精神は安らぎを求める
シトシトと降る秋の雨。それは彼女の心を映す様にも見える。
石造りの荘厳な城壁を越え、盤の目のように広がる街並み。
その奥に権威を示すかの様に控えるのはこの国の王城。
大広間では、王そして彼の息子達。
左右に控える者達は、国を動かす貴族の姿だ。
静かに始まった会議は、最後の議題に入っていた。
主張する様な表情で飄々と進める議長。
「 ──────────── で進める事を全会一致と致します。
では、最後の議題に移ります。
本議題の概要は、手元に配られた資料でよろしいかな?
えー・・・ヴィアファルリック女史」
議長に促され口を開くベーゼン。
彼女は書類を取り、時代に似合わない表を説明。
当初は、落書きと嘲笑さえあった。
そして、嘲笑の間違いを確認するかのように互いの顔を見合わせる。
侮蔑を孕んだ笑いと共に彼らの視線は彼女から隣へ。
何組かは、くだらないと小声で会話を始める始末。
しかし、年月が場を変えていった。
「えっと・・・・はい、問題ありません。
あっ・・・名前、今日も少し間違ってますけど・・・もういいです。
では、本題に入ります。
本事業は、ジェラール第一王子より先ほどお話頂いた物になります。
進捗は、予定通り進んでおり、概ね問題はございません。
詳細については、まず────────。
原子魔工炉の建設は、貿易拠点と呼べる地域、大都市については完了済み。
都市から遠く離れた寒村については ───────────── 。
以上が報告になります。
次に移りたいのですが、ご質問などはございますか?」
今でこそ静かだが、権力を翳す者の本質は変わらない。
変らないのはベーゼンの行動も同じ事。
話を区切り、都度理解を確認する。
周囲の反応など確認はしない。同意を取る相手は王と王子の二人。
ジェラールは、彼女の言葉を聞き終えると王に耳打ちする。
問題が無ければジェラールは、彼女に頷きを返す。
今回も同様だ。ベーゼンはさらに続けた。
その口から出る言葉を全て理解できる者など少数。
静かな広間には彼女の声だけが響く。
「では、現状の魔工炉についての問題点とその解決についてになります。
現状では ─────────────。
ですのでこの改善案は、既存の設備には適用できません。
その為、既存についても順次作り変える方向で考えております。
想定される予算は、今計画の3/5になるかと。
承認を頂ければ ───────────。
如何でしょうか」
席に掛ける者達は、いつもの様に平民に対するそれとは異なり静か。
その為、王子からの同意を待つだけだと彼女も考えていた。
シトシトと降る雨の音は強く変わり、屋根の石材を強く叩く。
静まった大広間に嫌な声が嬉々として響いた。
「ふむ、面白い計画だよ、ベーゼン魔工研究所所長殿。
この発魔量は素晴らしい。
諸君もよく見たまえ、現用の4割増しだ。
しかし、予算が嵩むなぁ・・・・
この費用、魔研から予算を回そうではないか。
悪い話では無かろう。良いなジェラール王子?」
宰相クリーバスの瞳には嫌な光が満ち溢れている。
言葉だけなら喜ぶべき話。
国家予算など、国民に安寧を確保できれば低い事にこしたことは無い。
しかし、発した相手が相手だ。
ジェラールは、死んだ目をしたベーゼンに頷く。
そしてクリーバスへ言葉を返した。
「宰相、魔術研所長としての発言でよいな。
しかし、魔術研の軍備強化の計画はどうなる?」
「王子、これは補填ではなく流用。
これだけの発魔量があればより質の高い交信が出来ましょう。
使うのですよ、この技術を軍事に。
愚民の生活だけに使っていてはカビが生えてしまう。
良いですな・・・いえ、王に問いましょう。
獣などと我々が同等では良い筈がありますまい?」
ジェラールから王へ視線を向けるクリーバス。
瞳は鷹のように鋭く、口元は歪に緩む。
対する王は、一瞬視線を外すが、直ぐにクリーバスを捕らえる。
「クリーバスよ、またその話か・・・・
共生で良いではないか。議会の半数以上が同意であったはずだぞ。
先代と共に20年以上かけて築いた関係をどうすると?
