キャンディーキティはお兄さんを取り戻したい
「女王様っ!」
禍々しい黒いオーラをバリアで受け止めた女王様は苦悶の表情を浮かべた。
「行きなさいポコポン!他の者はみな光の世界に向かいました!あとはあなただけです!」
ボクの背後には異空間へのゲートが開いていて、そこにはぼんやりと灰色の塔?が建ち並ぶ異世界が映し出されている。
「向こうの世界ではあなた達にも制限がかかってしまいますが、どうか負けないであなたの使命を果たすのです!」
「せ、制限………?」
やっぱり異世界はボク達の世界とは違うのかな?
「向こうの世界では変な語尾が付きます。」
「なんでっ!?」
どんな制限!?………っていうかそれ制限なの!?
「さぁ、行きなさいポコポン。………異界の友にこの危機を知らせ、共に戦うのです。悪の大王—オダイ・カーンと——!」
「女王様ぁーー!」
女王様が手をかざすと、ボクは光に包まれゲートに吸い込まれていく。
あぁ、ボクの体がもっと大きければ、女王様の力になれたのかな………。
「うっ………。」
気が付くと、ボクは見知らぬ世界の木陰で倒れていた。
「ここは、光の世界ポコ?」
うわ、本当に変な語尾ついてる!ポコってあなた………。
空を仰ぐと、キラキラと木漏れ日が眩しい。この語尾と言い見慣れない風景と言い、本当に異世界に来たんだと実感した。
「女王様………。」
………いや、感傷的になっちゃだめだ。今は使命を果たさないと。
目を閉じて気配を探るのに集中する。ボク達マジナリーランドの住人は、生き物の愛の力——ラヴパワーを感じることができる。この近くにあるラヴパワーは………ってなんだこの大きなパワーは!?マジナリーランドでも感じたこと無いぞ!?
でもなんだろう、ボクの知ってるラヴパワーと違ってなんだか………重い?
「と、とにかく行ってみるポコ。」
ボクは宙へ飛び上がり、大きなパワーの源へと向かった。
そこにいたのは女の子だった。だぼだぼのパーカーに短パン、サンダル。雨も降っていないのにフードを被り、人とすれ違うたびにびくりと体を震わせている。
「き、君!」
「………へっ?えっ、何?ぬいぐるみ……?」
ボクが声をかけると、女の子はびくりと肩を震わせてボクを見上げた。ボサボサの髪、目の下にはクマ………。見た目からは高いラヴパワーを持っているとは想像できない。
「今この世界は危機に瀕しているポコ!力を貸してほしいポコ!」
「はっ?危機?どういうこと………?」
女の子は驚いていたけれど、ボクの話を聞くと言って家に案内してくれた。
案内された家は大きな塔のような建物で、たくさんの扉が付いていた。アパートと言うらしい。
「わたししかいないから安心してね。」
女の子は寂しそうに笑った。なんだか無理しているみたいに見える。………ま、まぁとりあえず自己紹介しないとね。
「ボクはポコポン。君は?」
「片桐舞音、です。よろしくね、ポコポン。」
女の子——舞音はゆっくりと座布団に座るとボクの話を聞いてくれた。
「マジナリーランドにオダイ・カーン、ね………。それってわたしにできることある?」
「いっしょに戦ってほしいポコ!」
「えぇ無理無理。わたし格闘技とかやったこと無いし。」
「そこをなんとか——」
ズドォーン!
ボクの言葉を遮るように、遠くで爆発音が鳴った。気配を探らなくてもわかる。オダイ・カーンの手下が来たんだ!
「………舞音、お願いポコ。一度でいいから、ボクに力を貸してほしいポコ。」
「えっ、でも………。」
舞音は視線を泳がせる。………そうだよね、怖いよね。
「………ごめんポコ。話を聞いてくれて嬉しかったポコ。」
「あっ、ポコポン!?」
こんな女の子に戦ってくれなんて言えない。ボクだけでも戦わなきゃ!
