」

 目も合わせようとせず放たれた居丈高(いたけだか)な言葉に、青邪は逆に首をかしげた。

「……俺、そんなきつい言葉吐いたっけ?」

「何よそれ」

「俺にもよく――」

 解らないんだけど、と全て言い切る前に、玄関のドアが荒々しく開く音がした。

「――青邪くん!」

 突然の来訪者は、食卓のある居間に飛び込むなり青邪の名を呼んだ。

「……おばちゃん?」

 奇妙なほど取り乱した様子で現れた緋影の母親の姿に、青邪は目を丸くした。

「どうかしたのか?」

「青邪くん……緋影が……」

「緋影が?」

「緋影がいないの!」

 吐き出された衝撃に、青邪以外の面々もとっさに言葉を失う。

「青邪くんを起こすからっていつも早く起きてくるのに、今日に限って遅いから、起こしに行ったら、いないのよ! ベランダの窓が開きっぱなしで、ベッドには血の跡――」

 言葉の終わりを待たず、青邪は着の身着のまま玄関を後にしていた。

 隣家だけあって、わずか十数秒で緋影の部屋に着き、こざっぱりしたその内装を見回す。

「やっぱり、緋影も女の子なんだよな……」

 聞いたとおりの、ベッドに散らばる赤い血の跡を視界に収めつつ、足元にブルーを従えた青邪は、無表情のまま、やや場違いな感想を漏らした。

 彼女の行方の見当をつけるためにも部屋の中を調べておきたいところだが、他人の領域を侵すわけにはいかない。それは警察の仕事だろう。それに、部屋を乱して、結果専門家にしか判らないような微かな手がかりさえ消してしまった場合、責任がとれない。

 周囲はしんと静まりかえっている。

 緋影の両親と共に、自分の両親も警察を呼んだり緋影の行きそうな方面を捜したりと周囲を駆け回っているため、この周辺には、留守を任された自分と弟の橙矢、それにブルーしかいない。

 目の前には、無造作に開け放たれたままの窓。吹き込む冷ややかな風に、カーテンが頼りなげに揺れている。

「……嫌われたんだろうな」

 カーテンを眺めながら、結果的に緋影を泣かせたらしい昨晩のやりとりを思い返し、立ち尽くしたまま淡々と呟く。

「まあ……当たり前と言えば当たり前か」

 足元にすり寄ってきていたブルーを、その脇の下に手を差し入れて抱き上げると、青邪は金色の眼に映る、表情の変化しない自分の顔をのぞき込んだ。

「なあ、ブルー。緋影がいなくなったことにほっとしてる俺がいるんだ。俺って、残酷……なんだろうな」

 語尾のはっきりしないその呟きには、実感というものが乏しかった。感じとったものというより、道理に照らして判断を下した結果がそれらしい。

 何、それ? とブルーは耳を震わせ、目をぱちくりさせた。

「はは……お前に言っても仕方ないか」

 苦笑すると、青邪はブルーをそのまま肩に乗せた。そう居心地が悪くないらしく、ブルーもおとなしくしている。

「さて……緋影が嫌ってなさそうな人間は……と」

 ポケットに手を差し入れ、しまってある携帯電話に触れながら呟く。

 すぐに白郎の顔が浮かんだ。いつも痛い目に遭わせてはいるが、わざわざ嫌いな人間とつるむはずもない。

 携帯電話を取り出し、既に登録済みの白郎の電話番号を呼び出す。

 四回コールした後、相手が出た。

『ああ? どうした、天城?』

 GS襲撃事件で臨時休校となったのを受けてまだ寝ていたのだろう、聞こえてきた白郎の声は随分と頼りなく、そして眠りを邪魔されて不機嫌そうな響きを帯びていた。

「白郎。緋影が消えた」

『は?』

「行方不明だ。置き手紙も何もない代わり、部屋には血の跡が残ってる」

『んだと!? すぐ行く! 場所教えろ!』

 衝撃的な報告で目が覚めたのだろう、俄然(がぜん)元気な怒鳴り声が飛び込んできた。

「ああ」

 家の住所を告げると、青邪は電話を切った。用を終えた携帯電話をポケットに戻し、ふと眉をひそめる。

 何か、すっきりしない。

 予想以上に白郎の反応は激しかった。これなら一生懸命緋影のことを捜してくれるだろう。自分のように嫌われていない分、彼女が見つかる公算もより高い。

 白郎に任せれば安心のはず――なのだが、なぜ、出番のないはずの自分の胸にこうも不快感が(よど)むのだろう?

「……別に、二人がどうなろうと、結局のところ俺には何の関係もないはずなのに」

 呟いてみたものの、逆効果だったらしい。余計に気分が悪くなってきた。

「……??」

 まるで解らない。

「まあ……いいか」

 これ以上は考えても気分が悪くなるだけだと悟り、口に出したその一言で頭の中から切り捨てる。

「俺の家に戻ろうか、ブルー。白郎が来るまでいつまでもこうしてぼーっと突っ立ってるのも疲れるからな」

 マフラーのような状態になっているブルーの黒い背を押さえながら、青邪は緋影の部屋を後にした。


◇◇◇


 がつん、という鈍い音と共に、青邪は後ろに二歩、三歩、とよろめいた。

「てめえ……何してやがった!?」

 拳を堅く握り締め、白郎は、殴られた自分の頬を黙って揉んでいる青邪をにらみつけた。

 周囲で遊んでいた幼い子供たちが、激しい怒声に怯え、そばの母親たちの元へと駆け寄っていく。

 ここは、青邪の家に程近い公園。

 通報に駆けつけた警察の手で緋影の部屋の現場検証が始まったため、青邪は白郎を家から公園へと連れ出した。そして、事情の説明が終わったとたん、白郎の拳が青邪に振るわれた。

 それが、今に至るまでの大まかないきさつである。

「何してやがったんだ、ええ!? 答えろよ、おい!」

 胸倉をつかみ上げられても、昨日の騒動の最中と同様、青邪の表情は静かに冷めきっている。

「寝てた」

 白郎が激昂している理由自体が判らなさそうな表情で、青邪は言い切った。

「ねて、た……?」

「ああ。寝てる間に大きな物音もしなかったからな、何が起こってるかなんて判るわけがない」

 気付かないのでは何もできない。それは確かにそうだが、その簡単な正論を平然と、しかも真っ向から主張されると、余計に神経が逆なでされてしまう。

「だからって……なんでそんなに平気でいられんだよ! 大事な時に役に立たねえで、何が幼馴染みだ!?」

 ぎりぎりと締め上げられても、青邪の表情は変わらない。

「どうして――」

「あ?」

「どうして、役に立たないといけないんだ? 幼馴染みなんて、たまたま幼い頃から一緒にいた、っていうだけの間柄だろう?」

 本当に不思議そうに、青邪は白郎に問い返した。

「てめ――なら、てめえは、霧生をどう思ってたんだよ? いなくなっても何とも思ってないってのか?」

 殴りかかるのを思いとどまり、白郎が再度問う。

「いや……そうだな、強いて言えば、ほっとしてる」

「ほっと……してる、だあ!? ふざけんなっ!!」

 再び激昂しかけた白郎の熱を、青邪の次の言葉が一気に冷ました。

「別にふざけてるわけじゃない。元々俺はある意味緋影が怖かったからな」

「……何、言ってるんだ、天城……?」

 あれだけ親しくしていた人間が怖い?

