一夜明けて
手紙が届いた翌日。手紙に指定された6月9日は明日だった。昼休み、巧は窓の外を眺めていた。昨晩から降り出した雨は止む気配がなく、一層激しさを増していた。窓を眺めながら巧は昨日のことを思いだしていた。
手紙を読んでからの巧はずっと上の空だった。いつものように夜遅く帰ってきた茂樹ともろくに話さなかった。茂樹は「親子のコミュニケーションは大切だから」と言って他愛のないことでも全て巧に話した。それは他者との関係を完全に絶った巧に茂樹がしてやれる最大限の優しさだった。しかし、いつもは茂樹の他愛もない会話にも相槌をうってくれる巧だったが、昨日は生返事しか返ってこなかった。茂樹が心配したのは言うまでもないが、それでも巧は
「大丈夫だから」
と言って、手紙のことは話さなかった。話すべきなのか話さないべきなのかも考えられないほど動揺していたのだ。
『私はあなたの力の正体を知っています。
真実を知りたくありませんか?』
その言葉が頭の中でずっと響いていた。他人との関係がないせいで、巧の力を知る者は匠の父親以外誰もいなかった。幼い頃傷つけてしまった友達やその親も、謎の現象に多少不審には思ったもののまさか巧が人間を超えた力を持つとは思いもしなかった。自分が傷つけたのに誰も自分を咎めようとしない。謝っても逆にそれが不審に思われてしまう。それもまた、巧の心を必要以上に縛り付けた要因のひとつだった。だが、なら誰がこの手紙を送ったというのだろうか?何を知っているというのだろうか?明日通用門に行けば何かが分かるのだろうか?でも――。その時、巧は自分の手が震えていることに気がついた。怖いのだろうか?確かに真実を知るというのは怖かった。今まで、自分の力が何なのか知りたいと思ったことは数知れない。だが、いざそれを知るとなると無性に怖くなるのだ。でもきっとそれだけじゃない。恐怖だけじゃない。色んな感情がゴチャ混ぜになっているのだろう。そんな感情があるひとつの考えを導き出した。
(明日、行かない方がいいんじゃないか……)
頭では行ったほうが良いということは十分に分かっている。しかし、行きたくないという気持ちも確かにあった。行かないことは簡単だった。手紙を無かったものとして、今まで通り生活すればいいだけだ。
『キーン、コーン、カーン、コーン』
考えがまとまらない内に昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。
(授業の間は手紙のことを多少なりとも忘れることができるだろう。あとは家に帰ってからもう一度考えよう)
そう思って巧は自分の席に戻った。
下校時刻。やっぱり手紙のことが頭から離れなかった。そんな中昇降口を出ようとしたとき、
「お前、ちょっと今から良い?」
話しかけてきたのは、校内きっての不良だった。