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頁をめくる蜘蛛

 その提案は、まるで世間話のように口にされた。


「王都へ、招いてみたら?」


 書庫に張り巡らされた糸の奥で、ティティアンティールは本を閉じながら言った。


 王は、すぐには返事をしなかった。


「……誰をだ」


「決まっているでしょう」


 蜘蛛の女性の顔が、にこやかに微笑む。


「ネルフィリアと、あの子――マロティ」


 空気が、ひとつ重くなった。


「冗談ではない」


 王の声は低い。


「侯爵級の悪魔を、王都へ招き入れろと?」


「ええ。それに既にここに同格の悪魔がいるでしょう?」


 即答だった。




「だって、あの子には“人間の娘”がいるのでしょう?」


 騎士が、思わず息を詰める。


 森で見た少女の顔。

 あの問い。

 人と生きることを、当たり前のように願う目。


「友達と会わせる。それだけの名目よ」


 ティティアンティールは糸の一本を指で弾く。


「王都なら、同年代の子供もいる。

 市場もある。学校も、教会も」


「人間の生活を、隠さず見せられる」


「それは……」


 王は言葉を探す。


「ネルフィリアにとって、危険だ」


「そうね」


 蜘蛛はあっさり肯定した。


「でも、それがいいの」


 王の視線が、鋭くなる。


「理由を聞こう」


「もちろん」


 ティティアンティールは、本棚に背を預ける。


「彼女は、結末を知っている悪魔よ」


「子が成長すれば、離れていくことも。

 人に恐れられる日が来ることも」


「それでも育てている」


 糸が、わずかに揺れた。


「終わりを知っていて、なお先延ばしにする」


「そんな物語、滅多にないわ」


 王は、静かに言った。


「……観測したいだけか」


「ええ」


 微笑み。


「とても、純粋な理由でしょう?」


「王都がどうなろうと?」


 王の声に、わずかな怒気が混じる。


 ティティアンティールは、少しだけ考える素振りを見せた。


 そして、肩をすくめる。


「人が何人死のうと…ね。 ネルフィリアは結末を知っている彼女の物語は悲劇よ?それに物語には犠牲がつきものじゃない。」



 視線が、遠くを見る。


「それに──私は“読む側”だもの」


 騎士は、その言葉に背筋が冷えた。


 この悪魔は、王都を舞台にする気だ。

 人も、街も、命も――

 すべてを「ページ」として。


「ネルフィリアは、来ると思うか?」


 王が問う。


「来るわ」


 確信に満ちた声。


「マロティのためなら」


「彼女は、子の願いを断れない」


「それが、愛でも、呪いでも」


 沈黙。


 王は目を閉じ、長く息を吐いた。


 王都を守る責任。

 一人の子供の未来。

 そして、悪魔の物語。


「……条件を付ける」


 王は言った。


「完全な監視下での滞在」


「ええ、ええ」


 ティティアンティールは楽しそうに頷く。


「どうせ私は、すぐそばにいるもの」


 糸が、静かに鳴った。


「さあ、王様」


 囁くような声。


「終わりを先延ばしにする悪魔が、

 “人間の世界”に足を踏み入れたとき――」


「何が壊れて、

 何が残るのか」


 その結末を。


「一緒に、読みに行きましょう?」


 その笑みは、

 祝福でも、悪意でもなく。


 ただの、

 読者の顔だった。

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