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4話 書庫に住む蜘蛛


 王城へ戻った騎士は、夜明け前にもかかわらず王の前に立っていた。


 鎧はまだ森の湿り気を帯び、顔色は冴えない。

 それだけで、この報告が軽いものではないと王は悟った。


 「……侯爵級だと?」


 低く、重い声。


 「はい。

  名をネルフィリアと名乗りました。

  温厚で、人間に敵意はありません。

  ただ――」


 騎士は一拍、言葉を選ぶ。


 「一人の人間の少女を、我が子として育てています」


 王は、しばらく沈黙した。


 恐怖ではない。

 怒りでもない。

 知っている者だけがする沈黙だった。


 「……そうか」


 王は立ち上がる。


 「案内せよ。

  書庫へ」


 王城の地下深く。

 通常の書庫とは違う、封印と魔術で塗り固められた空間。


 重い扉が開くと、空気が変わる。


 紙と埃と、魔力の匂い。

 そして――糸。


 天井から床まで、無数の白い糸が張り巡らされている。

 本棚そのものが巣であり、通路であり、罠だった。


 「……ティティアンティール」


 王が名を呼ぶ。


 奥から、巨大な蜘蛛が姿を現した。


 胴は土蜘蛛のように触毛がびっしりをはえていた。

 八本の脚はすべて人間の腕で構成され、指先は器用に書物を掴んでいる。

 そして胴体の前面には――


 あまりにも美しい女性の顔が存在していた。


 「まあ……これはこれは」


 鈴を転がすような声。


 「珍しいですね、王自ら。

  それに……懐かしい匂い」


 ティティアンティールの視線が、騎士へ向く。


 「ネルフィリアと名乗る悪魔と遭遇した。知っているか?」


 王は単刀直入に告げる。

 

 ティティアンティールの目が、細められる。


 「あら」


 その一言には、驚きよりも懐かしさが滲んでいた。


 「相変わらず子供を求め彷徨ってるの?それともまた・・・?

  今度は……うまくやれている?」


 「少なくとも現在は森の奥深くで一人の少女と慎ましく生活しているらしい。」


 王は正直に答える。


 その言葉にティティアンティールはわざとらしい作ったような驚きの表情を見せた。

 悪魔は執着を満たせない存在だ。

 子を求め育てることに執着するネルフィリアは人に化けることが決してできない。

 つまり育てることの出来ている今ネルフィリアは満たされているはずだ。


 「お前に聞きたい。“物語”を求める悪魔アレは危険なのか?」


 「書庫に住んでいる理由聞きたい?」


 蜘蛛の脚がきしりと動き、一冊の本を引き寄せる。


 「私はね、物語を読むのが好きなんじゃない」


 ページをめくる音が、やけに大きく響く。


 「欲しいのは、終わり」


 王と騎士が、眉をひそめる。


 「物語には、始まりがあって、流れがあって、

  必ず“結末”があるでしょう?」


 ティティアンティールの声は、どこか空虚だった。


 「でも、私はそれを理解できない」


 「……どういうことだ」


 「私は、知識も理論も、難解な数式や因果も理解できる」


 だが、と。


 「感情の結末だけが、分からない」


 蜘蛛の顔が、ほんの一瞬だけ歪む。


 「愛して、失って、それでも生きる。

  憎んで、許して、前に進む。

  なぜ人間は“終われる”のか」


 ティティアンティールの呪い。


 ――理解はできるが、納得できない。


 どれだけ物語を読んでも、

 どれだけ悲劇と幸福を記録しても、

 “そう感じる理由”が、永遠に満たされない。


 「だから私は、物語を集める」


 「終わりを、理解したい」


 「でも――」


 本を閉じる。


 「どれも、私のものにならない」


 王は、静かに息を吐いた。


 「……ネルフィリアは?」


 「彼女は、逆」


 ティティアンティールは即答した。


 「感じている。

  でも、満たされない」


 糸が、ふわりと揺れる。


 「だから、子を育てる。

  終わりを先延ばしにしているの」


 「危険か?」


 王が問う。


 ティティアンティールは、少し考えてから答えた。


 「危険よ」


 「でもね」


 微笑む。


 「悪魔としては、ずいぶん真っ当」


 騎士は思い出す。

 森で見た、あの問い。


 ――大人になったら、子は赤の他人になるのか。


 「彼女は、結末を知っている」


 ティティアンティールは続ける。


 「別れが来ることも、

  恐れられる日が来ることも」


 「それでも、育てる」


 「……それは」


 王が呟く。


 「人間と、同じではないか」


 ティティアンティールは、くすりと笑った。


 「ええ。だから面白い」


 蜘蛛は、再び書物に視線を落とす。


 「ネルフィリアと、あの子の物語……

  最後まで読めたらいいわね」


 その言葉が、祝福なのか、

 それとも――


 読者としての冷酷な期待なのか。


 誰にも、分からなかった。

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