手紙と老人
年月は流れ、夜風がちょうどよく感られる季節へと移り変わった昼下がり。
いつもならヴァンファブリックの町で見られた光景が今は無い。
無駄に重い扉だけは、変らずら来客を拒んでいる。
1人の商人が眉を顰め強引に扉を押し込む。
力む度に軋む扉。しかし開く気配は一切ない。
業を煮やし、あきらめムードで扉を叩く。
「っかしいな・・・ノーマンさん! ノーマンさん留守なんすか!
嘘じゃん、この看板。なにが開店中よ!!
もぉ・・・届け物なんだけどなぁ・・・ハァ~調子狂うわ」
居るのなら、彼女の声は届いたはずだが返事はない。
商人は頭を掻きため息。
大きなカバンに老人への届け物を戻し、次の目的地へと踏み出した。
魔法の光や衝撃音で活気のあった魔導商。だがそれは無い。
重い扉の前には、哀愁が漂う。
少し経つと先ほどの商人が優男を伴い再び訪れた。
「まじっすか・・・
さっきは思いっきり押したんですけど全然っしたよ・・・
ハァ、これでも行商しながら配達もしてんすよ・・・あーし」
「ハハハッ、確かに鍛えられてますよね。
この店の扉は、コツがあってね。
確か、ココを少し引っ張る様に持ち上げてから押すんですよ・・・ほらね」
「あっ、空いた。 領主の兄ちゃんあざっすぅ。
マジ助かったっすよ。へへへっ。
ノーマンさん届け物っすよ・・・っつうか全然居んじゃん」
行商は振り返り、アイネスに笑顔で頭を下げた。
そして、昼だというのに薄暗い店内へ消えて行った。
アイネスは彼女を見送り、店の外観を見渡し静かに笑う。
まだ少しだけ日差しの強い太陽に視線を送り、衛兵の詰め所へと帰っていった。
店内では、老人はロッキングチェアに揺られウトウトと本を眺めている。
「ノーマンさん、パトリック・ノーマンで合ってるっすよね?
王都から小包みと手紙っす。
え~っと・・・・魔工研のぉ~・・・所長さん。
んん~ん・・アッ紙紙・・・これだ!
あーし偉いね。ちゃんとメモってるもん。
でっと・・・ベーゼン・ヴァンファブリックさんからっす。
あら、町と同じ名前だねぇ。
金持ちってのは羨ましいモンすね。
アッ、サインココっす・・・・・・・・よしっと。
はい、ありがとうございましたっと」
行商人は、ため息交じりで彼に届け物をすると退店。
爽やかな笑顔に戻り彼女の仕事を続けるのだった。
扉は静かに軋みながら光を包んでいく。
カウンターでは眼を擦り、意識を確実なモノへと戻す老師。
愛弟子から贈られた手紙に視線を向け、目を細めたり腕を前後させたり。
少しだけごちゃごちゃのカウンターを片手で探り、モノクロム見つけ力を借りる。
愛らしい個性的な文字が、書簡主の近況を語りだす。
『親愛なるパトリックお爺ちゃんへ。
私が町を出てから、もう3年が経ちますね。
寒くなって来たので、きっと腰痛が悪化していると思います。
母に送った薬と同じものを送りますので使てください。
王都では良く効くと噂です』
「おぉ・・・ありがたいのお。
まぁ、元気そうで何よりじゃ・・・
ほぉ、この根っこみたいなヤツかのぉ・・・
この文字は獣人種か・・・いや、西の物かの。
また、奮発しおってからに・・・嬉しいものじゃの」
パトリックはモノクロムを外し、眼を擦り乾ききった頬を湿らせる。
涙に歪む世界は暗くなり、かの子彼女を映し出す。
感慨と共に静かに進む時計の針。
手のひらで涙をぬぐいモノクロムを直すと、文の続きを読み進めていく。
次第に文章も砕け交じりに変わり、嬉々とした彼女が目の前で話している様だ。
『────────── 。
それでね、ようやく王子の依頼が終わったよ。
でね、私が初代魔導工学研究所所長に任命されたんだよ。すごいでしょ♪
っていっても、魔工研って私だけなんですけどね。
一応、王子直下なので後ろ建てだけはありますけど・・・
勿論、心配は不要です』
「それで、さっきの娘が所長とな・・・
フォッフォッフォッ、心配は不要かのぉ。
こういう時のベーゼンは、モノ欲しいそうな表情じゃったの。
では、明日にでもモーガン殿の所へでも行ってみるとしようかの」
ロッキングチェアは大きく後方へと揺れる。
老人は、背もたれに体を預け天井を眺めた。
奇行にも似た行為を繰り返す少女は、変ることなく成長。
既に20歳を超え見目麗しいと一部の層から評判も風の噂に聞く。
しかし同時に聞こえるのは、王子を取り巻く者達との仲。
彼女が上都して半年もすると、隣国の姫が合わせた様に来訪。
姫の目的におかしいことは無い。
彼女は、以前からジェラールと婚姻を予定していた者。
だが、そこには両国ともに自国の益として二人を見ていた。
縁談が決まった当時、王子は6歳。
ベーゼンに会うまでは、見た目こそよくある麗しの王子。
ガタイこそ頼りがいのある王子騎士だが、魔力に当てられたひ弱い子。
アンシュタインの出来事の後、王子は王位継承へと引き戻された。
そんな王権とは無縁だった王子に嫁ぐ相手。
隣国エルタニアは、友好平和を名目に売れ残りにも似た同類を充てがった。
同じ様な身の上の姫だが、相手の価値はここに来て鰻登り。
最大利用を考えない方がおかしい。それが人間というものだ。
天井を眺める老人は目頭を数回揉む。
ゆっくりと伸びる手はカップを掴み、湯気を失ったお茶を口元へ。
動き出すロッキングチェアは静かに軋む。
眉を顰める老人は、鼻で息を静かに整え、愛弟子の文を読み進めた。
『────────── 。
それでね、来年になったらトゥーンを呼ぼうと思うの。
きっと、世界はもっと暮らしやすくなるわ。
だって、私の夢が叶ったんですもの。
それじゃあね、パトリックお爺ちゃん。
ベーゼン・ヴィアファブリック』
「そうじゃな・・・確かに快適になったの。
夜も光が増えた・・・・お主の想い描く世になると良いのぉ」
既に、太陽は落ち大分経つ。
空に浮かぶ月は、昨年から増え始めた灯火でその色は少しずつ褪せて見えた。
以前から賑わう場所は勢いを増し、そうでない場所は更に静かに闇を落とす。
白風が静かに雲の背を押し流し草の匂いを運んでいた。