・・・お前は、業が過ぎる」
「何お仰る、我が王、いや兄上。
当時は、この力が無かった。
その為に、共生を甘んじて受け入れた。そうであろう臨席する者達よ。
王、我々は神の形に最も近い存在。
この世界を管理する為に造られたとされる存在だ。
我々の手で管理して何が悪い。違いますかな?」
クリーバスは、席を立ち広間の中心まで進む。
仰々しい動きは舞台でも見ている様だ。
臨席する貴族の中には頷く者も多い。
臨席者全体に視線を向ける王からは深いため息が漏れた。
ざわざわと嫌な空気が広間を埋め尽くしていく。
その時だった。
机を叩く音が響く。続くのはベーゼンの声。
「魔工炉の軍事転用は行わないと決めたではありませんか!
聞けば、労働者の作業も可笑しなことになっているとか?
その辺はどう考えているのですか?
宰相も絡んでおりましたよね、その辺に?」
追うように飛ぶのは、昔と変わらない罵声の数々。
利権が絡まずともコミュティーなど何処でもこんなモノだ。
声が表面に出ているだけマシとも言えよう。
だが、利権の権化ともいえる宰相クリーバス。
返る言葉は歪んでいるが正論。
「その何が悪い。
明るいなら働けばよい・・・・フッ、国の為だ。
" 豊かになれば生活が楽になる " 誰の言葉だったかな?
おおっ、目の前の女先生だったか。
歳を取ると忘れっぽくなってな、失敬。
しかし、お前の言葉通りに成ったではないか。
少なくとも、我々はより豊かになった。何が違う?何が悪い?
労役など契約に従えばよい!」
「それでは、就労する者達が・・・
雇用された者達の権利が・・」
ベーゼンは前のめりに咬みつく。
彼女の描く彼の望んだ変革は違う。
煽る様に目の前の男は更に仰々しく振る舞い語る。
「契約に不服があるなら辞めてしまえばいい。
そもそも契約しなければよい。違うか?
ベーゼン嬢、お前は乳飲み子か・・それとも神にでもなったつもりか?
人は理由が何であれ、金が欲しいから契約を交わす。
労働が欲しいと契約を交わす者などおらんよ。
その癖、金が入り満足すれは欲望が生まれる。
そして、変らない状況に不満を持つ。
だが、契約とは関係なかろう?
権利は守られておろうよ。契約に従ってな」
宰相クリーバスは、ベーゼンの前に立ち侶手で机を強く叩く。
鷹の様な瞳は、ベーゼンを捕らえて威圧する。
「人は平等ではないのだよ。ベーゼン嬢。
お前だって、同じではないか。
持つ者が言ったところで誰にも響かんよ。
民衆の心を惑わすな・・・・・魔工廠の魔女」
「私は・・・・」
ベーゼンに背を向けるクリーバスはジェラールを睨む。
ゆっくりと視線を王子から王へと向ける。
表情を改めたクリーバスは王に演目を続ける様に振る舞った。
「才があろうが国が分らぬ低級貴族など・・・頭が痛い。
どうですか、これを機に魔工研も私が管理しましょうか王子。
・・・・・おお、お睨みになられるか。それもまた健康な証拠」
「クリーバス、言葉を慎め。
この場は我が王宮。お主の劇場ではない。
魔工研は、現状を維持し事業を続けろ。
予算は、魔術研の申し出を受け入れる。
魔工炉の軍事転用は現状保留だ。
これで良いな、魔工研所長ベーゼン・ヴァンファブリック」
「王様・・・ありがとうございます」
王は、横に控える第一王子に視線を向けた。
そこには、頭を下げる姿がある。
同様に、王子の部下である魔工研所長も深々と頭を下げていた。
一方、広間の中央の宰相は、一瞬眉を顰めるも表情は暗くない。
