王子の帰還
坑道の崩落から数日経ったクルシュノ。
渦巻く空気は様々だった。
その中で崩落現場に通う5つの人影はどれも肩を落としてる。
崩落現場を眺め、母親の様な女性の手を握る少年は呟く。
「僕も・・・王子様達と一緒に行けばよかった・・・・」
「トゥーン、そんな事を言うもんじゃないよ。
悲しむ事は、大切な事だけどね・・・・
変わらない過去を嘆くのはおやめ。
出来る事を必死にした者を蔑むだけだよ」
「おばあ・・・・・うん」
「お前は優しい子だ。
アタシだって、お前があの下に行っていたらと思うと辛いよ。
数カ月一緒に暮らしたベーゼンでさえこれほど辛いんだ・・・
今があることに感謝するんだよ」
「うん・・・・」
崩落した魔封石の坑道は、彼女達の作られたシートで覆われている。
その為、魔封坑道近づくことは容易になった。
なれば、その場を訪れる者も多くなる。
王子に釘を刺された王家の男もその一人。
密偵から文を受け、戻った彼は崩落現場にその姿を現していた。
「なるほど、底は見えぬ程深いな。
おぉ、なんとおいたわしい事だ・・・ハハハハハッ。
ちんけな女を追って自滅とは、呆気ないものだなジェラールよ。
これで国は、ニケロムのモノになる他あるまいな」
周りの目など気に留める事なく感情のままに口走る壮年の男。
静かな空間で響く嫌味は、留める気が無くとも耳には残る。
少年と中年豪商は、言葉に煽られ肩を落とす。
一方、残る3人の男女の視線は、怒りなどと呼べる程かわいい感情は無い。
「宰相・・・貴様!」
「やめな、アイネス!・・・・アンタは家を潰す気かい。
アンタらの従者を見習いな・・・
アタシだってあんなオヤジ、殴り殺したいよ。
でもね、殴ったって何も良くはならないんだ」
アイネスの叫びは、半分以上ツォーネの声でかき消されている。
ツォーネは、アイネスの視線を後方に控えるヨハンへ促す。
視線の先では、唇を噛みエプロンの裾を握りしめるヨハン。
「さぁ戻るよ・・・まだ4日しか経っていないんだ。
食料だってあと数日はもつ。
アタシらにできる事は、悔いる事じゃないよ。
あの子たちが返ってくることを信じて待つことだ。
そうだろ、ハイネス・ヴァンファブリック」
「・・・はい、ツォーネさん」
表情をそのままに俯く青年の拳は血でにじむ。
ツォーネは、若干彼女より背の高い彼の頭を雑に撫で胸に引き寄せた。
彼女は目を閉じ周りを憚る様に彼の耳にささやく。
「今の気持ち、忘れるんじゃないよ。
アンタには必要になるからね・・・その時までは隠しておきな」
「・・・・・・」
アイネスの唇からは鮮やかな紅の筋。
ツォーネは、もう一度彼の頭を雑に撫でると残る3人に視線を送る。
見せる表情は柔らかい。
「さぁ行くよ。今日は予定通り再契約の話だったね。
ほら、らしくないじゃないかモーガン殿、どうしちまったんだい?」
「・・・そうですな、参りましょう。
ベーゼン様が返られた時に胸を張れます様に頑張りませんとな」
空元気とは良く言ったモノ。感情無い笑いの響く洞穴は無情だ。
ツォーネに握られた小さな手もアイネスの手と同様に赤い。
沈んだ空気は翌日も続いた。しかし永遠ではなかった。
突如として町の中心に現れた魔法陣。
幻想的に輝くそれは、人の成しえる光ではない。
遠巻きにできる人だかり。
輝きを増す魔法陣からは風が巻き起こる。
次の瞬間、3つの人影がフワッと現れ、そっと地に足を降ろす。
その姿は、伝承にある神の受肉と酷似。
言い伝えを知る者は跪き頭を垂らし、知らぬ者は呆然と立ち尽くす。
光は、徐々に弱まり人影を人と確認できる程に。
響く少年の声には喜び以外は存在しない。
「姉ちゃん!!」
続く声は、" 姉ちゃん " の兄の叫び。
そして、小さく彼女の従者。
「ベーゼン!! 心配したんだぞ!」
「お帰りなさいませ。ベーゼン様。
お怪我は・・・あまり無さそうで何よりです」
声を掛けられるベーゼンの表情は複雑。
