幸せな日常
「はっ・・・はっ・・・はっ・・・はっ・・・」
春の朝日の中、一人の少女が規則正しい呼吸をしながら軽快に歩を進めている。
見た目は大きな瞳と長いまつげを持つとても整った顔をしていて、腰の少し上まで伸びたストレートの黒髪が彼女が一歩進むごとに輝きフワリと風になびいている。
見た目中学生のその子を、同じく朝の軽い運動をしている年配の方々は微笑ましく見ていた。
春の朝の涼しい空気の中のランニングは気持ちがいいです。今日もいい天気、これから1日頑張っていこうという気になります。
こんにちは、私の名前は『相川 詩織』といいます。
神奈川のとある海近くの町に住む高校2年生です。
背が小さくて小学生や中学生に間違われるのが目下の悩み、まぁいつか伸びると信じています。希望を持つのは大事です。
家族構成は両親にひとつ上の姉、私、3つ下の弟の5人で、父は地元の建築関係の会社に勤務、母は隣駅のデパートで働いています。
今は雨の日以外は毎日続けている海岸沿いの歩道のランニングの最中、これを怠ると一日が始まった感じがしません。
「ただいまー!」
「はーい、おかえりー」
挨拶を返してくれているのはお母さんです。
姿は見えないですが作ってる料理の匂いがします。
母の勤め先のデパートは、最寄り駅に出来た大型ショッピングセンターの影響でお客さんが減ってがピンチらしいです。
お給料も減っているらしいので、お小遣いで負担をかけたくないと思い、アルバイトをしたいと申し出てるんですがお母さんはなかなか許可してくれません。
軽くシャワーを浴びてリビングに行くと7時前ぐらい、朝食がそろそろ出来上がる頃です。
ちなみにうちは朝はお米派、パンも嫌いじゃないのですがやっぱり日本人ならお米とお味噌汁でしょう。
私はお弁当作成担当なので席には着かずお母さんの横で調理に入ります、手のかかるものは夜のうちに仕込んであるのでそこまで手間はかかりません。
「おはよう。・・・・今日も走ってきたのかい?」
のっそり、という感じでお父さんが起きてきます。ちなみに私に質問してるその顔はちょっと不機嫌そうです。
実は私は中学1年のとき、体育の授業中に急に倒れて2週間ほど意識不明で入院してたことがありました。
倒れる前に一瞬感じた頭の中が焼かれるような感覚を憶えています。
目を覚ました後、私の中には私じゃないもう一人の記憶がありました。
もしかしたら急に色々情報が入って頭がパンクしかけたのかも。
頭の中に現れた記憶によると、私は昔「レナスフィア」という名前の王族の血の流れる貴族階級の女の子だった。
レナさんの記憶では、悪魔?と戦ってるうちに自爆に巻き込まれてしまい死亡。このとき魂だけは守るべく防壁魔法を展開。この世界に転生して来たという感じみたいです。
光翼人は普通は地界に再び光翼人として生まれ変わるみたいなのですが、どういうわけか私は地球に魂が飛ばされてきたみたい。
自分でもにわかに信じられませんでしたよ、ええ。すごい中学2年生が喜びそうな内容ですし・・・・まだそのときは1年でしたけど。
それはさておき、光の翼というのもだすこともできませんし、記憶の中にある魔法とやらの使い方を試してみても成功しなかったのですが。
最後に試した聖霊本というものの具現化をしてみたところ成功してしまったのでたぶん本当に転生してきたんだと思います。
ちなみに本は数秒しか出すことが出来なくて、すぐに霧散してしまいます。
再び呼び出すには丸一日ぐらい時間を置かないといけないみたいです。あと、本を呼び出した後は激しく身体がだるくなるのも困りもの。
まぁとりあえず、本の能力の魔法創造というのは使えないみたいなので一発芸手品用の豪華な広辞苑と私は思ってます、人前では見せませんが。
本のもう一つの力。知識と技術の継承は結構役に立っています。