 理解できない答えにあっけにとられ、白郎の手から力が抜ける。

「他人の傍にいるだけで安らげるなんて馬鹿なこと、あるはずがない。なのに、緋影はそれをしてしまう。俺には、あいつの存在自体が理解できないんだよ……」

 顔を押さえ、俯く青邪。

「馬鹿かてめえ……それって……」

 すっかり毒気を抜かれた表情の白郎の言葉は、それ以上続かなかった。

「騎士様ぁーっ!!」

 黄色い声と、急接近する足音が彼の声を遮ったのである。

「!?」

 横合いからの、飛び込みざまのタックル。

 とっさに対応しきれなかった青邪は、そんな不意打ちをまともに受け、飛んできた人物もろとも地面を数回転する羽目になった。

「な……なに?」

 急に加わった回転のせいで混乱し、冷たい面影の崩れてしまった青邪に、それをもたらした当の乱入者ががばっと抱きついた。

「またお会いできましたわね、騎士様っ」

「はい?」

 気が付いてみると、それはかなりの水準に達する美少女。年の頃は、青邪と同じか、少し上くらいだろう。

「誰だ、あんた?」

 至極(しごく)当然の白郎の問いを、少女はあっさり無視したが、

「……君、誰だっけ? そういう態度に出られるからには知らない人間じゃあないらしいけど」

 青邪の問いには、大きく目を見開き驚いてみせた。

「まあっ、わたくしを覚えていらっしゃらないのですか、騎士様?」

「俺がなんで騎士なのか知らないけど、そうだよ。覚えてない」

 少女の手を引いて一緒に立ち上がり、埃を払いながら、青邪は答えた。

「嫌ですわ、つい昨日、命を助けてくださったばかりではありませんの」

 少女は、懐から丁寧にたたまれたハンカチを取り出し、青邪に示した。

「……? あれ、それは」

 その柄やくたびれ具合には覚えがあった。いや、むしろない方がおかしい。昨日ちょっとした思い付きで手放した、自分のハンカチなのだから。

「と、いうことは」

 ハンカチから自分の顔に移った青邪の視線を受け、少女は目を輝かせた。

「ええ、お察しの通りですわ! その節は本当にありがとうございました!!」

 胸を張りつつ頭を深々と下げる少女。偉ぶっているのか、お礼を言っているのか、いまいち判然としないが、どちらにしても中途半端な態度である。

「……なあ、天城。そいつ何なんだ?」

 事情を全く呑み込めず、白郎が青邪の肩を叩く。

「ん? ああ、昨日の白いGSのパイロット。俺が乗ってる間ずっと気絶してたから、印象薄くて忘れてた」

「まあっ、いくら騎士様でもそれはあんまりですわっ!」

「だから、なんで俺が騎士なのさ」

 憤慨(ふんがい)する少女に困惑で応える青邪。

「それはもちろん! わたくしを護ってくださったばかりか、怪我の手当てまで! まさに騎士道の(かがみ)ですわっ!!」

「はあ、そうなの?」

「ええ! では、参りましょう!」

 言うなり少女は青邪の手を取り、公園の外を手で示した。

 そちらには、見るからに高級そうな黒塗りのリムジンが停車しており、ドアには筋骨隆々たる黒服の男が一人、直立不動で控えていた。

「参りましょうって……。俺、まだ君の名前も用件も知らないんだけど」

 理由はともかくやけにノリのいい少女に、青邪はそんなツッコミを放った。

「あ、ら? ……そうでしたかしら?」

 二人は無言で頷いた。

「まあ、わたくしとしたことが」

 少女は居住まいを正すと、実に優雅な所作で青邪に一礼を送った。相変わらず白郎は見事に無視である。

「わたくし、一条(いちじょう)トーヴァ・シュトロハイムと申します。今日は≪XENON(ゼノン)≫の使いとして、天城青邪様、あなたをスカウトに参りましたの」

「XENON? スカウト? 何の?」

 事情を説明しているつもりで逆に謎を深めていることに気付いていないらしく、少女――トーヴァはそんな青邪の反応に対して逆に首をかしげた。

「もしかして……騎士様、あなたのお宅にはテレビがございませんの?」

「いや、あるけど」

 白郎の鉄拳やトーヴァの突撃を警戒して退避していたブルーを抱き上げ、肩に載せながら、青邪が答える。

「何いきなり失礼なことぬかしてやがんだ、この体当たり女は?」

「――日下部(くさかべ)、黙らせなさい」

 白郎の反応に対するトーヴァの言葉に、リムジンの元に立っていた男は「はっ」と答えるなりこちらへ駆け寄り、白郎の口を強引にふさいだ。

「~~~!?」

「突然の無礼、お許し願いたい。今しばらく」

「~~~!!」

 当然そんな理不尽を聞き入れるはずもなく、暴れる白郎。それに対して、男は困ったように、しかし苦労した様子は見せずに白郎を羽交絞(はがいじ)めにした。

「……まったく。見苦しいですわ」

 相変わらずじたばたと暴れ続ける白郎へ完膚(かんぷ)なきまでに見下した一瞥(いちべつ)を送ると、トーヴァは表情を困惑一色に占拠されている青邪に向き直った。

「今朝から各メディアを通じて報道を始めているのですが、わたくしの所属する≪XENON≫は、昨日のような機体の脅威に対抗するべく設立された組織ですの」

「……要は、GSと殺し合う集団ってことだね。でも、どうして俺みたいなただの高校生が、そんな物騒なことに足を突っ込まなきゃいけないんだい?」

「理由は簡単ですわ。≪XENON(わたくしたち)≫の機体は、ガンスレイヴよりもずっと高性能な代わり、乗り手が限られますの。要するに人手不足なのですわ」

(こんな変な女まで駆り出すくらいだ、確かに相当の人材不足なんだろーな)

 内心でぼやく白郎をよそに、トーヴァは言葉を続ける。

「〈厭輝(エンキ)〉――わたくしの乗っていた機体をいきなり完全起動させた騎士様は、適性も充分。パイロットとして、わたくしがお迎えに上がりましたの」

「じゃあ、その俺が断ったらどうなるわけ?」

 最初からやる気のなさそうな青邪の問いに対し

「また昨日のような事件が起こった場合、今度はどこまで被害が広がるか判りませんわ」

 昨日の一件を機に公開に踏み切ったとはいえ、恥ずかしながら現時点で実動要員はわたくしと、他にあと一人しかおりませんの。と、付け加えた。

「ふーん」

 気のない返事をして、しかし、ふと思い出したように、相変わらずつかまったままの白郎を振り返る青邪。

「?」

 きょとんとする白郎をしばし見つめ、改めてトーヴァを振り返る。

「いいよ」

「!」

「でも、条件が二つある」

 喜びかけたトーヴァに水を差すように、指を二本立てて付け加えた。

「何ですの? 無論ご家族の身の安全の保障は大前提でしてよ」

「どうでもいいよ、そんなもの。ただ単に騎士呼ばわりをやめてほしいんだ」

「はい、天城さまっ」

 青邪の注文を受け、トーヴァもあっさり言い換える。

「それと……俺が行動できる範囲だけでいいから、施設内を動物解禁にしてくれるかな。まあ、これはできればでいいけど」

「その猫ですわね? 善処いたしますわ」

 青邪の肩からこちらに涼しい視線を送っている黒猫に対して、無性に湧き上がってくる反感を覚えつつ、それを抑えて再び頷く。

「では、参りましょうか」

 上機嫌で青邪の背中を押し、リムジンへと歩き出す――その背後で、

「――オレにもやらせろ!」

 突然、白郎が日下部の拘束を振りほどいて叫んだ。

「何ですの?」

 きょとんとするトーヴァに対し、

「逃げ回るだけなんざまっぴらだ! それに、オレにだって適性があるかも知れねえだろ!?」

「馬鹿なことをおっしゃらないで下さいます? わたくしたち≪XENON≫に、あなたのような下品で粗野な人間など――」

「一方的に決め付けるのはどんなもんかな」

 冷ややかなトーヴァの言葉を、青邪が遮った。

「天城……」

 助け舟を受けて、白郎も青邪に期待のこもった眼差しを向ける。

「俺は、選択は尊重されるべきだと思うよ。大体、さっき言ったじゃないか。手が足りないんだろ?」

「それは……そう、ですけれど……」

 続けて繰り出された正論に、トーヴァの旗色はとたんに悪くなった。助けを求めるようにして視線を送った先で、日下部も困ったように首を横に振る。

「決まりだ! オレも連れてけ!」

「くっ……仕方、ありませんわね」

 青邪の援護を受けつつ放たれた白郎のとどめの一言に、ついにトーヴァはしぶしぶ首を縦に振った。

「ですが――本部で適性なしと判断された場合は、即座に放り出して差し上げますわ! 覚悟なさい!」

「おう、上等じゃねえか! やってみろよ!」

 売り言葉に買い言葉。握った拳に中指を立てて、白郎はトーヴァに示した。

「日下部! 行きますわよ!」

「はっ」

 白郎に対する不快感を隠そうともしないトーヴァの命を受けて、日下部は即座に白郎を解放し、無駄のない動きで運転席へと滑り込んだ。

 必然、走り出したリムジンの中は険悪な雰囲気だった。

「感謝なさい、本来ならこれはあなたのような凡人が腰を下ろせるような安物の座席ではなくてよ」

「へえ、そーかい。そりゃ座り甲斐があるぜ」

 冷ややかなトーヴァの視線や言葉をものともせず、白郎は幼い子供がそうするように何度となく座席の上で跳ね、スプリングの利き具合をじっくり味わい始めた。

「……!」

 厭味(いやみ)の全くこたえていない白郎を見たトーヴァが悔しげに拳を握り、その姿を見た白郎が逆に彼女を鼻で笑い返す。

 そんなやりとりが何度続いたろうか。

 嫌ならほうっておけばいいものを、トーヴァはわざわざことあるごとに白郎に厭味を言ってはその都度屁理屈を含めて言い返され、逆にイライラをつのらせていた。

 二人のやりとりは、青邪の目にはリムジンの走行に伴って流れてゆく景色を無心で眺めているよりも面白い娯楽に映っていた。

(この二人って、案外いいライバル同士になったりして)