ボクは舞音の部屋を飛び出した。
爆発源には、案の定オダイ・カーンの尖兵である謎の全身タイツ—アシ・ガール達が蠢いていた。その後ろには指揮官らしき男が立っている。赤と黒のツートンカラーの長髪に白衣を着た男は、マジナリーランドでは見かけなかった。恐らくオダイ・カーンもこの世界の人間を仲間に取り込んだのだろう。
「やめるポコ!」
ボクが叫ぶと、アシ・ガール達と男が一斉にこちらを向く。
「フン、なるほど。お前がマジナリーランドの住人とやらか。随分小さいな。」
「小さくたって、戦えるポコ!」
「ならば、抗って見せるがいい!」
男が手を振り上げると、どこからか壮大な音楽が鳴った。それと同時にアシ・ガール達がボクに殺到する。
「ポコーー!」
ボクは必死に抵抗したけれど、アシ・ガール達の長い手足にはどうすることもできず倒れる。
「ポコポン!」
薄れゆく意識の中で、舞音の声が聞こえた。顔を上げると同時に、暖かい感触に抱きしめられる。どこかで悲し気な音楽が流れ始めた。
「ま、舞音?どうして……。ここは危ないポコ。早く逃げて………ポコ。」
「ご、ごめん。腰が抜けちゃって、もう………。」
あぁ、なんてことだ。ボクと出会ってしまったせいで、このラヴに溢れた女の子が危険な目に………。
「おいおいお嬢さん、大丈夫かね?なんならこのショウ・ニーンが優しく介抱してやってもイイゾ~。ワハハハハ!」
指揮官の男が笑う。このままじゃ、舞音が………!
「やさ、しく………?」
「んっ?」
「えっ?」
舞音が呟くと同時に、舞音のラヴパワーが増大する。二倍、三倍——もっと!でも、なんで急に………?
「え、えへへ、心配された。わたしを見てくれた………。初めて男の人が、わたしを………。」
顔を上げると、舞音は口の端を歪めて笑っている。………あの~、あの人そう言う意味で言ったわけじゃないと思うんだけど………。
「えへへ………。好き……………。」
…………………………………えぇ!い、いやっ、これなら!
「舞音!これをっ!」
「えっ、なに!?」
ボクは懐からアイテムを渡す。ハートの形をあしらった小さな指揮棒—ラヴリーチューンタクトだ。
「ラヴリーパワーチェンジって叫ぶポコ!」
「えぇっ!………ラ、ラヴリーパワーチェ~ンジ!」
舞音が叫ぶと、その体が光に包まれた。素直な子だ………。
………巻き込んでごめん舞音、君が助かるにはこれしかなかったんだ………。
光が消えると、舞音は新たな姿になっていた。ピンクのインナーカラーが入った黒髪を二つ結びにし、頭には猫耳の付いたカチューシャ。髪と同じ黒いドレスに胸の中心には大きなハートのクリスタル、ピンクのリボンとたっぷりのフリルがシックながらも可愛らしい。黒い猫しっぽに黒と白のコントラストがはっきりしたフリルスカートからは、ピンクのリボンに彩られた黒いタイツにシュッと細いヒールタイプのブーツが伸びている。
………なんか全体的に黒いな……?
「あなたのハートにズシッとラヴをお届け!魔法少女キャンディーキティ!」
舞音がビシッとポーズを決めながら名乗ると、背後で爆発が起こる。なんで爆発!?って言うか君そんなキャラだったっけ!?
「な、なにこれ?どういうことぉ!?」
あ、正気に戻った。
どこかからカッコイイ音楽が流れ始める。………でさっきからこの音楽はなんなのさ!?
「…………ア、アシ・ガール達よっ!その小娘をやってしまえっ!」
『セイヤー!』
「えっ…………?」
ショウ・ニーンも我に返ったみたいで指示を飛ばす。アシ・ガール達が迫って来るけれど、舞音—じゃなかったキャンディーキティは信じられないと言わんばかりに目を見開いて固まっている。
「ど、どうして?さっきは好きって言ってくれたのに………?」
いや言ってない言ってない!誰もそんなこと言ってないよ!?
アシ・ガール達が飛びかかって来た。キャンディーキティはひらりひらりとそれらをかわし歩き出す。
「お、お兄さん。わたし、舞音だよ?こんな姿になっちゃったけど、さっき目の前にいた——。」
「我々の邪魔をするものに慈悲は無い!このまま葬ってくれるわー!」
ショウ・ニーンが拳を振り上げた。キャンディーキティはそれをかわすことなく顔面で受け、吹っ飛ぶ。
「キャンディーキティ!」
「フ、フンッ、他愛もない………。」
ボクが近寄ると、キャンディーキティの瞳から涙が溢れた。
「お兄さん………。お兄さん………。」
………マズい、ラヴパワーが暴走しそうだ。このままだとキャンディーキティは自滅してしまう!
