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第5話:最初の分析と仮説

燕燕(エンエン)が約束通り特殊な魔石(ませき)を調達してくれたのは、三日後の夜だった。月明かりだけが差し込む冷宮(れいきゅう)の研究室は、外界から完全に遮断された、私だけの聖域。ようやく、本格的な分析ができる。


「姫さん、本当に一人で大丈夫かい? なんだか、いつもより物々しいじゃないか」


珍しく心配そうな顔で部屋の入り口に佇む燕燕(エンエン)に、私は背を向けたまま答えた。


「問題ありません。これから行われるのは、この世の真理を探求するための、神聖な儀式です。あなたの入り込む余地はありません。下がってください」

「はいはい、分かったよ。まあ、何かあったら大声で叫びな。あたしの部屋までなら、なんとか聞こえるだろうからさ」


やれやれと肩をすくめ、彼女は静かに扉を閉めた。これでいい。思考の妨げになるものは、もう何もない。


私は研究室の扉に鍵をかけ、誰にも邪魔されない環境を整える。床に広げた大きな羊皮紙の上に、新たな術式陣の構築を開始した。


今回の目的は、(けが)れの正体を特定すること。そのために、複数の属性を持つ特殊な魔石(ませき)――「方石(ほうせき)」を、幾何学的な法則に基づいて配置していく。火、水、風、土。それぞれの属性を司る方石(ほうせき)が、術式陣の要だ。


「(まずは、対象の属性を絞り込む。もしこれが単一の属性による呪詛(じゅそ)ならば、対極の属性を持つ石が強く反応するはず……)」


思考を巡らせながら、私は最も単純な「四方均衡の陣」を描き上げる。 その四隅に各属性の方石(ほうせき)を配置し、術式陣の中央に(けが)れに汚染された薬草を置く。そして、手をかざした。深く、息を吸う。


「――万象(ばんしょう)根源(こんげん)、その(かたち)をここに示せ」


これまでで最も精密な制御を意識しながら、ゆっくりと()を注ぎ込むと、私の言葉に応えて術式陣がまばゆい光を放つ。 配置された方石(ほうせき)が一つずつ、固有の音色と共に淡く発光を始めた。


「(……反応がない?)」


どの方石(ほうせき)も、等しく、そして弱々しく光るだけ。予想していたような、特定の石の強い反応が見られない。


「(単一属性ではない……? ならば、複合属性か? いや、それにしては反応が微弱すぎる……まるで、全ての属性を拒絶しているかのようだ)」


私は一度術式を解き、思考を切り替える。別の角度からのアプローチが必要だ。今度は、属性を探るのではなく、(けが)れが持つ()の「性質」そのものを暴き出すための、より高度な術式を構築する。


別の羊皮紙に、今度は月華晶(げっかしょう)玄影石(げんえいせき)を組み込んだ、複雑な螺旋構造を持つ術式を描き上げていく。


全ての方石(ほうせき)と汚染された薬草を配置し終えると、再び術式陣の中央に手をかざす。今度の起動は、先ほどよりもさらに繊細な()の制御を要する。


深く、深く呼吸を整え、私は再び()を送り込んだ。


「――万象(ばんしょう)根源(こんげん)、その(かたち)をここに示せ」


光が迸る。まず、配置された方石(ほうせき)が一つずつ、固有の音色と共に淡く発光を始める。一つの石の光が、術式陣の線に沿って光の糸のように伸び、隣の方石(ほうせき)へと繋がっていく。


やがて全ての方石(ほうせき)が光の糸で結ばれると、石同士が共鳴し、澄んだ和音が部屋に響き渡った。うつくしい。これこそが、世界の調和の音。


次の瞬間、術式陣の幾何学模様が、羊皮紙から立体的に浮かび上がる。光の幻影が、私の目の前でゆっくりと回転を始めた。


幻影の中に、解析された情報が紋様となって浮かび上がってきた。それは、この世界のいかなる法則にも当てはまらない、歪で、醜い流れだった。


「これは……」


術式が示した瘴気の流れの紋様と、本棚にある古い龍脈図を並べた私は、愕然とした。二つの流れが、不気味なほど似通っていたのだ。

「(まさか……。龍脈(りゅうみゃく)の清浄な流れを、無理やり反転させている? なんという、醜い発想……!)」


私はその冒涜的な結論に戦慄した。


そんなはずはない。龍脈(りゅうみゃく)は、この大地を支える生命線そのもの。万物を育む、清浄な()の流れのはずだ。


だが、術式が示す結果は非情だった。


この(けが)れは、単なる()の淀みなどではない。何者かが、龍脈(りゅうみゃく)()を強制的に変質させ、人工的に作り出した呪詛(じゅそ)


周囲の生命から生気(せいき)を吸い取り、枯渇させる特性を持つ、悪意の塊。


私は、この醜い存在に、新たな名を付けた。


「――瘴気(しょうき)


それは、このうつくしい世界を内側から蝕む、病巣。


そして、その根源には、人間の底知れない悪意が存在する。


完璧な世界の法則を歪め、自らの欲望のために利用する。そんな存在がいるという事実に、私は初めて、吐き気にも似た強い嫌悪感を覚えた。


私の探求は、もはや単なる知的好奇心の問題ではなくなっていた。この瘴気(しょうき)を生み出した存在を突き止め、その醜い所業を正すこと。それは、世界の調和を守る者として、私に課せられた責務なのだと、強く感じていた。


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