体術や音楽、芸術、学問などは実生活でも重宝していますし、私が勉強したことも本の力なのか忘れずに思い出すことが出来ます。
中には鍛冶知識や錬金術とそのレシピ全般、武術魔術その他もろもろ、アルテナ公国の門外不出の合金やら秘薬のレシピなどなど今の生活では役に立たない情報までありますが、あまり気にすることも無いでしょう。
それにしてもすごい知識量です。こんな情報を頭に叩き込まれたら2週間も寝込むはずですよ、よく死ななかったと思います。
私が目を覚ましたと連絡をうけて、一番最初に病室に飛び込んできたのはお父さんでした。
普段の無口さからは想像も付かないですが、涙を流しながら私に抱きついてきて「よかった、本当に良かった」 と何度もつぶやいていました。今思い出してもちょっと涙腺が緩みます。
ちなみに両親には前世の記憶がある、というのは話しました。
最初は信じてくれなかったけど、一発芸用広辞苑を病室で出して見せたら信じてくれました。
「走ってきたよー、というかもう倒れたりしないから大丈夫だよお父さん」
元気なのをあらわすために無意味に腕に力瘤を作って見せます
「・・・・ん」
っと言って髭をそりに洗面台に向かって行きました。
返事が短くて分かりづらいですが、なんとか納得してくれたようです。
心配してくれるのは嬉しいけど、もう数年経つのいい加減慣れて欲しいものです。
私のアルバイトを許してくれないのも心配の表れなんでしょうが、もう倒れるなんてことはないでしょうから許可して欲しいな。
「・・・・・・・おは~・・・」
「おはよー!しー姉今日の弁当のおかず何?」
姉の雪乃と弟の亮一が起きてきました。
姉は低血圧なので朝に弱いです。目覚ましは6時半にかけてるらしいけど起きてくるのは7時過ぎが普通になってます。
朝のエンジンのかかりは遅いですが、日中は落ち着いた頭の良い自慢のお姉さんです。私と違って背が高いのが羨ましい。ちなみに私と同じ高校に通ってます。
弟は毎日同じセリフを言ってきます。好きな物がおかずのときはおにぎりの追加オーダーが入るんですが、ノーマルで私の倍食べるくせに全く太る気配が無いです。運動部には入ってないのですが昼休みと放課後に友達と毎日バスケをして遊んでるそうです。昔少年誌で連載していたバスケットボールの漫画をバイブルのように大切にしています。
「それじゃ、いってきまーす!」
ご飯を食べ終えたらすぐに高校に向かって出発です。
私が通っているのは少し歴史のある男女共学の高校です。3年前までは女子高でお嬢様学校といわれてたらしいですが、生徒数の減少もあって男女共学へと方針転換したとのことです。でもいまだに男子の数は少なく、全体の5%程度。男子トイレがまだ職員室近くと体育館近くの2箇所しかないので少し可哀想な気がします。
姉も高校は同じなのですが別々に登校します、私は自転車で姉はバス通学。
私は一緒に登校したいんだけど、低血圧の姉はまだこの時間だとエンジンがかかりきってなくて運動は辛い と言っていました。
「しーちゃんおはよ~」
「やほー、詩織。おはよ」
「マコ、和美おはよー」
幼馴染の真琴と和美と合流です、二人とも同じ高校に通ってます。
「ねね、しーちゃん。今日の数学の課題ってやってある?」
真琴が聞いてきます。またやってないのね・・・
この子は『板坂 真琴』、私の親友の一人。
髪は少し茶色っぽい癖っ毛でウェーブのかかったセミロング。ちょっとたれた大きい目が特徴の可愛い子です。
昔は私のほうが背が高かったのに今は完全に抜かれて160センチ近くあります。
「また忘れたの?この前最後っていったから写すのはダメだよ?」
「ええー!?お願い、写させてよ~」
「えー・・・」
「しーちゃんの薄情者~・・。和美ちゃんも写させてくれないしひどいよー」
いえ、ひどくないと思います・・・
