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第42話:帝都を駆ける仲間たち

窓の外が、赤黒く染まっていた。宰相が放った瘴気(しょうき)が、帝都の空を醜く覆い尽くし、遠くから聞こえる悲鳴は、もはや途切れることがない。


だが、古い演舞場を改装した私たちの作戦司令部には、絶望の色はなかった。床に広げられた『天脈創元図(てんみゃくそうげんず)』と、私が復元した「千年前の龍脈(りゅうみゃく)図」。それを囲む私たちの瞳には、死にゆく帝都を前に、最後の、そして唯一の希望の光が宿っていた。


「……時間がない」


最初に口を開いたのは、(シェン)だった。彼の顔には、もはや迷いはない。法と秩序の番人としての、揺るぎない覚悟だけがあった。


(ヨウ)殿、燕燕(エンエン)、そして(リン)殿。それぞれの役割は、よろしいですな」


私たちは、無言で、しかし力強く頷き合った。


龍脈調律ノ大陣りゅうみゃくちょうりつのたいじん』。

それは、私一人では到底成し得ない、私たちの全てを結集させる、不完全で、しかし、うつくしい術式。


作戦は、開始された。


***


「第一隊、第二隊は、朱雀大路で避難誘導! 避難民を東の城門へと誘導しろ! 第三隊は、瘴気(しょうき)の濃度が低い路地や広場を確保し、救護所への経路と一時避難場所を確保するんだ! 古くから祭事が行われてきた広場は開けていて人を集めやすい。そこを拠点に、動けなくなった者たちの救護所を設置しろ」


帝都の街路で、(シェン)の怒号が響き渡っていた。彼の周囲には、彼を信じて集まった、数十名の屈強な衛兵たちが、緊張した面持ちで整列している。


李虎(リコ)!」

「はっ!」

「お前は、最も腕の立つ者だけを連れて、燕燕(エンエン)の護衛につけ。彼女が運ぶものは、我々の生命線だ。何があっても、死守しろ」

「御意!」

彼は懐に手を入れ、あの夜に彼女から渡された護符の、滑らかな感触を確かめた。

「(合理的な保険……か。あなたという存在は、私がこの国の正義を守り抜くための、最後の光だ。必ず、あなたを守る)」


黒い瘴気(しょうき)が、まるで生き物のように、街路のあちこちから這い出してくる。人々は恐怖に叫び、逃げ惑い、帝都は混沌の坩堝(るつぼ)と化していた。


だが、(シェン)の瞳には、一切の揺らぎはなかった。彼は、法と秩序の番人として、この地獄の中で、唯一の秩序を、その声と、意志の力だけで、作り出していた。


***


その頃、宮廷の古書庫では、全く別の戦いが繰り広げられていた。


「……あったぞ!」


(ヨウ) 子敬(シケイ)が、山と積まれた古文書の中から、一枚の変色した羊皮紙を、震える手で引きずり出した。彼の額には、玉のような汗が浮かんでいる。


「千年前の帝都創建時に記された、龍穴(りゅうけつ)の観測記録だ! これと『天脈創元図(てんみゃくそうげんず)』を照合すれば、(リン)殿が求める、術式の基点の座標を、正確に割り出せるはず……!」


彼は、老眼鏡の奥の瞳を爛々と輝かせ、羊皮紙に記された古代の文字を、驚異的な速度で解読していく。長年の復讐心は、今、故郷だけでなく、この国そのものを救うための、純粋な知の力へと昇華されていた。


***


「――だから、話が違うって言ってるだろう!」


帝都の裏通り、香辛料の匂いが染みついた薄暗い店の中で、燕燕(エンエン)の鋭い声が響いた。彼女の前には、人の良さそうな笑みを浮かべた、肥満体の商人が座っている。


「おやおや、燕燕(エンエン)様。こんなご時世です。方石(ほうせき)の値段が、少々上がるのも、致し方ないことでは?」

「ふざけるな、(チェン)の旦那」


燕燕(エンエン)は、懐から取り出した短剣を、机の上に突き立てた。刃先が、蝋燭の光を鈍く反射する。


「帝都が滅んだら、あんたのその金も、ただの紙切れになるんだよ。それとも、あたしがあんたの秘密の帳簿を、殿中省(でんちゅうしょう)に届けるのを、この目で見たいかい?」


商人の顔から、笑みが消えた。


「……倉庫にあるものを、全て。今すぐ、だ」


彼女は、冷たく言い放った。それは、もはや楽師の顔ではない。帝都の裏社会を、その情報網と度胸一つで束ねてきた、長としての顔だった。


***


そして、古い演舞場。

私の前には、(ヨウ) 子敬(シケイ)が特定した龍穴(りゅうけつ)の座標が記された地図が、広げられていた。


その地図を眺めていた(ヨウ) 子敬(シケイ)が、ふと何かに気づいたように呟く。


(リン)殿。この龍穴の座標、その多くが古くから祭事が行われてきた広場や、民が集う神聖な場所と一致しておりますな。……これは、偶然でしょうか」


「いいえ」と私は静かに首を振る。

「龍穴は『()』の流れを司る重要な場所。そこを神聖な場所とすることは、防衛の観点からも合理的です」


「なるほど。では、私は再度書庫に戻り、これらの場所を詳しく調べてみましょう。他に手掛かりが見つかるかもしれない」

そう言うと、(ヨウ) 子敬(シケイ)は再び外に出て行った。


私は、父の形見の筆を手に、巨大な羊皮紙の上に、『龍脈調律ノ大陣りゅうみゃくちょうりつのたいじん』の、最終設計図を描き始めていた。

「(これほどの術式の魔石調達や調査を素人に任せるなど、本来ありえない。非効率で、うつくしくない。だが、私の気力を術式の設計に温存し、その他の調達や調査は彼女たちに任せる。……そうだ。これが今、最も『合理的』で、最も『うつくしい』解なのです)」


それは、完璧ではない。時間も、材料も、何もかもが足りていない。だが、それでも。


(シェン)が、民を守る。

(ヨウ) 子敬(シケイ)が、古の知恵を紡ぐ。

燕燕(エンエン)が、道を切り拓く。


不完全な私たちが、それぞれの全てを賭けて、一つのうつくしい調和を奏でようとしている。


私は、これから始まる、最も困難で、そして、最も誇らしい挑戦に、静かに、心を燃やしていた。


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