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甘い悩みは淫魔の好物

季節は廻り、王都でも鮮やかに木々が芽吹き始めていた。

同じように王都は人の手によって華やかに飾られお祭りムードになっている。

街の掲示板にはデカデカと二組の新たな夫婦となる男女の記事。

一方は、皆の知る自国の王子二人。

そしてもう一方は、華やかな姫然とした女性とそれに比べると地味な女性。

巷で流れる詩人の詩は二人を語る。

一方は商人達もよく知るエルタニアの第三王女。

残る一方は、商人達でも噂程度。箱入り娘の同国の第二王女だという。

とは言え、祝い事に両国は沸いていた。

淡々と石畳を叩く踵の低いパンプスの音。

少しだけ重くなった扉を開く。

店内に響く音は無駄に通りがいい。



「いらっしゃ~い。

 アハハハッ、何その顔」

 

「普通ですけどっ」



席の案内にチョコチョコ走る少女のような服装の子供。

可愛い案内係の頭をわしゃわしゃと撫でるちょっと汚れた白衣の女性。



「ミランダは可愛いねぇ~、よしよし。」


「いらしゃいませ。ベーゼン!」


「うんうん、えらいえらい。

 そういえば、だいぶ髪伸びたわね・・・・ 

 そうだ、これあげるね。ほら、ちょっと座りなぁ」



ベーゼンは、隣の席に5歳くらいの髪の長いミランダを座らせる。

ポケットから櫛を取り出し、背中の中腹まで伸びた毛を梳かす。

一通り梳かすと、自分の髪を解き、止めていた紐でミランダの髪を纏めた。



「いいじゃん。似合ってるよ」


「ありがと!」


「わるいね、ベーゼン。

 フフッ、アンタは笑顔が似合っているわ。

 そうしてりゃあ、アンタだって貴族令嬢だって判るもの」



ベーゼンの表情は、ミランダからハシェルに移ると来店時のそれに戻る。

振り向くと同時にいつもの泥化。

ため息が無いわけがない。

グラスを拭くハシェルは苦笑い。

少しだけある人影は彼女に注文を投げる。



「マスター、注文いい?」


「はいよ~、今行くから待っててね。

 ベーゼンをお願いね、ミランダ」


「あーい」



ハシェルの向かう席では3人の女性客。

店主を見る目は何処か男役を演じる女性演者へ向けるモノ。

若しくは、美系の男性を見るそれだ。

ワイワイと雑談と注文取りはしばし。

戻るハシェルは、笑みと小さな苦笑い。



「いいわね~。モテモテで。ね~、ミランダ~」


「ハァ? モテモテってアンタねぇ。

 仕事してんだから手ェ出せないっての。ってか、出さないし・・・・

 アンタどんな目で見てんのよ、まったく。

 何があったの? おばちゃんに話してみ?」



カウンターに戻ったハシェルは泥化したベーゼンを見つめる。

返るのは気の抜けた上目使い。

ジトッとした表情が彼女の腕の隙間から伺える。



「前来た時は、男の客からも受け良かったよね。

 ハシェルさんってどっちなの?話しやすいけどさぁ」



ジト目から来る気兼ねない問いは、長い付き合いからだろう。

問われる当人も彼女との会話を楽しんでいる。



「アンタはどっちがいいの?

 フフッ、アタシはどっちでもいけるわよ。

 だって、サキュパス?だし」


「なんで疑問がそこに付くのよ・・・サキュパスって女性よね?

 あれ・・・・・おかしくない?」



ベーゼンは、じっくりと返ってきた笑みを見つめ返す。

そこに在る悪戯な笑みは何処か男性的にも映る。



「じゃあ、インキュバス?だったかな。フフッ、どっちがいい?」


「なによそれ、いつからか雑になったよね‥‥私の扱い」


「いいじゃない、これも愛よ、愛。

 それに、わからないって魅力的でしょ?