「キャンディーキティ、彼はこの世界の人間なんだポコ!君の力で浄化すれば、元に戻せるはずポコ!」
「………………………そうなの?」
ボクの言葉にキャンディーキティは何事も無かったかのように立ち上がった。
「どうすればいいの?」
「………き、君の中のラヴパワーを開放するポコ!」
そんな至近距離で詰めてこないでよ!怖いよっ!
キャンディーキティは胸のハートに両手をかざした。すると膨大なラヴパワーが溢れ出し、巨大なハートを作り出す。
「あなたに届けっ!キャンディー・スターマイン!」
そのまま、相手に向かってハートを解き放——!
ゴトッ!
——ったのだけれど、ハートは1メートルも飛ぶこと無く鈍い音を立てて落下した。
「……………。」
「……………。」
「「……………。」」
敵も味方もなく、ボク達の間に沈黙が流れる。
「……………えいっ。」
あっ、キャンディーキティがハートを投げた。一応、ラヴパワーで強化された体だから、どう見ても重そうなハートの塊でも楽々投げ飛ばせるみたい。
チュドーン!
「ぐわぁぁぁぁぁぁあああ!!」
落下したハートが大爆発を起こし、ショウ・ニーン達は空の彼方に吹き飛ばされていった。
「あぁ、お兄さーん!」
…………キャンディーキティの勝利だ!
「ハァ…………。」
家に戻っても、舞音は溜息ばかりついている。
「お兄さん…………。」
あのショウ・ニーンとかいう男を好きになってしまったみたい。すぐそばで見ていたボクには、なんでそうなったのかさっぱりわからない。どう見てもすれ違いが起きていたよね?
「舞音、大丈夫ポコ?」
「………………ポコポン、わたし決めたよ。」
舞音が今まで見たことないくらい意志のこもった瞳でボクを見た。
「わたし、ポコポンと一緒に戦う。それで、お兄さんを助けてあげるんだ………!」
「助けてって………。アイツはオダイ・カーンの配下ポコ。敵なんだポコ——。」
「は?」
「ヒィ!」
舞音の目が一瞬でゴミを見るような目に………!怖………!
「ポコポンが言ったよね?あの人はこの世界の人間なんだって………。浄化すれば、元の優しいお兄さんに戻ってくれるはずだって………。だったら浄化して助けてあげなきゃ………。できるだけ早く………。」
……あぁうん。言ったね、そんなこと。正確にはちょっと違うのだけれど………。
舞音は爪を噛みながらぶつぶつと呟き、一人の世界に入ってしまった。
………………………ボク知~らないっ!
拝啓、女王様。いかがお過ごしでしょうか。この世界に来て早一週間。ボクは今、この町で一番強いラヴパワーを持つ女の子—片桐舞音ちゃんとパートナー契約を結び、一緒に暮らしています。
舞音はとても優しい子です。でも時々すごく危なっかしくて心配な子でもあります。
この世界では14歳の子供は学校に行くらしいのですが、舞音は学校に行っていません。お母さんと二人暮らしらしいのですが、ボクが一緒に暮らし始めてからそのお母さんが帰ってきたことは一度もありません。
舞音は気にした様子もなく昼前に起きて、だらだらして、好きな人のことを考えながら眠りにつきます。
そうです。舞音には好きな人がいるんです。ボクも応援してあげたいのですが、その人はオダイ・カーンの部下、素直に応援できません。ボクはどうしたらいいのでしょうか。一途すぎて周りが見えなくなる舞音が、とても怖いです。
「はぁ………。」
報告書代わりに書いた手紙だけれど、これは見せられないな。女王様をお助けする立場のボクが女王様に助けを求めてどうする。………誰か助けて。
「お兄しゃん………えへへ………。」
舞音が幸せそうに寝言を呟いた。あれからオダイ・カーンの軍勢は現れていない。
キャンディーキティの力は凄まじいものであったけれど、あれだけで侵攻が滞るとは思えない。そう思っていたら案の定この町の外では奴らの侵攻が激しいようで、毎日オダイ・カーンと戦う少女の姿がニュースで取り上げられていた。
「………舞音、そろそろ起きるポコ。パトロールに行くポコ。」
ボクは洗濯物をたたみ終えると、舞音の肩を揺する。ここに居候させてもらっているのだから家事の手伝いをさせてほしいとは言ったけれど、気が付いたら全てボクがやることになっていた。トホホ………。
「んうぅ…………。めんど…………。」
「お兄さんを見つけるんじゃなかったポコ?」
「そうだった!」
ばたばたとおめかしを始める舞音。………いつもこれぐらいやる気があってくれるといいんだけどなぁ。
「行こう、ポコポン!」
「ポコ!」
あと、この語尾に慣れてしまった自分が悲しい。
「そういえば、ポコポンってなんの妖精なの?」
パトロールと言う名の散歩の途中、舞音が聞いてくる。
「ボク?見ての通りタヌキの妖精ポコ。」
「えっ、タヌキ………?」
舞音は訝し気にボクのプリチーなボディを眺める。そんなに変な事言ってないよね?
