人間であらざる力
チャイムが最後の授業の終了をつげる。今日も何事もなく一日が終わろうとしている。葛城巧は帰り支度を始めた。作業をしていれば誰かに話しかけられる確率はうんと下がる。帰りのHRが終わったら誰にも話しかけられる前に帰ろう。そうすれば、今日は誰とも話さずに済むだろう。“誰とも話したくない。”今の巧が求めるのはただそれだけだった。だが、巧は決して人と関わるのが嫌いなわけではなかった。クラスメートが嫌いなわけでもない。皆の話は聞いていて楽しいし、団らんの輪に入れるのならば是非とも入りたいとも思う。でも巧は入らなかった。いや入れなかったという方が正しいのかもしれない。全ての元凶は巧が持って生まれた忌まわしいものだった。そう、あの力さえ無ければ、巧は全く違う人生を歩んでいたのかもしれない。
葛城巧はただの人間ではなかった。生まれつき異能とでもいうべき力を有していた。それは熱を操る力だった。そして怒りや悲しみなどで感情が高ぶると、その力は暴走するのだ。幼い頃は喧嘩などをすると、よく相手を火傷させてしまったのだ。火傷で済まない時もあった。その度に巧の心はきつく締め付けられた。自分は他人と関わると他人を傷つけてしまう。その考えは巧に、自分は他人と関わってはいけないのだと思いを持たせるようになった。だがそれだけではない。力が巧から奪ったものは友だけではなかった。それは他でもない巧の母親の命だった。巧の母静江は巧が生まれてまもなく原因不明の高熱を出して死んだ。『原因不明』、『高熱』この二つの言葉だけで静江の死因は容易に推察できる。妊娠中に、巧の人であらざる力が静江の体に何らかの悪影響を及ぼしたのだろう。力は匠から友だけでは飽き足らず実の母まで奪ったのだ。巧はその力に憤りを覚えた。だが、その憤りが怒りや悲しみとなり再び力の暴走を引き起こそうとする。巧は慌てて心を凪にする。巧にはその力を悔やむことさえ許されないのだ。人であらざる力は巧の友と母を奪い、巧にそれを絶望することさえ許さなかった。巧に出来ることは、友との関係を絶ち、ひたすら感情を押し殺すことだけだった。
巧は下校しながら考えた。もし今力が暴走したら、前を歩く名前も知らないこの人を傷つけてしまうのだろうか。そう思うとまた悲しみや憎しみがこみ上げてくる。慌てて心を沈める。深呼吸をして心を沈めると、途端にため息がもれる。
(感情が無くなれば、悲しみや怒りを感じることはない。そうすれば力が暴走することもなくなるのかな?)
感情がなくなる。そんなことはあるはず無いし、あったとしても、それは考えるのも恐ろしいことだし、感情を失ったら人間として死んだも同然だろう。それでも巧は考えずにはいられなかった。空を灰色の雲が覆っている。今すぐにでも雨が降りそうだ。確か天気予報では雨が降るのは夜中からだったはずだから、急いで帰れば雨が降り出す前に帰れるだろう。巧はなんとか自分の考えを振り切ると、家路を急ぐ足をはやめた。