忍び寄る日常
窓辺を彩る鳥の声は、優しい日差しを楽しむ様に弾む。
悪戯な春風は、彼らに小さなちょっかいを出す。
少しだけ騒がしい窓辺。
光景を微笑ましく見つめるヨハンは口元を緩める。
目の前の程度の良い扉を優しくコンコンと叩く。
いつもの様にと主人に声を投げた。
「ベーゼン様、おはようございます。入りますよ・・・」
いつもの様に首を傾げ口をつむぐ。
彼女の視線は正面の扉から窓へ。外を眺め彼女は思う。
(こんな時間だし、返って来たばっかりだもの起きてるはずないわよね。
って、そもそもベーゼン様だし・・・入りますかね)
「失礼しますょっと・・・眠ってますよね?」
その時だった。
返るはずない返答は彼女の言葉に食う様に続く。
「ほわ~い・・・服の回収はちょっと待ってね・・・」
「えっ・・・お、おはようございます。ベーゼン様。
えっと・・・今日はお早いですね。ハハッ。」
ヨハンの瞳には二度目の奇跡が映る。
" あの " ベーゼンがベットから出て、よもや裁縫?を行っている。
欠伸をしながら、洋服をいじるベーゼン。
その姿を目を細めまじまじと観察するヨハンは彼女に提案。
「ベーゼン様、服の手直しであれば、私にお申し付け下さい」
「んんっ? あぁ、これね。
これは違うの。フフツ、洗っちゃったら無くなっちゃうから集めてるの♪」
「集める?・・・ベーゼン様一体何を集めているのですか・・・もしや!?」
過剰反応を見せる従者は今にも飛び出しそうな表情だ。
ベーゼンは、声色の変化に即答するが、声は弾んでいる。
「違うわ・・・だぶん。
たぶん、ヨハンの考えてるのとは違う・・・間違いないと思うわ」
「そんな否定なさらなくても・・・・では、そちらはいったい?」
ベーゼンは、掃除を始めたヨハンに視線を向ける。
細めた瞳は何処か悦があり、口元はソレに従う様に若干歪む。
ヨハンは、ただならぬ妖気染みた気迫に身構えた。
返るのは、悪戯に弾む主人の声。
「フッフ~ン♪ ヴェスティの毛だよ♪
昔、お母様・・・違うわね、婆やだったかしら・・・どっちでもいいか。
作ってくれた羊毛のお人形・・確かフェルトだったかしら。
あれ作れないかなって思ってね」
「ベーゼン様、もう少しお休みになられた方がよろしいのでは?
失礼しますね・・・・・・・熱は無い様で・・・・
んん~ん・・・わからない」
ヨハンの想定は大きく裏切られ続けた。
一般には普通なのだろう。
男性が喜びそうな淑女の姿に映るが、そこは彼女の主人。
一般的に普通や喜ばれることも、彼女がすると奇行に見える。
ヨハンは、数分前の様に首を傾げ腕を組む。
返るのは、ジトッとした目で眉を顰めた女主人の訴え。
「なによ・・・そりゃあ珍しい事かもしれませんけどぉ・・・いいじゃない。
私は、動物が好きなの。犬とか猫とか好きなのよ。
これで、気は済んだかしらヨハン?」
ベーゼンの視線は恥じらう様にヨハンから窓の外へ。
しかし、感情とは別と言わんばかりに彼女の手は止まらない。
一方、新たな主人の一面にヨハンの口元は緩む。
「いえ、それは…大変良い事ですよベーゼン様。
きっと・・・ムフフ。いい絵になりましょう・・・ムフッ。
男と言うのはバカですからね・・・大きかろうが小さかろうが・・グフッ」
「ヨハン・・・心の声・・・漏れてるわよ」
主人がベーゼンなら従者もまた然り。
飼い主に似るとは良く言ったモノだ。
互いに奇人を見る様な遠く優しい目を向けている。
しばし互いに干渉する事無く粛々と進む作業。
暫く経つと、ベーゼンは集め終えたヴァスティの毛を優しく固めていた。
小さい塊と、少し大きな塊。
同じくして、掃除を終えたヨハンは彼女の手元をそっと覗く。
「ベーゼン様、ヴェスティとはいったい?」
