ほとれとた〜消えたお菊〜
登場人物。
吉(28)
口は悪いが気前が良い
豆太(28)
情に厚く涙脆い
女将さん(37)
姉さん気質な気立の良い人
涼(24)
真面目で一途な青年
蓬子(31)
優しく穏やかな性格
勘太(33)
団子屋の店主
仕事熱心だが女の前ではてんでだめ
美月(27)
団子屋のアルバイト
勘太のことが好きだが言えずにいる
鉄(38)
八百屋の旦那
浮気最中に家族を殺された哀れな男
おみく(20)
明るくて可愛い
着物屋でバイトをしている
十亀(35)
警察と仲の良い新聞屋
夏の終わり。
雨が降る夜に事件は起きた。
吉は仕事を終え、浮気相手との食事を済ませた後、
妻のお菊がいる家に向かった。
吉「ただいま」
しかし、誰の声もしない。
お菊の靴は置いてあるのにおかしい。
吉「お菊?・・・」
嫌な予感がして恐る恐るお菊の部屋の扉を開けた。
そこには誰もおらず、血だけが当たり一面広がっていた。
吉「うわ!?」
吉は尻餅を付いた。
その顔は先程までのルンルン気分とは打って変わって真っ青だった。
次の日、茶屋に皆んなは集まった。
吉は完全にいつもの堂々とした態度から一変。
どよんとした空気を纏っていた。
女将「え、お菊さんが!?」
豆太「昨日の夜、血相変えて家に来るから何事かと思ったら・・・」
蓬子「そんな・・・」
涼「よりによって今日に限って吉さんの仕事が立て込むなんて・・・」
女将「いつも朝からお昼の仕事だったのにねぇ」
吉「ああ、いや、そのことなんだが・・・」
涼「え、浮気してたんですか?」
皆んなの視線が一気に吉へと集まる。
吉「まさかこんなことになるなんて思わなかったんだよ・・・ちくしょう、俺がいれば・・・」
美月「吉さん酷いです!浮気するなんて!」
勘太「浮気症だとは聞いていたがまさかこんなタイミングでだとは・・・」
豆太「馬鹿野郎、だから言ったろ、浮気は辞めとけって」
女将「まぁ、過ぎたことは仕方ないさ」
吉「ああ・・・」
涼「それにしてもこれって偶然なんですかね?」
豆太「何がだよ?」
涼「あの事件も確か鉄さんが浮気の最中に起きたんですよね?こんな近々に起きるなんてなんかおかしくないですか?」
豆太「おい、じゃあまさか同じ奴が犯人だって言うのか?」
涼「断定はできませんが」
吉「くそぉ・・・俺のお菊を許せねぇ、捕まえて同じ目に合わせなきゃ気が済まねーよ」
吉の怒りに皆んなも同じ気持ちだった。
蓬子「でも、最初の事件の時は遺体は部屋にあったのよね?今回はまだ見つかっていないんでしょう?殺人だと決め付けるのは早い気もするけれど」
美月「そうですよね、同じ犯人なら遺体は部屋に残ってるはずですもんね!」
勘太「それに浮気してる男の女房を狙う犯人なんて聞いたことないがな・・・逆ならまだ分かるが」
女将「そうだねぇ、どちらにせよ何が目的なんだろうね」
「「う〜ん」」
おみく「皆さん!遅れてすみません!吉さん大丈夫ですか!?」
吉「おお、おみくちゃんか」
豆太「見ての通りだよ」
おみく「一体誰がこんな酷いことを・・・」
その時、吉が立ち上がる。
豆太「どうした?」
吉「俺はお菊を探してくる」
豆太「馬鹿言え!犯人はまだ近くにいるかもしれないんだぞ?特にお前の場合、犯人に顔が知れてる可能性が高いんだから」
吉「だからってこのまま何もせずになんていられるか!」
豆太「分かったよ、だったら俺も行く」
吉「豆太・・・ああ、悪い頼むよ」
女将「だったら私らも」
吉「いや、女がこんな時間ウロチョロすんのはあぶねーよ、俺らだけでいい」
涼「だったら俺も行きます」
勘太「俺も行こう」
吉「二回とも女が狙われてるんだ、お前らは店が閉まるまで女将さん達の護衛してろ、
店が閉まるまでには帰って来る、だがもし俺らが帰って来なきゃとっとと帰れ」
涼「そんな・・・」
勘太「分かった、ここは二人に任せよう」
吉「行って来る」
女将「あ、そうだ、蓬子さん、美月さん、荷物運びたいんだけどちょっと手伝ってくれるかい?」
蓬子「はい」
美月「はい!」
女将「ありがとう」
勘太「珍しいな、女将さんが手伝いを頼むなんて」
女将「歳には勝てなくてねぇ」
勘太「なるほど・・・」
おみく「女将さん私は?」
女将「おみくさんはお茶をお願いしていいかい?」
そう言って女将はおみくに目配せをする。
おみく「はーい!分かりました」
それから数時間後。
十亀「女将さん!大変だ!」
切羽詰まった表情で茶屋に入って来たのは新聞屋の十亀(35)だ。
女将「十亀さん、そんな血相変えてどうしたんだい?」
十亀「犯人、捕まったっすよ!!」
涼「え!?」
女将「詳しく聞かせてくれるかい?」
十亀「はい、例の鉄さんの事件の犯人がいたんすけどね、
その事件以外にも二回犯行に及んでいたんすよ」
蓬子「まぁ・・・」
十亀「ただ、その事件は二件とも半年前のものだったんす」
涼「え、じゃあ今回の事件とは別に犯人がいるってことですか?」
十亀「だと思うっす、過去の二件は時間も状況もバラバラだったらしいっすから」
涼「ということは無差別なんでしょうか?」
十亀「さぁ、そこまでは」
涼「吉さんと豆太さん、帰って来ませんね」
蓬子「そうね」
豆太「ただいま」
女将「あ、豆太さん、どうだった?」
豆太「いや・・・」
吉「辺りをくまなく探したが犯人もお菊もいなかったよ」
女将「そうかい」
豆太「ありゃ?十亀さんも来てたのか」
十亀「久しぶりっす」
豆太「なに!?犯人が捕まった!?」
吉「ちきしょう!すぐにそいつにお菊の居場所を・・・」
涼「いえ、それがどうやら犯人は別にいるみたいなんですよ」
吉「何だと!?詳しく聞かせろ!」
十亀「かくかくしかじかで・・・」
豆太「まさか別に犯人がいるなんて・・・」
ガタッ!!
