洋楽きっちゃ組 2
どーも初めまして。
前作等から読んだくださっている方は、今後ともご贔屓に。
メタ発言って、いつから生まれたんですかね。
それはともかく。
人間の気分というものは、本当に不思議な物です。
その時その時の自らの具合。まあ、テンションと言い換えた方がわかりやすいですかね。
全く同じ行動をとっても、全く同じ事を言われても。その時の気分次第で、その結果は違うものです。
気分が良いときは、何をしてもうまくいく気がする。
テンションが沈んでいるときは、何をしてもうまくいかない。
これはしごく当然のことです。
ですが、その要因が目に見えないものであるがために、本人はあまり気が付かないものです。内側にあるものは特に、ね。
意外と、自分よりも他人の方が、変化というものには気付きやすいものなのです。
熱っぽいだとか、少し様子がおかしいとか。主観的になりやすい、というのも原因の1つではありますが。
まあ、よくこういうものの例は、フィクションでは書かれやすいですね。普段通りに生活していたら、近しい人、特に幼なじみの異性なんかがそれに気付いて、おでこをくっつけ……なんて、現実ではまずありえない話ですが。
そういう極端な例だけでなく。
意外と、はた目には気付きやすいものなんです。特に、自分ではなんでもないと隠しているつもりの人は。
そうですね。銀行強盗が、マスクと目出し帽をかぶったまま入ってくるくらい、わかりやすいですかね。
少し、話が脱線しかけましたですか。
人間、自らのテンションというものは、そのときどきの言動に大きく干渉します。仕事の進捗なんかがそれに該当しますね。
そうでなくとも。
浮いているときに青空を見たなら、ああ今日も良い天気だ、という風に感じるでしょう。
対照的に、気分が沈んでいるときにそれを見たなら、ああこんなにも空は晴れているのに自分の心は雨模様、なんて思ったりもするでしょう。
今のも極端な例ですかね。
ともかく、テンションというのは、とても大事です。
時には自ら。時には相手。
我がままに行動できるときもあれば、合わせなければいけないときもある。
それは常に見極めなければなりません。
とまあ、ここまでで恒例のフリを終了しますか。
僕もあまり言いたくはないのですが。
ダウナー、と一般的には表現される方。
僕の知り合いの1人に、そういう方がいます。
普通にしていれば何ら問題はないのですが。
なんと言えばいいのやら。まあ、本人を見ていただければわかりますので、ご容赦下さい。
『二支港 仁科』
というわけで気が進みませんが、にしなさんです。こんにちわー。今日もお綺麗ですねー。
「ああ、ろく君じゃない。ありがとう。そしてこんにちわ。今日は良い天気?」
はい。驚くくらいの快晴です。雲1つないっていうのは、こういうことを指すんですね。
「そう……今日も憂鬱だわ」
なんであなたはいつも晴れていることを理由に気分を沈ませるんですか。
それはともかく。
二支港仁科さん。
別段裕福というわけでもないが、食べていくのには問題ないほどの稼ぎはある家に生まれる。
父はサラリーマンで、そろそろ管理職に就く頃らしい。
母は専業主婦で、趣味は編み物と料理。
弟が二人に、妹が一人。
上の弟さんは、そろそろ高校に入るくらいのお年頃。下の子は、まだ小学生になりたてで、にしなさんにべったりらしい。妹さんは中学1年。にしなさんのことはちょっと苦手と感じている、難しい年頃。
「末の弟はかわいいけど、最近は動くのも嫌になってきて……そろそろ誰かに介護を頼もうかしら」
そんなけだるい昼下がりみたいな表情で言われましても。いくつだと思っているんですか、ご自分を。
それに、僕の方を見られても、そんな将来はなるべくお断りします。
それは置いておいて。
にしなさんは、綺麗なお方です。
かずねさんほどではないにしろ、175cmという高い身長に、その、豊かなふくらみをお持ちでいて。
締まるところは締まり、出るところは出る。
