表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

第3話 炎とくノ一

 柔南雲(やわらなぐも)の決意から少し前、早乙女忍(さおとめしのぶ)はくノ一らしく、集合団地の屋根から屋根を羽でも生えているかのように軽やかな足取りで移動していた。


「すごいことになっちゃったな」


 まさか勇花さんが殺されるなんて。

 あそこで特製の煙玉を使って逃げなかったら、フィロさんに、それか他の人に殺されてたかもしれない。

 実際、誰かがボクの煙玉に引火させて宮殿を吹き飛ばした。

 偶然だったらいいけど、計算して一網打尽を狙っていたとしたら……。

 想像しただけで背筋が凍りついて身震いする。


「いったい誰があんなことを」


 考えたくもない。殺しに躊躇がない人が何人もいるなんて。

 脳裏に焼き付いて離れない。勇花さんの絶望に固まった顔。

 どれだけ痛かっただろうか。怖かっただろうか。


「うぷっ……」


 気を抜けば、胃の中が全て出てきそうだ。

 咄嗟に口を押さえる。

 これは一旦休憩しないと身が持たない。

 二階の窓が開いている家を見つけたので、休ませてもらおう。


「失礼します……」


 生活感はあるのに人はいない。

 神隠しにあったみたいだ。

 でもこの状況で神隠しにあっているのは、どちらかと言えばボクたちのほう。

 土足で申し訳ないと思いつつも、そのまま入った。

 小学生の女の子の部屋かな。一面ピンク色。壁紙も勉強机も、ベッドさえも。床には直前まで遊んでいたのか、二つの人形が重なり合って置かれていた。

 この部屋の持ち主はきっと華やかな人生を送っている。それに比べてボクは……。

 重い足取りで壁にもたれかかると、気分の落ち込みと連動するようにズルズルと座り込む。


「マーダー・パレードってなに? なに魔法少女って。殺し合いとか頭おかしいよ」


 生き返るために最後の一人になるまで殺し合う。

 人間のしていいことじゃない。

 痛いのも苦しいのも、みんな嫌に決まってるのに。自分のためなら、他の人はどうなってもいいの?


「でも戦わないと、ボクも勇花さんみたいに……」


 それだけは嫌だ。

 でもどうしたらいい? どうすれば惨劇を回避出来る?

