舞台の袖から見る、公爵令嬢の散り際
王立学園の卒業パーティーは、極彩色の光とシャンパンの泡で満ちていた。
その中心にいるのは、婚約破棄を宣告され、今まさに断罪の槍を向けられている公爵令嬢エレオノーラだ。
「エレオノーラ、貴様のこれまでの悪行、看過できない!」
殿下の高らかな宣言に、会場の貴族たちがせせら笑う。僕はその外縁、壁際の柱に寄りかかり、ただ静かにその光景を見ていた。僕の名はアルヴィン。しがないモブ子爵家の三男。誰も僕のことなど気にかけていない。
もちろん、彼女を救う力なんて、僕にはない。
彼女は悪役令嬢として糾弾され、追放され、やがて社交界から消える。それが、この世界の結末だと知っている。僕にできるのは、かつて彼女が庭園で独り、折れたバラに水をやっていた時の、誰にも見せなかった優しい眼差しを記憶に留めることだけだ。
エレオノーラは冷徹な仮面を崩さない。高潔に、しかしどこか諦めたような瞳で殿下を見つめている。彼女が潔白であることは、少しの注意を払えば誰にでも分かることだ。しかし、誰も耳を貸さない。
「……そうですか。殿下がそう仰るなら」
彼女が扇を閉じ、小さく息を吐いたとき、僕の胸が痛んだ。
彼女は僕を見なかった。最初から、僕など視界に入っていない。
それが救いだ。僕が介入すれば、彼女の名誉はさらに汚されるだろう。身分も力も持たないモブが、光を遮ってはいけない。
彼女が会場を去る背中を見送る。ドレスの裾が翻り、彼女は二度と戻らない場所へ歩き出していく。
僕はただ、ポケットに忍ばせていた一枚のハンカチを握りしめる。それは、一週間前の庭園で、彼女が落としたものだ。返す機会も、返す勇気もなかった。
「……さようなら」
誰にも聞こえない声で呟き、僕はそのハンカチをそっと影の中に落とした。
公爵令嬢エレオノーラ。
彼女を救うための魔法の言葉も、剣も、僕の手にはない。
僕という存在そのものが、彼女を救う物語の筋書きには最初から組み込まれていなかったのだ。
華やかな音楽が、彼女の終わりを祝福するように鳴り響いていた。




