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或罫線読みの話

作者: aswad

分類ファンタジーになってますが、本人が思いつかなかっただけという(笑)。

友人からお題を貰った三題噺です。

お題:桜、罫線、レーザービーム

フィクションですので、あまり細かいところは気にしないでください。

世界観も特にしっかり決めていないので、悪しからず。

「それでは、始めましょうか」


そう言うと、彼女はふわりと微笑んだ。

僕も釣られて薄く笑みを浮かべ、よろしくお願いします、と頭を下げた。


今、僕は母方の祖父母の家を訪れている。

季節は晩秋、こがらし吹き荒びどこか仄暗い、物悲しい時期だ。

本来であれば僕は高等学校に通う学生として、黒い学生服に学生帽を身に着けて、学校にて教師の話を聞いている筈である。

僕が学校に通わず、どちらかと言えば田舎の方にある祖父母の家にいる原因は、偏に僕の健康状態にある。

僕は生まれつき身体が弱く、小学校、中学校も休みがちだった。

高等学校に進んでからは比較的問題になって居なかったのだが、つい先日、久方ぶりに夏風邪を拗らせてしまった。

最初は何時ものことかと余り心配せずに居たのだが、その内に酷く咳き込むようになり、最後には高熱で寝込む始末。

幸い、熱が出た時点で母親が病院へ連れていってくれたから良かったものの、どうやら肺炎になる一歩手前であったらしい。

医者からも母親からも、どうしてもっと早く病院へ行かなかったのか、と怒られてしまった。

次いで母親に言い渡されたのが、祖父母の家での療養である。

空気が澄んでいて、都市特有の喧騒なども無く、食べ物も滋養に良いものばかり、加えて近場には湯治で知られる温泉地がある。

父親から厳命され、これ以上両親に迷惑を掛けたくなかった僕は言わずもがな、祖父母も事のほか喜んでくれたので、半年間の療養に向かうことになった。

何人かの友人に伝えると、彼らはとても心配してくれた。

小学校からの幼馴染には、阿呆かお前はと云われてしまったが。

兎に角、そういう訳で、僕は祖父母の家に身を寄せているのである。


そうして現状、僕は一人の女性と囲碁を打っている。

否、囲碁であって囲碁で無い。

縦横無尽に走る罫線は夜空、宇宙に走る星の運行表であり、運命表。

此れを読み解くことで、天気の移り変わりから日常の運勢、果ては此の国の行く末までを予想、或いは知ることが出来るそうだ。

僕は目の前に座る女性を改めて見る。

漆黒の髪は背の半ばまであり、少し日に焼けた肌は健康的だ。

瞳は少し変わっていて、青みを帯びた黒色である。

背は僕よりも頭半分程小さく、歳は二つ、三つ上と云った所。

顔の造りは、美人と言うよりも可愛らしい、と言う印象を受ける。

僕が彼女と会うのは、実は今日が初めてである。

毎日健康の為にも、農家をしている祖父母の手伝いをし、後は読書と友人たちに宛てた手紙を書くだけの生活を送っている僕に、呪い師が居る、と祖母が紹介してくれた。

五行説や陰陽道、卜占ぼくせん等の知識を持つ僕ならば、きっと興味を持つだろうと。

正直な所、僕は彼女のことを其処まで信用していない。

まだ出会ったばかりだから、と言う所は有るだろうが、僕と歳が大して離れていないと云う部分に引っ掛かりを覚える。

まあ例え信用出来なかったとすれば、出会うのは此の一回限りだと考えて居たのだが。


「貴方は私のことを、大層信用して居ないみたいね」


囲碁の手合わせも中盤に差し掛かった頃に笑われて、どきりとしてしまった。

其のようなことは思っても居ません、と返したのだが、彼女は更に笑う。


「随分と用心深く、私の様子や考え方、そして知識を観察して吟味しているわ。

歳が若くて信用ならないから、とね」


僕は唖然としてしまった。

阿呆の様に口をぽかんと開けて、未だに笑っている彼女を見てしまったのだ。

彼女は僕の驚いた様子を見て、とうとうお腹を抱えて笑い出してしまった。

一頻ひとしきり彼女が笑い転げ、ようやっと鎮まった時には、僕の顔は真っ赤になっていた。

考えを当てられてしまったことと、間抜けな表情を晒してしまったことに対する羞恥心で一杯だった。

何故僕の考えていることが分かったのか、と恥ずかしさの余り途切れ途切れに問うと、彼女は再び笑顔になった。


「貴方の指し手が教えてくれたわ。碁盤の罫線は唯、碁を打つ為のものではないの。

罫線の何処にどのように打ったのか、其れを観て読み解くことで、人の気持ちを読み取ることも出来るのよ」


だからこそ、僕の考えが分かったのだと。

僕は思わず頭を下げてしまった。

感服した。そして、完敗だった。

貴女のことを疑い、申し訳ありません、と言うと、彼女は驚いたように目を丸くした。

けれども、再び笑う。


「貴方なら、私の教えをきちんと理解してくれそうね」


その日以来、祖父母の家に居る間、と言う約束で僕は彼女から罫線の読み方を教えて貰う様になった。


彼女に教えを乞う人は、数多居るのだと、祖母が洩らしたことが有る。

けれども、彼女を見た目で、其れも歳だけで判断し、嘲笑う人も多いのだと。


「名前だけが一人歩きするのは、良いことばかりでは無いのだよ」


だからこそ、素直に興味を持ち、彼女の実力を理解できる僕に紹介したのだと。

そう、言って笑った。


「お前は、あの娘を分かってやれるだろう?