 全く対等に険悪なにらみ合いを続ける二人を、膝の上で丸くなっているブルーをなでながら眺め、青邪は思った。


◇◇◇


〈不明機に告ぐ。貴機は我が国の領空を侵犯している〉

 暗く狭いコックピットの中、黒く塗りつぶされた仮想ウィンドウが、パイロットの間近で声だけを発した。

〈所属を明らかにし、同行せよ。このまま応答がない場合、貴機を敵性体と断定、直ちに撃墜する〉

「夢見てんじゃないわよ。やれるもんならやってみせな」

 警告に対して嫌悪もあらわに吐き捨てたのは、未発達な体の線をあらわにする黒いパイロットスーツの少女。

 その姿は――異形であった。

 長い髪は純白で、切れ長の眼に収まっている瞳は深い(みどり)。そこまではまだいい。その華奢(きゃしゃ)な背から生えているのは、白い羽毛を持つ一対の翼なのである。

 見るからに「天使」の呼称がふさわしい造形。ぞんざい極まりない言葉遣いがその概念に沿うかどうかは置いておくとして、だが。

「あんたら邪魔なのよ! さっさと消えな!」

 少女の叫びと共に、つながっていた通信が、爆音を伴うノイズを残して途絶えた。

 搭乗者同様に翼を持つ、青と白の塗装を施された人型の機体が、周囲からまとわりつく金属片をうっとうしげに払う。

 わずか数瞬前まで生きた人間の乗っていた残骸は、先を争って眼下に広がる小人の世界へと落下していった。

『――冗談じゃない! あんな……新参(しんざん)なんかに、負けてたまるもんかっ!!』

 聞く者のない叫びを残し、少女の機体は更にスピードを上げ、傍を漂っていた白い雲を切り裂いて飛び去った。


◇◇◇


「着きました」

 静かな日下部の声を聞き、青邪と白郎の二人は窓の外を見回した。

「……?」

 青邪は首をかしげて反応に困り、

「おい……」

 白郎は険悪な表情でトーヴァをにらんだが、トーヴァの方は一向にそれに構う様子がない。

 霊峰富士を間近に臨み、周囲は奥深い森林。

 人里離れた広大な敷地に、普通よりもう少し手間と暇がかけられていそうな建物が密集している。時折通り過ぎる人影はトーヴァと同じ年頃、同じデザインのブレザーを着ており、トーヴァもここの関係者と知れる。

 さしずめ私立のマンモス学園、といったところだろうか。

「……日下部さん、道、間違えてないよね?」

「はい。ここで間違いありません」

 青邪の問いに答えると、日下部は先に車を降り、三人の乗っている側のドアを開けた。

「さあ参りましょう、天城さまっ」

「分かったから、そんなに引っ張らないように」

 自分の腕を上機嫌で引くトーヴァをなだめつつ、ついていく青邪。白郎と日下部もその後に続いた。

 校舎の中、不思議そうな視線を受けながら廊下を抜け、やがてたどり着いたのは『生徒会執行部安全保障委員会執務室』……と漢字の長々と書かれたプレートの貼ってあるドアの前だった。

 青邪と白郎の二人が疑問を口にするより早く、トーヴァはそのドアを開いた。

 人の気配が感じられないほど整然としている以外何の変哲もない部屋の中を横切り、隅にある灰色のロッカーの上部に入っている切れ込みから中をのぞき込んで、名乗る。

「一条トーヴァ・シュトロハイム」

『眼紋及び声紋合致。本人と認識』

 合成音声と共に、かちゃりと音をさせて、内側から鍵が開いた。

 開いたロッカーの中には何もなく、ただ、底に人一人のウエストより二回りほど大きい穴だけが口を開けている。

「……これって、やっぱり?」

「はい! では、行きますわよ!」

 入るんだよね、と目で訊く青邪に頷くなり、トーヴァは穴の中に滑り込み、見えなくなった。

「……まあ、後ろもつかえてることだし。――しっかりつかまってること」

 呆れている白郎や、その後ろで控えている日下部を振り返って納得すると、青邪も肩のブルーを胸元に抱き直し、すぐさま穴の中へ滑り込んだ。

「本当にワケ解んねえ……どういう組織なんだよ……」

 ぼやきつつ、白郎も滑り込む。

「……」

 最後に日下部を呑み込むと、ロッカーは自動的に閉じ、まるで最初から何事もなかったように、部屋の中に静寂が戻った。


◇◇◇


 暗く狭いチューブの中を、高速で滑り降りてゆく。

 もたらされるスピード感や浮遊感は、プールによくあるウォータースライダーと変わらないが、何も見えない分、こちらはあまり面白くない。

 青邪が長い滑走にいい加減うとうとし始めた頃、いきなり視界が開けた。

 後続の白郎や日下部のことを思い出し、肩に登ってきたブルーを片手で支えながら滑り台の終わりから起き上がると、青邪は金属で覆われた周囲を見回した。

 大体、広めの教室ほどあるだろうか。全体的に薄暗く、中央部で青白い光を放ち真下の円卓を照らしている巨大なモニターが最も強い光源となっている。

 作戦室、といった風情のそこには人影が四つあった。

 秘書と思しき女性。

 そしてそれを傍らに従えた初老の男。

 男の存在を意識してか、おとなしく立っているトーヴァ。

 トーヴァと同じ制服姿の、無感動な表情の少女。

「うわ、暗え」

 背後でそんな声がして、すぐに白郎が駆け寄ってきた。遅れてやってきた日下部が彼と青邪、二人の脇をすり抜け、主人であるトーヴァのそばに影のように控える。

「ようこそ、天城青邪君、相模白郎君。私は真行寺厳一郎しんぎょうじげんいちろう、この≪XENON≫の司令を務めている」

「初めまして」

「こんちわっス」

 男――厳一郎の自己紹介に対し、青邪と白郎もそれぞれあいさつを返した。

(……あれ? 真行寺?)

 あいさつを返してから、青邪はふと眉をひそめた。聞き覚えのある名詞だ。

「――真行寺というと、ひょっとして、あの真行寺ですか? ガンスレイヴを世に送り出した」

 聞き覚えがあるのも無理はない。十二年前にガンスレイヴという存在を発表した企業の名は「真行寺重工」。世界ブランドと言っていい規模の総合企業体、真行寺グループの中枢である。

「うむ。そうだ」

 案の定、厳一郎は頷いた。なぜか――そこには苦々しい感情が漂っているように見えたが。

「やっぱりそうか……」

 組織の中枢の人間がGSの総本山の関係者だとすれば、組織が通常のそれを大きく上回る技術を保有していてもおかしくはない。むしろ、していない方が不自然と言える。

「さて――こちらの紹介は十分とは言えないな。続けてもいいかね?」

「ええ、どうぞ」

 拒絶する理由があるわけもなく、青邪は続きを促した。

「彼女は、妹尾朝子(せのおあさこ)。私の秘書だ」

「よろしくお願いします」

 一歩進み出て頭を下げると、女性は再び後ろに下がった。

「彼女は……もう知っていると思うが、一条トーヴァ・シュトロハイム。我々の保有しているパイロットの一人だ」

「忘れていませんわよね、天城さまっ」

「まあね。君みたいに強烈な人って簡単には忘れられないよ」

「そして、彼女は――」

藤堂碧紗(とうどうへきさ)。パイロットのもう一人」

 厳一郎に先駆けて自分から名乗ると、少女はほぼ無音で青邪の目前に歩み寄り、首をかしげた上目遣いでじいっとその顔を見つめた。

(なんか……ふざけてない時の天城をそのまま女にしたみたいな奴だな)

 唐突な行動と無表情に困惑しているように見える青邪を横目で眺めながら、白郎はそう思った。

 しばしじっと見つめ合った末、碧紗は青邪の背後に回り、無表情のままで抱きついた。首に両腕が回され、ぱた、とウェーブのかかったツインテールがブルーの去った両肩に音を立てる。

「なっ……!」

「うわ……」

 むっとした表情を見せるトーヴァと呆れる白郎を尻目に、当の青邪は自分の背中に体重を預けたままたれている碧紗の爪先を床に引きずり、いたって平然としている。

「で、俺や白郎はこれから何をすればいいんです?」

「う、うむ……。まずは、君達のデータの収集を行う。妹尾君について行ってくれたまえ」

 変な少女をあっさり受け入れている、更に変な少年に、心なしか気圧されつつ、厳一郎はそう答えた。

「相模君の適性の判定もそこで行うことになっている」

「え? あ、ああ、解った!」

 懐いてやがる……と呆れ返っていた白郎も自分の名を聞きつけたことであわてて居住まいを正し、返事を返した。

「あと、施設の案内」

「その通りですわ! でも、それはあなたの役割ではなくてよ!!」

 青邪の背にもたれたまま淡々と呟く碧紗を、トーヴァが引っぺがした。

「そう。なら、私はこの人」

「え? おい!?」

 引っぺがされたことに対してもさほど不快感を示さず、やはり淡々と呟くと、碧紗は白郎の反応を無視し、青邪の時と同じ体勢でその背にもたれた。

「おい……な、何のつもりなんだこいつ?」

 背中に当たる二つの柔らかな感触に赤面しつつ、白郎はトーヴァに訊いた。

「あなたも気に入られたようですわね」

「は?」

「その方、気安く接することができると判断した人間なら誰にでもそうですわよ」

「……世の中広いぜ」

 あんなのが他にもいたなんて……と、足元にブルーを従えた青邪を眺めつつ、白郎は思った。

「こちらです」

 一連のやりとりを気にした風もなく、妹尾が先に立って奥へと歩き出した。困り顔の青邪、その腕を取り上機嫌のトーヴァ、背中にたれる碧紗を渋面で引きずる白郎、の順で後に続く。