そして、シャーペンの芯よりも折れやすいのでは、とまで言われる線の細さ。
本当に冗談抜きにして、殴ったら全身骨折までしかねない。それくらい、弱々しい細さを誇っている。
たまにその細さについて言及すると、世の女性を敵に回しかねない、というより、クラスの女性陣にもみくちゃにされたことが2度もあったので、ここでは伏せておきます。
「その時は本当に死ぬかと思ったわ……私なんて生きている価値もないから、死んでしまえば良かったのかもしれないけれど……その時は、私の亡骸を骨壺に入れてちょうだい」
いえ、洒落にならない発言なので、なるべく控えていただけると。というより、その役目は他の方に委託してください。
成績は常に上位。スポーツの方も、まあ、出来る方なんです。
ただ、激しい運動をした翌日には、筋肉痛で2週間ほど自宅療養に励まなければならない、虚弱体質ですが。
「汗を流すのは確かに楽しいけれど、それに伴うリスクが大きすぎるから……大きな楽しみには、大きな不幸がつきまとうものなのよ……」
そんな人生の哲学みたいに言い切らないでください。人生、楽しいと思えれば勝ち組なんですから。
えーと、話を戻します。
この話し方は、僕とにしなさんが出会った頃からです。それ以前は、ごく普通の女子高生だったとのお話。虚弱体質を除き。
なんというか、一言で相手の気分を沈めるような。みかどさんとはまた違った、簡単に相手の気分を下げてしまうお方です。
「あまり言いたくはないけれど、当然の如くあなたが悪いのよ……純情可憐な女の気持ちを弄んで……私とは遊びだったのね……」
周囲に誤解を生ませるような発言はつつしんでくださいよ。それに、まったく身に覚えがありませんからね。
なんだかんだと言ってきましたが。
この喋り方さえ気にしなければ、薄幸の美少女として名を馳せてもおかしくない方なんです。
まあ早い話、これ以外にもう1つだけ、問題点があるんです。
それは、にしなさんのお綺麗な長髪。
しっとりつやつや。それこそ髪ゴムが滑り落ちて留められないほどの、世界が嫉妬してやまない髪。その黒は見ているだけで吸い込まれそうなほどに。
けれど、長すぎるんです。それはもうお菊人形のごとく。
床について引きずるなんてのは日常茶飯事で、それを踏まれてこけつまろびつ、周囲も巻き込んで大惨事、なんてのもよくある話で。
「懐かしい話ね……転んだ日は家に帰って休んだけれど、最低でも2日間は学校に出られなかったわ……」
そろそろ肉体改造でもしたらどうですか。プロテイン飲むなりして。
そのことはさすがに問題視されて、友人であるかずねさんが、家の者をやって髪を持たせましょう、と言ってくれたこともあった。本当に、あの人の家は宮殿かなにかじゃないのだろうか。
しかし、にしなさんはそのお誘いを蹴ってしまった。
そしてなぜかはわからないけれど。
「あなたにそのお鉢を回した、という話ね……あら、しらを切るつもりかしら……」
わかってはいましたけれど、わかりたくないんです。
その言に、僕はさすがに動揺を隠せず。そしてなぜか、担任先生はそのことを認めてしまい。
学校側の公認で、僕は下手人みたいな仕事をするはめに。
にしなさんが動くたびに、僕はその長い髪を腕に抱えて、にしなさんの後ろを従者のごとく付き添って。
一番困るのは、おトイレに行くときですね。さすがにその時は、かずねさんにその旨を伝えてくれていますが。
この仕事をやり始めた頃、1度と言わず2度も、僕に中までついてこいと言ったこともあり。その時は本当にどぎまぎしたものです。嫌な意味で。
「ごめんなさいね、私のせいで変態まがいのことをさせて……」
うわあ、わかりやすいくらいに棒読みですねー。そして、2回目は絶対に確信犯ですよねにしなさん。僕、本気でどうしようか迷ったんですからね。少しは反省してくださいよ。
まあともかくとして。
この長髪のせいで、寄りつく人は滅多にいません。
呪いをかけられたからなんて噂が立ったこともありましたし。一時は、テレビの中から出て来てそのままこっちで暮らしてるとかも。皆さんテレビの見過ぎです。