吉「俺、もう一度探して来る!」
豆太「何言ってんだよ、さっき探したばかりだろう?
また明日探せばいいよ」
吉「もしかしたらまだ生きてるかもしれないだろ!もう後悔したくないんだよ」
美月「んー、でも、私が犯人だったら近くより遠くに逃げるけどなぁ」
おみく「私も!」
吉「そ、それもそうか・・・」
女将「まぁ、こういうことは警察に任せるしかないよ」
豆太「だよなぁ・・・」
十亀「警察には言ってあるんでしょう?だったら俺たちは待つしかないっすよ」
吉「あ、ああ・・・」
それから一か月が経ったが犯人もお菊も見つからなかった。
吉「ちくしょう、どこ行っちまったんだよお菊・・・」
吉は痩せ細り、頬がこけ始めていた。
その時、美月が口を開いた。
美月「吉さん、さすがにこの一か月は浮気しないんですね」
吉「するわけねぇだろう、お菊が見つかってもないってのに」
女将「見つかったらまたする気なのかい」
吉「いや・・・さすがにもうそんな気にはなれねーよ・・・」
女将が微笑すると。
美月「ふっ、あはは」
蓬子「ふふふ」
二人が急に笑い出した。
涼「え、蓬子さん、美月さん?・・・」
おみく「あはは、もうおみくダメ!」
釣られておみくも腹を抱えて笑っている。
豆太「な、何だよ、こんな時に何で皆んな笑ってるんだよ!」
おみく「だって、吉さんの変わりようったら」
豆太「な、何がそんなにおかしいんだよ?なぁ女将さん」
女将「フッ、まぁ、良い薬だったんじゃないかい?浮気してお菊さん傷付けたんだからさ」
豆太「だからって良い薬なはずないだろ?いくら女将さんも浮気されて別れた過去があるからって・・・」
女将「お菊さん、もう出て来ていいよ、充分だろう?」
豆太「え?女将さん何言って・・・」
吉「お菊!!」
その時、お菊がお店の奥から出て来た。
お菊「あんた」
ガシッと吉はお菊の両肩を掴んだ。
吉「お前、痛いとこはねーか!?怪我は!?」
お菊「何もされちゃいないよ」
吉「女将さん、これは一体どういうことだよ」
女将「それは、お菊さんと二人きりでじっくりと話し合うんだね」
お菊は浮気する日だとなんとなく分かっていた為、
女将達と協力してこの事件を起こした。
最初に警察と仲の良い十亀とおみくに協力を依頼し、
次に美月と蓬子にことの真相を知らせた。
血は本物ではなく口紅を水で解いたものだそうだ。
気が動転している吉がわざわざ血が本物かなど確認することはないだろうというお菊の助言を元に現場を作り上げた。
おみくが茶屋に最後に来たのは十亀と話し合っていたからだそうだ。
涼「もう・・・まさかこんな大掛かりなことをするなんて」
お菊「巻き込んですまなかったね、女将さんに旦那の浮気を減らす方法はないか相談していたら
あれよあれよという間にこんなことに!皆んなを欺いて身を隠すなんて
スリリングでちょいと楽しかったけどね」
吉「お菊、お前って奴は・・・」
豆太「女ってのは敵に回すと怖いな・・・」
女将「これに懲りて、お菊さんを大事にしてあげな」
吉「あ、ああ・・・」
しゅんとした吉の腕を掴み、お菊はウフフっと笑いながら店を出て行った。
十亀「だいぶ荒療治したっすね」
女将「まぁね」
涼「それにしても女性は怒らせてはいけないってことが分かりました」
豆太「涼は大丈夫だろ」
涼「はい、僕は蓬子さん一筋なので」
女将「ベタ惚れだものねぇ」
涼「はい!」
女将「私の元旦那も涼さんくらい一途な人だったら良かったのに」
しみじみとそう言って女将は「はぁ」と小さくため息を付いたのだった。