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「お帰りになられたら?」と言ったら、本当に帰った夫~「俺がいてもできることはない」ええ、その通りでしたわね~

作者: テテン
掲載日:2026/07/16

「では、そうしよう」

「⋯⋯え?」


予想もしていなかった言葉に、思わずかすれた声が漏れる。

まさか本当に?

今「そうする」、って言ったの?

けれどすぐに、いやこの夫なら十分あり得る、と酷く落胆した。


自分の隣にいる娘の顔を確認する。

眠っている。

そのことに、ずきりと胸の奥が痛むが。

自分の父親の、こんな心のない言葉を聞かれなくて良かったとも思った。


事故にあったのだ。

最愛の娘が。

王立学園に向かう途中で、他の馬車と接触。

横転した、と。

そう知らせを受けた。


頭を強くうち、意識もない。 嘔吐までしている。

その容態に、娘はすぐにこの王立病院に運ばれた。

その道のスペシャリスト達が集うこの場所に、娘は迷うことなく運び込まれたのだ。

それほどの、状態だった。


はずなのに。


一緒に駆けつけた夫は。

父親であるはずの夫は。

娘の容態を説明してくださるお医者様の話を、一緒に聞こうとはしない。

待合室の背もたれに身を預け、足を組んで。

読書を楽しんでいる。

専門書や、医学書?

娘の容態を気にして読んでいるのか、と一瞬だけ期待した。

けれどすぐに違うと気がついた。

あれは夫の好きな娯楽本だ。


車椅子にのせられ、意識も朦朧としている娘を連れて、診察室から出る。


それに気づいているはずなのに、夫は動かない。

容態を聞いてくることもない。

意識がなく、ぐったりとした娘。

おしゃれに気を使う年頃なのに、顔には痛々しいキズ跡。

手も足も、擦りむいて血が滲んでいる。

なのにこの姿を見てなお、娯楽本を読んでいる自分の夫。


心のなかで、怒りの炎が燃え上がった。


「そこにそうしているだけなら、退屈でしょう? お帰りになられたら?」


なぜ診察室にこなかったのか。

娘のこんな姿を目にして、なぜ平然としていられるのか。

父親としてもっとすべきことがあるのではないか。


そう皮肉を込めたつもりだった。

けれど。

返ってきたのは、冒頭のあの言葉「では、そうしよう」だ。


落胆と、怒りと、絶望と。

そんな感情がごちゃごちゃに混ざり合う。


わたしの言い方も悪かった。

自覚している。

どうして診察室に一緒に来てくれなかったの。

娘のそばに一緒についていてほしい。

家族として支えてほしい。

そう素直に言えばよかったのかもしれない。


けれど言えなかった。


娘の傷ついた姿を目の当たりにして、私自身も酷く混乱していたから。


「では、先に帰る」


はあ、やっと帰れる。

そんな言葉が聞こえてきそうな声だった。

本当に帰るつもり?

この状態の娘をおいて?

心配ではないの?


言いたいことはいくつか浮かんでくるが、言葉にできない。

返事をしないわたしに向かって夫が言う。

言い訳のように。


「俺がいたところで、出来ることはないしな」


違う、そうじゃない。

できる、できないの問題ではない。

ただ側にいたい。

側を離れることが怖い。

そうは思えないの?


