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コーヒーの美味しい、洋楽の聴ける喫茶店 3

どーも初めまして。

前作等からご覧頂いている方は、今後もぜひご贔屓に。

メタファーって隠喩って意味なんですよ。


八葉六十四(はちようろくとし)の出会い方』


僕とあの人の出会いは、僕によくしてくれる保健教諭のたっての願いからだった。

よくしてくれるというのも語弊があるので、その昔お世話になっていたよしみで、貧乏くじを引かされたと言い直すことにする。

本来的に、それはあの人が自分で何とかするか、友人達の協力でどうにかする問題だとも思ったけど、よくよく考えてみれば、保健教諭からの要請だ。前者も後者も、すでに試みたのだろう。結果、無駄に終わろうともね。

ともかくとして。

僕はあの人と関わることになった。

ある意味、あの人も僕も望まない形で。


「だからよー、お前が保健室登校している間、俺はいつも献身的に触れ合ってやっただろうが。その恩を返すチャンスだろうが、今。これを活かさないでどうする」

僕は今もなお、くだんの喫茶店に入りびたっている。

まあ、僕にとってデメリットがあるわけでもないし。多少不確定要素が入り込んだだけで通い止めをするような短気でも、僕はないつもりだ。

何より、そんな即物的な考えでここのコーヒーを飲めなくなるのも惜しい。マスターに会えなくなるのもね。

というわけで、僕はまだまだ現役である。

そう思っていたところに、例のごとく喫茶店に一筋の風が迷い込んだわけで。

けれどその風に煽られていた人物は今までと違い、僕のよく知った人だった。

「先生」

文字通り、うちの高校の先生。とは言っても、僕の担任でもなく、各教科の担当というわけでもない。

タバコを吸って髪はぼさぼさ、無精ひげも生えているが実はきれい好き。白衣の似合う、我が校の保健教諭である。

「おう、先生だぞ。お前、相変わらずここに来てるのな。まあ、今日はそのおかげでお前さんをすぐに見つけられたから良し」

先生はまくし立てるようにそう言うと、僕の頭をぐしぐしと乱暴になでてきた。おかげでコーヒーがこぼれそうになった。

とりあえず、僕の後ろを指差しておいた。

きっと、マスターは今サボることをやめて、看板を持っている。禁煙という意味を示す言葉が何カ国語かで書かれた看板を。けむたそうな顔で。

どうやら僕のサインに気付いたらしい先生はその方向を見て、苦笑いしながら携帯灰皿を取り出した。

「今やどこでも禁煙の波が来てるんだな。俺たちは肩身が狭くてしょうがねえ。嗜好品だから別にいいとも思うんだがな」

「それはともかく。僕に何かご用ですか」

一応、本題に戻すことに。それさえ終わればまたゆっくりできる。

それに、ヘビースモーカーのこの人が、タバコを吸わないでなん分もつかもわからないし。

「ああ、すっかり忘れてた。実は少しだけ頼みがあってだな」

そう前置きして、先生は白衣の内側をまさぐる。少しして、一枚の写真をとりだした。

そこに写っていたのは、一人の女性。綺麗な顔立ちをしているけれど、それよりもよく言って奇抜な髪型が目をひかざるをえない。行きつけ以外の美容院はさぞ困るに違いない。

けれど、1つだけ疑問があった。

「この人が、何か。初めて見る方ですけど」

どれだけ見ても、見覚えがない。これだけ目立つ人なら、一目見たら忘れないはずだ。

「お前、それ本気か。こいつの名前は三度橋帝(みたびはしみかど)だ。聞いたことはあるはずだ。お前のクラスの一員だぞ」

本気で、懐疑の表情を向けてきた。保健教諭がそういう顔をしていいものなのか。

それはともかく。思い出した。ほんのうっすら。そういえば、僕のクラスにそんな名前の人がいた。

「三度橋さん、ですか。思い出しましたけど、その方がなにか」

「いや、実はな。今こいつは、昔のお前と同じ状況下にいるんだ。こっちでも手は尽くしたが、一向になんの兆しも見えない。だから、同じ境遇にあったお前なら、何かわかるんじゃないかと思ってな」