「そうね……でも、1度それの真似をしたら、本気で怖がられたわ……やっぱり私、そうなのかしら……」
僕も見たことありますけれど、あれ、絶対に弟さんに見せちゃいけませんよ。フリじゃありませんからね。ダメですよ、そんなわかったみたいな目をされても。嫌われてもいいなら構いませんけど。
閑話休題。
本来的には、いい方なんです。
出会った当初は普通のかわいらしい女の子でしたし。
まあ、明らかに僕の接し方に問題があったがため、こんな風に歪んで育ってしまいましたが。責任は、とても感じています。
それでも、こうやって少し反抗的に接しなければならないのには、ちょっとしたわけがありまして。
「責任払いは体で、というのもよかったのだけれども……」
本当に、その頃は本気でそれも考えましたよ。でも今考えたら、僕はそれを蹴って正解です。
とまあ、こんな言い方も、本来的にはしたくはないのですが。
その、僕とにしなさんにとっての、ターニングポイントみたいな時期がありまして。
早い話が、こんな風になってしまった責任をとってくれ、みたいな。
その時に、いくつか出された条件の1つでした。
「私に対してはかみつくような口調で、且つそれでも命令には従うこと……我ながら、最低の条件を出したものだわ……」
ええ、最低ですとも。それに、確かに先程の条件を蹴ったことは正しいと今でも思っていますが、今の条件を呑んだことには、非常に後悔の念が残っていますよ。全くもって。
こんな風に、ある程度かみつかなきゃならない、というのが条件。
「本当にいいわね……口では反抗していても、体は従順……そそるわぁ……」
その嗜好、いつかどうにかして欲しいものですよ。変人度でいえば、僕より上なんじゃないですか。
にしなさんは変わった嗜好の持ち主で、今言ったようなことが大好きらしいです。
いつしかにしなさんの愛読書を読ませていただいたこともあったのですが。
まあ、その。人の趣味を公開するような趣味は僕にはありませんので、ここでは伏せます。
というより、言った瞬間に僕の貞操が嫌な方向性で奪われそうなので、黙秘権を行使すると言ったほうが正しいでしょうか。
「言ったら……酷いことになるわよ……私もね……」
そういえば、そろそろ帰らなくていいんですか。いつもこの辺の時間には、家に帰っておいでですよね。
「そうね……あまりにも晴れやかな空だから、つい動くことを放棄してしまいたくなって……」
いいように言っていますけど、確実に快晴を憎んでの発言ですよね。
今日も送っていきますから、早く起きてください。
「ごめんなさいね……いつかあなたのために、介護認定をとる覚悟は出来ているわ……」
僕は介護士を目指しているわけではありませんし、それ、明らかに僕にとっての重荷になりますよね。そして謝る気が少しでもあるなら立ってください。ほら、帰りますよ。
「おんぶ……」
僕より背が高いんですから、わがまま言わないで下さい。
「あらそう……今日の夜を、楽しみにしていることね……うふふふフフフ」
またイタズラメールですか。手が込みすぎて恐いんでやめて下さいよ。それといい加減、その笑い方はどうにか出来ませんか。何かこう、背筋に悪寒以外の何かを感じかねないのですが。
わかりました。まあ、にしなさんなら片手でも軽々と持てそうな気がするんで、大丈夫だと思いますけど。
ほら、背中貸しますから。乗って下さい。
「すまないねぇおじいさん……こんなことまでさせて……」
ばあさんや、そう思ってくれるなら1人で帰って下さいよ。
「辛辣ね……冷え切った夫婦生活だわ……」
そう返すよう仕向けたのは誰だと思っているんですか。ほら、早く乗って下さいよ。
よっこら、しょ。
「……そんなに、声を上げなければならないほど、私って重かったのかしら……」
今の一言だけでネガティブになるのはやめて下さいよ。ただのかけ声なんですから。
それに、思ってたより軽いですし。それこそ、持った気がしないくらい。
