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崩れ行く世界:記憶の彼方

うだる様な日差しに役々する男。

彼は目の前を通過する鉄塊に、

意識を向けるなどという感情は持ち合わせていない。

無造作に流れる車のラジオ、それすらも彼の耳には入らなかった。


その表情を不思議そうに眺める伴侶は、男の匂いを嗅ぐ様に視線を向ける。

彼女の優しい様で意志の強い声に、

男の意識は内から外へと引きずり出され笑みを返す。


「んんッ? ハハハッ、そんな顔で見るなよルーシア。帰ったら飯にしような」


男の瞳は温和に歪み、その先にある柔らかそうな頭を胸元へと誘う。

ゆっくりと動く彼の手に、彼女は満足そうに尻尾をはたつかせた。


男にとって掛け替えの無い伴侶だが、世間一般にはペットの位置づけなのだろう。

明るいクリーム色の体毛に飾り毛は他の部分より明るいく、

それは彼女の性格を表す様だ。

大型種だが彼女はやや小柄。

人懐っこい表情に、男は合わせる様に優しい視線を向け微笑んだ。



道を遮る鉄道はその甲高い警告音を止め、

頼りない遮断機をゆっくりと上昇させていく。

男の視線は、ルーシアから陽炎の先を見つめ、その視線を鋭くさせた。

彼の視線に雌犬の声は不満そのもので、男の苦笑を煽り一瞬彼の動作を遅らせる。


「オイッ!! 俺達の前にあるのはホットウィールの車かぁ?」


「ハハハッ!ちげぇねえなDJ、ありゃトイザらス帰りだぜ?!」


「キャハハハ!!何よそれ・・・ちょっと変なとこ触らないで!」


「ウップス、ごめんよキャサリン。つい・・出来心なんだよ・・・」


後方の耳障りな雑音に、雌犬の尻尾は項垂れる。

男は、しおらしくなった彼女を三度撫で、一瞬視線を流し車を出す。


「ケダモノが吠える・・・こいつはデトロイト製だ・・・馬鹿共が・・・」


男は、鼻で息を吐き捨て、赤く沈む太陽へと車を進める。

数ブロック進み路地を曲がりまた進む。

風は、男のボサボサな髪を靡かせる。

住宅街は静かだが、嫌な視線だけが男を容赦なく襲う。

しかしその主達の姿は無い。

男は車を自宅に横づけし荷物を睨みため息。


「人ってのも楽じゃないな・・・なんと非効率な存在だ。」


そっとルーシアに視線を向ける男は再びため息をつくも、

そこには柔和な苦笑がある。

視線の先では、舌を出し尻尾を振り降車を待つ彼女の姿。


「ワンッ!」


「ハハハッ、待て待て、荷物を降ろしてからだ。お前は車を見張っていてくれ」


男は重い腰を上げ、荷物を抱えると自宅へと歩を進めた。

数回、車と自宅を往復すると、

車はまた動き出し、頭からガレージへと入っていく。

ガレージのシャッターは締まり陽の光は失われ無機質な光へと変わる。


「待たせたなルーシア。これから飯にしよう」


「ワンッ、ワンッ!」


嬉しそうな鳴き声が、ガレージに響く。

そこに男の声も交じり、ごくありふれた幸せが辺りを包んでいた。



半時ほど経ち、男はソファーに体を預けていた。

彼の視線の先では食事を頬張るルーシアの姿。

辺りは既に暗くなり、月が顔を出している。

そこにはあれだけ肌を焼き、ストレスを与える熱は無い。

男もまた、彼女に倣い食事を口に運ぶ。

少し冷めた温野菜、そして丁寧に焼かれた牛肉の塊。

何時からだろうか、好きではない料理も独りが長引くと形になる。

食器を片付ける頃には、彼女はソファーに腰かけ主人を待っていた。

男は、ビールを片手に彼女の横に掛ける。


「オッツ、ハハハハッ、止めろルーシア、くすぐったいだろ!

 ・・・お前、喰った後はやめろといっただろ、少し臭うぞ。ほら、歯磨きだ」


「クゥン・・・」


男は、雌犬の歯を磨き終えると、彼女の頭を撫で胸誘う。

安らいだ表情を浮かべる雌犬を抱き、男は酒を煽り思考の海へと浸かっていく。

それは、いつもとは少し違う海に思えた。

どこか懐かしく、そしてどこかノイズ交じりのある世界。


「私が視線を奪われるなど・・・・ある筈がない。

 もう、他人など・・・・クソッ」


時を刻む音だけが男を包む。

薄暗い部屋に差し込む月明かりは男の横顔に深い影を落とした。

酒を煽り、ため息をつく男。

視線の先には、伏せられた写真立てと飾られた表彰状(過去の栄光)

