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迫りくる毒牙

そこは光に満ち、闇と無縁の世界のはずだった。

しかし、3人の前には陽炎の様に揺らぐ小さな空間がある。

さらに何も無いそこには、時折消えるユラユラと動く二つの光。

耳に付く音は、自らが作る足音とのみ。

聞こえるはずのない嚥下する音さえも大きく感じた。

2人の騎士は目配りし、場の空気を整える。

ジェラールは、視線だけベーゼンに向け後退を促す。

サバトン(鉄靴)が作る硬質な音だけが響く空間。

大きく狂う時間の感覚。

その時、目の前の揺らぎは2つの光と共にフワッと舞う。



「ジェラール様! そちらに行きました!」


「任せろ! これ以上は進ませない!」



2人の思考は既に戦闘へ入っている。

彼らの装いから分かる事は、ベーゼンの捜索中にも何かに接敵していた事。

ベーゼンとは違い彼らは常に戦闘を想定してた。

躊躇なく腰を落とし身構えるジェラール。

それに加勢する為、揺らぎに対し回り込む様に距離を詰めるハイネス。

揺らぎはフワッと宙に舞ったかと思うと、足元へ弧を描く様に流れる。

床から脛程度の高さで浮かぶ2つの光は時折点滅。

2人の騎士はその動きに翻弄され、刃を振るタイミングを悉く奪われた。

彼らの周りを窺うように舞う双光は、飽きた様に動きを止めた。

互いに緊張が走る様に時は止まる。

次の瞬間、毒牙は鉾先変える。

一拍遅れジェラールの叫びが飛ぶ。



「ベーゼン!逃げろ!!」


「嫌!来ないで!!」



叫びは、無機質な空間を埋め尽くす。

そして続くのは、サバトンの激しい音。

ベーゼンは、強張った脚を必死で動かす。

しかし、痛めた脚はそれを許さない。



「アッ!」



足を取られ、つまずくベーゼンの声は空しく響く。

追う様に響くジェラールの叫びは、彼女の耳には届かない。

うつ伏せに倒れるも、生にしがみつく彼女は仰向けに返る。

体勢こそ哀れだが、懸命にその体制のまま後ずさる。

生への執念は、迫りくる恐怖を睨みつける程だ。

迫る双光は、一瞬ベーゼンの視界から消える。

次の瞬間、圧し掛かると言うには小さな過ぎる重さ。



「キャッ!!」


「んん~ん、ヴェスティア様じゃないか・・・・けど匂いは・・・」



揺らぎは、実体を表す。

フワフワの被毛を纏うそれは、どう見ても猫。

黒く短毛の小さな猫は、獣人種の様に流暢に声を放つ。



「お前・・・カーディアの匂いがするな。何者?」


「猫が喋ってる・・・・って何で猫がいるの?」



ベーゼンの緊張は過去の記憶に従い薄れていた。

駆け寄るジェラールの声は、警戒以外の何物でもない。

しかし、彼女の手は不用意に猫らしき生物の頭に近づく。

その瞬間、しゃべる猫の鋭牙は彼女の指先に襲い掛かる。



「ベーゼン!」



ジェラールの鬼気迫る表情はその叫びだけでも判る。

しかし、直後に返る小さな痛みをこらえるベーゼンの呻き。

そして、イカ耳でしゃべる小猫。



「イタッ!」


「痛くしたんだよ・・・・まったく。

 急に手を伸ばされたら警戒位するよ・・・アンタ抜けてないか?」



仰向けのベーゼンの上で、イカ耳を戻した猫は顔を洗う。

一方ベーゼンは噛まれた指を咥え、彼女を見つめた。

何かを訴えるようなベーゼンに、眉を顰めたイカ耳の黒い小猫は問う。



「あんた、何でカーディアの匂いがするんだよ?」



ベーゼンは、ジェラール達の距離を確認。

そして、イカ耳に顔を近づけ小さく耳打ち。



「ここに来る前に ─────── 」


「ハァ・・・・・アイツ、また拾って来たのか・・・・懲りないな。

 で、お前は何をしにココに来たんだ?」



ベーゼンの胸からトコトコと降りた小猫は、彼女の目の前にちょこんと座る。

ベーゼンは、体を起こし小猫に向き合い事情を伝えた。



「ええっと、───────── 。

 それで私たちは外に出たいんだけど、猫ちゃんどうにかならないかな?」



ピックと動く小猫の耳。返るのは、またしても眉を顰めた表情だ。

対するベーゼンの表情は恍惚。本人に自覚は無い。

ピョコピョコ動く耳と、激しくバタつく尻尾に彼女の視線は釘付けだ。



「ウチは猫じゃない・・・ヴェスティア様の眷属だ。

 お前らの様に下等な人形じゃない・・・って聞いてるのかバカ女」



小猫の尻尾は更に床を虐める。

そこに砂があれば、彼女の姿を隠す程になるだろうか。

一方、バシバシと床を叩く小猫の姿に恍惚するベーゼン。

彼女の手は無意識に小さな額へと挑戦を試みる。



「イタッ!! 少しぐらいイイじゃない!可愛いんだから」


「いい加減にしろ! お前は可愛いモノは撫でられていいと思ってるのか?

 とんだ馬鹿を引っ張って来たな、あのサイコ女(カーディア)は・・・・・・

 相手を良く見ろバカ女・・・ウチは嫌がっているだろ!」



威嚇する小猫だが、戦闘態勢ではない。

一方、口を結び悩むベーゼンは眉を顰め問いかける。



「犬は喜んでる時、今の君みたいに尻尾激しかったよ。

 もしかして君って、ツンデレさん?」



警戒する小猫は深くため息。

駆け寄った2人の騎士は、未だに状況がつかめない。

小猫は彼女の問いに冷たく返した。



「あのサイコ女と同じで自分本意な奴だ・・・・

 そもそもウチは猫じゃないし、まして犬畜生でもない。

 さっきも伝えたけど、ウチはヴェスティア様の眷属。

 理解したか?バカ女」


「でも猫でしょう?猫ちゃん」



うんざり顔の小猫は、また大きなため息。

残る二人を見回すが、彼らの表情には困惑しかない。

小猫は鼻でため息をつき、口を開く。



「猫ちゃんじゃないって何度言えば分かるんだ。

 ウチは、神の眷属。お前らだって崇める神だ。

 お前らのわかる言葉でいえば、風を司る神の一柱。

 ヴァスティと言えば、その足りない頭でも分かるな?」


「ふ~ん。猫ちゃんは、ヴァスティちゃんなんだね。

 可愛い神様だ・・・・フフッ」



ヴァスティは、彼女の表情に呆れ、忍び寄る彼女の手に全てを諦める。

よしよしと、優しく撫でるそれは、意外にも嫌いではなかった。

撫でられながらも背を向けるヴァスティは、ため息の中思う。

人は、その趣向を持って理性を失い、無尽蔵の欲望に支配されるのだと。

まるで、あの時のカーディアの様に。

一方で、彼女の頭を撫でるベーゼンは、少し前の状況を思い出す。

そこには、不思議と笑いがこみ上げてくる。

小猫に恐怖し、警戒する2人の騎士と怯える自分。

何と滑稽で、それは喜劇の様。

小さな神との出会いは、深い地の底で久しく無かった感情を呼び起こす。

静けさを破る彼女の微笑みは、騎士たちの空気を和ませたのだった。


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