表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/31

うつくしき鳥籠への序曲

轟音と衝撃が、翠明(すいめい)王国王宮の一角を揺るがした。


続いて訪れたのは、一瞬の静寂。そして、遠くで上がる誰かの悲鳴。


煙が立ち上る王女の私室で、しかし(リン)は、涼しい顔一つ変えなかった。目の前では、発明したばかりの『全自動衣類乾燥術式』が、その役目を終えて黒焦げの残骸と化している。爆発の熱で、周囲の壁は醜く焼けただれていた。


部屋の外が騒がしくなっていくのを他人事のように聞きながら、彼女は小さく、完璧なため息をついた。


「(……また、やってしまいましたか)」


その呟きは、後悔というよりも、計算が一つずれたことに対する、純粋な知的好奇心の色を帯びていた。


***


翠明国王の執務室は、張り詰めた沈黙に支配されていた。


玉座に座す王は、その手に握られた一枚の書状を、ただじっと見つめている。近隣の大国、蒼龍(そうりゅう)帝国から突きつけられた、事実上の降伏勧告。その紙面には、礼を尽くした言葉で、しかし有無を言わせぬ響きで、こう記されていた。


――貴国の誠意の証として、王女を人質に差し出されたし。


書状を握りしめる指が、血の気を失い白くなる。愛する娘の顔が脳裏をよぎり、王は奥歯を強く噛み締めた。


その時だった。


「へ、陛下! た、大変でございます!」


執務室の扉が勢いよく開かれ、一人の文官が、血相を変えて転がり込んできた。


「王女様の……り、(リン)様の私室が、爆発いたしました!」


その報告は、王の心の、かろうじて保っていた最後の一線を、無慈悲に断ち切った。


彼は、ギリ、と音を立てて手の中の書状を握り潰す。怒りに歪むその顔の奥に、一瞬だけ、深い絶望の色がよぎった。


「――追放だ!」


それは、父としてではなく、国を守る王としての、苦渋に満ちた絶叫だった。


***


どれほどの時が過ぎただろうか。


馬車の規則的な揺れで、(リン)は思考の海から意識を引き上げた。窓の外に目をやると、そこに広がる光景に、彼女は初めて、かすかな感嘆の息を漏らした。


蒼龍帝国の帝都。


全ての道は、まるで巨大な幾何学模様を描くように、完璧な直線と円弧で構成されている。等間隔に並べられた建物は、一つとして不要な装飾がなく、機能美の極致ともいえるうつくしい調和を保っていた。


「(……合理的で、うつくしい)」


やがて馬車は、ひときわ大きく、豪奢な門の前で止まった。

後宮。これから自分が囚われることになる、鳥籠。


自ら扉を開け、静かに馬車を降り立った、その瞬間。それまで満ちていた全ての音が、ぴたりと止んだ。


警備の衛兵たちが、息をのむ。

出迎えの宦官たちが、その動きを止める。

遠巻きに見ていた下女たちが、扇子を落とす。


全ての視線が、ただ一人、彼女にだけ注がれていた。

だが、(リン)は、その視線に気づく素振りも見せない。ただ、無感動に、無関心に、目の前の門を見つめている。


その神が作りたもうた彫刻のように完璧な横顔は、およそこの世のものとは思えなかった。


うつくしい鳥籠に囚われた、うつくしい鳥。誰もがそう思った。


だが、その鳥が、自らのうつくしさには一切の価値を見出さず、ただ世界の真理たる「術式」のうつくしさだけを追い求める、あまりにも異質な魂を持っていることを、まだ誰も知らなかった。


(リン)は、静かに、後宮の中へと足を踏み入れた。


お読みいただき、本当にありがとうございます!


***

お知らせです。


本日は初日なので、第6話まで随時公開いたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