 ホントの事なんて知らない方が良い事もあるのよ。

 アタシはミランダの母でいいの。若作りのおばちゃんでね。

 ほら、後が閊えるからさっさと注文する」


「後なんていないじゃん・・・・じゃあ、いつものヤツ」



ハシェルは、カウンターの席にチョコンと座るミランダの頭を軽く撫でる。

小さく笑みを浮かべると、背を向け料理を始めた。

彼女の背中は、ベーゼンの記憶には過去にも今にも無い。

しかし、何処か温かく安らぎを与え、気持ちの整理をさせた。

ベーゼンは、暫く彼女の背を見つめ思考を止めている。

そこに、カランとドアチャイムの音が飛び込んだ。

珍しいとは言い難い音が追加されたが、それほど鳴ることは多くない。

ジト目は一瞬扉へ向かおうと動くが、気分がそれを止める。

続く音は、ハシェルとミランダの声。

そして、反応する声は聞き覚えがある。



「気遣いは無用だハシェル。 コーヒーを頼む。それと・・・・・」


「来てるわよ。ほら、ここ」


「いつも、すまない」


「アンタが頭下げちゃ大事になるわよ。

 そのお陰でココの照明も暗くしたんだから。

 アンタ達、喧嘩は他でやんなぁ、ミランダには目の毒だからね。

 ミランダ、お手伝いはもういいわよ」


「あーい。 王子様いらしゃいませ~」


「ああ、案内は不要だミランダ」



鉄靴と木製の床が優しくぶつかる硬質な音がベーゼンに迫る。

フワッと隣の席からは風。

続くのは、歯切れの悪い謝罪。



「私も一国の王子だ。

 これも仕事だと割り切ってくれ。

 前にも、言っただろ・・・すまないと」



隣で泥と化したベーゼンは辛うじて人の形を保つ。

腕に蹲る姿は確認できるが、表情はジェラールには判らない。

間を置き返るのは籠った彼女の声。



「いいですけどぉ・・・・王子様ですもの・・・・」


「では、見せてくれよ。

 お前の笑顔を・・・・お前の弾む声を。

 わ・・いや、俺にはお前が大切だと何度言えばいい」



周りからは、ひそひそと声と視線が刺すように集まる。

空気を読むハシェルは、カウンターからそれぞれの席へと周った。



「いいのよ、あの席はね。

 他人様の事より自分たちの事を考えなね。

 はい、サービス・・・・忘れなさい今見たことは」


「アハハッ、マスターは面白いね・・・・・・えっ、はい」



苦笑いの中に哀愁を残し各席を回り終えたハシェル。

カウンターに戻ると二人に料理を出す。



「はい、お待たせ。ゆっくりなさい。それと・・・しっかりとね」


「ハシェル、私はコーヒーだけで構わないのだが」


「アンタも好きよね、その魚。

 しっかり食べて、しっかり話す。いいわね」


「すまないな・・・いただくよ」


「はいダメ~。王子が頭を気安く下げない。

 特に、関係のない相手にはね。

 そういうのは優しさとか謙虚さじゃないの。

 アンタは、優しいから相手の為だと割り切ってるかもだけど。

 よくないわよ。アンタにもこの子にも・・・・・

 もう、これじゃ説教ババアみたいじゃない。

 じゃぁ、ババアはどっか行くわね・・・あら、説教臭いとかじゃジジイかしら。

 まっどっちでもいいわね二人には。フフッ、ごゆっくり」



ハシェルは、笑みと言葉を残すと空いた席の清掃にカウンターを離れた。

残されたのは、沈んだ重苦しい二人。

漂うのは、餡かけが包むラウドトラウトのから揚げから香る芳ばしい匂い。

ゆっくりと気遣う様に送られる言葉。



「なぁ、ベーゼン。これは国の式典だ・・・

 俺だって、まだ会った事の無い相手。お前に向けた感情などないよ。

 それに、主賓は俺じゃない・・・・確証はないが弟だろうな。

 先に弟が結婚では聞こえが悪いだろ?いくら過去に継承権が無くともな・・・」


「・・・・わかってますけど。

 わかってますけど・・・・もういいです」



ジェラールの表情は穏やかだが困り顔。

傍目には、大切な相手を想う気持ちに溢れている。

勿論そんな事は、ベーゼンには理解できた。

しかし、感情というモノは時として制御が効かない。

それは、ベーゼンだけではない。



「いいわけないんだろ・・・・・お前は、いつもそうだ。

 俺に国を捨てろというのか?」


「それは‥‥違うもん」


「なぁ、ベーゼン。 俺のわかる様に教えてくれ」



そこに在るのは、よくある風景。

客たちは、食事を終え次々と退店していく。

湯気がまだ残る餡かけは微かに香。

残るのは一つの人影。

そこに在るのは、背を丸め覇気のない者の姿。

カウンター越しの苦笑いは、優しさが逆に心に刺さる。



「若いっていいわね。アンタ達って見てると昔を思い出すのよ。

 って、それ何処じゃなさそうね、王子。

 温め直したから食べちゃいなさいよ。アンタも好きでしょコレ」


「なぁ、ハシェル。何が正解なんだ?

