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第28話:模倣された術式

帝都に戒厳令(かいげんれい)が敷かれてから、一夜が明けた。だが、街を覆う恐慌と混乱は、収まるどころか、むしろ増すばかりだった。中心街の広場は軍によって完全に封鎖され、何が起きたのかも知らされない民の間に、不穏な噂だけが野火のように広がっていく。


その日の夜。私と(シェン)は、月のない闇に紛れ、その悪夢の中心地へと足を踏み入れていた。本来であれば、殿中監(でんちゅうかん)である彼ですら、軍が管轄するこの場所に立ち入ることは許されない。


「……閣下の御威光も、大したものです」


私が呟くと、隣を歩く(シェン)は、硬い表情のまま頷いた。


「『帝都の安寧を揺るがすこの一大事に、所属が違うなどという些事にかまっている場合ではない。殿中省(でんちゅうしょう)と軍は、全面的に協力し、一刻も早く原因究明にあたれ』。宰相閣下は、そうおっしゃった。閣下の特別な計らいがなければ、私たちはここに来ることすらできなかったでしょう」


封鎖線の内側は、地獄だった。無人の広場には、まだ生々しい喧騒の残滓と、そして、目には見えない、濃厚な死の匂いが満ちている。


「……酷い」


思わず、声が漏れた。後宮の井戸や池など、比較にすらならない。大地の龍脈(りゅうみゃく)そのものが、この場所で一度、断末魔の悲鳴を上げたかのようだ。


(リン)殿」


(シェン)の声に、私は我に返った。私たちは、広場の中央、あの噴水の前へと進み出る。


「時間は、ありません。軍の交代の、僅かな隙をついている。怪しまれる前に、分析を」

「……ええ」


私は懐から、白磁の板――「汚染源探査術式」を取り出した。そして、噴水の縁にそっと置き、震える指で、微量の()を流し込む。


直後、術式が、これまで見たこともないほどの、醜悪な赤黒い光を放った。キィン、と耳を劈くような不協和音が鳴り響き、術式が過負荷で焼き切れる寸前で、私はかろうじて()の供給を断った。


「ぐっ……!」


あまりの悪意の奔流に、思わず膝が折れそうになる。


「大丈夫ですか!?」

「……ええ。ですが、これは……ありえない……」


私は、術式が最後に示した、一瞬の情報を、脳内で必死に反芻していた。


規模が違う。出力が違う。後宮の池の「生成炉」の、百倍? いいえ、千倍かもしれない。だが、問題はそこではなかった。


「(……この、()の流れ。この、うつくしいまでの効率的な力の抽出法は……)」


脳裏に、あの夜の光景が蘇る。私が、人生で最も完璧だと信じた、あの浄化術式。龍脈(りゅうみゃく)の力を、最高効率で引き出し、清浄な奔流へと変換した、私の最高傑作。


目の前の、この醜悪な残滓が持つ構造は。

その根幹をなす術理は。


あまりにも、あまりにも、私の術式に、酷似していた。


「(……まさか……)」


私は、震える手で、今度は地面に直接、より大規模な解析術式――「万象解析(ばんしょうかいせき)」を描き始めた。(シェン)が、息をのんで私の作業を見守っている。


「――起動」


術式が光を放ち、広場に残された瘴気(しょうき)の残滓を、解析していく。


そして、私の脳内に、絶望的な数式が、描き出された。


それは、まさしく、私が池の浄化で用いた術式そのものだった。

だが、全ての機能が、悪意を持って反転させられていた。


龍脈(りゅうみゃく)から清浄な力を「抽出」する部分は、私の術理を完全に模倣し、あろうことか、さらに強化されている。

だが、その力を「浄化」へと変換する工程が、真逆に書き換えられているのだ。


浄化ではない。汚染。

調和ではない。破壊。


「(違う、違う、これは……人を救うための術……!)」

私は持っていた筆を取り落とし、その場に膝から崩れ落ちた。カラン、と乾いた音が、静かな広場に響いた。


あの夜、感じた違和感。私の術式を探るかのような、あの冷たい知性の正体。

警備記録の、空白の時間。


敵は、見ていたのだ。私の術式の全てを。

そして、盗んだのだ。私の、うつくしい術理を。


私の最高傑作が、数千もの民を死の淵へと追いやる、史上最悪の醜い道具へと、作り変えられてしまった。


「……私の、せいで……」


がたん、と音がして、私はその場に崩れ落ちた。手から滑り落ちた魔石(ませき)が、石畳の上を虚しく転がる。


「私の術が……この、惨状を……招いた……」


うつくしいものを、愛していた。

世界の調和を、信じていた。


その全てが、今、私自身の手によって、最も醜い形で、踏みにじられた。


(リン)殿! しっかりしてください!」


(シェン)の悲痛な声が、遠くに聞こえる。だが、もう、私の耳には、何も届かなかった。

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