葛藤の末、無意識に笑顔を浮かべるも、食いしばる口元。
頬には大量の涙。
小走りに駆ける彼女は兄の胸に。
「ただいま、お兄様・・・」
無意識に走りだした脚の行きつく先。
遠い過去に無かった家族への感情。
今の彼女にとっては、失いたくはない感情。
ただ戻っただけ。数日会わなかっただけなのだが。
孤独、窮地は、救出と希望の影に隠れていただけ。
心の安らぎが、彼らを引き戻し恐怖を呼び戻したのだ。
あと数年で二十歳。しかし、たかが二十歳の若造。
まだ精神は未熟。子供と言えるのだろう。
経験のない恐怖に震え、思い出すように泣き崩れる。
そこに過去の精神は無い。
日を重ね、彼女としての経験が過去の経験を上書いていく。
忘れていく過去は、彼女から過去の想いを奪う。
「お兄様、怖かった・・・・」
「・・・無事でよかった。
ジェラール様、ハイネス様、ベーゼンをお救い頂きありがとうございます」
年相応の姿の彼女に表情を崩すジェラール。
アイネスの言葉に、表情を変えず小さく頷くハイネス。
それは、アイネスに対し圧をかけるモノでは無い。
ただ無事に再会させられた事に安堵しているだけだ。
一方で、再来した宰相の表情は、目に見えて苦々しい。
しかし、伊達に宰相ではない。
「ジェラール様。心配致しましたぞ。
何処ぞの貴族令嬢を助けるために探索、そして更なる崩落。
あれ程、坑道は危険とお伝えいたしましたが・・・あぁ、不幸な出来事よ。
敬虔な儂ですら、この世には神など居らぬと思うほどでした」
ジェラールは、仰々しい所作の叔父に冷ややかな視線を向ける。
その横では、さらに冷たい表情の彼の従者だが、その拳は血に滲む。
ジェラールは、彼を制止する様に手を伸ばし口を開く。
「やめておけ、ハイネス。
叔父上、ご心配をおかけしました。
しかし、何処ぞの令嬢は無事保護できました。
私には、彼女は宛ら ” 導きの女神 ” に思えますよ。
敬虔な叔父上が、そう感じられないことが残念です」
「言われているな、敬虔な宰相殿。
アンタの見たい光景なんてもう来ないんだよ。
さっさとアンタが奪い取った場所に帰って椅子でも磨いてな」
続けたのはツォーネ。
表情は冷たいが満足そうだ。
宰相クリーバスの面目は、民衆の面前で潰された。
しかし、この男はただのプライドの塊ではない。
王子達の嫌味を包む様に笑みを浮かべた。
「その様で・・・では私は公務の為、先に戻らせて頂きますよ、王子。
あぁ、神よ。心優しき王子を無事お戻し頂き感謝致します。
・・・ツォーネ、今は王子の面前、先程の愚言聞かなかった事にしておく」
「それはどうもッ、寛大な宰相様」
クリーバスとツォーネの視線は終始合うことは無い。
互いの捨て台詞により幕は落ちた。
新たな幕は、泣き崩れた貴族令嬢から始まる。
ベーゼンは一息つくと頬を拭い、兄に笑みを向けた。
「ハァ~、戻ってこれて良かった。
一時は、どうなるかと思ったんですよ、お兄様」
「ふぅ~・・・心配したよベーゼン。
怪我は・・・・大丈夫の様だね。ハイネス様かい?」
「いえ、ジェラール様なんですよ。 フフッ、物語みたいでしょ」
「他家の令嬢が聞いたら、嫉妬しそうだね。
でも、それだけじゃないよね。面白いものでも見つけたのかい?」
ため息をつき言葉を返す兄アイネスは、彼女との暮らしが長い。
その笑顔の奥に隠された想いなど多少は他人よりわかる。
ベーゼンは、腫れた眼を擦るながら悪戯に笑う。
「沢山ありましたわ! 神殿に、魔導具・・・それと猫ちゃん!」
「そうなんだね・・・魔道具かぁ、ベーゼンは好きだろうね。
んん?猫ちゃんって・・・なに?」
話の流れで出るはずのない単語。
困惑しかない兄アイネス。
彼の視線は、ベーゼンから後方に控える王族貴族へ。
だが返るのは乾いた笑いと、変化のない表情の二つ。
ベーゼンは、宿への道すがら笑みを浮かべ猫への感情を話すのであった。




