コーヒーの美味しい、洋楽の聴ける喫茶店 6
どーも初めまして。
以前からご贔屓の方は、どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
メタ発言をする人って、きらいですか?
『八葉 六十四の出会い方』
ぼくが彼と出会ったのは、仲介のおかげだった。
同級生なんだけど、とても大人びた人で、背もスラッとしてて、ぼくの将来の展望みたいな人。
その人に、美味しいお茶を出してくれる店があるから行こう、って誘われたのがことの始まり。
ぼく自身は何も関与していない、たまたま曲がりかどでぶつかったら、それが転校生だったくらいの偶然。
でもその偶然を、今では嬉しく思ってたりする。
その理由は、恥ずかしくて言えたものじゃないけれど。
「ねえマスター」
「なんだい高校生」
「前来たあの人、次はいつ来るのかな」
「睦月院さんのことかい? それはおいちゃんに聞かれても全くわからないなぁ。学校で聞いてくればよかったじゃないか」
「別にそういう間柄でもないから」
「隠さなくてもいいんだ高校生。青い春の香りは、すましていてもおいちゃんにはまるっとわかるもんだ」
「何か勘違いしてるみたいだけど、僕は1日のサイクルを崩されるのがいやだからいってるの」
「おや、だからさっきからそんなすねた口調で言っていたのか。おいちゃんももうろくしたもんだ」
あの日から、こんな会話ばかりを繰り返していた。
先日、クラスメートの睦月院さんとやらと初めて会話して、また次も来るからと言われた。
別に人と話すのは嫌いじゃないから、その旨を承諾した。
その時きっと、僕はこう考えていたのだろう。
睦月院さんの来ない日は今まで通りコーヒーを飲んで定時に店を出よう。来たら来たで四方山話でもして、定時に帰ろう。
その考えは実に甘かったことを、その日の翌日から思い知らされた。
いつも通り店に入ったはいいものの、僕は睦月院さんが来ることを警戒していた。
別に悪い意味でなく、単純に来るパターンと来ないパターンが僕の中であるため、そのどちらを適用していいものなのかがわからなかっただけである。
早い話が、来たら起きてる。来なかったら寝てる。時間が来るまで。
だから来る来ないで、僕のとる行動が全く変わるのだ。来たときに寝ているなんて失礼はしたくないので、おのずと睦月院さんが来ない日も、ずっと起きていなければならなくなってしまった。
自分は律儀すぎるのか、ただのばかなのか。ときどきこの礼儀正しさを憎みたくなる。
でもこの店でゆっくりしたいから、僕はここにいるのだ。その安寧はどこへやら。
ある意味自己責任なのはわかってるけど。これがいやなら断ればよかったことくらい。
このデメリットは理解していたけれど、断れなかった。理由は自明だからいいけど。
相も変わらず、この店は僕にとって無名の洋楽を流している。僕もそれが好きでここに通い詰めているからいいのだけれど。というより、流さなくなったら来ない。
僕はいつも通り、睦月院さんが来てもいいよう起きたまま、マスター特製のブレンドをちびちびと飲み続けている。
窓の外を見ると、まだ人通りもまばらだった。学校から出て行く姿もあまり見られない。みんななにかしら忙しいのだろう。かわいそうに。
そういえばコーヒーを飲むと寝られなくなることが多いというけれど、僕はきっと逆なのだろう。
だって、前までは飲んでから寝ているのだから。
この話を友人にすると、こぞってそれはおかしいと言われた。一般的ではないらしい。
そう考えると、マスターの淹れるコーヒーがおかしいのだろうか。いつ聞いても銘柄は、おいちゃんの特製ブレンド、としか言わないからね、マスター。睡眠薬でも入っているのかな。
そんなことを言っていると、久しぶりに眠気が襲ってきた。
頭がもやがかって、まぶたが重い。
掛け時計を見ると、睦月院さんが来る前までよく寝ていた時間だった。
もう何日もこの時間に寝ていないから、少し限界が来たのかもしれない。ここは睡魔に従って、久々に定時まで寝るとしよう。
僕は僕に従い、素直にまどろむことにした。
寝る寸前に、美味しそうなコーヒーのにおいがした。マスターめ、また自分のを淹れる気だな。
喫茶店に誘われたはいいものの、そういえば今日は用事があったことを思い出した。
まあ、抜けようと思えば抜けられる用事だから、ごめんとだけ伝えればいいかな。
そんな流れでぼくは、喫茶店に向かって走っていた。
誘い主はというと、少し用事を済ませてから向かう、場所だけ教えるから先に行ってて、と言われたので、とりあえずはぼく一人で行くことになった。
場所を聞いたところ、少しというよりかなり至近距離なので走る意味はないけれど、気分的に走りたくなったから。
それに、走っているときの風の流れが、ぼくは好きだったりする。