 作戦室を出たすぐ脇には長いレールが敷設されており、その上には、新幹線を小型化したような流線形の乗り物が待機していた。

「リニアレール。基本的に、基地内はこれで移動することになります。今から、情報処理施設のある第六ブロックに向かいますね」

 一行を導き入れた妹尾が説明し、制御盤のキーボードを叩くと、程なくそれは動き出した。

 しばしの後、一行は、先程の作戦室とは一転して明るい、医務室か実験室のような部屋へと着いた。

 大きなガラス窓の手前に、精密機械のためのものらしきコンソール制御卓、向こう側のもう一つの部屋には青邪が昨日座ったばかりのGSの操縦席が二つ設置してある。

 妹尾が振り返る。

「天城さんにはパイロットとしての作戦行動を前提とした詳細なデータの収集を行い、相模さんは基礎的なデータを収集した上で『チェンジリング』かどうかを判断します」

「チェンジリング?」

 耳慣れない単語に、青邪は首をかしげた。

「まあ、要は私たち≪XENON≫が保有している機体の操縦適性者に対する呼称です。『取替え子』という言葉はご存知でしょうか」

「うーん……?」

「全っ然解らねえ……」

 二人揃って、心当たりというものがまるでない。

「西洋の伝承で、妖精が自分の子供と人間の子供とを取り替えてしまうことですわ、天城さま」

 困惑する青邪に、トーヴァがそう告げた。

「最近確認され始めたのですが、まるでその『取替え子』現象のように、ある種の特殊能力を先天的にそな具えた人間がいるのです――彼女たちのような」

 妹尾の目配せを受け、トーヴァと、飽きたらしく白郎の背中から離れて傍らにいた碧紗が頷き――不思議なことが起こった。

 金属の内壁に囲まれた、自然の影響など望むらくもない地下空間のはずのそこに、柔らかな風が吹き、何かを包む形で内側に合わされたトーヴァの手の中に集束してゆく。

 立体映像よろしく、周囲に存在する障害全てを無視して通過する銀色の光の波紋が、内向きに寄せては、トーヴァ同様内側に合わされた碧紗の手の中に集中してゆく。

「“Liebeslied(リーベスリート)”」

 トーヴァの声に応えるように、その手の中の空間が歪んだように見え、昆虫のそれに似た透明な翅を背に二対持つ、文字通りに小さな少女の形が現れた。

「……妖精……?」

 神秘を目の当たりにして、白郎が呆然と呟く。

「“幻想六花(ミスティックペタル)”……」

 ぽつりと呟いた碧紗の手の中に、きらきらと透明に輝き、自転する、揺らめく水流が現れた。

「これが……特殊能力、ですか?」

 現れたものに対して異質な感覚を覚えつつ、振り返った青邪が訊くと、妹尾は首を軽く横に振った。

「確かに、それだけでも充分特殊ですが、それは“形”に過ぎません。重要なのは、それを核としてもたらされる力です」

 妹尾の言葉が終わるなり、青邪の前髪が、トーヴァの方から吹いてきた風によって揺らされた。

「これを維持している間、わたくしは風を吹かせることができますし――」

「私は……水道料金、ただ」

 トーヴァの言葉を受けた碧紗が、言葉に詰まった後妙に所帯じみた表現で締めくくり、ブルー以外のその場にいた全員が、がくんと膝を脱力させ、ずっこけそうになった。

 空気が一気にだれたのを機に、二人の出現させた存在もそれぞれ姿を消す。

「藤堂さん、あなたね」

「私、変なこと言った?」

 詰め寄るトーヴァに対し、怪訝そうに首をかしげる碧紗。

「言ったね」

「言った」

「そう」

 青邪と白郎の答えに頷きはしても、やはり彼女に気にした様子はなかった。気を取り直して、妹尾が解説を再開する。

「このようにして精霊――自然の延長線上にある未知の領域――に干渉する能力を持つ存在が『チェンジリング』であり、現時点では彼女らによって引き出される力だけが、私たち≪XENON≫の保有する機体を完全な状態で稼動させられるのです」

「……ということは、俺にも彼女たちみたいに何かを出すことができるってこと?」

 トーヴァや碧紗を示しつつ問い返す青邪。

「そうなるはずです。むしろ『召喚形質』――彼女たちの出した「形」のことです――を形成せずに機体の許容量を超過する力を発揮したあなたの方が異常なのです」

「ふーん……」

「おまえってすごかったんだな、天城」

「だねえ」

「さあ……データ収集に入りましょう。向こうの部屋に入って――天城さんはもう解っているかも知れませんが、椅子に体を預けて、肘掛けの球体に手を置いて下さい」

「はい」

「分かった」

「――おとなしく待ってな」

 肩という指定席から抱き上げられて床に放され、ブルーは着地するなり青邪を見上げた。しかし鳴くことはせず、白郎と共にドアの向こうに消えるその背中を見送った。

『別段苦痛はありませんから安心して下さいね』

「妹尾さん、そういうセリフはかえって説得力ないです。歯医者が痛いことをする時って、前もって患者に何て言うと思います?」

 部屋に入り、事前の指示通りに操縦体勢をとりながら、青邪は思わずスピーカー越しに聞こえてきた妹尾の言葉にツッコんだ。

『まあ……言われてみればそうかも知れませんが』

 言われて、制御卓のオペレーターとともに妹尾が苦笑する。

『楽にしていて下さい。始めますね』

 宣言と共に、照明が弱まり――鈍い衝撃が、地下にあるはずの施設全体を揺らした。


◇◇◇


「何が起こったのだね!? 報告を――」

 足早に司令室へと踏み込んだ厳一郎を、オペレーターの報告より先に、正面の大型モニターに映し出された映像が打ちのめした。

 霊峰富士の裾野に広がる、火山灰台地。埋蔵されている磁鉄鉱の影響で方位磁針もまるで意味をなさないという、誰もが一度は耳にする自殺の名所。

 かの青木ヶ原樹海を焼き払い、青く白い有翼の破壊者が降臨していた。

「な……に、まさかオリジナル? 直接侵攻だと!?」

「申し訳ありません! 捕捉した時には既に……!」

「……〈U‐0(アンノウン‐ゼロ)〉並みの進攻速度ということか。気に病むことはない」

 オペレーターの肩に手を置き、言うと、うって変わって激しい口調で命令を下し始めた。

「総員、第一種戦闘態勢へ移行! 現時刻を以って当該機体を〈U‐2(アンノウン‐ツー)〉と呼称、敵と断定する! 第六ブロックと第五ブロック間の連絡経路を残し、全隔壁閉鎖! 支援部隊出撃急げ! 地上へ到達後、接敵と同時に各自の判断で攻撃開始!」