渋い表情だった。先生にしては珍しく。

こういうとき、先生の考えていることは1つしかない。たとえどれほど真面目なことを口では喋っていても、ね。

「先生、貧乏くじ引かされたでしょ」

「あー、その通り。ったく、保健室勤務してるからって、そんな生徒ガンガン連れてこられても困るんだよ全く」

先程まで僕を見下ろしていた先生はそう言いながら、僕のそばの席に腰かけた。体中から気だるさをにじみ出しながら。

「何のための担任なんだよ。てめえのクラスのガキが起こしたことはてめえで片付けやがれってんだ。俺んとこに持ち込まれても、詳細知らねえから対処のしようがねーんだよ、馬鹿が」

発言するたびに先生の体勢は崩れていき、その目はすさんでいく。へべれけになった人はこんな感じなのだろうか。

「先生、白衣がしわになりますよ」

「いーんだよ、家に帰ったらアイロンかける」

たぶん、タバコも切れたんだろう。この感じじゃ。

こうなったら早めに話を切って外に出して、タバコを吸わせよう。そうしないと被害が拡大しかねない。

「そこでだ」

唐突に、先生は姿勢を直した。とは言っても、明らかに上体はふらついて、目がすわっている。酩酊って、これに近いのかな。

先生は思いきり僕を指差した。いいのか教諭。

「日ごろサービス業で疲れている俺の代わりに、お前にこの件をまかせようと思う」

僕の中で、時間が止まった。それはもう、周りにナイフがあっても驚かないくらい。

「えっと、それはどういう」

「お前にゃー貸しがある。それはもう俺が死ぬまで返済が終わらないほどの貸しがな」

僕が死ぬまでじゃないのか。

このあとに、先の発言に戻るわけである。

全くもって、困ったことになった。

かれこれ、僕の安寧を崩す要因が1人また1人と増え、ここで下手をうてば、また1人加算されてしまうはめに。

まあ、あの2人はもう僕にとって許容範囲だ。失礼な言い方だけれども。

あの2人が来る流れが、僕の中で出来上がった。来る気配も、なんとなくわかるようになった。

それなのに、また1人。

三度橋さんには悪いけど、賛成しかねる話だ。

けれどつい。

「わかりました。わかりましたから、早く表へ出てください。別にタイマン張るわけではありませんからね」

あまりにも目の前の保健教諭が不憫になり、イエスの返事をとってしまった。

ちなみに僕が考えている間に、この人は頭をふらつかせまぶたも薄くなり、ついには突っ伏して泣き始めたのだ。本当に酔っぱらいじゃないかと疑いをかけたい。

僕は席を立って肩を貸し、このスモークジャンキーを外に出した。

教諭を喫茶店の壁によりかからせてタバコを取り出し、口にくわえさせて火をつけてやる。

最初は落とすのかと思うくらいあごに力が入っていなかったが、次第に呼吸も深くなり。

「じゃあ、後は頼んだぞ。責任もってよろしく」

すぐに回復して、その場を去ってしまった。

発言、間違えたかな。


その後、僕は保健教諭に。

「3日後、その三度橋を喫茶店に向かわせる。だからできるだけ懇意にしてやってくれ」

との旨を伝えられたので、やる気のない返事を返しておいた。

今日はその3日後である。

睦月院さんとむつみさんには話を通して、今日は来ないようにいっておいた。一応、人払いをしておかないとと思ったので。

まあ、喫茶店で人払いというのもおかしいかもしれないけれどね。

それはともかく。来ない。

来ないなら来ないで僕は久々の流れを楽しめるからいいけれど。

名も知らない洋楽を聴いて。よくわからないマスターの特製ブレンドを飲んで。知らないうちにうとうとして。

そうしていたら、来店の旨を知らす鐘が鳴り響いて。

その音で、僕の意識ははっきりと覚醒した。

入り口を見てみると、見慣れた景色を背景に、保健教諭の持っていた写真と寸分たがわない、三度橋さんが立っていた。

写真で見るよりも綺麗ですね。

初対面で言うことではない気がしたので、この発言は胸にしまっておいた。

三度橋さんは中に入ってからはただ呆然と、店内のどこかを見続けていた。目線を追っても、そこには何もない。ただ部屋の隅しかない。

