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人として歩く、悪魔


 ネルフィリアは何者かが森のなかに侵入してきたのを感知していた。

 人数は三名。


 恐らくは以前であった騎士達であり、ティティアンティールの言った使者だろう。


 薄氷が割れるような音が微かに鳴り響き、僅かに角と爪が伸びる。


 (人の街に行く⋯⋯。確かにマロティにとってよりよい環境を整えてあげられる⋯⋯。でも⋯⋯。)


 己の姿が、悪魔であることが人の世で受け入れられないことはネルフィリアは重々承知だ。ソレよりも危惧するのはティティアンティールからの干渉。


 アレは読み手であり観測者であると同時に、物語を動かそうとする。


 本来の姿に戻り、無理やり人へ近づけている為の魔力を使用すればティティアンティールはネルフィリアの敵ではない。否、魔力の大半を変化に使用している今でも伯爵級のティティアンティールにおくれは取らない。

 そもそも、ティティアンティールは魔術の腕はネルフィリア以上だが、学者や研究者といった類の争いごとに向かない悪魔だ。

 

 ちらりとテーブルで簡単な魔術の勉強をしているマロティを見つめる。


 (確かにこのままここに引きこもっていてもよくはありませんね。マロティにはもっと世界を知って欲しい。ですが……ティティの思惑に乗って良いのでしょうか。)


 「マロティ、もう少ししたらお客さんが来るわ。」


 「えっ? お客さん? お家に誰か来るのって初めてだよね。 ど、どうしよう。私、変じゃないかな?」


 マロティは椅子から飛び降りるとパタパタとワンピースの裾を払い髪をいじり始めた。


 「大丈夫よ。マロティは今日もかわいいわ。今日来るお客さんは、この前会った騎士さんよ。お城からやってくるの。」


 「え? お城から!? でもどうして?」


 「私の知り合いがお城にいるらしいの。それでマロティと一緒に王都に来ないかって言われたのだけれど……マロティは王都に行ってみたい?」


 ティティアンティールの思惑をわかっているネルフィリアだが、彼女にとって優先すべきは愛し子であるマロティだった。

 だからこそ、わかっている答えを聞いてしまう。


 「う、うん。行ってみたい。大きな町にはいろいろあるんだよね? お母さんが狩りに行かなくても良いんだよね?ずっとお母さんと居れるんだよね?」


 「えぇ、そうね。マロティにも同じ年頃のお友達もきっとできるわ。」


 暫くすると小屋の扉を叩く音が聞こえた。


「マロティ。ここで待っていて。すぐ戻るわ」


 「う、うん……」


 不安そうに頷くマロティの頭を、そっと撫でる。


 扉を開けると、そこには三人の騎士が立っている。

 全員が鎧を身につけ、剣を帯びているが――抜く気配はない。


 「この度は、突然の訪問をお許しください」


 中央に立つ騎士が、一歩前に出て頭を下げた。


 「王都より参りました。国王陛下とティティアンティール様の名代として、あなたと……お子をお迎えに」


 ネルフィリアは、わずかに目を細める。


 (やはり、来ましたか)


 「随分と丁寧なのですね。悪魔に対して」


 皮肉を込めた言葉にも、騎士は表情を崩さない。


 「我々は命令に従うのみです。敵意はありません」


 沈黙が落ちる。

 

 その時――背後から、小さな足音がした。


 「お、お母さん……」


 振り返ると、扉の陰からマロティが顔を覗かせている。

 その瞳は、恐怖と好奇心が入り混じった色をしていた。


 ネルフィリアは一瞬だけ目を伏せ、そして決意する。


 「……分かりました」


 騎士達が息を呑む。


 「王都へ行きましょう。ただし条件があります」


 「条件、ですか?」


 問い返した騎士の声には、警戒よりも困惑が滲んでいた。


 「この子に、敵意や悪意を向けないこと」


 言葉は淡々としているが、一切の譲歩を許さぬ響きがあった。


 「そして――私を、人と同じように扱うこと」


 騎士の眉が、ほんのわずかに動く。


 「特別視も、隔離も、保護も不要です。

 私は“飼われる”ために王都へ行くのではありません」


 一瞬、背後の気配を確かめるように視線を走らせる。


 「我が子に、より良い環境を与えるために行く。

 それ以外の目的で、私が従うことはありません」


 ティティアンティールの名を、あえて口にしなかった。

 だが騎士には、その言葉の裏にある拒絶がはっきりと伝わった。


 ――人と同じように扱う。


 それが、この悪魔にとってどれほどの枷になるのか。

 力を持つ者ほど、その意味の重さを理解してしまう。


 騎士は一度、深く息を吸った。


 「……承りました。ですが、さすがに今日明日での準備は難しいでしょう」


 「ええ」


 ネルフィリアは頷く。


 「急ぐ必要はありません。私はここで待ちます」


 騎士は、返事をしながらも視線を小屋の奥へと滑らせた。


 血の痕跡はなく、異臭もない。

 掃除の行き届いた床。過剰ではないが、質の良い家具。

 貴族の邸宅に置かれていても違和感のない、魔獣毛皮のラグ。


 テーブルには、花まで活けられている。


 ――確かに、この悪魔は違う。


 恐怖の対象として語られる存在ではない。

 少なくとも、この場所では。


 騎士はそう理解し、そして割り切った。


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