「了解!」

「並びに〈転鱗(テンリン)〉〈永姫(エイキ)〉の起動準備! 第六ブロックとの連絡急げ! パイロットを大至急招集せよ!」

「了解!」

 ひとしきり指示を出し終えると、厳一郎は専用の椅子に腰を下ろした。

「あの真下には、研究棟――第七ブロックがあったはず。まさか……〈エクスカリバー〉を狙ってのことなのか?」

 その呟きは、にわかにあわただしくなった司令室の中、発した彼自身にすら聞き取れなかった。


◇◇◇


 部屋の内部だけでなく、フロア全体が不安定に明滅する赤いランプで照らされ始めた。

「?」

「何だ!?」

 異常を直感し、青邪と白郎は椅子から身を起こした。

『天城さん、相模さん、データ収集と処理、終わりました。こちらへどうぞ』

「いや、それはいいけど――」

「何が起こってやがるんだ!?」

 戻ってくるなりけんか腰で訊いた白郎に、妹尾は、苦い表情で応えた。

「あまり考えたくはありませんが、この基地自体が強襲を受けていると考えるのが妥当(だとう)ですね」

「――打って出ようぜ!」

 すかさず、白郎はそう叫んだ。

「オレは『チェンジリング』だったんだろ? おい!」

 言われ、オペレーターが我に返り天井からモニター上の数値へと視線を戻す。

「あっ、ちょっと待ってください。召喚係数は……起動閾値(いきち)、クリア。精霊指数……116……え?」

「え?」

 オペレーターの読み上げた数値にトーヴァが、オペレーターにやや遅れて、同じようなあっけに取られた声をもらす。

「なんだよ、オレもロボット乗れるのか、そうじゃねーのか、どっちなんだ?」

「……乗れます。相模さんも正真正銘、実戦レベルのチェンジリングです。でも、まさか一条さんいじょ――」

「行きますわよ! ついて来なさい後輩!」

 オペレーターの言葉をさえぎり、トーヴァは白郎をにらみつけざま走り出した。

「んだよ後輩って」

「認めてあげただけありがたいと思いなさい!」

「うるっせーヤツだなしかし」

 呟きながら後を追う白郎。碧紗もその後に続く。

「天城さんも、妹尾さんたちに同行してください。私はまだしばらくデータ処理を行う必要があります」

「わかりました――!?」

 オペレーターの言葉を受けて四人の後を追おうとしたところで、青邪は重大なことに気付いた。

「ブルー……?」

 ついさっき放した黒猫の姿が、見当たらない。

「……どこに行ったんだ?」

 揺れが始まったとたんに、照明が赤黒くなり、あたりは薄暗くなってしまっている。

 元から夜行性の猫はともかく、『チェンジリング』とはいっても身体構造が人間であることに変わりのない青邪にとって、捜しものをするには辛い環境だ。

「……世話を焼かせる」

 呟くと、青邪は部屋を飛び出し走り出した――白郎たちとはまるで別の方向へ。モニターと向き合っているオペレーターがそれに気付くことはなかった。


◇◇◇


「支援部隊、損耗率50%突破! あと何分も保ちません!」

「〈U‐2〉に【租界】を確認! やはり通常の――GSでは対抗できません!」

 次々と飛び込む被害報告に、沈黙を守っていた厳一郎は重い口を開いた。

「現時点で稼動可能なティマイオス、全機起動準備急げ。パイロット搭乗次第、順次射出!!」

「了解! 〈転鱗〉〈永姫〉に続いて、〈非天〉〈撃震〉起動準備! 各機自己診断プログラム起動!」

「シューター、77番から80番確保! 進路クリア! 起動準備完了! いつでもいけます!」

「〈転鱗〉〈永姫〉起動準備完了しました! 〈非天〉〈撃震〉機体各部問題なし! 各機正常稼動を確認!」

 被害報告とは裏腹に順調な反撃準備の報告に、厳一郎は苦しげに眉間にしわを寄せた。

「……すまんな、天城君、相模君。来てもらって早々、君達を死地に放り出さねばならん……。それだけのことをしてでも、あれを手離すわけにはいかんのだ」


◇◇◇


「ここを抜ければティマイオスは目の前でしてよ!」

 言いながら、トーヴァは懐から取り出したIDカードを認証用の端末に通した。電子音と共に緑のランプが点灯し、閉ざされていた鋼鉄の扉が音もなく左右に開く。

 目の前が開け、今までとは一転して金属の骨組みが剥き出し――学校の体育館そのまま――の内装が視界全体に広がった。

 そこには、巨大な鋼鉄の胸像――否、巨人が四体、建設途中のビル同様、整備用のものと思しきキャットウォークに取り囲まれ、直立不動の体勢で横一列に佇んでいた。

 空港のような状態で高所に張り出し伸びているキャットウォークを伝って直接各機体の胸部で開いているハッチの奥に搭乗できるようになっているらしい。

「おい、一条何とか! ティマイオスって何だ? ガンスレイヴの間違いじゃあねえのか?」

 四つの機体目指して先頭を走るトーヴァを追いながら、彼女の発した言葉を疑問に思った白郎が訊く。

「わたくしは「何とか」ではなく! 「トーヴァ」ですわ!」

 まず白郎の呼びかけを訂正してから、トーヴァは続けて本題に入った。

「言い間違いではなくてよ! 『チェンジリング』専用機をそう呼びますの!」

「そうなのか?」

「ええ!」

 答えながら、トーヴァは手前から二番目の位置に佇んでいた青い機体の胸部のハッチに飛び込んだ。

 以前彼女が搭乗していた機体〈厭輝(エンキ)〉に似ているものの、より大柄で、背には相変わらず翼があったが、飛行能力はないのだろう、充分な揚力を期待できる大きさではない。