男は眉を顰め、アルミ缶を強く歪ませる。

もう美味いとは思えなくなった酒は、男の心を癒すことは無かった。

ゆっくりと遠ざかるレトロで無機質な音。





ふと視界に入る点けたはずの無いテレビはには砂嵐。


「デービット! ねぇ、聞いてるの?」


男は、ぼやけた視線を声の元へと走らせる。

そこには、先ほどと変わらない温かさがある。しかし犬特有の獣臭は無い。

その上、腕の感覚は不自然なまでに感じられなかった。


「フフフッ、ねぇ、寝てた?」


腕の中で視線を向けた女性の表情は、優しさから悪戯へと変わる。

デービットは彼女が誰なのか理解していた。

彼の愛した女性、そして彼が人間を嫌う原因になった女性。

懐かしい空気は、彼の思考と感情を狂わせる。

それは、テキサスの自宅にいた記憶が嘘の様に彼の意識を過去へと戻す。

女性は、ゆっくりと体を起こし、薄手のガウンを羽織る。


「エヴァどうしたんだ? まだ夜も明けてないだろ?」


「フフッ、トイレ。 言わせないで」


デービットは、柔らかそうな背中を眺めならが上体を起こした。

時計の短い針はまだ真下には遠い。

ブラインドの隙間からは、街灯の光が嫌味なくらい差し込んでいる。

デービットは、無造作にテーブルに置かれたワイングラスに手を伸ばす。

好きでも無いワインは、研究者達と会話に合わせる為に買った物だ。


「なぁ~に、デービット。アレだけ嫌がってたけど、結構気に入ってるのね」


「どうかな・・・君は好きなんだろ?」


「フフッ、君はじゃないでしょ? 君も・・・でしょ?」


二人は血の様に赤いワインを煽り、獣の様に時間を過ごす。

そこに互いの愛があると男は信じていた。



火照った身体は、日差しと共に和らいでいく。

女はシャワーを浴び、先に研究所へと部屋を出た。

残されたデービットは、ソファーで丸くなる小さなルーシア撫で朝食に誘う。

小さく幼い子犬は身震いし背を伸ばす。

そして、大きな手に頭を擦り付けた。


「OK、ルーシア。 さぁ朝食を食べような」


男は、ドックフードを皿に盛り付け彼女のもとへ。

勢いよく器に頭を突っ込む姿に思わず笑みを浮かべるデービット。

視線はやがて飾られた写真立てへと伸び、彼女の母親を思い起こさせた。


「ルイジアナ、お前の娘は元気だぞ・・・まぁ、まだお前程賢くは無いがな」


デービットは視線を戻し彼女を撫で、シャワールームへと向かった。



時間は既に8時を過ぎ、MITは学生で賑わい始める。

デービットは母校を横目に研究所を目指す。

何も考えず流した視線には、ここに居るはずのない女性の姿。

次の瞬間、道路越しの映像はバスに遮られ、残るのは困惑する思考だけだ。

そしてバスと共に過ぎさった時間は、彼女の姿も消し去る。

デービットは自身に勘違いだと言い聞かせ研究所へと車を走らせた。

研究所に到着すると、いつも通り13番の駐車スペースに車を止る。

時間通りに到着し、焦ることなく研究所の扉を開けるデービット。

背後からは、聞きなれた声が二つ。


「おはよう、デービット」


「おや・・・今日はどうした?君らしくも無い、タイが曲がっているぞ」


少しガタイの良い同僚の男は、デービットのネクタイを手慣れた手つきで整える。

そして、少し強く引き締めた。


「フフッ、相変わらず仲いいのね。ファディ、ありがと」


「いいんだよ、エヴァ・・・それじゃあ僕は行くよ」


「じゃあね、ファディ」


「んんッ、すまないな、ファディ」


デービットは、きつくしまったネクタイを緩めつつ礼を言う。

しかし、視線の先の男の反応は、ある様でいて皆無に等しい。

そこに男の背に注がれたもう一つの視線。

デービットは居心地の悪さを感じた。

それは、翌日も、また翌週も ───────。



デービットの疑心が確信へと変わる頃、彼の人生にも綻びが見え始めていた。

その日は、渋滞に巻かれいつもより30分ほど遅く到着。

昨日と同じように駐車場に入るデービット。

しかし、いつものスペースには1台の車。

デービットは眉を顰め、ため息と共にハンドルを切る。

車は1つ隣のスペースへ。

急ぎ研究室の扉を開くと、記者たちに囲まれる同僚の姿とそれに寄り添う彼女。


「サイエンティック・USAのロジャーです。

 ファディさん、この度の発表は世界を震撼させますね」


「ハハハッ、ありがとう。ようやく発表できる形になりましたよ。

 とは言え、チームの力があってこそです。

 特にエヴァの協力が大きい ────」


眼前で発表されている内容は、デービットの研究に酷似している。

だだしそれは、彼の研究中にできた副産物。

余りにも無駄が多く、彼が破棄した物。

しかし、その無駄は利権を貪る者達には笑みを与え、喜んで食いつくだろ。

デービットは鼻で笑うが、眼前に広がる栄光の場に彼の席は無い。

記者たちはファディを讃え、研究員達は羨望の眼差しを向け拍手する。

そして、何時からかよそよそしくなった女性は栄光の席の隣に。



記者会見も終わり退席する人の波。

すれ違う肩は、何思う事無く彼を押しのける。

彼を忘れ祝杯を挙げる研究員達。

一つだけ向けられた視線の主は、デービットの前へと近づいた。


「よう、デービット元室長殿。今日からは僕が室長だ。

 おっと、君には言わなくてはな。エヴァも()()の女性だ。 ハハハッ!」


「クッ・・・」


デービットは俯き唇を噛む。

思考を巡らせるが、そこに回答など何処にもない。

後日、デービットの研究費はフェディの研究へ吸収され打ち切られた。

研究室に漂う蔑むような嫌な視線。

数か月後、彼は研究所を辞めマサチューセッツを後にした。

沈みゆく太陽と共に帰る先、誰もいないテキサスの実家は彼を優しく包み込んだ。



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