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崩れ行く世界:光の果てに

やけに湿気の強い日だった。

アシェリは、昨日の業務を報告を終え外回りへと移る途中だ。

窓は湿気の為か気温も相まってく曇り結露している。

足取りも重いアシェリの気分もそれに習っていた。

彼女の後方からは、何処か威圧感のある年季のはいった声が襲いいかかる。


「ワイズマンさん! シャキッとしなさい。

アナタのとりえは真面目で明るい事。暗いアナタはいらないわ」


女上司は、ストレスを晴らす様にアシェリへ意地悪でネチッコイ口調と視線。

しかしそれは、何時もの事だと言わんばかりにアシェリは能面の様な笑いを返す。


「ハハッ、私笑顔ですよ。・・・仕事あるんで先急ぎます」


「なにぃ、仕事って・・・アタシが働いてないって事?

 キィィィ!・・・・言うようになったじゃないのあの小娘」


女上司の声は、彼女には届かない。

既にアシェリは階段を降り建物の外へと足を運んでいた。




保安局を出て幾度か路地を曲がり、行きつけのカフェに入る。

扉を開けると心地良いドアチャイムの音。

鼻腔をくすぐるコーヒーの芳ばしい香りは彼女の精神を落ち着かせた。


「まだ開店前よ・・・・あら、アシェリじゃない。

 今日は早いわね。 いびられたの?」


店主は手を止め笑顔で声を掛ける。

アシェリは、ため息と共に彼女の前の席に滑り込むように座った。


「見えますかぁ店長~・・・仕事って、みんなこんなかなぁ? 

 私、ここでバイトしてた時の方が良かったよぉ・・・・ハァ。」


声を掛けられた小麦肌のガタイの良い女性は笑みを浮かべ、

アシェリの頭をポンポンと叩く。

優しい声は、やや低いが酒焼けからではない。


「あら嬉しい、またこき使ってあげようかしら?

 なんてね・・・フフッ、まだ11時前よ、今日はえらく荒れてるわね?