 いくら考えたって答えが見つかるはずもない。

 だって鳥籠に囚われた時点で、逃げ場なんてないんだから。

 割り切れる心もない。

 この世界において、ボクは狩られる時を待つ獲物にすぎない。


「死にたく……ないな」


 体育座りで膝に顔をうずめる。

 ここに来る前の記憶ははっきり残ってる。

 ボクは学校に向かってる途中に車に跳ねられた。でも痛いとか怖いとか、そんなのはなかったから即死だったんだと思う。

 なんで一回死んで終わってくれなかったんだろう。

 このまま閉じこもっていたら全てが終わっててくれないかな……。

 目を閉じて、この世界を拒絶すると、次第に体が温かくなっていく。

 まるで眠りに落ちる前みたいだ。

 このまま眠れたらどれだけ楽か。

 体はどんどんと、どんどんと熱くなる。


 それは焼却されているみたいに。


「なにこれ!?」


 気付いたときには窓の外に火の手が上がっていた。

 誰かが一帯に火を放ったんだ。

 このままだと焼き殺される。

 幸いにもボクのいる家には火は回っていなかった。すぐに窓から飛び出して、屋根に上った。


「なんてことを……」


 視界の先には火の海が広がっていた。

 逃げた魔法少女を炙り出す為にやったのだろうか。

 だとすればボクは――


「あっ、見つけたっす」


 まんまと誘いに乗せられたことになる。

 犯人の登場にボクは唇を噛んだ。

 同じ中二で仲良く出来るかもって思ってたのに。残念だ。

 布一枚を胸元に巻いた際どい格好のボーイッシュな女の子が、その目に狂気の炎を爛々と揺らして、道路からこちらを見上げている。


五十嵐大火(いがらしたいか)……」

「忍ちゃんっすよね。うちのために死んでもらってもいいっすか?」


 軽々と口にしてはいけない言葉を言い放ってくる。

 大火はフィロさんと同様に人であることをやめる覚悟を決めているらしい。


「嫌だって言ったら?」

「苦しんで死んじゃうっすね!」


 大火が拳をぶつけ合うと、腕のリングから炎の花弁が舞う。

 見るからに炎系能力の使い手。やっぱりこの火事は大火の仕業で間違いないようだ。


「こんな火事を起こして犯罪もいいところだよね」

「なに言ってるんすか? ここにはだーれもいないっすよ。無人の箱庭っす」

「ここはキミの遊び場じゃない」

「なに分かりきったこと言ってんすか!」

「ッ!」


 大火が右手をこっちに向けると、火炎放射器のようにリングから炎が噴射された。

 すると、たちどころにボクが休ませてもらっていた家はキャンプファイヤーと化す。

 そんな様子をボクは避難した別の家の屋根の上から眺めていた。

 躊躇なくボクを狙ってきた。本当に殺しにきている。

 だけどまだ可能性はゼロじゃない。ギリギリまで希望は捨てない。


「話し合おうよ。殺し合いなんてしなくてもいい方法探すんだ」

「ないっすよ、そんなの。ないって分かってたから、あのとき煙出したんすよね」


 ボクの仕業だって見破られていたとは。

 でもその推理は間違ってる。


「あのままだと殺し合いになると思った。だからみんながフィロさんから逃げる隙を作ろうと思ったんだ。殺し合いを肯定するためじゃない」

「優しいんすね。でも遅かれ早かれ、こうなる運命だったんすよ!」


 火炎放射の波が襲い来る。

 とてつもない高温だ。熱波だけで体中の水分が蒸発して、皮膚が焼けそうになる。


「ほらほら、逃げるだけじゃ死んじゃうっすよ!」


 大火の言う通りだ。

 逃げ続けていたら、いずれ全面炎に呑まれる。

 そうなって残る未来は、焼死か一酸化炭素中毒による窒息死。

 どちらも悶死。苦しんで死ぬなんて嫌だ。

 ならどうすればいいのか。

 決まっている。抗うしかない。

 だけど殺す勇気はない。自分のために他の人を殺すなんて選択肢はない。

 まだまだ余力はある。ボクは屋根を伝う速度を上げた。

 炎が迫るよりも速く動いて、大火の前に降り立つ。

 反撃してくるなんて思いもしなかったんだろう。大火は驚いて固まる。

 でもそれは一瞬。すぐに覚悟の決まった目に戻る。

 けどその一瞬は致命的な隙だ。


「忍法・帯固め!」


 ボクは腰元のリボン結びした帯を解くと、投げ縄のように大火を捕縛した。

 この帯はただの帯じゃない。縄にも鞭にも剣にもなる変幻自在の帯。簡単には解けやしない。


「……なんで殺さなかったんすか」


 身動きの取れなくなった大火が、苦虫を噛み潰したような顔で聞いてくる。

 距離を取り、帯の端を掴んだままボクは答える。


「確かに攻撃してたら殺せたかもしれない。だけどボクは殺しがしたいわけじゃない。話し合いたいんだ」

「ぬるい。ぬるいっすよ、忍ちゃんは!」


 手足のリングが光ると、リングから炎が吹き出して大火を包む。

 様子を見るに自分の炎ではダメージを受けないらしい。

 帯を焼き切ろうとしているんだろう。

 だけど――


「なんで……」

「ただの帯じゃない。これはボクのくノ一道具の一つだ。炎なんかじゃ燃やせない」

「詰みだって言いたいんすか?」

「そうだね。大火の命はボクが握ってるってことになる」


 だから潔く諦めてほしい。一緒に協力して生き残る方法を考えてほしい。……なんて言っても聞き入れてはもらえないだろうな。

 大火の目にはまだ殺意が宿ってる。隙を伺って、喉笛に噛みつこうと唸り声を上げている。

 いったいなにが大火をそこまで突き動かすんだろうか。


「そうまでして生き返りたい理由はなに? 罪を犯してまで生き返らないといけない理由なんてあるの?」

「大会に出ないといけないんすよ。うちがいないと陸上部のメンバーに迷惑がかかる。うちらは大会の為に命賭けて練習してきたんす。だから事故死なんてちっぽけな終わり方しちゃいけないんすよ」


