第29話:朝議の対立
帝都を襲った未曾有の大災厄の翌朝。玉座の間には、夜明け前から帝国の全ての重臣たちが集められ、緊急の朝議が開かれていた。張り詰めた空気は、まるで刃のように冷たく、誰一人として、軽々しく口を開く者はいなかった。
玉座に座す皇帝は、その若々しい顔に、年齢不相応の深い苦悩と焦燥を刻みつけている。
沈黙を破ったのは、文官の筆頭、王 徳太師だった。彼はゆっくりと一歩前に進み出ると、その老練な声で、しかし、誰もが聞き取れるほど明瞭に、奏上を始めた。
「陛下。帝都を襲ったこの度の惨状、臣、断腸の思いにございます。しかし、嘆いてばかりもおりませぬ。今、我々が為すべきは、原因の究明と、そして、責任の所在を明らかにすることに他なりますまい」
その言葉は、穏やかでありながら、明確な標的に向けられた、鋭い矢だった。
「市井の噂によれば、かの地には、焦げた鉄の匂いが立ち込め、草木は奇妙な焼け方をしておったとか。このような、自然の理を外れた現象……これは、もはや天災などではありますまい。これは、人災。それも、帝国の法と秩序を顧みぬ者たちが、密かに開発しておった、新たなる『術式兵器』の暴走と考えるのが、道理ではございませんか?」
彼の視線が、静かに、しかし確実に、玉座の対面に立つ、筋骨隆々たる巨漢へと向けられる。
帝国の武の象徴、趙大将軍。
大将軍は、太師のねっとりとした物言いに、額の青筋をぴくぴくと震わせていたが、ついに堪えきれなくなったように、地響きのような声で吠えた。
「――戯言を!」
玉座の間が、その声だけで震えた。
「太師殿! 貴殿は、この趙が、己が守るべき帝都の民に、兵器を向けたと申されるか! この国の軍は、民を守るための盾であり、牙である! 民を食らう狗に成り下がった覚えはない!」
「ほう。では、大将軍。あなたが近年、盛んに必要性を説き、莫大な国費を投じておられる『新型の術式兵器』とやらは、一体、どこで実験を? あれを一つ街に落とせば、広場の一つや二つ、容易に更地になりましょうな」
「それは、国境を守るためのものだ! 貴殿のような、古き伝統にばかり固執し、外敵の脅威から目を背ける文官どもに、国防の何が分かるか!」
二人の怒号が、激しくぶつかり合う。伝統と秩序を重んじる保守派と、武威による拡大を是とする急進派。帝国の二つの大きな対立軸が、今、帝都の悲劇を舞台に、剥き出しになっていた。
「静まれ!」
皇帝の、悲痛な声が響く。だが、一度燃え上がった政争の炎は、容易には消せない。
「では、大将軍、お答えいただこう」と、今度は王 徳太師が、さらに一歩詰め寄った。
「その、国境を守るための兵器の実験は、いつ、どこでなされたかな? その記録は、当然、軍部に保管されておるのでしょうな?」
「そ、それは……軍事機密だ! 貴殿に明かす必要はない!」
「ほほう。帝都の民が数千と倒れたこの一大事に、まだ機密と申されるか。それとも、まさか……その記録とやらが、存在しない、とでも?」
王 徳太師の言葉は、ねっとりとした毒のように、趙大将軍の逃げ道を塞いでいく。大将軍の額に、脂汗が浮かんだ。
「だいたい、これは兵器などではない!」と、彼は、苦し紛れに叫んだ。
「現場を見た兵士によれば、あれは呪いだ! 我が国の術理とは全く異なる、異邦の邪悪な術による襲撃だ!」
「術、ですと? 大将軍、いよいよ正気を失われたか。そのようなもの、一体誰が……」
嘲笑う王 徳太師。その言葉に、趙大将軍は、待ってましたとばかりに、最後の悪あがきを叫んだ。
「おられるではないか! この宮中に! 我が国とは異なる、異質な術を弄ぶ者が! ――翠明から来た、あの忌まわしき人質の姫が!」
その瞬間、玉座の間に、凍りついたような沈黙が落ちた。
全ての視線が、驚愕と、そして新たな疑念の色を帯びて、後宮の方角へと向けられる。
片隅でその光景を見つめていた沈は、背筋が凍るのを感じた。証拠など、何もない。濡れ衣だ。だが、恐慌に陥った民衆にとって、これほど分かりやすく、魅力的な「敵」はいない。
趙大将軍は、自らに向けられた疑惑の矛先を逸らすため、最悪の火種を、帝都の真ん中に放り込んだのだ。
その醜い責任のなすりつけ合いを、宰相・季 浩然は、苦々しい表情で静かに見つめていた。
帝都の民が苦しむ中で、自らの保身と派閥争いに明け暮れる重臣たちの姿に、彼の瞳の奥で、深い憂いの色が揺れていた。
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お知らせです。
本話からしばらくシリアス展開のため、投稿頻度を上げます。
本日中にシリアスを抜ける予定です。




