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崩れ行く世界:音と共に


「やめろ、ルーシア・・・ルーシア?

 ・・・わかった、わかったから待っていろ…すぐ起きる」


いつもの様に日が昇り、テキサスの朝は始まった。

眠気眼の中年は、背中を掻きながらキッチンへ。

後を追う伴侶は元気よく尻尾を振る。

朝食を彼女へ振る舞う中年は、陶器のコップに白湯を注ぎ口を付ける。

朝のルーティンはここから始まるのだ。

ドックフードを皿に軽くよそう。それを手に取り庭へと出向く。

デービットの脚は小さな墓標の前に止まる。

ゆっくりと腰を落とすと、手に持つ皿を供え墓標を見つめ一息置く。


「ルイジアナ・・・ルーシアは元気だよ。君に似て聡明に育った。

 私の姉の様な妹よ・・・見ていてくれ。 私は必ず成す・・・・」



こんなデービットにも幼少期はあった。

彼の両親も当時研究の蟲だ。

その為とは言えないが、彼は幼少期から独りだった。

食事は常に一人、帰る家もまた冷たく暗い。

終末顔を合わせる親の顔など親戚の叔父叔母と変わらない。

それもで、生活に不自由は無かった。

しかし、そこに愛情があったかというと・・・。

とは言え、情操教育として彼が5歳の時に犬が買い与えられる。

名前はルイジアナ、小さな雌犬。

彼の行くところには何時も彼女がいた。

それは、兄の後ろに付いて回る弟妹の様に。

何時しか小さかった子犬は大きくなり、

彼を守る時も涙に咽る彼を慰める時もあった。

十数年も経つと彼女は寿命を全うする。

デービットは、家族を失った喪失感に苛まれ、

伏せる事も増え引きこもる事さえあった。

その姿に両親は悩み、互いを叱責し合う日々。

導き出された回答は、自らの研究により今は亡き彼女を生成すること。

その生命は彼女の娘とし、ルーシアと名ずけ与えられた。

しかしデービットの心は簡単には戻ることは無い。

終末の顔合わせは減り、彼は子犬の代わりに母を失う。

そして父は女を作り家を残し姿を消した。

目を開けたデービットは、口元を緩ませ静かに腰を上げる。

3月だというのに嫌に蒸し暑い。

彼の足元には同じように控えるルーシアの姿がある。

デービットは、笑みを投げ彼女の頭を軽く撫でた。



朝のルーティンを終え、彼は自らの仕事(拠り所)に向かう。

デービット宅は一見すると周りの家と大差ない。

しかし、庭に違和感がある。

それはペットの墓標がある事では決して無い。

エアインパクトの音、溶接の光、一般空間では聞く事、見る事の少ない光景。

明らかにおかしい。これが近隣から刺さる様に向けられた視線の答えだ。

しかし、そこはデービット。

そんな抽象的な感情に揺れ動くほど人間の心など残っていない。

刺さる様な視線を無視し、自身の仕事()の為に鋭意奮闘。

彼の研究はマサチューセッツを後に止まってはいなかった。

様々な音は近隣を不快にし怒りを買う。




昼も過ぎ、ひと段落もしたころそれは訪れた。

木造の玄関がきしむ音にルーシアの耳は動く。

彼女の耳に届く音には、ヒールが地面を蹴る少し低めの音も交じっていた。

いつもの事だろうと、ルーシアは玄関に駆け臨戦態勢だ。


「止めておけ、ルーシア! 保健所は嫌だろ?」


「クゥン・・・」


デービットはルーシアを優しく手の甲で退ける。

咳払いし、内扉を開け、そして外扉。


「あ、あの、保安局のアシェリ・ワイズマンと言います。

 デービット・ハーケンさんのお宅でよろしいですよね?」


デービットは、何処か頼りない若い保安局員に視線を落とす。

ショートボブの暗いブラウンの髪は青い瞳を讃える白い肌には少し幻想的に映る。

頭からつま先に移動する視線は淀みも感情も無い。

まだ新人だろうか、それとも面倒な仕事を振られただけだろうか。

何処か人の良さそうなアシェリを眺めながらも、デービットは抑揚無く声を返す。


「・・・アンタは間違ってないよ。 ここはそいつの家だ。」


「ハハハ・・・ですよね。

 はぁ・・・あの、デービットさんは?」


アシェリの前に立つ男はの表情は変らず冷たい。

答えなど考えろと言わんばかりの表情に、思わす視線とため息を落とす。

それでもとアシェリは苦笑いを返し、手に持つ資料を見返し確認する。


「ハハッ・・・・アナタがデービットさんですよね?