「拘束解除! 〈永姫(エイキ)〉起動いたします!」

 トーヴァの宣言と共に、機体を拘束していたハンガーが移動し、ハッチが自動的に閉じた。緑色をしたカメラアイに光が宿り、機体が動き出す。

「拘束解除。〈転鱗(テンリン)〉、起動」

 相変わらず淡々とした口調の碧紗の呟きを、閉じてゆくハッチが遮った。

 トーヴァの機体と同じ経過をたどって動き出したのは、やや複雑な形状の装甲を持つ銀色の機体。

 恐らくは接近戦用なのだろう、胴体はもちろんのこと、その四肢には重厚な威圧感があり、翼などと余計なものはついていない。

「……あ、オレってどれに乗れば――って天城は!?」

 一人置いてきぼりを食らったような気がして、傍にいるはずの親友を振り返っても、妹尾以外誰もいない。

「……まだ来ていないようですね。では、あなたが選んで下さい」

 背後を振り返って簡潔にまとめると、妹尾は未だ動かず奥に佇んでいる、二体のティマイオスを示した。

「これは、近接格闘専用機〈非天(ヒテン)〉」

 手前から三番目の赤い機体。先に起動した二機の中間のような観がある。猫科の獣のような意匠で、防御力よりは機動性と攻撃力が重視されている風情である。

「そして、後方支援型砲戦用機〈撃震(ゲキシン)〉」

 一番奥、濃緑色の機体。量感で言えば他の三機と比べて三回りは大きく、両肩に一つずつ装備されている大口径の砲口が実に凶悪な気配を秘めている。

「どちらにしま――あ」

 妹尾が機体から視線を戻して訊いた時点で、白郎は既に一番奥の〈撃震〉のコックピットに収まっていた。

「やっぱ(おとこ)なら一発逆転の大火力だろ!?」

「は、はあ……そうですか?」

「おうよ! 拘束解除! 〈撃震〉起動っ!!」

 景気よく叫ぶ白郎を胸の奥にしまうと、濃緑色の巨体は動き出した。

「あ、そういや取扱説明書(トリセツ)はねえのか?」

 起動直後、白郎はふとそんな呟きを発した。

 この機体、基がGSだけに意外とすんなり動かせているような気はするが、やはり詳細な説明があるに越したことはない。

 と、白郎の間近に電子音と共に仮想ウィンドウが開き、トーヴァの顔が映し出された。

「お、ちょうどいいぜ。何か取説みたいなもんねーか?」

 訊いた白郎に、トーヴァはふふん、と冷笑で応えた。

「……あんだよ」

 鼻で笑われて面白いわけもなく、当然白郎の表情は見る間に険悪なものとなった。

〈操縦は体で直接覚えるものでしてよ。テストパイロットとしてずっと操縦を続けてきたわたくしが言うのですから間違いありませんわ。……あーら、怖いのかしら?〉

 この分野においては自分が明らかに優位に立っていることを認識しているらしく、彼女は完璧に白郎をいびりにかかっていた。

 だが、それに屈する白郎でもない。

「ふざけたことぬかしてんじゃねえよ! 上等じゃねえか、やってやるぜっ!!」

 トーヴァの挑発にいきり立ち、白郎は仮想ウィンドウの向こうの彼女に向かって中指を立てた。

「おーっほっほっほっ! どこまでできるか、とくと見せてもらいますわ!」

「見てやがれ! 好きなだけ拝ませてやらあ!!」

 余裕しゃくしゃくのトーヴァに怒鳴り返す。

 売り言葉に買い言葉。その典型的なやりとりであった。


◇◇◇


「司令! 〈永姫〉〈転鱗〉〈撃震〉の起動を確認! 以上三機、これより戦線に参加します!」

「……三機?」

 朗報であるはずのオペレーターの報告に対し、厳一郎は逆に眉をひそめた。

「現在稼動可能なティマイオスは全部で四機あったはずだ。残る〈非天〉はどうした?」

「今のところ、起動を確認していません」

「出遅れているのは誰だ?」

「天城パイロットです。先程格納庫から入った報告によりますと……、その、第六ブロックから格納庫に向かう間にはぐれてしまったようです」

「はぐれ――迷子だと? よりによってこんな時に?」

 ひどく間抜けな表現が、厳一郎の口から飛び出した。

 本来ならば初陣(ういじん)を華々しい戦果で飾った青邪を戦力として期待していたのだが……。

「……はい、その……迷子のようです」

 場にそぐわない表現を不用意に訂正して、上司の感情を刺激するのは避けたいのだろう、控えめなオペレーターの返事に

「…………」

 かえってどっと疲れを感じた厳一郎は大きなため息を吐き出した。

「……格納庫から報告してきたのは妹尾君だな?」

「はい」

「……一刻も早く捜し出すよう伝えてくれ」

「了解」

「……ティマイオス部隊用外部武装、射出準備」

「完了しています」

「よろしい。それと――〈竜雀(リュウジャク)〉の状況は?」

「あれを使用されるのですか!?」

 思いがけない問いに、厳一郎の間近にいたオペレーターは弾かれたように振り返った。

「うむ。念には念を入れねばなるまい」

「しかし……あれは……」

「報告を、頼む」

「……起動自体は可能です。ただ、試射が未だ行われていない現状では、発射に伴うエネルギー輻射がどれだけのものか予想しかねます。楽観しても二発が限度でしょう」

「結構。それだけ撃てれば充分だ。起動準備に入ってくれ」

「――了解」

「頼むぞ、できれば使う事態は避けたいのだ……」

 厳一郎の目は、モニターの向こうで猛威を振るい続ける青く白い破壊者と、そして、上昇を続けるティマイオス三機を示すシンボルに注がれていた。


◇◇◇


 入り口で立ち止まる。揃う両足の発した音が、その奥に広がる空間に反響した。

「ここは……?」

 赤黒い薄闇の中に、巨大な人影が三つ。鉄骨の骨組みに取り囲まれて、直立不動の体勢で佇んでいる。

「GS……」

 奇妙なことに、手前の二体はやけに貧相だった。何しろ外装らしいものがほとんどなく、骨組みだけのスケルトン状態なのだから。

 それらと見比べると、一番奥で実験器材と思しき機械の群れに取り囲まれている機体の威容は一層際立っていた。

 放熱板のようにも見える細く下向きの翼を五対、人間の肩甲骨(けんこうこう)に相当する部分に設置してあるブースターらしきものを不自然なほど極端によけるアンバランスな配置で背に持ち、普通のGSよりも三回り大きい。

 無骨な装甲に覆われた結果の肥満というわけではなく、むしろ非常に整ったプロポーションを持っている。純粋に大きいのだ。

 細部を鋭角な直線と流麗な曲線で構成しているパーツは複雑でありつつ調和を保っており、それが外見に中性的な印象を与えていた。

「……ぁ」

 突然――反響を伴うブルーの声が聞こえた。

「!」

 それは、奥から聞こえてきた。

「ブルー――」

 反響を頼りに一番奥の機体へと駆け寄り、鋼鉄の足場を上って――ハッチを開放し搭乗者たるべき人物を待っているコックピット付近で足を止める。

「……ぁ」

 果たして、かすれがちな鳴き声はコックピットの中から聞こえてきた。

「ブルー……」

 捜していた、黒く小さな姿は、縦一列の複座式になっているコックピットの、奥側の操縦席で、しっかりと四肢を伸ばして立ち、こちらを見ていた。

「……捜した」

 深く安堵(あんど)の息を吐き、胸をなで下ろす。

「行くぞ。俺は上で殺し合わなければならない」

 コックピットの中に潜り込み、手を差し伸べたものの、ブルーは動こうとしない。

「……そうだな。無理強いはしない」

 行きたくない、という意思の表明なのだと解釈して背を向けかけた青邪を、視界の隅に入った、当のブルーの眼が引き止めた。

「?」

 怪訝な顔で振り返る青邪。

 違う。その眼は何か、自分との同行の拒否とはまた別の色をたたえているような……。

 待って、と、ブルーの眼は少なくともそう言っていた。


◇◇◇


 上から頭を押さえつける、猛烈な重圧。それが消失した時には、既に地上に出ていた。

 浮遊感の後、轟音と共に着地した衝撃で我に返る。

 そこに広がっていたのは、数十体分に及ぶGSの残骸でできた金属の山であった。

『へえ……少しは手応えのありそうなのが出て来たじゃない』

 続けざまに出現した三体のティマイオスを振り返り、青と白二色のカラーリングの機体――〈U‐2〉が、足をかけていたGSの残骸を踏み潰し、若い女の声を発した。

「――てめえ!」

 既にそこに動いているGSなど存在しないことを知り、白郎の頭にさっと血が上る。

『ぶちのめすッ!!』

 咆哮と共に、白郎の駆る〈撃震〉の両肩の砲が白い光を吐き出した――が、対する〈U‐2〉はそれをかわしざま跳躍し、既に〈撃震〉の間近の空中にいた。

『鈍いんだよ!』

 声と共に、〈U‐2〉の手にしていた槍が繰り出される。しかし、その鋭利な穂先は〈撃震〉の装甲をかすりもせず弾かれ、逆に別の刃が〈U‐2〉を襲った。

『ちいっ!?』

 即座に反応、逆噴射で後方に回避するところを、更に別方向から横薙ぎの刃が襲う。だがそれも機体を回転気味にひねることで回避。

 器用と言うより、元より翼を有する者ならではの動きと言えよう。

『……意外にやるじゃないか』

 不意の二連撃をほぼ完璧に回避し着地すると、〈U‐2〉は〈撃震〉を後方にかばい両手に大振りのナイフを構えている〈転鱗〉と、真横で薙刀(なぎなた)を構える〈永姫〉に対して、感心したように呟いた。

 白郎の窮地に対して、トーヴァと碧紗は一瞬の内に彼をかばうと同時に正確な反撃に出ていたのである。

『意外は余計ですわね。――さあ、わたくしにひれ伏してお礼をおっしゃいな』

 ちらり、と〈永姫〉が〈撃震〉を振り返る。

『誰がひれ伏すかっ!』

『仕方ありませんわね……貸し一つ、ということで勘弁して差し上げますわ』

『何漫才やってんだよっ!』

 怒声と共に再度繰り出される槍。しかし、それは薙刀によってがっちりと受け止められていた。高周波で震動している刃同士が、接触によってその震動効率を可聴域まで低下させ、耳障りな高音が発生する。

『藤堂さん!』

 言葉が発されるのとほぼ同時に、〈転鱗〉が〈U‐2〉の懐に入り込む。ぎらりと光るナイフ。

『甘いんだよ!』

 嘲笑と共に大きく後方へと羽ばたきながら、〈U‐2〉は腕を前方に向け突き出した。その直後――

『?』

『きゃあっ!?』

 続けざまに〈転鱗〉と〈永姫〉が弾き飛ばされた。

『な――でえい! 驚いてる暇ぁねえかっ!?』

 何はともあれ、味方が二人とも射線上からいなくなったのは絶好の攻撃チャンスだ。あっけにとられるのもとりあえず、すぐさま我に返った白郎は再び砲撃を行――おうとしたが、直後彼の〈撃震〉は連続してピンポイントの打撃を受け、大きくよろめいた。

「いててっ、何だ一体――!?」

 機体越しに伝わってきたダメージに顔をしかめつつも、白郎はたった今の打撃をもたらしたと思しき存在を視界に捉えた。

『は……玉ぁ?』

 白郎がひどく間抜けな表情になってしまったのも無理はない。何しろそれは、何の支えもなしに空中に浮遊する、五つの、単なる銀色をした金属球だったのである。

直径にして、ざっと一メートルほどあるだうか。円陣を描いて〈U‐2〉の周囲をゆっくりと回転している。

『何ですの、そのおかしな玉は?』

『知る必要なんてないだろ。知ったところで――どうにもできないんだからね!!』

 トーヴァの問いに対して〈U‐2〉が断じた直後、玉は猛烈な勢いで空間を荒れ狂い始めた。

 五つ全てが全く無関係に不規則な軌道を描き、常に死角から白郎たちを小突き回す。

『こんちくしょうがぁっ!!』

 苛立(いらだ)ち任せに振るわれたハンマー同然の〈撃震〉の拳が運良く玉の一つを捉えた――が、彼我の質量の差ゆえに、ただ玉を弾くだけにとどまってしまったらしく、殴られたそれは次の瞬間には何事もなかったように〈転鱗〉の顎を打ち上げていた。

『……!』

 続けて、のけぞってがら空きになった鳩尾(みぞおち)へと別の玉がめり込む。

 窮地の碧紗を助けようにも、他の二人も全く同じ状況に立たされていたため、打つ手などなかった。全くもって、どうにもできなかったのである。


◇◇◇


「誘導打撃兵器だと……化け物め」

 手も足も出ないティマイオス三機をモニター越しに見守りつつ、厳一郎は食いしばった歯の隙間から吐き捨てた。

 特別、誘導兵器というものが存在しないわけではない。ICBM(大陸間弾道弾)と呼称されるミサイルがその最たるものだ。目標を認識、軌道修正を行いつつ突入、破壊する――そうした能力は既に実用化されてかなり経っている。

 しかし、直接打撃を繰り返し行えるような耐久力を持つ観測機器自体ありえないし、誰も考えようとさえ思わない。あれだけのスピードと打撃力をあれだけのサイズで発揮するなど論外だ。