「そう……で、どうなのかしら……」
主語か目的語を所望します。
で、なんのことがですか。別に、そこまで腕力がないわけでもないですよ。これでも男の子ですし。
「いえ、男の子ということを考慮して……背中の具合は、どうなのかしら……男の子として……」
背中ですか。別に何ら気にすることはないと思いますが。
はっ。
にしなさん、持った気がしないということを逆手にとって、何をしておいでですか。
「別に、何もしていないわよ……ただ、そうね……ああいうことを言ってくれたから、つい柄にもなく嬉しくなって、少しろく君に寄りかかったかしらね……」
今あなたの顔が見えないですけど、確実に今、あのうすら笑いしていることでしょうねまったく。
で、にしなさん。
その、なんですか。僕もいっぱしの男の子でして、ですね。あのその、そういった行動はなるべく、控えていただければ、なんて。
「あら、何を言っているかわからないわ……主語か目的語を足して、もう一度言ってちょうだい……」
いい気になりやがってますね。おりたとき覚えていて下さい。
ええその、なんと言いましょうかですね。
にしなさんの、その胸部がですね。その、僕の背中に、事故であたってしまっている、という事実が。
「あ、て、て、い、る……のよ……」
いや確かに言われずともわかっていましたよ、ええ。それくらい、あなたが意地の悪いお人だってくらい。
にしなさん、冗談でも本気でも、そういうことはなるべく。そして耳に息を吹きかけないで下さい。
ここで転んだら損するのは明らかにあなたなんですよ。
「いいえ……ろく君が男としての本能と、自らの理性との間で揺れ動いている様を見られただけで、私は自宅療養すらも甘受するわ……」
本っ当に、底意地が悪いですよね、にしなさんって。中世の女王にでもなられたらどうですか。
というのもそろそろ限界です。
いい加減、僕の男の部分が暴走しかねない領域に入っているといいますか。わかってると思いますけど、僕、我慢弱いほうなんですよ。
「あら、私の知っているろく君は、我慢の子のはずだけれど……まあ仮に我慢の限界だとしても、そう言われたらもっとギリギリまで待って、理性が壊れるその際まで待つに決まっているじゃないの……」
そろそろしばいてもいい頃だと思うんですが。もう修道院とかに入れても矯正できないレベルですよね。
いえ冗談抜きにそろそろ。
僕の中の何かが、そろそろプチッといきそうなんですよね。いや確実に本能のスイッチですけど。
だからそろそろご勘弁願いたいのですが。
「仕方がないわね……私もまだ純潔を保ちたいことだし、今日はこの辺にしておいてあげるわ……」
決断の遅延には定評がありますね、師匠。全くもって。
背中の心地よい感触が若干名残惜しくもありますが、あれ以上続いたら社会的に抹殺されかねないところでした。
「そう……よかったわ、楽しんでくれて……私ははしゃぎすぎて貧血を起こしそう……」
自分だけ楽しんでいた罰が下ったんじゃないですか。
気をつけて下さいね。家までもう少しですから。
「わかったわ……今日は本当にいい天気だったわ……反吐が出そう……」
付け加えるように呪詛をまき散らせないで下さい。農家の方々に怒られますよ。
「明日はこれ以上なく、最悪の天気になって欲しいわ……硫酸の雨とか……」
人類を死滅させる気ですかあなたは。というかそれ、あなたも間違いなく死んでますよね。
というわけで、二支港にしなさんでした。
わかりづらいと思いますが、にしなさんのトーンは終始、燦々と太陽の光を受けるヒマワリすら枯れるほどの、地獄のように低いものでした。
あれを聞いたら、新入社員は5月を待たずに沈み込むことでしょう。
それでも、最後のように少しお茶目な面も持ち合わせているお方です。まあ、付き合っている側の精神は色々と削られますけど。あと、本人は大抵、それが終わるとめまいを覚えているようですけど。
そんな虚弱ながらも素敵な、二支港仁科さんでしたー。
次回も登場人物の紹介をば。
読んでいただければ、幸いです。