問いかけたかったが、冷静に言葉にできる自信がない。

ここは病院だ。

騒いでいい場所じゃない。

それに、意識がないように見えるだけで、娘が聞いているかもしれない。

こんな状態の娘に、両親が闘う声など聞かせたくない。


わたしの無言の抗議に気づくことなく。

夫は、屋敷へと帰っていった。

わたしと娘をおいて。

とても虚しい気持ちでいっぱいになった。


40度近い高熱、いまだ続く意識混濁。

幾人もの医師の診察を受け、娘はそのまま入院となった。


家族は病室に付き添うことはできない。

心配でたまらなかったが、規則だからと言われれば引き下がるしかない。


不安な気持ちを抱えながら、屋敷へと帰る。

あの人はどうしているだろうか。

何時間も前に帰ったのだ。

仕事をしているだろうか。


けれどここでもわたしの期待は裏切られた。


あの人は、涼しく快適な部屋で、気持ちよさそうに惰眠を貪っていた。


……でしょうね、と。

心が冷え切っていく。

思えば、あの人はいつもそうだった


結婚当初は、穏やかで優しい人だなと思っていた。

友人と食事に行くことも、いつも許可してくれた。

子供の教育方針にも、いっさい口出しをしてこなかった。


けれど結婚して十七年たった今ならわかる。


それは優しさじゃない。

──無関心だ。

この人は、わたしのことも、子供のことでさえ興味がないのだ。


そう思い至った瞬間、心のどこかにヒビが入った気がした。



翌日、夫とともに荷物をまとめ病院へと向かう。

けれど、ここでもまたこの人は動かない。

待合室に座ったまま、新聞を読んでいる。

開かれたページに載っているのは、今週開かれる競馬の記事だ。


医師が、病状を説明してくれる。

それをたった一人で聞いた。

苦しくて、悲しくて、酷く情けなかった。


「買い忘れたものがあるの」


面会時間が終わり、帰る段階になって。

大事な荷物を一つ、屋敷に忘れたことに気がついた。

給水布だ。

ないと娘が困る。


「近くに店があっただろう。 そこで買えばいい。 俺は先に帰っている」


え、という言葉が喉の奥で止まる。

給水布だ。

もちろんこの人に頼むつもりはなかった。

けれど。

「帰る?」

それはもちろん、馬車で屋敷まで帰る、という意味だろう。


ではわたしは?


そもそも近くに店があるとは言え、歩けばそこそこ距離がある。

あなたが馬車を使うというなら、わたしにはそこまで歩けと言うの?

この雨の中を?


また、わたしの返事を待つこともなく、あの人は帰っていく。

娘が命がけで戦っている病院から。

一度も振り返ることなく。


ああ…。


心のなかで何かが割れた音がした気がする。


ああ、もう駄目だ。

あの人とはもう、やっていけない。




「母上!? ミアが事故にあったと聞きましたが!? 容態はどうなのです!?」


3日後、王宮勤務をしている息子が、血相を変えて屋敷に帰ってきた。

息子はあまり表情が顔に出ない。

付き合いのないものが見れば、少し冷たい人間にみえるかもしれない。

けれど実際は違う。

こんなにも家族を大切にし、忙しい中でも時間を作り、こうして帰ってきてくれる。

とても優しい子なのだ。


「幸い、熱も下がって元気にしているわ。 もうすぐ帰ってこられるって」

「そう、ですか。 よかったぁ」


その場に崩れるようにうずくまる息子。


「ああ、本当にミアはよく頑張った」


そう呟いた息子が、ふと顔を上げた。

じっと探るように、わたしの顔を見る。


「……母様。 母様は大丈夫ですか? ちゃんと食べられていますか? 眠れていますか?」

「………ケヴィン…」


息子の心遣いに、視界が滲む。

わたしは夫には恵まれなかったかもしれない。

でも、こんなに優しい子どもたちには恵まれた。


涙ぐむわたしに、何かを察したのか。

ケヴィンの顔つきがかわる。


「母様⋯⋯あの人は今、何をしているのです?」


ケヴィンは、父親のことをいつも『あの人』と呼ぶ。

父様に向かってそんな言い方よくないわ。

いつもならそうたしなめる。


けれどそれが出来なかった。


気丈でいなければならなかった。

娘が不安にならないように。

わたしがしっかりしなければ。

ずっとそう自分を奮い立たせてきた。


でも本当は。

ずっと怖かった。

わたしこそ、だれかに側にいてほしかった。


「ケヴィン⋯⋯」


名前を呼べば、すぐに「はい、母様」と言葉が返ってくる。

わたしの決断は間違っているかもしれない。

子供達にとって、あの人はこの世にただ一人の父親。


でも、もう⋯。


「ごめんなさい、ケヴィン⋯」


───母様はもう限界なの。






翌朝早く、王宮に帰るというケヴィンを見送るために屋敷を出た。

王宮に勤め始めたばかりで、本当に忙しいのだろう。


「これをミアに」


馬車に乗り込む直前で、ケヴィンが照れくさそうにそれを差し出した。

手のひらに乗るくらいの小さな箱だ。


これはなに?