変な言い方だけど、ぼくの速さに負けて、風が追い抜かれてる感覚、っていうか。
見えない何かを追い越していくその感覚が、ぼくは好きだったり。
ただ単に汗かいてるから涼しいだけかもしれないけど。
走って6秒もしないうちに、目的地らしい建物の前に着いた。
雰囲気的には、喫茶店で合ってる気がする。
扉の前にかかってるopenの札、中からもれ出す音楽とコーヒーの匂い。きっと、言われた場所で合ってるはず。
そう思って、ぼくはその扉を引いた。逆だった。
入る前に聞こえた鐘の音がとても印象的だった。からん、ころん。
中に入ると、シックっていうのか、落ち着いた色合いが目に入った。美味しそうな匂いとあいまって、高揚していた気分が少しだけ静まってきた。
そうして入ってからずっと棒立ちだったぼくの前に、たぶんここの店主さんなのかな、がやってきた。
「どうぞお好きな席にお掛け下さい」
手にお盆とコーヒーを載せたままそう笑顔で言ってきた。
ぼくは近くの席に腰掛けると、店主さんは乗せていたコーヒーをぼくの前に置いた。
「あのー、ぼくまだ何も頼んでないんですけど」
「これはこちらからのサービスです。気に入らなければ、残して結構です。気に入っていただけたなら、次回から頼んでいただければ腕を振るいますので」
そう言い残して一礼し、店主さんは奥に引っ込んでしまった。
姿が見えなくなってから、ぼくは差し出されたコーヒーを一口飲んでみた。
おいしかった。とにかく。
ぼくはコーヒーの苦味と酸味が好きじゃなかった。でも、すんなり飲めた。まるで魔法じゃないかと思うくらい、そのどちらもおいしいと思えた。不思議な感覚だった。
コーヒーを置いてから一息ついて、少し店内を見回した。
特段変わったものは何も置いてない。というよりは、置いているものが少ない。ラックには少量の新聞だけ。窓の周りには何もなく、部屋の隅に観葉植物があるくらい。
あ、あった。変わり種。
ぼくの目に入ってきたのは、うちの制服を着た少年だった。ぼくより背が高いから少年はおかしいかもしれないけど。
でも少年と表現してもおかしくないくらい可愛らしい顔つきをしている。おさない、の方がしっくりくるかも。
寝顔だからよくわからないけど、どこかで見たことがある。
ああ、ぼくと同じクラスだ。たしか、はっぱくん、だったかな。
変わった名字なのはかろうじて覚えてるけど、読み方は完璧に忘れてる。間違ってたらあだ名にしよう。
そのはっぱくんは、すうすうと寝息をたてていた。流れてる音楽を聴いているうちに、眠くなっちゃったのかな。寝顔は子供っぽい。
つい出来心が芽生えて、ぼくははっぱくんの隣に移った。音を立てないようこっそりと。
近くで見ると、かなり首を傾けて寝ているのがわかった。起きたら確実に寝違えてるね。
ぼくははっぱくんのほっぺたをつついてみた。肌触りはぷにっと弾力があって柔らかく、赤ちゃんみたい。
その感触が心地よくて、ぼくは何度もつついた。その度に胸がきゅんきゅんした。
何度も繰り返しているうちに、まぶたが動いたのを確認。それに驚いて、ぼくはすぐに手を引っ込めた。
起こしたかと思ったら、それは大正解だった。
はっぱくんはだるそうに体を起こして、眠たそうに目をこすった。それも子供らしくて、きゅんときた。
僕は夢を見ていた。
いつもの喫茶店で、僕はマスターと二人きり。僕はいつも通りコーヒーを飲んで、いつも通り寝ていた。
久々の感覚だったから、まどろみの感覚が心地よくて、すぐに寝入った。寝入るまでの短い時間に、うっすらと聞こえる音楽も心地よかった。
そうして寝ていると、1羽のきつつきが僕の側に飛んできた。窓が開いていたのだろう、僕の体に風が当たるのがわかった。
するとそのきつつきは何を思ったか、僕の頬をつつき始めた。
痛みは全くないけれど、僕の睡眠を妨げるには十分だった。
それがうっとうしくなって、ついに僕は目を覚ました。
というところで、僕の夢は終わった。
眠い目をこすって時計を確認すると、まだ店を出る時間ではなかった。明らかに早すぎる。久々だったから感覚が狂っていたのだろうか。
眠気も覚めてしまったので、仕方なく起きていようかと思った矢先。
空席のはずの僕の隣に、見知らぬ人物が1名。
活発代表、みたいなお方が少し驚いた表情でそこに鎮座していた。だってまあ、きょうび体操着にブルマって。あれって廃止されたんじゃなかったの。
ボーイッシュとでもいうのか、隣のお人は一見すると男の子に見えなくもないけど、まあそのなんですか、その微妙な体操着のふくらみから察するに、女性のようで。
部活帰りなんだろうか。それにしても早すぎる。それに、これを着て活動している部活を僕は知らない。
僕がプロファイリングごっこをしていると、質問が飛んできた。
「きみって、ぼくと同じクラスのはっぱくんだよねー?」