「三度橋帝さん、ですよね。どうぞこちらへ」

立たせっ放しも失礼なので、僕はそばの席に腰かけるよう手招きした。

「三度橋帝。そんな人は知らないね。私の名前は三度橋帝だ、間違えるな」

返ってきたのは、夢の国の言葉だった。

アクセントもイントネーションもスペリングも、全く同じにしか聞こえなかった。間違えてないじゃないですか。

その流れのまま、三度橋さんはイスに腰を下ろした。

タイミング良く、マスターはコーヒーを三度橋さんの前に置いた。

そしてなぜか、いつものセリフ回しをしないまま、笑顔でかつ無言で店の奥に引っ込んだ。マスター、何かを察知したな。

「コーヒーっていいよね。この色、この匂い。まさにドブ川と言っても遜色ないね」

いい笑顔でそう言われた。この人はコーヒーが好きなのか嫌いなのか。明らかにけなしていると思うのだけれど、そのまま口に運んだから好きなのかな。

カップから口を離すと、満足そうに唇の端を上げた。やっぱり好きなのかな。

「ここのコーヒーはおいしいけど、味も匂いも初めてのものだ。言うほどコーヒーを飲んできたわけではないけど、何というか、私の好みを知っているかのような味だ。これはこの店独自のブレンドかい」

とても、まともな発言だった。

逆に腰が抜けたかと思った。

明らかに常識人な発言を聞いて、何が何だかわからなくなってきた。先程まではあんなにも電波を受信しているキャラだったのに。今じゃただの年上のお姉さんである。いや同級生だけど。

僕がわけもわからず混乱していると、三度橋さんは不思議そうな表情で首をかしげた。

「どうしたの。私が平安時代に行ったことあるのがそんなに不思議かな。何なら道長公を呼んでくるけど」

ああ、元に戻った。意味がわからない。

頭を抱えたいから、左手でそうした。右手にはカップを持って。

なんて言えばいいんだろう、この方は。

「この店は雰囲気がいいね。活気があって。お客さんもこんなにたくさん」

話を聞いてるだけで頭が痛くなってくる。文脈のない文の羅列がこんなに不愉快なものだとは、思いもしなかった。

話が通用しないというのは苦痛なんだと、学ばせてもらった。

「どうしたんだい。急に頭を抱えてしまって、おや、顔色も悪いじゃないか、脂汗までかいてる。何か冷たいものでも、それとも外の空気を吸うかい」

わけのわからないうちに、普通の発言になって。頭の中がシェイクされてる。僕の中の何かが、理性と得体の知れない何かがぐちゃぐちゃに混ざり合って。

頭がおかしくなりそうだよ。せんせい。

なんでこんな人を僕に押しつけたのさ。



地獄のような時間を体験したと思ったら、僕はいつの間にか仰向けになっていた。

見慣れた保健室の白でなく、見慣れた落ち着きの色。かぎ慣れたにおい。聴き慣れた音。

僕はまだ、喫茶店の中みたいだ。

背中に当たる感触が虫食いなのはきっと、並べられたイスの上に寝ているからだろう。微妙に痛い。

僕は体を起こすと、車酔いにも似ためまいと吐き気をもよおした。あわてて口を押さえると、割とすぐにそれは止んだ。

口の中が苦くてすっぱい。たぶん、もう胃の中にものが残ってない。それでおさまったのかな。

僕が体調不良でまた倒れかかっていると、えんま様が現れた。

僕の中を思う存分蹂躙してくれた、三度橋さんだった。

「大丈夫かい。私のせいでこんな事になって、ごめん。それとわかっていると思うけど、私の発言を三度ずつ二回、つごう六回私が口を閉じるまで、耳をふさいでくれても構わない、我慢して」

そう言われて、僕はすぐに耳をふさいだ。これ以上頭の中をかき回されるのはごめんこうむりたい。

僕は必死に耳をふさいで、三度橋さんの口元だけを注視していた。

彼女が二度口をつぐむのを確認してから、恐る恐る、僕は手をどけた。

「改めて、私の名前は三度橋帝、一応、きみのクラスメートをやらせてもらってる。今日はお世話になってる保健の先生に斡旋されて、この喫茶店に来させてもらった。理由は聞かされてると思うけど、学業復帰が目的ね」