目線でそう問いかけながら受け取った。


「アミュレットです。 ミアが早く良くなるように」


開けるように促され、箱を開いてみる。

美しい7色の『アミュレットジュエリー』が並んでいる。


「これ⋯⋯」


一目で随分高価なものだと分かる。

ケヴィンは侯爵家の嫡男だ。

けれど「自分の力だけで生活したい」とケヴィンが訴えたため、侯爵家からの援助は一切行っていない。


「ケヴィン⋯」


見上げたケヴィンの顔が、またじんわりとぼやけて見えた。


まだお金に余裕なんてないはずなのに。


「ありがとう。 必ず渡すわね」

「はい」


目を細めて笑ったケヴィンが、馬車に乗り込もうとして。

こちらを振り返った。


「⋯僕は母様の味方です」

「どうかお体だけは、お気をつけ下さい」


そう言って、ケヴィンは王宮に帰って行った。






ケヴィンのアミュレットがきいたのか。

娘はその2日後に退院してきた。

まだ頬のガーゼと、手足の包帯が取れてない。

見た目にも痛々しい。

けれどそれでも熱は下がった。

食事も食べられている。

その事に安堵したのだけれど。


「母様⋯。 今日一緒にねても⋯いい?」


夜遅く、娘がわたしの寝室を訪ねてきた。

両手に枕を抱えた手が、微かに震えている。

わたしを見上げてくる顔が、青白い。


娘は事故当日の記憶が酷く曖昧で。

自分に何が起こったのかよく覚えていない。


それでも。


やはり怖かったのだ。

わたしなんかよりもずっと。


たった一人で知らない場所、知らない人たちの中で。

動かない体で、必死に戦い続けてきたのだ。

辛くなかったわけがない。


娘に残っているのは、体の傷だけではないのだと思い知った。


震える娘の小さな体を抱きしめながら、初めて私は涙をこぼした。


泣き疲れたのだろう。

ミアはいつの間にか、わたしの腕の中で静かな寝息を立てていた。

事故の傷は少しずつ良くなっている。

けれど。

心の傷は、まだ癒えていない。


……ごめんね。


ミアの髪をそっと撫でる。


考えても、もうどうしようもないことを、何度も考えた。

あの日わたしがこの子を呼び止めていたら。

事故には遭わなかったんじゃないだろうか?


