63 棧野蕗【1】
ドクターヘリで運ばれ、一時は心停止したわりに二日で退院した。
ごがん村の熊田さんには電話で迷惑をかけたことを謝り、ヨシさんからは「わかっていましたけど」と前置きの上でしこたま叱られ、綾目さんには奇跡の復活ぶりをドン引きした目で見られた。
そして後遺症もなければ、今回の件に関連した霊現象ももう起きることはなく、普通の生活に戻った。
けれどまだ終わってない。
私は報せを聞き、産婦人科病棟に忍び込んだ。
親族の面会のふりをして、目的の部屋がどこかはスタッフステーションで聞き出してある。廊下を迷いなく進み、ひとつのドアの前で立ち止まった。
「一応ノックしとくか」
コンコンとドアを手の甲で叩けば、向こう側から返事が聞こえた。スライドドアを開ける。
「あら……心里ちゃん。こんにちは」
「こんにちは、桔梗さん」
病室のベッドでは、桔梗さんが上半身を起こして赤ちゃんを抱いていた。生まれて五日目のほやほやの赤子。
「こっちに椅子があるので、どうぞ」
友達と言うほどの関係値もないし、騒がれるかと思ったがあっさりと迎えられた。
お言葉に甘えてベッド横の簡易椅子に座る。
赤ちゃんはすやすやと眠っていた。この世の醜さをまだ知らない無垢な寝顔だ。
「妊婦っていいよねぇ、それだけで周りから守ってもらえて」
桔梗さんが目をぱちくりさせて私を見る。
「そのセリフ、かなり多くを敵に回しますよ」
「だって実際そうじゃん。だからヨシさんからも見逃してもらえたし、警察の追及も軽くで済んだ」
「まるで……私が何かの犯人みたいな言い方をするんですね」
桔梗さんはいつもと同じように柔らかく微笑んでいた。不快感を表すでもない。私がどういうつもりでここに来ているのかうっすらと察しながら、出方をうかがっているのだ。
「自分の父親を自殺に見せかけて殺したでしょ」
「妊娠している私が重い男性を吊るなんてこと、できると思いますか。野蕗ちゃんがやったことですよ」
そうだね。あんな老朽化した梁に成人男性の体重を支えさせるなんて不可能を可能にするの、祟りって便利だね。
「蓮美ちゃんだって、他のクラスメイトだって」
「私じゃないですよ。野蕗ちゃんです」
「《未必の故意》って知らない?」
「ただの主婦ですから、難しいことは……」
「いいんだけどね。霊のトンデモパワーで成立した犯罪なんか立証できないし」
あの遺書が本物なら、父親は本当に儀式をするつもりだったのだろう。けれどそれよりも先に、桔梗さんは野蕗ちゃんを使って片付けた。なぜかは──。
「でもまあ、どうせ死ぬつもりだったなら、殺されたって同じでしょう?」
そういう思考ね。なるほど。
父親が命を捨てようとする姿を見て、もったいないと思っちゃったか。
「ついでに、私たちを祓の儀式にたどり着かせるイベントにしようとか考えてたんじゃない? 死体を発見したふりしてヨシさんに連絡するつもりだったんでしょ。でも、私たちが先に居たからびっくりしただろうね」
怨霊への接点が欲しい私たちは「運良く」自力で先に見つけてしまっていた。
桔梗さんは、上手くいきすぎてさぞ驚いただろう。今回、誰でもなく私たちに出会った桔梗さんが最も豪運だったなと思う。神に愛された女かもしれない。
「心里ちゃんの解釈、おもしろいですね。小説とか書いたらどうですか?」
「インターネット怪文章なら書いてるよ。チャンネル登録よろしく。──邪魔になった蓮美ちゃんたちも処理できて、野蕗ちゃんも無事に産んであげられて、望んだ通りになって良かったね」
悪女はにこりと目を細めながら、首を傾げてわからないふりをする。
「どういうことかしら。いわれのない罪で私を罰しにきたんですか?」
「違うよ。ただ確かめに来ただけ。ミラクルベイビーがどれくらい将来有望なのか」
「……言ってること、よくわからないわ。とにかく、あなたたちのおかげで赤ちゃんを安全に産めました。ありがとうございます。野蕗ちゃんにはずっと怖い思いをさせられていたから」
「まだしらばっくれるつもりなんだ。言いふらしたりしないし、教えてくれたっていいんじゃない?」
「せっかく悪夢から抜け出せたのに、今度はこんな風に言われるなんて……悲しい。私がみんなに警告して回ったのを、野蕗ちゃんがたどってきてしまった可能性はあるかもしれない。でもそんなの誰にも予測できないじゃないですか。妹だって、父だって、助けられたら助けていました。身内の私が一番つらいんです、これ以上過去をほじくり返さないでください」
「……桔梗さんって、うまいよね。私とおんなじだけど、上位互換ってかんじ」
「心里ちゃんと、同じ?」




