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第26話:うつくしき術理の証明

私の呟きは、静寂の中に落ちた一滴の墨のように、和やかだった茶会の空気を瞬時に染め上げた。あれほど賑やかだった姫君たちの会話が、ぴたりと止む。驚き、不審、そしてわずかな非難の色を浮かべた視線が、一斉に私へと突き刺さった。


「(……また、やってしまいましたか)」


自らの失言を、内心で静かに悔やむ。人の感情の機微などという、非論理的なものを理解するのは、やはり私の専門外だ。主催者である華玲(ファリン)の瞳が、傷ついたように潤んでいるのが見えて、胸がわずかに痛んだ。


「ご、ごめんなさい、(リン)様……。わたくし、何か、不作法を……。このお花が、お気に障りましたの……?」


気まずい沈黙を破ったのは、華玲(ファリン)の、か細い声だった。その言葉に、私は静かに首を振る。


「いいえ。あなたが謝る必要はありません。悪いのは、この花です」

「花が、悪い……?」


私の言葉に、ますます困惑が広がる。その空気を断ち切ったのは、(リウ) 月華(ユエファ)の、落ち着いた声だった。


(リン)様は、何かお気づきなのでしょうか? わたくしたちには分からない、特別なことが」

「なんだかよく分からんが、気になるな! 教えてくれ!」


すかさず、快活な声が響いた。暁蘭(シャオラン)だ。彼女は身を乗り出し、子供のように瞳を輝かせている。


皆の視線が、再び私に集まる。だが、先ほどとは違う。それは、未知なるものへの興味と期待に満ちた眼差しだった。


「……よろしい。私の世界の『うつくしさ』を、あなた方に少しだけ見せて差し上げます」


私は、自らの術理の正しさを証明するため、その場で簡易的な分析術式を展開することを決意した。


「言葉で説明するより、実際に見ていただく方が早いでしょう」


私は腰の道具入れから、数個の小さな方石(ほうせき)と、魔石(ませき)の粉末を練り込んだ携帯用の墨壺と筆を取り出した。そして、目の前の白磁の卓上を、一枚の羊皮紙に見立てる。


息を止め、筆を走らせる。私の指先から、精緻な幾何学模様が、寸分の狂いもなく描き出されていく。その神秘的な光景に、姫君たちは、息をのむ。


「まあ、なんて……うつくしい……」華玲(ファリン)が、うっとりと呟いた。

「これが、噂の……方術……」(バイ) (ジン)も、本から顔を上げ、食い入るように見つめている。


術式図の要所に、色とりどりの小さな方石(ほうせき)を配置していく。その動きは、淀みなく、正確だった。


「――万象解析(ばんしょうかいせき)、簡易式、起動」


私が中央の方石(ほうせき)に指を触れると、卓上の紋様が、一斉に青白い光を放った。光は立体的な幾何学模様を空中に描き出し、白牡丹の鉢植えを、優しく包み込む。光の中に、解析された情報が、歪な波形となって浮かび上がった。


「……これは……」


分析の結果は、明白だった。鉢の土に、ごく微量の、特殊な魔石(ませき)の粉末が混入されていたのだ。それは、()の流れを強制的に活性化させる、一種の興奮剤のようなもの。


「誰かが、良かれと思ってやったのでしょう。この粉は、植物を一時的に活性化させ、うつくしく見せることができます。ですが、これは緩やかな毒です」


私は、光の術式を解きながら、静かに結論を述べた。


「長期的には、土壌そのものの生命力を根こそぎ吸い尽くし、いずれこの花は、内側から燃え尽きるように枯れてしまうでしょう。そして、周囲の()の調和を乱し、他の植物にも悪影響を及ぼす」

「そ、そんな……! わたくしの、せいで……! この子に、毒を……」


華玲(ファリン)の顔が、絶望に曇る。その大きな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。


「あなたのせいではありません」


私は、自分でも驚くほど、穏やかな声で言った。


「あなたは、偽りのうつくしさに騙されただけです。悪いのは、この不自然な調和をもたらした者。ですが、まだ間に合います」


私は、即座に続けた。


甘草(カンゾウ)の根を乾燥させた粉末と、清水晶(しみずしょう)の粉を三対一の割合で混ぜ、それを溶かした水で土を浄化してください。そうすれば、中和できます」

「本当、ですか……?」

「ええ。私の計算は、常に完璧ですから」


私のあまりに的確な指示に、姫君たちはただ、呆然と私を見つめていた。やがて、華玲(ファリン)が、涙に濡れた顔のまま、満面の笑みで私の手を取った。


「ありがとうございます、(リン)様……! わたくし、何も知らずに……! (リン)様は、お医者様みたいですわ!」

(リン)、あんた、すごいじゃないか!」と、暁蘭(シャオラン)が、今度は尊敬の眼差しで私の背中をバンと叩く。


「なんだかよく分からんが、とにかくすごいってことは分かった!」

「ええ、本当に……。(リン)様のその知識、わたくしたちのためにも、お貸しいただけませんか?」


月華(ユエファ)の言葉に、私は少しだけ、戸惑った。


この一件を通じて、彼女たちの目に映る私は、もはや単なる「冷宮(れいきゅう)の風変わりな姫」ではなくなっていた。自分たちの知らない世界の真理を知り、具体的な解決策を示す、頼れる存在。その認識の変化を、私は肌で感じていた。


少し離れた場所で、腕を組んでその様子を遠巻きに見ていた(シェン)は、彼女の能力の応用の幅広さに、改めて内心で感心していた。瘴気(しょうき)という帝国の闇を暴くための術が、こうして日常の些細な問題を解決するためにも使える。それは、まさに両刃の剣。


彼は、彼女が示した光の強さに安堵すると同時に、その強大な力が、もし悪意ある者の手に渡れば、どれほどの災厄をもたらすかを再認識し、静かに表情を引き締めるのだった。


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