 唖然とした。

 もっと大義があると思った。他の人を蔑ろにしてでも果たさないといけない使命があるんだって。

 でもその口から出た言葉は『大会に出る為』。

 聞き間違えたかと思った。

 だからつい口に出してしまった。


「そんなことの……為に……?」


 あまりにも小さな願望で、ボクには理解出来なかった。

 だからこそ出た言葉だったけど、軽薄だった。


「そんなことってなんすか! アンタにとってはそんなことでも、うちにとってはそれが人生なんすよ!」


 大火の逆鱗に触れてしまった。

 鬼の形相で怒号が撒き散らされる。


「だったら教えてくださいよ! どんな理由があったら殺していいんすか⁉ 人の想いをそんなこと呼ばわりするんすから、アンタにはさぞかし立派な願望があるんすよね!」


 指針は人それぞれ。だからこそ人生における重要なものの基準も違う。

 分かってたはずなのに……。


「ごめ……」


 謝罪の言葉を熱波が遮る。

 炎が大火を覆い隠して姿が見えない。立ち上る炎は火柱だ。

 とんでもない火力だ。アスファルトの地面が蒸発していく。息を吸うたびに体が痛い。視界が歪む。意識が溶けそうになる。

 この炎は怒りの表れだ。憤怒の炎だ。

 感情が火力に直結してる。


「教えてくださいよ! さぁ! ほら!」

「ボクは……」


 生き返りたいんだろうか。

 分からない。自分がどうしたいのか。

 そもそもこの殺し合いだって、その果てに得られる景色が美しいわけがない。そう思ったから、戦わない道を選んだだけだ。

 だってそう思うのが当たり前だから。

 でもそれは本当に自分の意志なんかじゃない。

 培ってきた常識という名の偏見に踊らされているだけだ。

 本当の自分は濁流に呑まれて削りきれてしまった。


「ボクには生き返る資格なんてないと思ってた」


 でもそれはそう思うことが当たり前だと、世間の考えだと思ったからだ。

 自分の意志とはきっと違う。

 だって、ボクの心は大火と話してから少しだけ軽くなった。

 あの程度の理由で人殺しを肯定出来るのなら、ボクだって願ってもいいって、そう思えた。


 普通であることを望まれ、普通であることを押し付けられ、普通を演じて、普通に紛れ生きてきた。


 それが悪いことだなんて言うつもりはない。普通という歯車があるからこそ、社会は成り立っているんだから。

 でもそれは幸せと言えるんだろうか。

 自分を殺してなにかを手に入れたとしても、ただの偽りなんじゃないだろうか。

 偽りの幸福を心から喜ぶことなんて出来るだろうか。いいや出来ない。

 それにそんな普通から外れた人たちを……、ボクは羨ましいと思っていた。


「でも大火のおかげで分かったよ。資格なんて関係ない。自分がどう思うかだって。ボクはもう自分を偽らない。ボクがボクとして生きる為に、マーダー・パレードを生き残る。なんとしてでも」


 ボクは本当の人生を歩むために戦う。

 誰かを足蹴にする勇気はまだないけど、それでも抗ってやる。


「なんか知らないっすけど、吹っ切れたみたいっすね! でも、だからって譲るわけないっすけどね!」


 大火を包む炎の勢いが更に増した。

 帯は壊れない。だけどこのままだとボクが焼けてしまう。実際、限界が近いのか、体から湯気みたいなのが出てきている。帯を握る手も、伝わってくる熱で焼けただれそうだ。

 ボクは帯をほどいて、急ぎ距離をとった。火のない方へ。

 風を浴びると、熱が逃げていく感覚が気持ちいい。サウナレベル100みたいなところにいたんだから当たり前だ。

 服を脱ぎ捨てて風を感じたい気分になるが、今はそんなこと場合じゃない。


「逃がさないっすよ!」


 大火が追いながら、火の玉を連射してきた。

 幸いにも精度は高くない。避けるのは簡単だ。

 ボクは撹乱するように移動して住宅街を抜けると、工場地帯に逃げ込んだ。

 太い配管が迷路のように繋がっている。丸い大きな建築物が至るところに並んでいる。

 いったいなんの工場なんだろうか。

 なんでもいいや。三次元的に複雑に入り組んでいるし、平坦な場所もある。戦うにはもってこいの場所だ。

 とにかく狙われ続けるこの状況を打開しないといけない。

 戦闘未経験でも分かる。後手に回っていれば、追われるだけではいつか万策尽きる。

 どうにかして隙を突いて、立場を逆転させないと。

 ボクは建物の陰に身を潜めて、大火を待った。


「大丈夫。ボクならやれる。ボクは強い……」


 言い聞かせて自分を保った。

 覚悟は決めたんだ。あとは勇気をひとつまみ加えるだけ。

 爆発音が近付いてくる。当てずっぽうだ。色んなところから爆炎が上がってる。

 息を殺して隠れていると、大火が工場に入ってきた。


「忍ちゃーん、ここにいるっすかー? 隠れてないで出てきてほしいっすー。うち、考え直したんで手を組みましょうよー」


 嘘っぱちもいいとこだ。

 手を組みたいなんて言う人が、一帯を燃やしながら来るわけがない。


「まぁ、出てきてくれるわけないっすよね。じゃあそこで聞いててください。ここにある丸いやつってガスが入ってるんすよ。何個もあるっすよね。これが全部爆発したらどうなると思うっすか?」


 その言葉が意味するところを、ボクは瞬時に理解した。

 だけどどこに逃げる? 周囲には何個も丸い建築物が並んでいる。どこに行くにしても時間が足りない。

 迷ってる時間はない!