暗い沼に沈んでいくわたしの心。


その時。

ふと、ミアが寝返りをうった。

わたしと向かい合わせになったミアが。

わたしの服をギュウとつかんだ。


『母様、大好き』


そう、言われた気がした。


そして。


「……僕は母様の味方です」


2日前にケヴィンがかけてくれた言葉。


⋯⋯そうだった。

わたしは、一人じゃない。

変わらない過去ばかり考えずに、これからのことを考えなければ。


この子たちの幸せはわたしが守る。

もう、迷う必要はない。

ミアを起こさないよう、そっと腕を抜いた。


最愛の息子を。

娘を。

家族を守るために、わたしにはやるべき事があった。





1週間後、わたしはローテーブルを挟んで夫と向かい合って座っていた。

広い部屋に二人きり。

使用人たちには、暫く部屋には近づかないように言い渡してある。


いつもとは明らかに違う状況。

心なしか夫もどこか落ち着かない様子。

……いえ、この人がそんな細かいことに気がつくわけがないわね。

きっと午後から始まる競馬のことでも考えているのでしょう。


「……一体何の用だ?」


イライラと声を荒げる夫に、わたしは用意されていたお茶を一口のんだ。

心を落ち着かせ、頭を極限まで研ぎ澄ます。


カップをゆっくりとソーサーに置いてから。

わたしは顔を上げ、一枚の書類を夫に差し出した。

離縁状だ。

わたしの欄には既にサインが済んでいる。


「なんのつもりだ?」


流石にそれが何なのか理解した夫が、じろりとわたしを睨みつける。


「離縁していただきたく思います」


目を真っ直ぐに見たまま、背筋を伸ばして言い放つ。


「はぁ。 一体何が不満なんだ。 自由にさせてやってるだろう」


これみよがしにため息をつく夫。

ここまでしてもまだ自分には非がないと思っている。

その態度に、笑みすらこぼれた。


「自由に、とは具体的にどのような?」

「自由は自由だ。 お前の教育方針には一切口を出さなかった。 仕事だって、煩わしい口出しなどしてこなかったはずだ」

「……仕事、ですか」


口角を上げてわざと微笑んで見せれば。

夫が怪訝そうに眉を寄せた。


「ではお聞きいたしますが。 わたしは嫁いでから十七年間、ずっと女主人としてこの屋敷を支えてまいりました」 

「ああ、そうだな」

「そしてその他に、旦那様がするべき領主としての仕事も、ずっとこなしてきたように思いますが?」

「だからどうした! お前は、そういう小難しい仕事が得意だろう! 俺はお前の才能を有効活用できる場を与えてやっているのだ! 礼こそあれ、責められるいわれはない!」

「わたしが望んだわけではありませんが?」

「うるさいぞ! 夫を支えるのは妻として当然の責務だろう!」


妻として当然の責務。


夫の口から出た言葉に、すーっと体が冷えていく。


「当然の責務? ……それをあなたがおっしゃるのですか? 夫としても、父親としても全く責務を果たしていないあなたが?」

「なんだと?」


わたしの言葉が相当気に入らなかったのか。

夫の纏う雰囲気が、明らかに一段階下がった。


いつものわたしなら、ここで話を打ち切っていた。

夫婦不仲にならないように。

ずっと心を殺して、我慢してきた。


でも、もう、我慢などしない。


「お心あたりがあるのではないですか?」

「なんのことだ」


考える間すらなく返ってきた言葉に、内心ため息が漏れる。

この人は、わたしの言葉を聞き、受け止め、考えることすらしないのだ。


「先日の、ミアの病院での件です」

「は?」


ここまで言ってもまだ、夫は怪訝そうな顔をしている。

本当に救いようがない。


「あの時わたしは、『そこにそうしているだけなら、お帰りになられたら』、とお伝えした。 そしたらあなたは、本当に帰ってしまわれた」

「だからどうした? お前が帰れと言ったのだろう」

「そこにそうして座っているだけならば、と言いました。 帰れとは言っていません」

「同じことだろうが!」

「いいえ違います。 帰ると判断なされたのはあなたです」

「屁理屈をこねるな! そもそも俺があそこにいたところで、何が出来たわけでもあるまい!」


また始まったわ。

内心、またため息が漏れた。

何が出来たわけでもない。

あなたはそうおっしゃるけれど。


「いいえ、できることは沢山あったはずです。 確かに診断や治療は難しかったでしょう。 医療者の邪魔をしない、これはとても大事なことです。 けれど、怪我の状態を聞き、娘に寄り添い、名前を呼んで、手を握る。 それはわたしや、そしてあなたでも出来たことのはずです」