「でも、前にネットで見た画像だと、ポコポンはタヌキじゃなくてアライグマ——。」
「それ以上はいけないポコ。」
舞音の言おうとしていることが何かわからないけれど、とりあえず遮る。
「でも——。」
「よそはよそ、うちはうちポコ。」
「はぁ………。」
いろんな事情があるんだよ。ボク達は気にしちゃいけない。
「ん~。でもタヌキって、ほらあんな感じの………。」
「タ~ヌタヌタヌ!」
舞音が指さした先には、タヌキの怪人が…………怪人!?
「「ハーハッハッハッハ!」」
そして二人の笑い声と壮大な音楽が響く。
「さぁ、侵略の時だ!」
「私達でこの町を制圧するわよ!」
先日のショウ・ニーンと、その隣で笑う派手なボンテージ姿の女。
………い、嫌な予感。
「は?なに?なんで…………?」
あぁ………舞音の目がどす黒く渦巻いている………!どうしてこんな、この子の神経を逆撫でするようなことをするんだあの男は!
「お兄さんが女と………恋人………?なんで?わたしは………?」
「ま、舞音!とりあえず変身ポコ!」
「…………うん。」
舞音はキャンディーキティに変身した。………あれ?なんかこの前と少し違うような………?
「って、ラヴクリスタルが真っ黒!なんでポコ!?」
胸の中心に飾られた大きなハート型のクリスタル—ラヴクリスタルはキャンディーキティのラヴパワーが詰まっている。それがこんなに真っ黒になるなんて話、マジナリーランドの学校では教わってない!
「お兄さん………。」
「げぇ!キャンディーキティ!」
「あら、あなたが例の魔法少女ね?」
二人もこちらに気付いたようで、ショウ・ニーンは顔を引きつらせる。………そうだよね、怖いよね(2回目)。
「私はアー・レー。不甲斐ないショウ・ニーンを補佐するために遣わされてきた——。」
「うるさいっ!」
アー・レーの言葉を遮り、キャンディーキティが腕を振る。手に持った棒からは長い鎖が伸びていて、その先にはトゲの付いた鉄球が——!
「…………ラ、ラヴリーハンマー。ポコ!」
「え………?」
ラヴリーハンマーはアー・レーの顔の横を通り過ぎ、遥か後方の壁に激突した。ものすごい音を立てて壁が崩れる。
「お兄さん………この女、なに?」
「ヒイィィィィ!」
………あんな低い声出せるんだ。敵であるはずのショウ・ニーンに同情を禁じ得ない。
「お兄さんにはわたしがいるよね?私のこと、好きって言ってくれたよね?」
「言ってない!言ってないぞそんなこと!」
ショウ・ニーンが事実を告げる。そうだ、ビシッと言ってあげて!キャンディーキティの勘違いなんだよって教えてあげて!
「………………………………………………………そっか。そうだよね。」
長い沈黙の後、キャンディーキティは頷いた。よかった、これでわかって——。
「お兄さん、洗脳されてるんだもんね。きっと忘れさせられたんだ。ちゃんと浄化して、助けてあげなきゃ…………。」
って全然伝わってない!?