 ――忍法・帯纏い!


 ボクは帯のシェルターに身を包んだ。

 次の瞬間――


「うわあああああああああ!」


 耳が壊れるんじゃないかってくらいの轟音と衝撃波が打ち付けて、ボクはミキサーにかけられているみたいにかき混ぜられながら吹き飛ばされた。

 暗闇の中で、上下左右なにも分からず、体を打ち付けられ続けた。


「うう……」


 どれだけ耐えただろうか。ようやく動きが止まった。

 全身が猛烈に痛い。特に左腕とあばらが痛い。骨が折れてるんじゃないだろうか。耳もキーンと音を出して機能していない。動くこともままならない。……でも生きてる。

 帯を解くと、一帯はあらゆるものが消し飛び、巨大なスプーンで抉られたようなクレーターだらけの更地になっていた。


「っつ。こんなの……大火も無事じゃすまないでしょ……」


 自滅覚悟……とは考えられない。あれほど生き返ることに執着してたんだから。

 予想以上の規模に、自分も巻き込まれてしまったんだろう。


「ははっ、ラッキー……」


 自爆してくれたんだったら、心もそこまで痛まない。なんて考え、自分の薄情さを軽蔑したくなる。

 とにかく今はどこかに隠れて体を休めないと。こんなところにいたらいい的だ。

 ドーパミンが溢れていても尚痛い。ボクは涙をこらえ、体を引きずって、更地をあとにする。

 けど――


「があッ!」


 突然、火球がボクの体を撃った。

 熱された鈍器に打ち付けられたみたいな衝撃で地面に転がる。

 自滅したはずじゃ……。

 顔を上げると、目の前に大火が降り立った。


「油断し……っすよ。もしか……うちが死ん……思って……か? ……の噴射を利用……、空を……すよ」


 耳鳴りでよく聞こえない。でも見下す目から勝ち誇っているのだけは分かる。

 腕のリングが煌々と赤みを増していく。

 殺される。

 咄嗟に煙玉を大火の顔面目掛けて投げ付けた。


「うわっ!」


 視界が一面、白に染まる。

 ボクは体に鞭打って、大きく距離をとった。

 殺されてたまるか。やっと生きる目標が出来たんだ! ここからボクの人生を歩み始めるんだ!


「ボクは生き残る! 忍法・煙炎網羅えんえんもうら!」


 煙霧の中に手裏剣を投げ込むと、火花が散った。煙が青い炎に変わり、大火を燃やす。

 この炎はただの炎じゃない。手裏剣を使って生み出した青い炎は、命あるものを燃やし尽くすまで消えない。

 言うなれば、ボクの奥義だ。

 炎使いと言えど、攻略不可能。

 そう思ってたのに……。


「いや、炎使いに炎は効かないっすよ。これ世界の常識っす」

「なっ……」


 リングに炎が吸収されていく。

 その光景は絶望を加速させる。

 もしも、もしもそのまま青い炎を使えたとしたら……。

 逃げ――


「お返しっす!」


 背を向けて走るボクを青――ではなく、真紅の球が呑み込んだ。


「ああああああああああ!」


 熱い! 痛い! 苦しい!

 のたうち回って体についた火を消した。

 運が良かった? そんなわけあるか! 炎に焼かれることのどこに良い要素がある!?