此の数ヶ月だけでも構わない、彼女の理解者になってお遣り」


祖母の言葉は、胸に沁みた。


毎日の生活の中に、彼女に教えを受ける時間が増えた。

彼女は呪い師としてはとても活発的で、よく人手の足りない家の手伝いをしていた。

ある時、僕は呪い師らしく無いですね、と言ったことがある。

彼女は何時ものように笑って云った。


「宇宙の罫線を見る為には、外に出なければいけないもの。

毎日外に出て、先を見るには、健康な身体が必要でしょう?」


僕は納得したと同時に、それならば僕も鍛えなければいけないと思った。

そもそも、僕が祖父母の家に身を寄せている原因は、僕の身体の弱さに有る。

このままではいけない、そう思った僕は少しずつ手伝いする時間や量を増やしていった。

今まで体力をつけるなどしたことが無かったからか、何やら面白く、確かに僕は健康になっていった。

彼女は日に日に肌の色が黒くなっていく僕を見て、朗らかに笑う。


「随分顔色が良くなったわ。其れに、健康的な色になったわね」


やはり、心配を掛けてしまっていたらしい。

僕は気恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。


雪が深深と降り積もるようになった、冬の最中さなかのことだ。

彼女は唐突に云った。


「そろそろ、桜の花開く時期を読んでみましょうか」


余りにも唐突のことで、僕は彼女の言葉の意味を理解するために、数瞬を要してしまった。

理解した後、何度目になるだろうか、唖然と口を開けて彼女を見た。

彼女は、此方も何度目になるだろうか、お腹を抱えて笑い出した。

何せ、本当に唐突だったのだ。

今から春を読むことは、難しくはないですか、と僕は困惑気味に問うた。

何度目になるか分からない程、唖然とした間抜け面を晒してしまっていたので、既に羞恥心は何処かへ飛んで行ってしまっていた、と申し上げておく。

彼女も僕の問いに直ぐ答えられる程、立ち直りが早くなっていた。

目に涙を浮かべる程笑い転げてはいたが。


「大丈夫よ、貴方は既に十分な実力を有しているわ。

それに、私達にとって、桜の花開く時期を読む、と云うのはとても重要なことよ」


此の時の彼女のさまを、僕は生涯忘れないだろう。

恐らく初めて、僕は、呪い師としての彼女を見た。

口元には笑みを浮かべていたが、普段浮かべているものとは全く異なる、静かな、それでいて不思議な笑みだった。

瞳は、瑠璃に似た青い色。

厳かに、彼女は僕を見て口を開く。


「桜とは神の宿る木。山の神が、土地神がましま依木よりぎ

生命の芽吹きを知らせる依木の花開く時、其れは神がまします時。

彼の時を読み、桜を依木ではなく神籬ひもろぎとし、神々の恩恵を頂くことこそ、我が役目。

此度は其方に時読みを任せよう」


僕は、彼女の役目を初めて知った。

彼女は、春の訪れと共に降り坐す神の力の一部を桜に宿し、豊穣の恩恵を頂くものである。

詰まる所、彼女も僕と同じで、春になればこの街を去るのだ。

僕はことの重大さに気付き、真っ青になってしまった。

僕の読みが間違えば、街の人々は神々の恩恵を頂けないのだ。

冷や汗をかき、遂にはがたがたと震え出した僕に、彼女は告げる。


「恐れるな。逃げ出すな。神は、畏怖するだけの者、怯えるだけの者、立ち向かわぬ者には手を貸さぬ。

其方が畏怖しながらも、怯えながらも、神々に立ち向かうので有れば、神は手を貸してくれよう。

惑うな。其方の学んだものを、意地を、知識を、全て曝け出せ。

―――我は、其方を信じよう」


僕は、彼女を見た。

彼女は、笑っていた。

瞳の色も、口元に浮かべる笑みも、普段通りの、僕のよく知る彼女だった。

―――信じよう

ことは重大だ。

一歩間違えれば、二度と祖父母の家に来ることも出来ないだろう。

それでも、僕は決意と覚悟を決めた。

彼女が信じると云ってくれた。

それならば、僕も彼女の教えを信じよう。

正々堂々と、全力でもって、立ち向かうとしよう。

その日から僕はより一層、全てのことに精を出すようになった。


結果だけを述べるならば、僕は成功した。

彼女も、呪い師としての役割をしっかりとこなすことができた。

役目を果たした僕が何よりも最初に感じたのは、もう二度とやるものか、であった。

後に友人の一人にこの時の気持ちを伝えた所、其れは旗を立てたな、と云う台詞が返ってきた。

彼の云うことはよく分からないものが多い。

何の旗だと問うと、彼は気にするなと苦笑した。

つい言葉が出てしまう、悪い癖だ、とも。

話を元に戻そう。

桜が満開になった頃、とうとうその日は来た。

何時もの様に囲碁を打ちながら、明日、帰ります、と僕は云った。