 お話・・・よろしいですか?」


どこかオドオドした様にも見える彼女だが、その瞳には強い光があった。

デービットは眉を顰め顎を高くする。


「ここで構わないか? 男の独り暮らしで犬飼・・・

 女性を入れられるほど綺麗じゃない」


デービットは室内を見る様に視線を流すが、アシェリは笑顔のままそれに習うことは無い。


「私は、ここで大丈夫です。 では、 ────」


アシェリから話された内容は、近隣住民からの苦情。

ということは担当が変わったらしい。

以前は、自信に満ちた恰幅のいい年上の女性だった。

一年近く繰り返し訪問されたが、彼女の意に沿う結果にならない為だろうか・・・

それとも───。

目の前の若い彼女には荷が重いだろう。

とは言え担当が変わろうがデービットには関係ない。

後方で吠え始めたルーシアに笑みを送りつつも諫めるデービット。

その初めて見せた表情の変化にアシェリの瞳も光る。


「デービットさんって動物には優しいんですね」


視線を戻し眉を顰めるデービットの表情にアシェリはクスッと含む。


「どうした保安局員・・・私の顔に何か?」


「いえ・・・デービットさんって父に似てて・・

 いえ、外見は父の方が・・・あっ、すいません。

 だた・・・頑固だけど動物に好かれるっていうか、動物好きっていうか・・・」


「フッ、ハッキリ言う」


デービットは、久方ぶりに人間に対し笑みを浮かべた。

その視線にアシェリも嫌な感情は覚えない。

アシェリの含みは微笑に変わり、場の空気を少しだけ明るくした。

だが、住宅街の空気はそれを嫌悪する様に姿の見えない視線は重く鋭い。


「ハァ・・・碌なモノでは無いな。ルーシア中に入ってろ。

 おい、保安局の・・・・」


「アシェリ・ワイズマンです」


デービットは、眉を顰めるも視線の先の女性から読み取れるものはない。

軽いため息を挟み、彼女の招く様に外扉を大きく開く。


「ワイズマンさん、話が長くなる。 嫌じゃなきゃ中で話す」


アシェリは怪訝な表情を浮かべるも、

デービットの視線が外に在る事に気が付いた。

彼の視線はゆっくりと周囲を眺め、姿を見せない者達を警戒している様だ。


「は・・・はい、ではお邪魔します・・・

 私、これでも保安局員ですから、何かあったら大変ですよ」


デービットの視線は外から内に戻るが、目は死んだ魚と遜色ない。

感情もそれに従い、先ほどの少しだけあった和やかさは消えている。


「お前の様な女に興味はない。

 自信を持つ事はいいが、過剰は身を亡ぼす・・・」


「・・・最ッ低!」


アシェリの顔は容易に赤くなるも羞恥心からではない。

先程まで丁寧だったそれは、この言葉で慈悲と共に消え失せる。




デービットは、テーブルに散乱した書類を腕で退かせコーヒーカップを2つ置く。


「適当に座れ。 砂糖は幾つだ?」


「・・・3つください。」


アシェリは眉を顰め勧められた小綺麗な個別のソファーに座る。

揃えた脚は窓を向き、何処か落ち着つかない。

何気なく見渡した先では、悠々とくつろぐ雌犬が欠伸をし寝る準備。

一瞬浮かぶデービットの笑みを冷たく見据える彼女は家主に話を促した。


「それで、長話って何ですか?」


「そうだな、アンタらが言う騒音についてだ。

 ・・・アンタらが近隣住民と括っている奴らのだがな」


アシェリは頭を傾げるが表情は変えない。

その反応に死んだ魚の目で淡々と話を続けるデービット。


「アイツらはな、アンタらには体よく対応するが、帰れば好き勝手。

 昼夜問わず馬鹿騒ぎ、犬も放し飼い、乗り回す車も騒音の限りだ」


「嘘・・・・そんな話、前任からは・・・・」


