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62 儀式【3】

 カア、カア。カラスの鳴き声にハッとすると、夕焼けの河川敷(かせんじき)に立っていた。


「前の学校の友達にね、会ったの」


 横を見ると、子供姿の桔梗さんが歩いている。

 蓮美(わたし)はリードを持って(れお)を散歩させていた。


「その子はね、いちばん初めに私のところへ来てくれたんだ。『ひとりぼっちは怖い』って」


「……お姉ちゃん、その子はどこにいるの?」


「すぐそばにいるよ。でも、今のままじゃ会えないの。私にも声しか聞こえない。──だから」


 ワン! ワン! 突然、犬が興奮状態になって狂い吠え、川に向かって駆け出した。

 リードを手に巻きつけていた私は勢いよく引きずられていく。


 自分の悲鳴が水音でかき消される。




 また場面が変わった。


 蓮美(わたし)は常に怯えている。

 そばに──()の中に野蕗ちゃんがいるからだ。

 時が経つにつれ、塊の中に一人また一人と魂が合流していった。それがどうやって最期を迎えたのか、野蕗ちゃんの目を通して見届けてきた。

 囚われの魂になった後は、狙われた者に警告してやることも、野蕗ちゃんを妨害することもできず、ただ無力に見ていることしかできない。


 野蕗ちゃんはよく桔梗さんと会話を楽しんだ。姿が見えないから、電話で会話するみたいに。

 そして桔梗さんは、ただの塩と、自身の呪いが染みた塩を使い分けて野蕗ちゃんの遊び相手を選定してあげているようだった。


 《お守りのバスソルト》を手紙で受け取った子は、不運にも湯船で突然死した母親を見た。

 野蕗ちゃんは悲しむ家族の心の隙間に入り込み、遊び尽くした。


 一体化しているから、蓮美ちゃんの視点は野蕗ちゃんの視点でもある。

 遊び疲れて家に帰ると、気配を感じ取った桔梗に優しく微笑まれる。

 野蕗ちゃんの目を通して見る桔梗さんは、誰よりも邪悪で、慈悲深く心地良い光に包まれていた。


「おかえり、野蕗ちゃん。楽しかった?」


『うんっ』




 ざ、ざ、ざ。世界が揺らぐ。また場面が変わる。


(あ、心里(わたし)だ)


 盛り塩団地の部屋でヨシさんと通話する私がいる。あのとき、どこからか蓮美ちゃんは見ていたんだ。


 奇妙なことに、私はきらきらと暖かく輝いて見えた。まるで浄土の光。綾目さんが言う「オーラ」ってこういうことなんだな。

 もちろんそれは私の功徳(くどく)の光ではない。ヨシさんの加護の光だ。


 ふと、さっきまでと体感が違うことに気が付いた。怯えて縮こまっている感じがない。

 ──集団死霊となっている蓮美ちゃんたちの中に、野蕗ちゃんがいないのだ。

 野蕗ちゃんの目を通してではなく、蓮美(わたし)が直接世界を見ている。

 何かのパワーバランスが変わった。

 だから蓮美(わたし)は、心里(わたし)に会いにいったんだ。ヨシさんの光が眩しいから。




 ざ、ざ。

 まただ。


 蓮美(わたし)は桔梗さんの足にしがみついていた。

 呪われた家の床に開けた大穴の中で。

 蓮美(わたし)たちは怒っている。

 桔梗さんと野蕗ちゃんに。


 けれど、祟り殺した先で再び霊体になった野蕗ちゃんに屈服させられることも恐れていた。

 野蕗ちゃんの怨霊としての力は、集団死霊でも敵わない。


(蓮美ちゃんたちは二人に怒っている。でも、この場には桔梗さんしか……。ずっと気になっていたけれど、野蕗ちゃんはどこに行ったんだ? ──そんなまさか。蓮美ちゃんの視線の先って)


 さすがにそんなことを人間が考えるだろうか?

 けれどそうだとしたら、筋が通る。

 桔梗さんは、私たちに蓮美ちゃんを野蕗ちゃんだと思わせたまま除霊させようとしていた。それは、野蕗ちゃんを守るためだ。

 因縁のある集団死霊から。私たちのようなオカルトマニアから。

 怨霊である野蕗ちゃんはこの世から消えたと思わせたい理由があった。


 ──そのつもりで秘諸姫(ひもろき)様を名乗ったというのなら、つくづく肝の据わった女だな。





「心里! 戻ってこい!」





 うすぼんやりと目を開けた。うるさいなあ。

 激しい風切り音で状況が理解できた。

 村に衛生電話があることは事前に確認していたから、予想通りの展開だ。


 朦朧とした意識のまま唇を動かすと、「なに!?」と綾目さんが耳を近付けてくる。


「一回……乗って……みたかったんだ、……ドクターヘリ……」


 へにゃりと唇を緩めると、頬をつねられた。


「蓮美ちゃん、は?」


「もういないよ、どこにも」


 そっか。彼女たちはちゃんと死後の世界に旅立てたらしい。

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