そこまで聞いて、また耳をふさいだ。

ふさいでいる間に、僕は三度橋さんについて考察することにした。

この人独特のクセなのか。三度橋さんは一度の発言につき、必ず3つの文。最初は必ず、常識を投げ捨てたような発言で。それを二度繰り返して、三度目でようやくまともな発言に入る。

だからこの人と会話したいなら、最低でも二度の発言、耳をふさぐなりして耐えしのがなければならない。今の僕みたいに。

「友人にも、担任にもさじを投げられて、保健の先生に頼ったら、きみを紹介された。よくわからないけど、それには何か理由があるんだと思う。唐突ではあるけれど、先程からの私の発言を聞いて、きみがどう思ったかを聞きたい」

耳をふさぐ。

急に難題を言い渡された。しかもお題の設定はなしで。

先生は三度橋さんと僕が同じ境遇にあると言ったけど、どこがなんだろう。

この人は、積極的に人に関わろうとしている。自分の欠点を理解した上で。その時点で、僕とまるっきり違う。

だから、僕は力になれない。

思った通りの発言しか、僕にはできない。

激励も、応援も。他人のために贈る言葉。僕はそれをしたくない。

僕は僕のエゴに従って、思ったことだけを口にする。

「三度橋さんは、とても綺麗で、とても優しい人だと思います。けれど、それに精神の強さがついてきていないだけで」

この人は、圧倒的に精神のプロテクトがもろい。

僕が耳をふさぐたび。不快そうな表情をするたび。三度橋さんは泣きそうな顔で笑っていた。

その事実を、僕はただ突きつける。

「あなたは、受け流すことを知るべきだ。他人から何を言われても、どんな表情をされても、気にしないことを」

それができない限り、三度橋さんは社会で生きていけない。単なる僕の憶測にすぎないけれど。

それでも、あの表情を見ていると。

たった数cm、数mmの高さから落としただけで砕けてしまいそうな。

「そうでもしないと、あなたは生きていけない。他人から寄せられる嫌悪感に押しつぶされて、そのストレスでいつか本当に」

精神的に、壊れてしまう。

これもなんとなくだけど、僕には三度橋さんのクセが、変に思えてしょうがなかった。

生まれながらじゃなく、最近そうなったような。

別に三度橋さんは生来のものとは言っていないから、僕の妄言にすぎないけれど。

だってそうじゃないかな。

あのクセは、人を寄せ付けないことに関して、うってつけだ。

あのガラスより脆い心臓を守るために、発現した。そんな気が。

しばらく黙っていると、三度橋さんはゆっくりと、僕の顔に手を近づけてきた。

「きみを紹介された理由が、なんとなくわかった気がする、どこかきみと私は根底で似ている、そんな気がしてならない。きみの発言が妙にしっくり、私の心に響いて、その通りだと相槌を打つ、納得が次々と生まれ、とても心地がいい。きみと私は、出会わなければならない、この出会いも偶然ではない、きっときみと私は出会うべくして、出会いたいという意志を持ち合って、出会った、そう願いたいくらいに、私はきみを紹介されたことをよく思っている」

そこまで言って、僕に近づけられた手は引っ込められた。

初めて、この人の思っていることを聞いた気がした。

この人の考えというか、哲学というか。その中身を。

正直な話、もっと聞いていたい気がした。この人が普段何を見て、何を思っているか。この人が喋るたびに、僕は感動するんじゃないか。

だって、ここまで人との出会いを感謝してくれる人に、僕は会ったことがない。

ここまで、僕と出会ったことを感謝されたことも、ない。

それだけ。

それだけで、僕がこう思うのに、なんの疑いもなかった。

「あなたとお近づきになれたことを、光栄に思います。できればこれからも、懇意にしていただければ、幸いです」

できるだけ丁寧にそう言って、僕は右手を差し伸べた。

なんの迷いもなかった。

でも、少しだけ間違ったと思った。

別にこの人と出会ったことをでなく、こんな事を言ってしまったからでもない。

三度橋さんは優しく微笑んでくれて。ゆっくりと手を差し伸べてきた。

「私は左利き。右手でコーヒーを飲んでいたのはフェイクだったのさ。まんまと引っかかったな、この女狐め」

左手をね。

人間、タイミングって、大事ですよね。

次回はまた趣の違うものを。

見た頂けたなら、幸いです。

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