眉を顰めるアシェリにデービットはため息をつく。

コーヒーを一口含み視線を足元へ落とす。そして一拍置き言葉を続けた。


「前任者にも伝えてあるさ。だがな、内輪の事は良いんだろうよ」


「でも・・・いえ、待ってください、証拠はあるんですか?」


慈悲は消えているが、親身で真剣な眼差しにデービットは腰を上げる。

手慣れた手つきでキーボードを叩き、モニターに研究課程の記録を映す。

そこには、彼の話を裏付けする内容が映像の端々に音声やその姿で映し出されていく。


「確かに・・・う~ん・・・有るにはありますが・・・そもそも何ですかこれ?」


「私の研究記録だ・・・・その邪魔をする輩が移り込んでいる」


少しだけ自信に満ちた表情を浮かべる男を冷たい視線が襲う。

それは趣味を早口で語る男を見る目と同じだが、デービットにはどこ吹く風。

アシェリはその表情に辟易しつつも、彼の訴えの裏付けを確認していく。

その中で内輪の意味を見け、上司に減滅するも彼女は仕事を続けた。

アシェリは男の話を聞き終え、コーヒーカップに口をつける。

残るのは、やり場のない気持ちと小さなため息。

気持ちを切り替える様にデービットへと視線を移す。


「デービットさん、貴方も訴えるべきです。これはおかしいです。

 デービットさんも良くありませんけど、周りの人たちも良くありません!」


「アンタは、ブレないな。 だが、私は何が有ろうと研究を止めたりはしない」


初めてはっきりとした感情を現したデービットにアシェリは目を見開く。

彼女は立ち上がり、その感情のままに声を強くした。


「何でですか!・・・アナタだってこのままじゃ生きずらいでしょ?

 少しだけお互いに譲り合えば楽に生きられるんですよ?」


「奪う奴は譲らないさ・・・私はな、自分の為かもしれない。

 だが、私の研究が子供達の笑顔に繋がると信じているんだ。

 エネルギー技術の発展は不可能を可能に変える。

 人がやらなきゃいけない仕事など、

 今の世には殆ど無いほどに技術は進歩している。

 だがな、技術があってもそれを動かすだけの潤沢な力はないんだよ。

 無ければそれこそ空論になってしまう。

 わかるか?・・安全で無駄のない発電技術・・・

 無限のエネルギーは目の前にある。

 ・・・私の様な子供は作っちゃいけないんだよ」


仰々しい所作で話す男は講壇にでも立っている様に見えた。

しかし、アシェリは表情を変えることは無い。


「わかりません! 自分の為だとか、子供の為だとか、全然わかりません!

 周りからあんなこと言われてまで研究する価値があるんですか?」


「ワイズマンさん。 アンタも他人の評価を気にしすぎるのだな。

 しかし、真面目で相手の痛みが分かる。

 他の保安局員は、私を蔑んで対応してきた。

 だが、アンタは違った。だから話したんだ・・・・

 今日は帰れ。話はそれだけだ。」


アシェリの瞳には、先ほどまで感情的に話していた男の姿はない。

そこには世捨て人の様にどこか達観した姿の男がコーヒーを啜っているだけだ。


「デービットさん、この書類に目を通してください。

 あなたも訴えるべきです。その上で対話していくべきです。

 今日は失礼しました・・・また来ます。 私、諦めませんから」


デービットは彼女の背を追う事無くコーヒーの香りに身を委ねた。

日が少しだけ西に傾いた頃、視線にさらされながらもデービットは庭にいた。

気温は相変わらず高い。しかし男は金属音を立て理想を追う。

その後、アシェリが度々訪れるも、彼から依頼書を受け取ることは最後まで無かった。



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