あまり呼ばれたくない名称で。
「はっぱじゃなくて、はちようって読むの」
ぼくはあえて不機嫌さを装って答えた。こうでもしないと、たいがいの人はそれをあだ名として定着させるから困る。
「えーと、ごめんね。まだみんなの名前覚えてなくてねー」
あまりすまないと思ってなさそうに言われても。
まあ、ぼくも同じだから非難はできないけど。それと前回のこともあるし、今度はこっちから。
「僕も同じなんだ。だからできれば、名前を教えてくれるかな」
「あー、うん。ぼくはね、むつみってゆーの。将来の夢の夢に、少々お花摘みにの摘むで、夢摘」
むつみさん、か。微妙に聞き覚えがあるから、自己紹介の時の記憶に引っかかったのだと判断。
とりあえず名前はわかったけど、1つ聞き直そう。
「ちょっといいかな。できれば、名字も教えてくれたら」
「あーぼくね、名字が固っ苦しいから、あまり呼ばれたくないんだよねー。だからさ、名前で呼んでもらえると嬉しいかなー」
質問の途中で、ばっさりと言い渡された。
名字の方が好ましいけど、本人がそう言うのだからファーストネームの方を呼称することに。
「むつみさん」
「なーに、はちようくん。できれば名前の方も教えてもらえれば質問があったときに答えられるけどー」
とりあえず1つわかったことがあります。
この人はとてもマイペース。
まあ、この人のペースに合わせた方が楽みたいだからいいけど。
「漢字で六十四って書いて、ろくとしって読むの。絶対ろくじゅうよんとか読まないでくださいね」
「わかったよー、ろくとしくん」
この人はさっきからなぜか、一向に笑顔を崩さない。何かのポリシーなのか。
それも運動部っぽいと言えばいいのか、なんと言えばいいのか。無邪気な笑顔、っていうのがしっくりくる。
親が子供にわかったと聞いて、返ってくるような。そんな笑顔。
ああ、毒気を抜かれる笑顔、っていう言い方もあるかな。
それこそ、見るだけで疲れが飛びそうなほどに。
むつみさんといるだけで、1日の疲れが全て癒される。そんな風にさえ思える純粋さ。
初対面ながら、そんなことを感じていた。
そしたら案の定、その視線に気付いたらしい。
「んー? ぼくの顔に何かついてるー?」
きょとんとした顔で、下からのぞき込まれた。
「いや、笑顔が素敵だなあと」
あせって、舌がすべった。盛大に。
「いやだなーもう、何を言ってるのさきみはー」
口調は穏やかだけどスピードは速く、それを言い終える前に僕の背中には平手打ちが炸裂した。
声は抑えたものの、強烈な痛みが走った。冗談抜きにまっぷたつになるんじゃないかと思うくらい。
「同級生にそんなこと言われたの初めてだよー。いやー、照れるなー」
むつみさんは頬を真っ赤にして、しきりに後頭部をさすっていた。なんというか、リアクションが古い。
僕もばつが悪くなって、窓の外を見ることにした。
夕暮れも少しずつ深くなってきて、人も車も活発に行き来していた。
むつみさんが黙ってしまったまま時間が過ぎ、僕も何も話さないまま時間が過ぎ。
耳に届くのは名も知らぬ洋楽だけになった頃。
「あら、相席していたとは思わなかったわ」
古めかしい鐘の音とともに、睦月院さんがご来店された。
すると途端にむつみさんが破竹の勢いよろしく席を立ち、睦月院さんのもとへ走り抱きついた。
「ナイスタイミングー。もうちょっと遅かったらぼく耐えきれなかったよー」
それについては僕も同感。
あの微妙な空気がもう少し続いていたら、耐えきれなくなって店を出ていたかもしれなかった。
「ごめんね、遅くなって。でも2人でいたのなら、暇になるはずないと思ったのだけれど」
睦月院さんの一言に、僕らは固まってしまった。
正直、あれは言えたものではない。1つ間違えば告白すれすれの一言だったと、客観的に今なら判断できる。
むつみさんは完全にフリーズしてしまってるから、フォローをいれておこう。僕のためにも。
「実は、お互いに話すのが初めてだったから、あまり共通の話題もなくて黙ってしまったんですよ。そこに睦月院さんがちょうどよく入ってきてくれたので」
僕がそう話すと、むつみさんも口裏を合わせてきた。
「そーそー。同じクラスだってのはあったんだけど、ぼくとろくとしくんは話題に欠けてねー。だからあのとき」
本音の方に。
この人は本当に、天然が入っているのもわかった。嘘がつけないのかな。
そしてそのタイミングでフリーズされると、何もフォローがいれられない。
むつみさんもさすがにまずいと思ったか、後ろ姿でも冷や汗をかいているのがわかった。
そんな切迫した状況下で、1つだけ救いがあったとすればそれは。
「まあ話はそれくらいにしておいて。まずは3人でゆっくりコーヒーを飲みたい。いいかな」
睦月院さんの間が、とてもよかったことくらいだった。
次回もこの形のものを。
読んでいただければ、幸いです。