 あの機体を製作した者は、想像を絶する技術を保有しているらしい。

「!? 司令!」

「何だね?」

 あわてた様子のオペレーターの声に異状を悟り、厳一郎は即座にそちらを振り返った。

「巨大な精霊反応を感知しました! 発生源は、基地内部! 第七ブロックです!」

「何!? 伏兵――侵入者がいたのか!?」

「解りません! 反応が突然出現しました!」


◇◇◇


 意識が拡大してゆく。

 (たと)えるならば、自分の体が一旦繊維(せんい)にほどかれ、本来の体より大きな鋳型(いがた)の内側に隙間なく張り巡らされていくようなもの。

 背中に宿る違和感。そこの鋳型に収まるべき内容物が、自分にはない。だが、まあ、その違和感も我慢できないほどではない。

 そして、拡大する意識に、様々な情報がし染み込んでくる。今の自分に何ができて、何ができないか。それが解る。

 閉じていた目を、ゆっくり開く。コックピットを満たす闇を映す視界と重なり、明滅する赤黒い薄闇が像を結ぶ。

「……お前の見立ても捨てたものじゃない」

 青邪は前を向いたまま、後ろにあるもう一つの操縦席にうずくまっているブルーに、静かな声をかけた。

「……ぁ」

 でしょう? と、かすれた声が返ってくる。

 先程ブルーが青邪を引き止めたのは、わざわざ格納庫に向かう必要などない、と言いたかったかららしい。現に、ブルーのいたこの機体はまともに稼動している。

 青邪はゆっくりと上を仰いだ。

 見上げたところで、学校の体育館同様、鉄骨の骨組みが剥き出しの天井が広がるのみ。だが――機体の各知覚系と同調し、結果大きく拡張された青邪の感覚は、遥か上方、地上をも捉えていた。

 乱舞する金属球に苦戦しているGS三体の内、濃緑色の機体の中に、顔をしかめる白郎がいる。

「ああ――そんなところにいたのか、白郎」

 親友の姿を認め、青邪はぽつりと呟いた。


◇◇◇


「波長パターン解析――!? 反応消失――いえ、再度出現! 地上、交戦区域の間近です!」

「何……」

 報告によってもたらされた情報を頭の中で整理した結果、厳一郎は眉をひそめた。

 今、何と言った?

「報告、もう一度頼む。今、何が起こったと?」

「は、はい。第七ブロックで発生した、巨大な精霊反応が消失。直後、ほぼ同レベルの反応が地上に出現しました。エネルギーの規模から、同一個体と見てほぼ間違いないと思われます」

「――『空間転移』……! 〈U‐0〉か!?」

「対象捕捉! モニターに出します!」

 報告と共に中央モニターに映し出されたのは、巨大な、漆黒の球体であった。


◇◇◇


『あれは――そんな!?』

 出現した球体に何か心当たりがあるのか、それを認めた〈U‐2〉に隙が生まれた。同時に、球のコントロールが失われ、その猛威もやむ。

『チャぁーンスっ!!』

 その隙を逃がさず、白郎は即座に行動を起こした。

 彼の機体〈撃震〉は、巨大な質量ゆえに反応が鈍いが、一旦動き出せばそのベクトルの延長上に加速がつき、速い。

『――ぐぅあっ!』

 気が付き振り向いたときには既に遅く、ハンマーの拳が軽々と〈U‐2〉を殴り飛ばしていた。

『っしゃあああっ! 借りは返したぜ、このクソ女ぁっ!』

 勝利の咆哮を上げる白郎。直後――彼と、彼に豪快に殴り飛ばされた〈U‐2〉のパイロットを含めた四人の目の前で、黒い球体に変化が始まった。

 左右に引き裂かれるような形で、球形が弾ける。球形を形成していた漆黒は、見る間に形を整えて一対の翼と化し――損ね、半ば崩壊しつつ隻翼(せきよく)となって、内部に潜んでいた存在の背でたたまれた。

 踏み下ろされた足が、有している質量によってずん、と地面を軽く揺らし、自己の存在を現実だと主張する。

威容を現したのは、純白の装甲に漆黒の翼を持つ機体。それは機械であるはず。しかし、背の実体ならざる翼が、不思議に有機的な印象をもたらしている。天使か悪魔か、皆目見当のつかない姿であった。


◇◇◇


「〈エクスカリバー〉が……」

 目をモニターに釘付けにして、厳一郎は呆然と呟いた。

「司令! この波長は――〈エクスカリバー〉は外部の者に奪取されたわけではありません!」

「何?」

「この波長パターンは既知のものです。昨日の観測データ、及び、先程第六ブロックで採取されたデータ、それぞれが97%、94%の一致。現在のあの機体のパイロットは、天城青邪です!」

 厳一郎の目が大きく見開かれた。

「天城君……やはり、君は……!」


◇◇◇


 純白にして漆黒の機体が、全身に張り巡らされた感覚を確認するように、両足でしっかりと大地を踏みしめた。

『天城さま……!?』

 感嘆するトーヴァの声と、

『う、ウソ……何で!? それは……まがいものなんかに起動できるはずが――!!』

 驚愕する〈U‐2〉パイロットの声が、重なった。

 うろたえたように後じさる〈U‐2〉の正面に〈エクスカリバー〉が向き直る。

 持ち上げられた右手が顔を押さえ、中指と薬指の間から金色の機眼をのぞかせた。

『俺は、凶器をも以ってお前に対している。それによって、お前には、俺を殺す権利が生まれる。さあ――』

 姿勢が見る間に低くなり、いつでも獲物に跳びかかれるよう、全身には引き絞られた弓同然に力がこもる。

『殺し合おうか』

『ふざけんじゃないよっ!』

 意表を突かれての虚脱状態から脱し、〈U‐2〉は即座に青邪の駆る〈エクスカリバー〉に跳びかかった。

『こうなったら、徹底的にブチ壊して、コアブロックだけ持ち帰ってやる!!』

 振りかざされた腕の周囲に、金属球が猛回転を始める。

『天城さま――』

 援護しようと一歩前に踏み出す〈永姫〉を、その目前に差し出された太い金属の腕が遮った。

〈相模さん!? 何のつもりですの!?〉

 即座に開かれた仮想ウィンドウの向こうのトーヴァに、白郎は低い声で答えた。

「人のケンカに、余計なチャチャ入れんじゃねえ」

〈余計? 援護攻撃は立派な戦術ですわ! タイマンか何か知りませんが、一対一の勝負など愚の骨頂! これですから素人は――〉

「黙ってろ。あの天城はな、邪魔が入ったとたん()る気をなくしやがるんだよ」

 事実上の先輩という立場でかさにかかって言い始めるトーヴァを、白郎のそんな言葉が遮った。

〈え?〉

「忘れられねえよ、あの時のことは。天城のやつ、本気でオレを殺そうとしてたくせに、いきなり隙だらけになって泣きそうな目でこっちを見たんだからな」

〈な……〉

 唐突に語られた惨状に、トーヴァは言葉もない。

「もしまたそうなったら――」

 自機を、相対する〈U‐2〉と〈エクスカリバー〉の方に向き直らせ、白郎は続けた。

「例えどんなすげえ機体に乗ってようが、完全に殺す気でかかってるあのクソ女に対抗できるわけがねえ」


◇◇◇


 先程よりも更に範囲を狭め、そしてその分だけ速く重い攻撃が〈エクスカリバー〉に襲いかかる。

「ぐ……」

 全身を絶え間なく打ち据える金属球がもたらす鈍痛に、わずかに開かれた青邪の口は苦鳴をこぼし、そして両端をつり上げた――楽しそうに。

『何さ、偉そうな口叩いといて、手も足も出ないの? はっ、ざまあないね!』

 嘲笑しながら、駄目押しとばかりに槍を繰る〈U‐2〉。コックピットを狙った鋭利な穂先は、しかし無造作に突き出された左手を貫いて止まった。

『ヵハアァァァァァ…………!』

 ぞっとするような低い呼気と共に、今よりも余計に深く切り裂かれるのもお構いなしで左手が握られる。

「ふ……く、くくっ……」

 コックピットの中、青邪は、もたらされる激痛で左手を震わせながらも、喉を鳴らし、更に笑みを深めた。それは――悪魔もかくや、というほど邪悪なものであった。

『ぬ、抜けない!?』

 発揮された握力は、〈U‐2〉の両腕の力をもあっさり凌駕していた。

『は、な、せぇぇぇっ!!』

 両腕を振って駄目と判ると、〈エクスカリバー〉の頭や槍の穂先を握る手を何度も蹴りつけ、更に金属球の猛襲を加える――が、その攻撃が効を奏している様子はおろか、握力が緩む気配などまるでない。