「い、行きなさいっ!タヌキ怪人タヌターン!」
「タヌー!」
音楽が激しいものに切り替わり、アー・レーの一声でタヌキ怪人が走って来る。ラヴリーハンマーはまだ壁に突き刺さったままだ。キャンディーキティに武器は無い!
そう思ったのも束の間、キャンディーキティは鎖を引っ張ると怪人の足に思い切り叩きつける。
「ふべっ!」
怪人は転ぶ。その間にラヴリーハンマーはキャンディーキティの手元に帰って来ていた。
「タ、タヌ………?」
ゴシャッ!
タヌキ怪人が呆けた声を上げた瞬間、ラブリーハンマーが怪人の頭に叩きつけられ嫌な音を立てる。怪人はびくびくと体を数度震わせ、やがて動かなくなった。
「………えぇ………………。」
怖………と喉元まで出かけたけれどなんとか飲み込んだ。キャンディーキティは二人の幹部—というかショウ・ニーンの下に歩き出す。
「お兄さん、待ってて………。今助けるよ………。」
「ちょ、ちょっと何なのよあの子!?アンタ何したの!?」
「わ、私は何もしていないっ!?ア、アシ・ガール達よ!行くのだっ!」
『セ、セイヤー!』
アシ・ガール達は声を上げるが、明らかに腰が引けていた。………そうだよね、怖いよね(3回目)。
キャンディーキティは視線をショウ・ニーンから逸らすことなく、アシ・ガール達を薙ぎ払いながら歩を進める。
「て、撤収――!」
「もうイヤ!私二度とここには来ないから——!」
二人の幹部は光に包まれ、やがて消えていった。
「…………は?」
「オダイ・カーンの魔法ポコ。たぶん拠点にワープしたんだポコ。」
ボクがそう言うと、キャンディーキティがすごい形相でこちらを見る。やっべ殺される!
「なんであんなものがあるって教えてくれなかったの!?」
「ご、ごめんポコ………。前の戦いで使ってこなかったから忘れてたポコ………。」
「忘れてた!?お兄さんを助けるチャンスだったんだよ!?あんなことができるなら何か方法を考えないと…………!」
変身が解けて元の姿に戻った舞音は爪を噛んでぶつぶつと呟く。こうなってしまったらボクの声は届かない。キリキリと胃が痛む。
こうして、今日もこの町の平和は守られた。…………舞音とボクのメンタルをゴリゴリと削って。
拝啓、女王様。いかかがお過ごしでしょうか。二回目の侵攻を阻止した舞音はすぐに高熱を出し、三日間寝込みました。あの黒いラヴパワーのせいなのでしょうか。それとも好きな人を救えなかった自責の念からでしょうか。ボクはもう考えたくありません。最近お尻の方で円形に毛が抜けているのを見つけました。ボクはもうだめかもしれません。
「…………ふぅ。」
もはや日課になった女王様への手紙を書き終え、ボクは溜息をついた。
熱が下がった舞音は部屋の隅でじめじめぶつぶつと膝を抱えている。
「舞音、そろそろパトロールを…………。」
「……………うん。」
あまり落ち込んでいても仕方がない。外の空気を吸ったら少しは元気が出るかもと舞音を連れ出した。
アパートの階段を降り、ゆっくりと歩き出す舞音の肩に寄り添う。
こういう時、なんて声をかけてあげればいいんだろう。元気を出して?しっかりして?まだチャンスはある?………ダメだ。どれも舞音の心には寄り添えない。
「…………。」
ボクは沈黙を選んだ。今、舞音にどんな言葉をかけても、きっと傷つけてしまう。
「あっ………。」
「舞音!?」
ボクが考え事をしていると、舞音が転んでしまった。怪我でもしたのか、舞音は動かなくなってしまう。
「君、大丈夫かい?」
ボクがなんとか舞音を助け起こそうとしていると、前から男がやって来て舞音に声をかけた。
短く切りそろえられた赤毛に白衣を着た男。………どこかで見たような?
「怪我とかしてな——どえぇぇぇ!」
助け起こした舞音の顔を見て男が悲鳴じみた声を上げる。大丈夫か、この男?
