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第25話:招かれざる客と甘い毒

池の浄化から数日が経ち、後宮には嘘のような平穏が戻っていた。鯉たちが元気に泳ぐようになった庭園は、以前にも増して華やぎ、妃嬪や侍女たちの明るい笑い声が絶え間なく響いている。


その日、庭園の一角にある涼亭では、ささやかな茶会が催されていた。主催者は、純真無垢な人柄で誰からも愛される、妹系の姫君・華玲(ファリン)。彼女は、有力な塩商の娘であり、その潤沢な財力で後宮内の派閥に属さず、中立の立場を保っている。


「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございます。先日の池の奇跡を、こうして皆様と分ち合いたくて」


彼女がはにかみながら言うと、その場の空気がふわりと和んだ。


華玲(ファリン)様が呼びかければ、皆、喜んで集まりますわ」


優雅な仕草でお茶を一口含んだのは、包容力のあるお姉さん系の(リウ) 月華(ユエファ)。彼女は、文官の名門・柳家の出身であり、その落ち着いた物腰は、次代の国母と噂されるにふさわしい気品に満ちていた。


「まったくだ! こうやって皆で集まるのも久しぶりだな! この前の騒ぎじゃ、気味悪がって誰も外に出たがらなかったからな!」


快活に笑うのは、明るくボーイッシュな暁蘭(シャオラン)。彼女の父は、あの(チョウ)大将軍と並び称される帝国の武人であり、その勝ち気な性格は父親譲りだと噂されていた。


「……わたくしは、書庫で本を読んでいるだけでも、退屈はしませんけれど……」


そう言ってはにかむのは、内気な文学少女系の(バイ) (ジン)。彼女は、帝国の歴史を編纂する書家の家系であり、政治的な駆け引きには一切関わろうとしない。その手には、常に何かしらの書物が握られている。


***


その頃、冷宮(れいきゅう)では、全く別の種類のやり取りが繰り広げられていた。


「いいから、たまには外の空気を吸いなよ、姫さん。そんな薄暗い部屋で、石ころばかり睨んでたって、肌が荒れるだけじゃないか」


燕燕(エンエン)が、私の研究室の扉に寄りかかり、やれやれと首を振っている。


「興味ありません。人の感情が渦巻く非論理的な社交の場ほど、うつくしくないものはない」

「そうつれないこと言うなって。今日の茶会は、建前は池の祝いだが、本当はあんたのための非公式な慰労会みたいなもんだって、そういう噂が流れてるのさ。池の一件、あたしがちょっと吹聴してやったら、みんな姫さんに興味津々でね」


私は、その余計な世話に、忌々しげな視線を送る。


「……余計なことを」

「まあまあ。ほら、これでも見てみなよ」


彼女が懐から取り出したのは、小さな絹の袋だった。中から現れたのは、内部に虹色の光が揺らめく、透明な魔石(ませき)


「西域の商人から融通してもらった珍しい魔石(ませき)さ。『虹彩石(こうさいせき)』って言うらしい。光の当て方で、中の七つの色が、それぞれ違う音を立てて共鳴するんだと。姫さんなら、こういううつくしいガラクタの方が好きだろ?」


私の目が、その魔石(ませき)に釘付けになった。光の角度で、音階が変わる? それは、光と音の周波数が、この結晶構造の中で、うつくしい法則に基づいて相互に変換されているということ。その術理は、一体……。


「……いいでしょう。ですが、お茶を一杯いただいたら、すぐに帰りますからね」


私は、渋々といった体で立ち上がった。


***


茶会の席に着くと、早速、主催者である華玲(ファリン)が、緊張した面持ちで私に話しかけてきた。


「あ、あの、(リン)様。本日は、お越しいただき、まことにありがとうございます……!」

「……ええ。お招き、感謝します」


最低限の、淑女教育で叩き込まれた定型文を返す。それだけで、彼女の顔がぱっと明るくなった。


「まあ、(リン)様とお話しできるなんて光栄ですわ。池の一件、本当に見事でした」と、すかさず月華(ユエファ)が優雅な笑みで会話を繋ぐ。


「池……? ああ、あの鯉のことですか。大したことではありません。当然のことをしたまでです」

「大したことあるさ!」と、今度は暁蘭(シャオラン)が身を乗り出してきた。

「医官たちが誰も首を捻るばかりだったのに、あんたは一体、何をしたんだ?」


私は、彼女たちのうつくしくない好奇の視線から逃れるように、茶器に目を落とした。


その時、華玲(ファリン)が、場の空気を変えようとするかのように、嬉しそうに声を上げた。


「皆様、聞いてくださいまし! 不思議なことがあるのです」


彼女が指し示したのは、涼亭の隅に置かれた、見事な白牡丹の鉢植えだった。


「わたくしの部屋に飾っているこの白牡丹だけ、先日の騒動の間も、全く枯れずに、むしろ以前より生き生きと咲いているのです。まるで、池の奇跡を、先に知っていたかのように」


その言葉に、姫君たちが感嘆の声を上げる。確かに、その牡丹は異常なまでの生命力に満ち溢れていた。花は瑞々しく、葉の一枚一枚までが、まるで内側から光を放っているかのようだ。


だが、私は、その完璧すぎるほどの生命力に、強烈な違和感を覚えた。


私の鋭敏な知覚が、その花から放たれる()の流れの、僅かな歪みを捉えていたのだ。それは瘴気(しょうき)とは全く違う。だが、明らかに自然な状態ではない。まるで、無理やり調律を施された楽器のような、不自然な緊張を孕んでいた。


「……過剰な調律は、不調和と同義です」


思わず、心の声が、呟きとなって口から漏れた。


その瞬間、あれほど賑やかだった涼亭の空気が、ぴたりと凍りついた。全ての視線が、一斉に私へと突き刺さる。


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