 大火の炎も並とは比べ物にならない劫火ごうかだ。

 消化し終えた頃には、全身の皮膚は焼けただれていた。


「助け……。助けて……」


 風が肌を撫でるだけで細胞一つ一つに針を刺されたような激痛が走る。息を吸うたびに、溶けた鉄を流し込まれるような熱さが襲う。視界も黒く濁ってよく見えない。

 逃げようと歩みを進めるたびに、地面に肉が張り付いて持っていかれる。


「グロいっすね。その姿でも逃げられるのは尊敬っす。魔法少女になったからっすか?」


 これが死の恐怖。

 死にたくない。生きていたい。

 これまで漠然としていた死のイメージが、ここに来て明瞭になってしまった。

 いつの間にか消えていた勇花さんの死が、再び脳裏に蘇った。

 でも今度は『あんなふうになりたくない』じゃない。『あんなふうになってしまう』という別種の恐怖。


「ぅ……はぁ……がっ……」


 ろくに足は動かない。それでも帯を引きずりながら、必死に前に進んだ。

 大火は一定の距離を保って追ってきている。

 さながら傷を負わせた相手が衰弱しきる時を待つ肉食動物。

 まだ警戒しているんだ。何かあるかもしれないと。用心深く。

 大火の気が変わらない内に遠くへ、とにかく遠くへ……。

 だけど限界の近い体は次第に言うことを聞かなくなる。


「うあっ……」


 爆破の被害が及んでいない住宅街まで逃げてくると、体は限界を迎えた。

 もう足の感覚がない。

 立つことすら出来ない。

 死を引き連れた足音が近付いてくる。

 仕留めにかかろうとしているんだ。


「うう……嫌だ……。嫌だ……。」


 奥歯を噛み、地面を掴んで抗った。

 無意味に等しい逃亡だ。

 それでも抗わずにはいられなかった。

 諦める勇気がなかったから。

 ただ往生際が悪いだけだ。決着はついている。そんなことは分かってる。

 でもそれは諦める理由にはならない。


「生き……残るんだ……。生き……返るんだ……」


 ボクは最後まで、どこかに眠る奇跡という名の金の一粒に手を伸ばし続ける。


 そして、そんな往生際の悪さは、本当に奇跡を掴み取る。


「キミたち、なにしてるのかな?」


 濁った目でも識別出来た。それほどまでに目立つ服装だったから。

 曲がり角からゴスロリ姿の女の子――赤音姫奈あかねぴいなさんが現れた。


「助け……て……」


 声を絞り出して手を伸ばすと、その手を姫奈ぴいなさんは包むように掴んだ。

 今のボクにとって、姫奈ぴいなさんは砂漠で見つけたオアシスに等しかった。

 焼き切れた涙腺から涙が出そうになる。


「キミはぴいなのお友達になってくれる? そしたら助けてあげるけど」

「な……なる! なる!」


 ボクは持てる限りの力を持って答えた。

 この絶望を乗り越えられるのなら、友達でも下僕にでもなってやる。


「分かった。じゃあ助けてあげるね」


 姫奈ぴいなさんがにこりと微笑んだ。

 そこに目前まで迫っていた大火が若干の怒気交じりで口を挟む。


「アンタなんすか? いきなり出て来て。横取りしないでもらっていいっすか?」

「横取り? ぴいなはお友達を助けるだけだよ」

「友達って。今日知り合っただけの他人すよ?」

「でもお友達になってくれるって言ったもん。ねー?」


 賛同を求めてくる姫奈ぴいなさんの言葉に、ボクは頷き、希望を逃すまいと強く手を握る。


「ずいぶんと頭、お花畑なんすね。年上には思えないっすよ」

「あー、ぴいなのことバカにしたぁ。そんな人はお友達になってあげないよ」

「なりたいと思ってないっすよ。最後に残るのは一人だけなんすから」


 背後に強光が差す。炎が揺らいでいるのが感じ取れる。

 早く助けて! このままじゃられる!

 だけど姫奈ぴいなさんは焦る素振すら見せず、懐からカッターナイフを取り出す。

 そして理解し難い言葉を口にする。


「炎ちゃん、ちょっと待って。今からお友達になるから」


 脳が混乱するってこういうことを言うんだと思った。

 単語の意味は分かるし、文も聞き取れてるのに、全体で聞くと全く理解出来ない。

 友達になるから? ボクは友達になるって言った。それならもう友達じゃないの? 助けてくれるんじゃないの?

 疑問が脳内を駆け巡る中、姫奈ぴいなさんは『友達になる』の意味をボクに突き付けてくる。


「「え?」」


 背中にカッターナイフが突き刺さった。

 その奇行にボクだけじゃなくて大火も唖然とした声を出した。

 刺されるよりも痛い痛みに襲われてるから、およそ痛覚と呼べるものは機能しなくなってきているんだろう。痛みはあんまりなくて、刺された感触だけが敏感に伝わっている。


「なん……で……」


 全身の力が抜けていく。掴んでいた手が意思に反してパタリと落ちる。

 裏切られた……? 気が変わった……?


「ごふっ」


 肺に溜まった血が溢れ出してきた。

 あぁ……死ぬんだ……。

 手繰り寄せられたと思った希望はまやかしだった。

 ここに味方なんていない。全員が敵だったんだ。

 もう少しだけ早く気付いていたら、結果は変わったのかな……。

 後悔先に立たず。もう死ぬだけの状態で考えたって意味ないか……。

 眠気とは違う。強制的に意識が削られていく。

 これが死ぬってこと……。死にたくなかったな……。

 ボクの人生……、なんだったんだろ……。


 ボクの二度目の生は、失意の中で終わりを告げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