「…………と、とにかく消毒しないと。こっちへ………。」
舞音は膝をすりむいていた。それを見た男は舞音の手を引いて近くの公園に向かう。
傷口を洗い、どこから取り出したのか手慣れた手つきで消毒を済ませてガーゼで傷口を覆う。
「これでよし。」
「…………ありがとうございます。」
舞音は小さな声でお礼を言った。うん、ちゃんと言えて偉いね。
「気にしないで。僕もよく怪我をするから、救急キットをいつも持ち歩いてるんだ。おかげで君の役に立てて良かったよ。」
さわやかな笑顔から目を逸らすように舞音は俯く。
「………あぁっと、僕は平井新平。近くの中学校で教師をやってる。君は?」
平井さんが教師と言った瞬間、舞音は肩を震わせた。怖がってる?
「………片桐、舞音です。」
「片桐さん………あぁ!あはは、そんなに怖がらないでよ。僕非常勤だし、今日はお休みだから、学校に行けなんてとやかく言わないよ。君にも事情はあるだろうしね。」
「………本当、ですか?」
「もちろん。でも、最近暑いから気を付けてね。熱中症にならないように。」
「…………はい。」
平井さんは本当に心配そうに舞音を見ていたけれど、やがて決心したように口を開いた。
「………なにか、僕にできることはある?」
「………………………好きな人ができたんです。その人はすごく困ってて。わたし、助けたかったんですけど、でも失敗しちゃって………。」
「………そ、そっかぁ~。」
舞音が悩みを吐露すると、平井さんの顔が引きつったように見えた。まぁ、まさか全部舞音の勘違いだとは思わないだろうけれど、困るよね………。
「………えっと、ね。僕、学校では理科の担当なんだ。」
平井さんが話し出す。でもなんで急に自分の話?
「実験ってあるじゃない?あれってかならず望んだ結果が出るわけじゃないんだ。何度も何度も失敗して、何度も何度も繰り返して………。そうやって成果を上げていくんだよ。」
「何度も失敗して…………。」
舞音は平井さんの言葉を反芻した。
「なんだって、かならず一回で成功するとは限らない。その人が困っているなら、何度だって助けようと手を伸ばせば、いつか片桐さんの望んだ結果を得られるかもしれない。」
「でも、失敗すればするほど、あの人が離れて行っちゃう気がして………怖いんです。」
「そうだよね、怖いよね。でも失敗を糧にすれば君はまた前に進むことができる。失敗という経験を積んだ君は、その人が離れるよりもずっと速いスピードで、その人に近づけるかもしれないんだ。失敗は怖いことでも、いけない事でもないんだよ。」
「!……………そっか。」
舞音は立ち上がった。いつもの明るい舞音だ。
「ありがとう、先生。先生なんてみんな自己中クソ野郎だと思ってたけど………。先生みたいな人がいるなら学校、行ってもいいかも………。」
「あ、あはは………まぁ、君が行ってやってもいいくらいの気持ちになったら、来るといいよ。」
「フフッ、何それ?………わたし、がんばる。あの人を絶対救うんだ………!」
舞音は振り返ることなく歩き出した。公園の出口まで来たところでボクが振り返ると、平井さんが頭を抱えているのが見える。そういえばあの人、ショウ・ニーンにちょっと似てるかも。
…………まさかね。
「ようやく見つけたわ、キャンディーキティ!」
公園を出てしばらく歩いていると、ふいに後ろから声をかけられた。振り返ると、舞音と同年代くらいの少女が立っている。
長い金髪を風に揺らし、堂々と胸を張る少女。その手には虫かごを持っていて、中で赤い甲羅の生き物が両手のはさみを振り上げている。
「ポコポン、久しぶりザリ。」
「ザリリン!?」
マジナリ―ランドの学校で一緒だったザリリン。君もこの町に来ていたのか。…………語尾はザリなんだね。
「私は東光寺ふわり。キャンディーキティ。あなたは魔法少女にふさわしくないわ。あとはこの私—魔法少女パチパチパピィに任せて、大人しくしていなさい。」
「……………は?」
舞音はふわりを睨みつける。険悪な空気が漂った。
ボクと舞音の前に現れた新たな魔法少女。ボク達、これからどうなっちゃうの~!?
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