彼女は数瞬口を閉ざした後、そう、と静かに笑った。


「有難う、お疲れ様。私も、徐々(そろそろ)立ち去ろうと考えていたの」


今度は僕が口を閉ざす番だった。

それでも、僕は彼女を真っ直ぐに見て、亦何またいずれと告げる。

彼女は目を真ん丸に見開き、はにかんで笑った。


「そうね、さようならは云わないでおくわ」


満開の桜が良く映える、綺麗な青空だった。

盤上には、再会を望む、とお互いに描いていた。


自宅に戻った僕は、すっかり逞しくなっていて、両親や友人達を驚かせた。

特に驚いたのは幼馴染で、男になったなぁ、としみじみと喜ばれた。

何やら頭にきたのは仕方が無いと思う。

女学生が周りに寄って来る様になったことには正直戸惑った。

何せ、向こうで関わった若い女性と云えば、彼女しか居なかったから。

寄って来た所で、僕は何も変わらない。

同じ学年をもう一度やり直さなければならなかったため、学業に励むことを優先していたからだ。

妬まれることも、皮肉を云われることも在ったが、僕は見向きもしなかった。

其れに、僕には再び彼女に会う、と云う目標が在った。

僕は学業と身体の鍛錬に励む傍ら、罫線の読み方の訓練も続けた。

続けていれば、何れ再会出来る、そう云う確信が在ったのだ。

けれども、大きな壁が立ち塞がる。

そう、所謂進路の問題である。

僕は大学に行こうか、其れとも読む技術を上げる為にも神社の門を叩こうかと悩んでいた。

見かねた友人の一人が、有名な巫女が訪れているから会いに行こう、と言い出した。

話を聞くと、何でも年若いが実に良く当たると評判の巫女らしい。

僕は何とはなしに彼女の姿を思い浮かべ、ふと空を見上げた。

憎らしい程に真っ青な、明るく澄んだ夏空である。

薄っすらと見える星や月を読むと、実に奇妙なことを伝えてきた。

―――とうとう、捕まるぞ

何に、であろうか。

僕は汗ばむ陽気にも関わらず、一度身震いをした。

友人が連れて行ってくれたのは、一つの神宮である。

此の神宮は支社の一つであり、大元となる神宮は神代の時代に創建されたと伝えられている、由緒正しき神宮である。

友人と共に境内へ進むと、徐々に人が多くなっていく。

どうやら件の巫女の腕は確からしい。

友人も流石に此れ程とは思わなかったのか、此れは大変だぞ、とぼやいていた。

兎にも角にも、本宮が見えてきた。

鳥居を潜り、本宮の傍まで近付いた友人と僕は、余りの人の多さに目を丸くした。

本宮の前に、人が十重二十重とえはたえになっているのだ。

ひしめき合う人々を見て、流石に諦めようかと顔を見合わせた時。

何やら人々の騒めきと共に、一本の光線が走ってきた。

其の光線が辿り着いた先には―――僕。

曲がりもせずに、真っ直ぐ、一本の光線が僕に当たっている。

え、と僕が声をあげると。


「レーザー・ビームの辿り着いた人物を、此処へ」


人々が騒めいているにも関わらず、響く声。

僕は息を飲んだ。

友人は何が在ったのかと慌てているが、僕は立ち尽くしていた。

何故なら、此の声は。

紛れも無く、忘れようも無く。


「早く、連れていらっしゃいな」


彼女の、声であったから。

水干を身に着けた禰宜ねぎが、早歩きで光線が指す僕の元へ近付いた。

巫女姫がお呼びです、と告げ、直ぐに背を向ける。

我に返った僕は、慌てて禰宜の後ろについて行った。

友人に心配しないように告げて。

人々の視線を浴びながら、僕はとうとう本宮の前まで連れてこられた。

其処には、巫女装束の彼女が居た。

僕が口を開くよりも先に、彼女がにっこりと笑う。


「捕まえたわよ、私の愛弟子。覚悟なさい」


妙に物騒な再会となった。

此の日、僕は丸一日彼女と共に馬車馬の様に働いた。

ありとあらゆる意味に於いて、忘れ様の無い再会となった。


その後の僕の人生について、語ることは余り無いだろう。

取り敢えず、彼女に捕まった僕は、何故か格の高い神宮の神主となり、傍らには巫女であり妻となった彼女が立つことになった、とだけ申し上げておく。

全く、実に優秀な罫線読みに目を付けられたものである。


本人はものすごく楽しかったですよ!!!本人は!!!

文語口調って良いですよね!


何かありましたら、ご一報ください。

振り仮名をちょっと修正。

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[一言] 「捕まえた」 と師匠?巫女様?が色っぽく笑ったような気がしました。 読み終えた瞬間(笑) 捕まってる捕まってる(笑) ちょっとだけ気になったので、こそこそ。 土地神が降り坐す(おりましま…
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