力の暴走
「お前、ちょっと今から良い?」
話しかけてきたのは、校内きっての不良だった。そういえばこの間停学期間が終了したと噂を小耳に挟んだ気がする。なるほど、先生とも生徒とも繋がりが薄い巧は最高のカモというわけだろう。しかし巧にとっては最悪のシチュエーションだった。ただでさえこういうことに巻き込まれると心が乱れるというのに、今の巧は手紙のせいでいつも以上に情緒不安定である。今ここで絡まれたら力が暴走する確率は非常に高かった。
「急ぎの用事があるので」
と言って逃げようとするが、
「まぁ、とにかく来いよ」
と言われあっけなく捕まってしまう。目立たないところに連れてこられてしまった。雨は未だに降り続いていたが傘などさしているはずもなく、巧も不良も濡れ放題だった。ここまで来てしまったら助けは呼べないだろう。小学低学年以降争いごとのたぐいには関わらないようにしていたから、こういうことはそれ以来になる。このタイミングで絡まれてしまったのは巧にとってついてないとしか言い様がなかった。それでも何とか心を落ち着かせて暴走が起きないようにする。だが不良はそんなことお構いなしに話し始める。
「俺が言いたいこと分かるよな?」
友達にでも話しかけるような言葉遣いだが、口調には明らかに敵意と嘲笑が含まれていた。それでも巧は必死に心を凪にする。
「…………」
「お前、どうせ大した力ないんだろ大人しく俺の言うこと聞いた方がいいと思うぞ。それとも何だ。起死回生のカギでもあんのか?」
言葉にはまだ余裕が含まれていた。だが、力という言葉が引き金になってしまった。力。巧は強大な力を持っている。だが力が欲しかった訳ではない。こんな力、欲しい人がいるならくれてやりたい。
「俺は望んでこんな力を持ってるんじゃない!!」
巧は泣き叫んだ。目から涙が出ているのかどうかは雨のせいで分からないが、体が熱かった。まるで体の中で炎が燃えているようだった。力が暴走しようとしている証だった。そして、
「……っ!!何だ?」
不良の動きが止まる。今相手がどんな表情をしているかは分からなかった。巧の周囲を陽炎が取り囲んでいて、周りの景色が歪んでいた。
「こざかしいことしてんじゃねぇよ!!」
勢いに任せて不良が殴りかかろうとしたその時、
「ぐあぁぁぁぁぁぁ!!」
殴りかかろうとした右手に火が付いた。雨のせいで炎の勢いは弱かったが右手に大やけどをおわせるには充分すぎる威力だった。雨で自然と炎は消えたが、右手に大やけどをおった不良は右手首を抑えながら動かなかった。そのまま巧は逃げるようにその場を去った。