「かわいいんだよ~♪、小っちゃくって、ちょっとフワフワで。
真剣に話しているところに紐で気を引くとね・・・フフッ♪」
ヨハンは彼女の手を見つめる。
そこには、やけに間隔の狭いひっかき傷があった。
そして思い出される。昨日の道中。
間違いなく主人は笑顔に満ち溢れていた。
しかし、ジェラールは苦笑いを浮かべていた筈。
悟ったヨハンは、悪戯好きな妹を見る様にため息と優しい視線を向けた。
「それでですか・・・・私の心配を返してください。
まったくベーゼン様は・・・はぁ」
目の前では、適当な針金を見つけ見繕う少女。
彼女から出る言葉は、ヴァスティと呼ばれる猫の事。
進む話は彼女に、さらなる深いため息を生ませた。
「天罰に巻き込まないでくださいよ・・・
いくら可愛くても神様なんですからねベーゼン様」
「いいじゃない。猫だし・・・
可愛かったんだから・・・・・・ほら出来た♪」
彼女の前に出来上がったのは小さな小猫の人形。
見る人によっては可愛いが、彼女らしい作りだ。
色々な角度から眺め、首をかしげるベーゼン。
彼女はこれから数日間、暇なときにはこの行動を繰り返した。
いつもより少し早い朝食は、数日ぶりに賑わいを取り戻す。
不安と悲しみの無い食卓は、少年に豊かな表情を与えた。
「姉ちゃん、これあげる♪ すごくおいしいんだよ!」
「ありがと、トゥーン。 あれ、どうしちゃったのかな?
いつもなら、モノ欲しそうに見てるのに・・・フフッ。
じゃあ貰うね・・・・んん~ん♪ おいしいね」
笑みを返すベーゼンに、トゥーンは何処か誇らし気。
そこには、いつもの日常があった。
その日の夕食も同じ様に温かい空気。
しかし変らない日々など安定を願う者の絵空事。
出会いがあれば別れもある。
一行は、すでに町との再契約を済ませ依頼を完了させた。
ベーゼン達とトゥーンとツォーネ、両者の帰る先は真逆と言える。
共にできる最後の夜食。静かなトゥーンにベーゼンは声を掛けた。
「トゥーン、これおいしいよ。
朝のお返しだよぉ~・・・・ほら、あ~ん」
「ありあほ・・・・もぐもぐ・・姉ちゃん、ねじ込むのやめてよ・・もう。
僕は6 ─────── 」
トゥーンの言葉は、ジェラールに遮られる。
それは、話を潰し話題を変える為ではない。
「6歳だったな。ということは、もう直ぐ7歳だな。
しっかり甘えておけよ少年。
泣きたい時は泣け。嬉しい時は相手に伝えろ。
だろ、ベーゼン先生殿?」
ジェラールの横やりに返るのはベーゼンのジト目。
口を尖らせる彼女だが、表情は秋の空の様に変わる。
少年は彼の好きな表情を浮かべる師に笑みを返す。
ねじ込まれた肉で膨れた表情は、年相応に可愛らしい。
そこにはゆっくり流れる涙。
ベーゼンは彼の頭を優しく撫でる。
「フフッ、大人になんて急がなくていいんじゃないかな?
おいで、トゥーン」
「姉ちゃん・・・・」
席に座るベーゼンの胸に顔を埋める少年。
口の肉は消え、嗚咽から号泣へ変わる。
彼の頭を優しく撫でるベーゼン姿。
ジェラールもアイネスも微笑んでそれを眺める。
対面に座るツォーネもまた同様の表情だ。
ベーゼンに優しく投げられる彼女に声。
「ベーゼン、ありがとう。
トゥーンにいい経験をさせられたよ。
ジジイやアタシじゃ、もっと生真面目になっちまってただろうな。
アンタは、いい教師だよ。」
「そなんこと・・・・でも、そう言ってもらえると嬉しいです。
私も、トゥーンに会って色々教わりましたし・・・・
正直、寂しいし・・・残念です ─────── 」
彼らの夕食は、しんみりと幕を閉じた。
ベーゼンは食事を終え、宿の庭へと足を延ばす。
扉を開けると広がる世界。
数多の星々が輝き、彼女から時を忘れさせた。