ちなみに中学のときの私達3人は毎日のように”勉強会”を開いてました。実際は私と和美と二人による『マコを叩き上げる会』といえるものでしたけど。
マコはやれば出来るのに勉強嫌いだったのでどうなるかと思ったものです。
私と和美の希望する高校に入るために普段やらない勉強を一生懸命やってる姿が思い出されます。
合格発表の日は三人で泣いたぐらい嬉しかった。
「だめだよ、マコ。詩織、写させちゃだめだからね。自力でやらないとが意味無いし」
「だいじょぶ、今日は心を鬼にしてマコに怒られてもらいます」
えええー とうなだれる声もしますが、ここは流しておきましょう。
こんな感じのマコだけど、学校での授業は真面目にうけているので今のところ赤点は取らずにすんでるみたい。やっぱりやれば出来る子です。
そして、もう一人の幼馴染。名前は『田中 和美』
髪は黒のショートで、少しつり目の綺麗な子です。
和美は私よりも20センチも背が高く170弱の身長を誇る子で、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込むモデルみたいな見た目をしてます。
くそう、羨ましくなんてないんだからね!
でも本人は、「こんなに身長いらない、ちょっと小さいぐらいのほうが可愛いよ。詩織が羨ましい」といいやがります。人に羨ましがられるものを自然に手に入れた人はそのありがたみに気づかないのです、その背をよこせ。
クールな見た目をしていますが、実は可愛いものが大好きでクマのマスコットのグッズを力を入れて収集しています。
大人っぽい見た目と優しさから今年入った1年の子に短期間でなつかれ『なんでか後輩の女の子に毎日のようにラブレターをもらう』と悩んでます。ちなみに全て断ったらしいけどたまにお姉様と呼んでくる子が数人いたり。
たわいも無い話をしながらの3人での登校はあっという間に時間がすぎます。
校門が見えてきました、きっと和美の下駄箱には今日も後輩の子からの手紙が仕込まれていることでしょう。
余談だが詩織にも一時期ラブレター攻めにあっていた時期があったが、元々少ない男子で思いを寄せてきた者を全て追い返したために最近ではそういうことはなくなっている。
午前の授業を終え、昼休みに私たち3人と数人の友達で喋りながらお昼を食べ午後の授業が終わりました。
放課後、マコは吹奏楽部、和美は美術部に入っているのでそれぞれ別行動。私は特に部活動には入っていません。
なので結構自由になる時間があります。
この時間は友達と遊ぶ以外の日は本を読んでみたり、テレビゲームなどをしてすごしています。日本の剣術なども興味があって近所の道場に行ったりもしてます。道場主のお師匠様が老後の道楽で始めたという剣術教室ですが、調べてみたら動画投稿サイトに達人と紹介されて動画がアップされてる人でした、恐るべし。通い始めた頃はレナさん流の頑丈な武器で叩き切る癖がなかなか抜けず怒られましたが、最近では引いて切断するという動作にもなれてきました。
夕方になったら食材を買いにいき、晩御飯と明日のお弁当の準備をします。
お母さんは仕事、姉は部活や受験勉強があるので晩御飯の準備は私がやってます。
前の世界では物流があまり発展しておらず、豊富な食材に溢れる日本は私にとって天国のような場所です、料理が楽しい。
これが今の私。家族がいて、友達がいて、打ち込める沢山のものがある。
魔獣や悪魔相手に命のやり取りをしていたレナさんが望んでいた平和で毎日変わらないけど、充実した日々。
前世の記憶のおかげで毎日の平凡な暮らしが本当に幸せなんだと感じます。
明日もランニングのために早起きなので10時ちょっと前にベッドに飛び込みます。
そんな充実した日々を送っていたのですが・・・ある日の夜、突然終わりの始まりを告げられます。