 また上司の事? 私もああいう人嫌いよ。

 でもね、嫌いだからって避け続けては生きていけないわ。

 さぁ、これ飲んで仕事片付けてらっしゃい。ねぇ?」


差し出されたグラスの淵を指でなぞるアシェリ。

うつ伏せる姿に苦笑を投げ掛ける女店主の視線は年の離れた姉のそれだ。

口を尖らせグラスの淵をいじる妹は、またため息。

上目遣いで女店主に視線を送るアシェリを残し、仕事に戻る女店主。

その背は何処か母の様にも思えた。

アシェリは声の無い唸りを静かに吐き、弄り飽きたグラスを口元に引き寄せる。


「ありがと店長~・・・冷たっ」


その温もりは湿気と気温そして上司のいびりに気力を失くした彼女には心地良い。

30分程女主人に愚痴をこぼし満足した彼女は笑顔に見送られ店を後にした。




彼女はバスに乗り数ブロック先へと進む。

まだ昼だというのに空は次第に暗くなり、草の匂いが鼻に付き始めた。

バスの窓越しに空を覗くが、そこに晴れ間は全くない。

在るのは灰色の重苦しい雲の層。その奥には暗闇に光る稲妻。


「ハァ・・・最悪」  


ため息は、小さな苦笑を呼び寄せる。

横に座る老婆は、小さく謝ると苦笑と共に小さな包みを差し出した。


「フフフッ、ごめんなさいね、お若いのに苦労してるのね。

 ほら、飴ちゃんよ。 甘い物は気分を良くしてくれるわ」


「アハハハァ・・・すいません。 私ってそんな、辛そうですか?」


アシェリは苦笑いで老婆に声を返すが、

そこに在るのは優しく目を閉じ首を横に振る姿。

老婆は、笑顔になりアンジェの手を優しく包み飴を握らせる。


「そうじゃないわ、笑顔はね幸せを呼ぶのよ。

 ねぇあたな、落ち込んでいる時って悪いことばかリ起こる気がしなくって?」


「うーん・・・・・・あるかも・・しれません。」


「フフッ、いいのよ。

 でもね、笑顔があると周りも笑顔になるわよね。

 笑顔が増えれば幸せも一杯よ。

 ほら、あなたも笑顔になって来たわ。

 生きるって辛い事なの。飴食べて頑張ってね」


そう言い残しバスを降りる老婆。

アシェリは、老婆に手を振り見送る。

ゆっくりと次のブロックへと進むバス。

アシェリを乗せあの男の住む地域へと入っていった。




バスは、予定時間より遅れ停留所に止まる。

そしてアシェリを残し、次のバス停へと向かっていった。

気温は昼だというのに肌寒く感じられる程だ。

予想はしていたが、アシェリは空を見上げ空を睨む。

パラパラと降る雨粒は無情にも彼女の髪を濡らす。

それでもと、老婆に貰った飴を口へ放り込み、目的地へと気持ちを向ける。

一方で、降り始めた雨は雨脚を強め彼女の進む先も差別なく降り注ぐ。

向かう先からは相変わらずの金属音とエアインパクトの音が響く。

アシェリは鼻で優しく笑い、音の主を思い浮かべた。

初めて会った頃は最悪な印象。しかしどこか憎めない。

何度か訪れる会話を重ねるうちに、互いの警戒心も少しづつ和らいでいった。

それは彼の対応を大きく変化させていく。

どこか壁のあった言動は、彼本来の知的で温和なものに変わる。

彼女が訪れる度に部屋は整頓され、

庭から出る音や光は厚手のテントに遮られ和らいだ。

時には、()()()が彼女の愚痴を聞く事もあった。

アシェリは視線を以前より大分和らいだ騒音の先に向け口元を緩める。


(やっぱり、お父さんみたいな人ね。タイプじゃないけど・・・)


その時だった。

アシェリの横を場違いなトレーラーが勢いよくい走り去る。

目の前は霧が覆いトレーラーを視界から消した。

嫌な音がアシェリの耳に飛び込む。

次の瞬間、甲高く響いた犬の悲鳴。

アシェリに不安が過る。

それは、知り合いと言える程でしかない。

しかし初めての専任担当だからだろうか。

彼女の脚は、無意識に歩みを速め肩で息をさせた。

揺れる映像に男の家が映る。

そこには記憶にある姿は無く半壊した建物、それに突き刺さるトレーラー。

耳に入る悲しみと絶望に満ちた男の叫びと嗚咽。

アシェリの鼓動は高まる。

いたたまれない感情は彼女の脚を重くさせた。




彼女の目の前には不思議な光景が広がった。

なぜだろうか、その空間に雨は降っていない。

むしろ光が差し込んでいる。

目の前を悠々と横切る線の細い長身の女性。

髪は光の束の様に美しい白金、違和感しかない透き通る様な白い肌。

神話でもモチーフにしたミュージカルから飛び出したような服装。

だが目を反らすことができない。

それは、同性であるアシェリですらため息を漏らす程美しく神々しくも思えた。

意識を奪われた次の瞬間、現実は無情に彼女の意識を引き戻す。


「完成して・・・この有様か・・・おー神よ、私が何をしたというんだ!!!

なぜ私から全てを奪う・・・・あぁ・・・どうしてルーシア‥‥研究も・・・・」


血だらけの大型犬を抱きしめ、膝立ちで天に叫ぶ男の涙は雨にかき消される。

叫び声が増すごとに、彼の研究物は呼応するように光を増す。


「何故だ・・・答えてくれ!!」


アシェリの心にも男の叫びは響く。

心臓を握りつぶされた様に苦しく息ができない。

その姿に涙を流さずにはいられなかった。


「デービットさん・・・」


次の瞬間、小さな呟きは膨張した光に包まれ失われた。

それは、デービットの研究「超高速無限増殖原型炉」の暴走。

隔壁は融解を起こし、本来起こりえない事象を発生させる。

炉を中心に発生した光は、空間を抉り周囲を消し飛ばす程の力を秘めていた。

しかし、一つの微笑は地球からその事象を消失させる。

その結果、何事も無い雨降りの午後がそこには続く。

幾つかの魂はその世界から消え、全ての者の記憶からも抜け落ちた。

それを知るのは、だた一つの存在だけ。


「フフフッ、やはり面白い人型よ・・・・妾の手駒にちょうどよい」



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