席に戻ると静かに腰を下ろし顎を擦る。
考えの読めない表情に、ベーゼンは困惑の色を隠せなかった。
静まる広間は、議長の言葉で幕を閉じた。
ベーゼンは、王城を後に商店街へと足を向ける。
あれだけ主張した雨音だが今は小さい。
シトシトと降り続ける雨風は、彼女のスカートと戯れる。
コツコツと石畳を叩く音は、時折テンポを崩す。
未だになれないヒールの高い靴。濡れて纏わりつくスカートの裾。
どちらも彼女にとって貴族社会と同じだった。
足の向き先は、小さな料理店。評判など彼女と同じ。
頗る良いなどあり得ない。
小洒落た玄関チャイムなど付いていない扉は無駄に軽い。
「あら、いらっしゃ~い。
ほら、お客さんだよ。席の案内して」
「あーい・・・・・・・・おね~ちゃん。こっちだよ」
小さな子供がベーゼンの手を引きカウンターへと連れて行く。
それを見るベーゼンの瞳は優しさに満ちている。
「あら、所長さんじゃない。いらっしゃい。
今日は何食べてってくれんのかしら?
ミランダ、お手伝いはもういいわよ」
「あーい、ママ」
ベーゼンは、小さなサキュバスの子供に笑顔で手を振る。
返るのは、大きく手を振り店の奥へ消えて行く子供の笑顔。
今日初めて緩んだ目じり。つられる様に崩れ落ちる体。
大きなため息が小さな店内に広がる。
「ハァ~疲れたよ~。
ハシェルさん、今日のお勧めなに~?」
「フフッ、少しはまわりの事考えなぁ~。
ここはアンタの実家じゃないっての」
「いいじゃん、居心地が良いんだから」
「アンタはね。
お勧めかぁ・・・・私はうんと高いの出したいんだけどな。
それじゃダメでしょ?」
ダレきったベーゼンに向けられるのは悪戯な笑み。
迎え受けるベーゼンは眉を顰め一瞬見つめる。
そして、うつ伏せる様に腕に顔を埋めた。
「ダメ・・・独り暮らしってお金かかるんだから」
「アンタんとこヨハンがいるじゃない」
「じゃあ、二人暮らし・・・・アレある?」
ベーゼンは顔を少しだけ上げ上目使い。
悪戯をした子供を見る様な表情ではシェルは返した。
「あぁ、ラウドトラウトね。
あるわよ。
そうね・・・・・今日は、油もいいのあるし揚げ物でどうかしら。
アンタ、野菜摂ってる?」
「とってな~い・・・・いらな~い」
店主は、カウンターに背を向け作業を始めた。
それはいつもの光景だろう。
傍から見たら注文が成立したとは思えない。
しかし、包丁がまな板を叩く音は軽快に響く。
「じゃあ、あんかけね。東方の料理よ。
あっそうだわ。
ヨハンも呼ぶわね。どうせ家でしょ?」
「うん。よんで~」
ベーゼンの言葉に食い気味に店の奥へと響く声。
それもまたいつもの事だろう。ベーゼンが顔を起こすことは無い。
「ミランダ~!
ベーゼンの家に行ってヨハン呼んできてぇ~!」
少し経つと、呼ばれた子供がカウンターの奥から顔を出す。
チョコチョコとカウンターを出る子供。
それを覗くベーゼンは、泥から少しだけ人に戻る。
「ミランダ、雨降ってるからこれ使って~」
「あーい。 ありがと、ベーゼン。
ママ、いってくる!」
半年ほど前から月初にある光景。
ベーゼンは、ジェラールより王宮に与えられた部屋がある。
しかし、そこは貴族の園。見た目が良くとも居心地がいいとは限らない。
安らぎを求めた彼女は、気晴らしに訪れた寂れた料理屋を見つけた。
そこには、同じ神に造られた違う眷属。
価値観の違いが、彼女には心地よく感じられた。




