表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/51

第48話:完璧じゃなくていい

玉座の間に、絶望が満ちていた。

私の足元に広がる、巨大な術式図。その上に置かれた、仲間たちとの絆の結晶であるはずの魔石(ませき)は、その輝きを失い、いくつかは無残に砕け散っている。


完璧な起動は、もはや、不可能。


完璧な術式以外を、認めることのできない、私の心が。

完璧な調和だけを、信じてきた、私の魂が。


再び、砕け散ろうとしていた。


私は、ついに筆を落とし、描きかけの術式図の前で、力なく、膝をついた。


「……終わり、です……」


私の唇から、か細く、乾いた声が漏れた。


「七つの龍穴が、完全に沈黙した。術式は、その構造を維持できない。もはや、ただの紙屑です」


その絶望の言葉に、宰相が、憐れむような目を向けた。


「聞こえたか、(シェン)よ。あれが、天才の限界だ。完璧な盤面でしか踊れぬ人形は、一つの駒が欠けただけで、自ら糸を切る」

「黙れ!」


(シェン)の、魂を絞り出すような叫びだった。彼は、私を立ちはだかる瘴気(しょうき)の壁など意にも介さず、その燃えるような瞳で、私をまっすぐに見据えていた。

「あなたが切り捨てた民の中に、この国の未来をうつくしく奏でるはずだった者がいた。私は、その未来を守る。……彼女が、心から『うつくしい』と信じられる世界を、この手に取り戻すために!」


「これは、彼女一人の盤面ではない! この術式には、(ヨウ) 子敬(シケイ)殿の知識が、燕燕(エンエン)が命がけで繋いだ道が、そして、名もなき民の祈りが、すでに織り込まれている! あなたに、その重みが分かるか!」


彼は、私に向き直ると、叫んだ。


(リン)! 聞いてくれ! 俺たちは、完璧な術式を求めてはいない! あなたの、不完全で、泥臭くて、それでも、必死で誰かを救おうとする、その術が見たいんだ! 俺たちを、信じろ!」


その声が、私の心の、最も深い場所に、突き刺さった。

信じろ、と彼は言った。

不完全な、私たちを。


その瞬間だった。


「……これは……?」


私は、足元の術式図に起きた、不可解な変化に、目を見開いた。


術式図の上に配置された、三十六の龍穴(りゅうけつ)に対応する魔石(ませき)。そのうち、宰相に破壊された七つは、無残に砕け散り、黒い染みとなっている。だが、残りの二十九の魔石(ませき)は、今、確かな青白い光を放ち、明滅していた。


「(……(ヨウ)殿も、燕燕(エンエン)も……。残りの全ての龍穴(りゅうけつ)で、術式の設置を、完了している……!)」


仲間たちは、あの地獄の中で、自らの役目を、完璧に果たしていたのだ。


だが、それだけではなかった。

術理に反する、ありえない現象が、起きていた。


砕け散った七つの魔石(ませき)の残骸。その場所から、まるで、大地そのものが応えるかのように、いくつもの、温かい、金色の光の粒子が、湧き上がってくるのが見えた。そして、その光は、砕けたはずの魔石(ませき)を、再び輝かせ始めていたのだ。


「馬鹿な……」宰相が、初めて動揺の声を漏らした。

「なんだ、あの光は……!? 私の瘴気(しょうき)ではない……! 龍穴(りゅうけつ)は、完全に破壊したはず……!」


「(……なぜ……? 術理に、反する……。()のない場所から、()が生まれるなど、ありえない……。これは、一体……何……?)」


私の術士としての全ての常識が、目の前の、うつくしい、しかし非論理的な光景によって、否定されていく。


だが、(シェン)は、その光景に、確かな希望を見出していた。


「……分からない。だが、あれは、敵ではない! (リン)、あれは、俺たちの、光だ!」


私は、涙が溢れて止まらなかった。

完璧な調和だけを求めてきた、私の世界。だが、本当のうつくしさは、そんな場所にはなかった。


不完全で、泥臭くて、それでも、必死で手を取り合おうとする、この、温かい光の中にこそ、あったのだ。


私は、涙を拭うと、床に落ちていた、父の筆を、拾い上げた。


「……そう、ですね」


私は、(シェン)に向かって、生まれて初めて、心の底から、微笑んだ。


「完璧じゃなくて、いい」


私は、宰相をまっすぐに見据えると、宣言した。


「……ええ。あなたの言う通り、私の術は、完璧ではありませんでした。ですが、それは、あなたのような、醜い完璧さではない」


私は、砕かれた術式図の上で、筆を走らせた。完璧な円ではない、歪で、欠けた光の陣。だが、それは、仲間たちの、そして、この原因不明の光を繋ぐ、ただ一つの、希望の道筋。


宰相が、理解不能なものを見るかのように、目を見開いている。


「――起動します」


私は、宣言した。


「不完全な、私たちの術式を!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