 俺にどうしろと言うんだよ・・・・・」



落ち込む王子の隣には果実水を飲むミランダの姿。

見上げられた王子もまた苦笑い。

ミランダから返るのは首を傾げた不思議そうな表情。



「わからないよな。子供には・・・・・

 ハシェル、果実酒も頼む」


「はいはい。白ブドウのでいいわね」



注文をとるとハシェルは果実酒をグラスに注ぐ。

そして、空席に残るラウドトラウトの皿を静かに下げた。



「はい、お待たせ。

 ボトルは置いて行かないわよ・・・明日、式典なんでしょ?

 そういえば、準備・・・終わってるわよね?」


「そうだな・・・・ハイネスに任せた様な気がする。

 ハァ・・・もう、やる気も起こらんよ・・・・

 俺はただ・・・・アイツが笑顔で暮らせる国を作りたいだけなんだ」



王子の言葉に眉を顰め渋い顔をするハシェル。

自分が悩んだ所で何も変わらないと悟り苦笑いに戻る。



「大事な相手を想うのはいいけど、明日の相手を軽んじ過ぎじゃない?

 二兎追う者は何とやらって誰だったかな・・・因業なジジイが言ってたっけ。

 でも、アンタはやんなきゃダメよ。ベーゼンも、明日の姫もね」


「ハァ・・・・・アイツの気持ちも理解できん俺にできるのか?」



不貞腐れ酒を煽るジェラールだが、ここ一カ月で見るようになった姿。

" あの " が付く程のジェラールなのだが、この店では素を出すことが多くなった。

ハシェルは、目を細めジトッと睨む。



「アンタがやるのよ、アンタが。

 私は嫌よ。あんな糞宰相の息が掛かったのが王になるなんて。

 ハァ・・・碌な国じゃないわね全く。

 アンタのオヤジも碌なのと番わないんだから。

 エルザが生きてればねぇ・・・・ハァ。

 過ぎたことは言ってもしょうがないわ。

 だ・か・ら、アンタは、ダメでもいいから必死にやんの。

 生きてんだからさ、いいわね。」


「・・・良く回る口だなハシェル。

 お前もベーゼンも、俺にどうして欲しいんだよ」



ギロッと視線を向けるジェラール。

そこには、いつもの王子としての表情がある。しかし覇気は無い。

見つめ返すハシェルの顔もまた渋い。



「エルザの子だから言ってんの。

 いつものアンタはどうした?

 今より魔力に当てられてた頃の方がよっぽど覇気があるわよ。

 言えばいいじゃない。大事なんでしょ。

 お前が居なきゃダメだって、感謝してるって」


「言ってるさ・・・・たぶんだが」


「それ、言ってないって事じゃない。

 だぶんって言い訳よ。

 まったく、どうしてこうカーディアの作った人型は脆いのよ・・・

 あの欲情女、馬鹿じゃないの」


「カーディア・・・誰だそれ?」


「こっちの話だからいいのよ、お子ちゃまは。

 人の事より、さっさと皿を片して、やることやってきなさい。

 あの子の " 嫌がる事 " を思い返して、ねっ」



どんな状況でも食欲は顔を出す。

金属の鎧に守られようが腹は鳴る。

ゆっくりと伸びる手は、もう冷えてしまった皿をつついた。

来店客からは、店主を呼ぶしゃがれた声。



「あんちゃん。酒とつまみをくれんか?

 山菜じゃったか漬けたやつが良いのぉ。

 他にお勧めなんかないかの?」


「はいはい、ただいま~。

 いってくるわね。王子様、あんまり伏せなさんな」



新たに賑わいを見せる店内。

そのありふれた風景にジェラールもまた溶け込んでいった。

店内には空席も目立つが、いつもの通りの賑わい。

男性か女性か判らない年齢不詳の店主は笑顔を振りまいていた。


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