「なんだ! 結局一緒にいてほしかったと言うことか? ではなぜ最初からそう言わない!? 言わなければわかるわけがない!」


言わなければわからない、ですか。


「………そうですね。 確かにわたしの言い方も悪かったかもしれません。 ごめんなさい」


丁寧に頭を下げた。

わたしの言い方も悪かった。

そこは最初から自覚をしている。


けれど。

頭を上げ、まっすぐに夫を見据えた。


「けれどそれでも、あなたは何も考えずに帰っていった。 その次の日も。 医師と話すこともなく、病院に一人残る娘の顔すら見に行かなかった」

「………っ!」


夫の顔が嫌そうに歪んでいる。

ああ、あの顔。

もう面倒くさいのね。


こんな顔をした夫の出方は、もうわかっている。

自分の有利を主張して無理やり話を終わらせる気だ。


でも。

そうはさせない。


「……話はわかった。 だがいいのか? お前はこの家を出されたら、行く宛もないんじゃないのか?」


数秒の沈黙の後。

切り札とばかりに勝ち誇った顔で夫が言う。


本当に。

予想通りの言葉で少しばかり呆れてしまうわ。


確かにわたしの実家は、もう兄夫婦が暮らしている。

けれどそれでもきっと、私たち親子を温かく迎え入れてくれる。

大変だったな、と労ってくれるはずだ。


でもね、旦那様。

本当にこの家から出ていくべきなのは───。


「わたしはこの家から出ていきません。 出ていくべきはあなたです!」

「………は?」


たっぷりの時間をかけてやっと言葉を理解したようで。

夫は、口元を楽しげに引き上げた。


「何を馬鹿なことを言っている? この家の当主は俺だぞ?」

「ええ、そうですね。 名ばかりの、ですけれどね」

「なんだと? 口のきき方に気をつけろ! 俺は……」


夫を黙らせるために、手元から書類を一枚取り出して、机の上に置いた。


「なんだこれは?」


勢いを削がれたようで。

旦那の視線が、書類を見た。


「義父様が作成された、あなたの当主解任とケヴィンへの家督継承を求める正式な書状です」


領地で隠居生活をされている義父様。

事情を記した手紙を送ったら、すぐにこの書類を送ってくださった。

決断が、異常に早かったのはきっと。

義父様は、自分の息子の本質をご理解されていたのでしょう。


「ばかな! ……いや、正当な当主はこの俺だ! 父上は引退された身! 当主である俺を追放など出来るはずが……」


出来るはずがない。

そう言わせないために、わたしはあらゆる準備をしてきた。


手元から最後の切り札を取り出し、静かに机の上においた。


先ほどよりも、一段と上質な紙。

左隅に押された鷲をかたどった印章。

あれが何かわからない人間は、この国にはいない。


「国王陛下からの勅許状です」

「………は?」


王宮勤めをしているケヴィンが、王妃様に話を通してくれた。

いえ、そうじゃないわね。

ケヴィンが王妃様に話を通してくれた、というよりも。


「ねえ、あなた、ご存知? 病院ってね、とても人目があるのですよ?」


あなたはいつも、自分の手元しか見ていない。

だから気づかなかったかもしれないけど。


「あそこには何人もの、高位貴族の方々がいらっしゃいました。 そして、皆様が見ていました、あなたのその無関心な態度を」


そうして噂が王妃様の耳に届き、王妃様が国王陛下に取り次いでくださった。

恐れ多くも、ケヴィンを通してわたしの話をお聞きくださった。

わたしはこの十七年間、領地に関わる決済を誰がしていたのか。

夫の署名が一つもない帳簿と、わたしが処理してきた書類全てを証拠として添えた。


その結果が、この勅許状だ。


「あなたの当主権限を停止し、ケヴィンへ継承させることを認める、という王命です」


離縁状、家督継承を求める書状、そして勅許状。

それらを順番に見て、顔を青くする夫に。


「ねえ、旦那様?」


優しく声をかければ、縋るように顔を上げる。


「『俺がいても出来ることはない』でしたわよね? ええ、本当にその通りです。 だからどうぞ──」


わたしは、ゆったりと微笑んでみせた。


「───この家から出て行ってくださいませ」







「母様!」


部屋から出るとすぐに、声をかけられた。

あまりにタイミングがいい。

きっと部屋の前で待っていたのね。


「ミア? それに、ケヴィン? あなたどうしたの? お仕事ではないの?」


振り返れば愛する息子と娘が、二人寄り添うように立っていた。

ミアは部屋にいるように伝えてあったし、ケヴィンは今日も仕事で屋敷にいなかったはずなのに。


「王妃様が特別に休暇をくださいました。 それより母様……お疲れ様でした」


目を細めて笑う姿が、頼もしい。

ああ、いつの間にこんなに大きくなったのかしら。


「あのね、母様! お兄様がパフェでも食べに行かないか、って!」


楽しそうにミアが笑う。

すっかり元気になったその姿に、心が温かくなる。


「あのね? いつものお店で、こぉんな大きな新作パフェが出たんだよ!」

「………ミア…」

「ぜぇんぶお兄様のおごりらしいから、いっぱい食べよう!?」

「……ミア、程々にしてくれないかな。 兄様、少しばかり懐事情が……」

「わたしの退院祝だもんね? 好きなもの沢山食べてもいいんだもんね? ね、お兄様?」

「…………うん」


渋い顔で頷くケヴィンをみて、思わずふふふと笑みがこぼれる。

無くしたもの?

いいえ、そんなもの一つもないわ。

わたしは手に入れた。

かわいい子どもたちと楽しく過ごしていく未来を。


「ええ、行きましょうか。 家族三人で!」












最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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