 蹴られて大きくかしいだ頭が、ゆっくり元の位置に戻り、こちらを平然と眺める。

 表情などないはずの鋼の顔に、少女は引き裂かれた肉に浮かぶ傷跡のような、深く邪悪な笑みを見た。

『ま――さか、最初からあたしを捕まえる気だったのか!? こ、の……なめるなあぁぁっ!!』

 槍を放し、激情任せに殴りかかる〈U‐2〉の顔面を、叩きつけるように伸ばされた〈エクスカリバー〉の右手がわしづかみにし、そのまま後頭部を地面に叩きつけた。

『が、……』

 のけぞる機体に、槍の穂先を握ったままの状態の左拳がすかさず繰り出される。

 槍の柄の先、「石突き」と呼ばれる部分が鳩尾を直撃し、与えられた衝撃によってその穂先が左拳を破壊しながら完全に貫通、後方へと飛び去る。

 例え血など一切流れない金属の体に起こったことだと解っていても、目を背けたくなるような惨状であった。

 しかし、当の〈エクスカリバー〉――青邪には、それがもたらしたはずの痛みを感じている様子が、一片たりとも見られない。

『く――くくっ、くくくくくくぁはははははははは!!』

 急激に勢いを増す、狂気をはらんだ哄笑と共に、〈エクスカリバー〉が馬乗りになった〈U‐2〉へと手当たり次第に両拳を叩き込んでゆく。


◇◇◇


〈ひ……ひどい……〉

 隻翼の、堕天使どころか悪魔にしか見えない白い姿に、嫌悪よりも恐怖を色濃く表情に表し、トーヴァが呟いた。

「……天城にとって、性別とか年齢って何の意味もないらしいからな。ケンカでもそうなんだろ」

 トーヴァの呟きに答えた白郎の間近に、電子音と共に、新たな仮想ウィンドウが開いた。

 発信元はすぐ近くの銀色の機体。碧紗の駆る〈転鱗〉だ。

〈白郎。青邪は本当に天城青邪なの?〉

「は? そりゃ決まってんだろーが」

 何訊いてんだ? と呆れ顔で、白郎はいきなり問いかけてきた碧紗に答えてやった。だが、碧紗は首を横に振る。

〈違う。……言い方間違えた。青邪は一人に見える〉

「てめー酔ってるだろ。一人の人間は一人に見えて当たり前だっつーの。……まあンなこたいい。そろそろ止めてやろうぜ。いくら相手が人殺しっつっても天城を殺人者にしてやりたかねえ」

〈――いえ、お待ちになって!〉

 自機を前進させようとした白郎を、今度は逆にトーヴァが制止した。

〈先程〈エクスカリバー〉が出現したときと同じ反応が! 空間転移能力が確認されている機体は、本来敵だけですわ!〉

 白郎が反論するよりも早く、一気に言い切る。

「――まだ来やがるってことか!?」

〈ええ! それも、もっと危険な機体が!〉

「……冗談だろ?」

 ぼやきつつ、白郎は凶行を続ける〈エクスカリバー〉に気遣うような視線を向けた。

「……天城……」


◇◇◇


 ざらつく不快感。それが九つの軌道を描いて自分を通過、その下にある機体の周囲に突き刺さろうとしている。

 このままでは、自分が危ない――。

 ほとんど本能的に〈エクスカリバー〉が瞬時に後方へと跳び退いた直後、果たして察知した軌道通りに九本の黒い槍が〈エクスカリバー〉と〈U‐2〉との間にある空間を遮るような形で地面に突き立った。

 瞬時に、我に返る。

 頭が、一気に芯まで冷えてゆく。

『また……俺は』

 激しい自己嫌悪にさいなまれつつ、槍の飛来した方向を見上げる。

 そこには二つの機影があった。

 前日見たばかりの、あの黒い機体。

 前者以上に巨大な羽を有する、紅い機体。

 流線主体の黒い機体とは対照的に、無骨な印象を受ける直線的な装甲を持ち、コウモリのそれに似た鋭角な一対の羽は、本体を包み込んでも余裕がありそうに見える。

 悪魔というより、人の輪郭に伝説の魔獣「ドラゴン」の特徴を付加したような、半人半龍の姿だった。

『〈エレイユヴァイン〉……。まさか起動形態を直接見ることができるとはな』

 黒い機体が〈エクスカリバー〉に紅い視線を向け、静かな印象を与える若い男の声を発した。


◇◇◇


「〈U‐0(アンノウン‐ゼロ)〉……!」

 映し出された黒い機体を見た厳一郎の額を、冷たい汗が伝った――が、すぐさま我に返り、迅速な指示を下す。

「現時刻を以ってあの紅い機体を〈U‐3(アンノウン‐スリー)〉と呼称、敵と断定する! 直ちに〈竜雀〉を射出! 運用は〈撃震〉を主体に行う!」

「了解!」

 即座にそれを示す光点が脇のモニターを上昇してゆく。

「……何をしているんだ、天城君!」

 焦りを含んだ厳一郎の言葉は、〈U‐0〉の出現しざまの攻撃を回避したきり動こうとしない〈エクスカリバー〉に向けられていた。


◇◇◇


 飛来した槍がひとりでに抜け、倒れたままの〈U‐2〉の元へ降下を始めた〈U‐0〉の腰の部分に装着される。

 どうやら、それこそが以前見た、鳥の尾羽に似た部分の正体だったらしい。

 活動を停止している〈U‐2〉の傍らに着地し、それを抱き上げる〈U‐0〉。

『生きているか、ルレン』

 その声でパイロットの意識が戻ったのか、〈U‐2〉がわずかに身じろぎした。

『…………う……』

『学んだか? 独断専行は、行った者自身を危険に晒す』

『……あたし……、……よろこん……ほし……』

『この状況下、それにはお前が捨て駒だという条件が付く。然るに、否』

『で、も……』

『正せぬ失敗に意味などない。……どのようなダメージがあるか判らん。黙っていろ。しかし……』

 〈U‐0〉の紅い視線が、再び青邪に向く。

『まさか貴様等が『星の子(サテライト)』まで保有していたとは思わなかった』

『『星の子(サテライト)』?』

『貴様等が何と呼称しているかまでは知ら――』

 言葉を切り、〈U‐0〉は彼方に向けて手をかざした。その先に黒水晶を思わせるきらめきが生まれ――直後、烈光が飛来、そこに叩きつけられた。

『この波動は……そうか、〈レイアルガイザー〉……。考えたな。確かに、正統な使い手がいなくとも、外部から精霊の波動を供給し機械的に振動を与えれば、そこそこの力は引き出せる。だが――』

 ばしん、と音を立てて烈光が弾かれ、かき消えた。

 後に残るのは、黒水晶の障壁があった場所を境に融解、ガラス化した土。障壁のこちら側では何も感じなかったが、場に現出した高熱の凄まじさを、それが如実に物語っている。

『所詮は児戯。脅威たりえない』

『うるぁあああああっ!!』

 静かな〈U‐0〉の言葉が終わるのを待ちかねたように、上空に佇んでいた紅い機体〈U‐3〉がその翼から無数の光条を撃ち出し、こちらに何かの長大な砲身を向けていた〈撃震〉を始めとするティマイオスたちに攻撃を始めた。

『…………』

 青邪が、全く無意識の内に白郎たちの元へと踏み出そうとした矢先――

『ユギ、構うな』

 〈U‐0〉が〈U‐3〉を制止していた。

『何だよ、ルリ……どうして止めんだ?』

 轟音の中でもしっかりその声を聞き分けていたらしく、すぐさま攻撃を中断した〈U‐3〉は眼下の〈U‐0〉に向かい首をかしげて見せた。

 白郎並みに乱暴な言葉遣いではあったが、発される声はれっきとした少女のものである。

 発された声を聞き、ぴくり、と青邪の指先が震えた。

「今の、は……」

『今はルレンを優先する』

『ンだよ、勝手に突っ走った挙句(あげく)にやられたバカなんてほっときゃいいだろーが』

 翼を広げ自分と同じ高度まで上がってきた〈U‐0〉に対し、〈U‐3〉があからさまに不満そうな反応を返した。

『大体よぉ、俺様からすればそいつの方が新参なんだぜ? 裏切り者なんざどこまで信用できっか――』

『ユギンクゥアル』

『……悪い、口が過ぎたか』

 パイロットのフルネームなのだろう、冷然と名を呼ばれすまなそうに肩をすくめる〈U‐3〉の姿を、〈エクスカリバー〉が見上げた。

 直後同じサイズの人間と比較しても異様なほどの跳躍力を発揮、真上に滞空している〈U‐3〉に肉薄する。

『飛ばない……飛べないのか? では『星の子(サテライト)』がいない? 貴様等、どのような改造を……?』

 迫る〈エクスカリバー〉を見てとり、〈U‐0〉は静かな中にも驚きの混じった呟きをもらした。

『おお? この俺様と()る気か?』

 楽しげな気配を漂わせて〈U‐3〉も落下同然の勢いで降下、青邪――〈エクスカリバー〉の突進を受けて立った。

 赤と白が地表に激突し、盛大に撒き上がった土砂の中、鈍い金属音を立てて、四本の手が真っ向から組み合う。

『お前の声は――』

 互いに押し合う両者の力は、全く拮抗(きっこう)していた。

『はっはァ! やるじゃねえかてめえ!』

『お前は――』

『……さっきから何ゴチャゴチャ言ってやがる? 興醒(きょうざ)めだろうがてめえ!』

 意味不明な呟きを発し続ける青邪に対して〈U‐3〉のパイロットが苛立(いらだ)ちをあらわにする。しかしその声を圧し、青邪は叫んだ。

『どうして、お前がそんなところで、そんなことをしてる――緋影っ!!』

(第二章・了)

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