57 下哭善太郎にまつわる話【1】
*本人による思い出話:
自分だけが人間で、家族や友達みんな宇宙人だったらどうします?
っていう話は置いといて、『狐の窓』って知ってますか?
話が飛びすぎ?
どんな順序で話したらいいかわからなくて。
狐の窓っていうのは、オカルトな手遊びのことです。
中指と薬指を親指につけて、小指と人差し指をピンと立てると、狐の頭みたいな形になるでしょう?
これを右の手と左の手のそれぞれでやって、両手を合体させるようにこうやって手の指を組み替えると……穴の空いた障子みたいな手の形になるんですよね。え? 例えが下手?
……この指と指の隙間から覗いて相手を見ると、本物の人間なのか、人間に化けた妖怪なのか、正体を見破れるんです。
そういうおまじない。それが狐の窓。
僕はね、小学校三年生くらいのときにこれを知って、周りのみんなを狐の窓で見てまわったんですよ。
妖怪がいるかも! とワクワクして。
でもまあ、いないんですなこれが。
親も、先生も、クラスメイトも、誰を見ても人間の姿でしか見えない。
だから、狐の窓なんてデタラメなんだってガッカリしました。
でもね、ふと思い立って、僕は狐の窓を覗いたまま鏡を見たんですよ。
廊下の手洗い場で、濡れた手を拭きもせずに、ひょいって、なんとなく。
そうしたらね、鏡に映る僕が僕ではなかった。
鏡には、狐の窓をする女の子が映っていました。
日本人形が着てるような着物姿の、おかっぱの女の子。
当時の僕は日焼けしていて、上履きのかかとを踏んだまま走って、膝に大きな絆創膏を貼るようなわんぱく少年だったから、それはもうびっくり。
見間違いかともう一度やってみても、狐の窓越しの僕はやっぱり時代錯誤な風体の少女だった。
下校の時間になって帰宅して、家の洗面台の鏡の前でやっても、お風呂場の鏡でやっても。翌朝、また洗面所で確認してもそう。次の日も、そのまた次の日も。
実生活に影響はなかったし、頭がおかしいと思われるのが怖くて誰にも言いませんでした。
中学に上がっても、高校に上がっても、狐の窓から見る僕は着物の女の子で、歳も取らず変わらない姿でした。現実の僕は成長して、声変わりもしたし、身長もこの通りなんですが……。
あ、見たほうが早いと思います。どうぞ狐の窓で僕を見てください。
……ほらね? 今年で四十六歳のおじさんなんですけどね。あっはっは。
狐の窓越しに見えるのが人間に化けた妖怪の真の姿だとしたら、僕ってなんだと思いますか?
……答えは出てるんですけどね。
「日本人形みたいな女の子の妖怪」と言われたら連想するものってあるんじゃないですか?
そう、座敷童子。
座敷童子なんですよ。
諸説あるようですが、居着いた家を栄えさせる良い妖怪らしいんですがね、実際、この家に僕がいた約四十年、両親は仕事も大成功、宝くじも当たる、大きな病気も怪我もせず、人生を楽しんで天寿を全うしました。
え? 両親が強運で幸せそうでも、僕が座敷わらしである証拠にはならない?
そう言われちゃうとそうなんですけどねぇ。
社会人になって就職が決まったとき、一人暮らしを始めたんですよ。両親も応援してくれましてね。
──知ってました? 座敷わらしが去った家って、不幸になるって話もあるんです。
そうしたらですよ、引っ越した初日にもう、玄関に飲酒運転の車が突っ込んで大騒ぎ。しかも、警察が来るまでの短い時間でトイレが壊れて噴水になるわ、母はぎっくり腰になるわ、父はお気に入りの腕時計をカラスに奪われるわで……。
ところがどっこい、知らせを聞いて僕が慌てて帰宅したら、ぜんぶ解決しちゃったんです。
玄関の敷居を跨いだとたん、母のぎっくり腰は「気のせいだったみたい」で終わり、父の腕時計は机の下から現れ、トイレの噴水は一旦止み、事故した車の家族がちょうど来て丁寧に謝罪をしてくれたうえ、金額の書かれていない小切手を出して家の修繕に使ってくださいって言い出すんですよ。とんでもないお金持ちだったみたいで。
僕がこの家に「住んでいる」と意識してる間はいいんです。散歩や出勤で出かけるのも問題ありません。「引っ越した」と思うと良くないことがおきる。
この現象を心里さんに話したら、大喜びで勝手に引っ越してきました。
結果、彼女はとんでもない幸運の持ち主になりましたよ。
どこからか本物の銃を調達してきてロシアンルーレットを始めたときは、こっちの心臓が止まると思いました。あの子は1/6の確率で実弾が出るのに、ためらわずにひきがねを五回連続で引いたんです。
まだ説得力、弱いですかね?
まあまあまあ、「僕がどの妖怪であるか」はわりとどうでもいいんです。「僕が人間ではないこと」がおもしろいと思いませんか?
詳細は省きますが、そんなだから若い頃に命を断とうとしたことがありましてね。




