第24話 お別れ
かりんがいた場所を風が抜けると、ポリゴン状に歪み始めた。
そしてそこからポンッと鳥のような姿をしたマスターが現れる。
その表情は分からない。だけど訝しんでいることだけは雰囲気から感じ取れる。
案の定、予想通りの質問を投げかけてきた。
「時叶、綿梨かりんをどうしたっピ?」
「あー、その喋り方うざいからやめて。普通に喋れるんだろ」
「承知した。再度問おう。時叶、綿梨かりんをどうした?」
「どうしたとは?」
この質問だけは慎重にならざるを得ない。
なぜならこの返答次第で、ここまでの全てが実るか無駄になるかが決まるから。
「キミの能力は時を飛ばし、止める能力だ。時間を置けば、綿梨かりんが再び姿を現すだろう? そうなれば【マーダー・パレード】は終結していないことになる」
ビンゴ。
やっぱりマスターは魔法少女たちの能力の詳細を知らない。
「いいや、終わりだよ。僕の能力はもう一つ。時を遡る。最後に撃ったのは巻き戻しの弾。かりんはこの世に存在する前に戻った。待てど暮せど、かりんがここに来ることはない」
マスターは神だと思っていたけど、その実、全知全能というわけじゃない。
そもそも神なんだったら、こんな殺し合いのゲームをさせる必要もないはずだ。
所詮こいつは自分で言った通り、星の管理者どまり。
「そうか。それでは報酬の蘇りを。……どういうつもりだ?」
「誰がこのまま終わりだなんて言った? お前を消して、ようやくこのゲームは完全攻略だ」
敵意を隠さず、銃口をマスターの眼前に突きつけた。
「吾にキミたちの力は通用しない」
「それはどうかな?」
動揺も、逃げる素振りすらない。
自分が魔法少女よりも上の存在だって理解しているんだろう。
ああ、そうだな。正しいよ。僕以外ならな!
仏頂面めがけて引き金を引いた。
「こ……れは……」
「さすが管理者さま。僕の時を止める弾丸を受けても完全には止まらないなんて。けど、のこのこと姿を晒すなんて驕りが過ぎたな。お前の前にいる魔法少女はただの魔法少女じゃない。星の運命さえも翻弄する力を持った魔法少女だ」
「なにを……言って」
二つ同時使用はやっぱり負荷が強いな。
三百六十度から全身を千切れそうなくらい引っ張られているような感覚が襲っている。
垂れてきた鼻血を手の甲で拭い、銃を捨て、マスターに手を伸ばす。
「説明より先に貰うよ。その力」
「貴様は……なんだ……」
「ただのしがない魔法少女さ。数え切れないほど【マーダー・パレード】を繰り返した、ね」
「繰り……返し? やめろ! 吾に触れるな! この力は人間が扱っていいものでは――」
知ったことか。
人の命を好き勝手に弄ぶような奴の言葉に耳を貸すことなんてない。
マスターを鷲掴んだ。
静電気に似た痛みが一瞬走り、なにかが流れ込んでくる。
ずっとぼんやりとだが確信があった。マスターに触れれば、その力を奪えると。
それほどの力が僕の中に宿っていると。
間違いじゃなかった。
体の中に入ってきたなにかは【星の管理権限】だ。
「返せ! なぜ人間が管理権限を掌握することが出来る!?」
拘束が解けたらしい。マスターが鬼の形相(表情変化なし)で詰めてくる。
と言っても、今や芸達者な言葉を喋るだけの鳥。
恐るるに足らない。
「貴様は何者だ!?」
僕はマスターを投げ捨てて回答する。
「言っただろ? この地獄を繰り返しただけの魔法少女だよ」
「……貴様が魔法少女になったのは今回が初だ。そんなことはありえない」
「いや、それがありえるんだな。だって……」
僕でさえも知らない能力があった。
知られればなにが起きるか分からないから隠し続けていた能力。
「だって僕は死ぬたびに、この【マーダー・パレード】の開始直後に戻っているから」
「なん……だと……」
「それだけじゃない。お前なら知っているだろうけど、悪意の力は魂に付随する。僕は死ぬたびに悪意の力と共に過去に戻り、その力は蓄積していった」
事態を受け止められないんだろう。
マスターはピクリとも動かない。
哀れなものだ。
そんな哀れな存在に歩み寄る。
「お前は星の管理者を名乗り、星の運命を憂いていた。だから【マーダー・パレード】を開催したと最初は思っていた。だけど何度も繰り返す中で、それは間違いだって気付いた。お前が恐れていたのは自分を超えた存在の確定。【マーダー・パレード】はその芽を摘む為の儀式だった。違うか?」
「……」
沈黙は肯定。
ならこれ以上聞くことはない。
「さてと、じゃあやるとしますか」
「なにをする気だ!」
「再構築」
返事を聞いて、マスターは飛びかかってくる。
もう無力だっていうのに健気なものだ。
再度鷲掴みにする。
「星の運命を書き換える気か! やめろ! 神を気取るな! 人間! その力は己が私欲の為に使用するものではない!」
知るかよ。
私欲だっていい。僕は決意しているんだ。
その為なら地球が、そこに住む命がどうなろうと知ったこっちゃない。
「必要のないものは消す。まずはお前だ、マスター」
「や……やめ――」
少し手に力を込めると、アナログテレビの電源を消したように、プツンとマスターの姿がハートの国から、いや、この世から消え去った。
「邪魔者はいなくなった。やろうか」
今の僕ならなんだって出来る。
この力で僕は……。
不意に背後に気配を感じた。
「なにしてるの……? 叶ちゃん」
「ああ、時間が来ちゃってたか。もっと遠くに飛ばせばよかったな」
もう会うつもりはなかったんだけどな。
「どういうこと。説明して」
振り向けない。顔を見れば決意が揺らいでしまうと思うから。
「大丈夫。【マーダー・パレード】は終わった。かりんは帰れる」
「かりん『は』ってなに? ちゃんとこっち向いて喋って! 叶ちゃん!」
なんでこういうときだけ察しがいいかな。
なにも言わずにさよならしたいというのが建前。本音は喋りたい、伝えたい。
僕の道のりを、想いを。
「僕は……何度も何度も【マーダー・パレード】を繰り返してきた」
百や二百はくだらない。何千、何万、何億……もっと多いかもしれない。
「最初はなにも分からないまま殺された。でも目を覚ますと、ここに来た直後の時間に戻っていた。未来のことを知っているのは僕だけ。そして、やり直すことが出来るのも僕だけ。だから数え切れないほど戦って死んだ」
勇花に殺された。フィロに殺された。ぴいなに殺された。雫に殺された。南雲に殺された。ドレミに殺された。小金に殺された。大火に殺された。忍に殺された。
そんな相手と手を組むことだって何度もあった。
「地獄の世界で、かりんが生き残る未来に辿り着くまで戻り続けた」
最初に踏み出す足で、喋る言葉で、簡単に未来は変わる。
いくら経験しようが、同じ未来は歩めない。
雲を掴むような苦行。
何度気が狂いそうになったか。投げ捨てたくなったか。
それでも、戻るたびに感じたかりんの温度が僕を前へと歩ませた。
なにをなげうってでも成し遂げるという覚悟を与えてくれた。
「それがようやく終わったんだ。僕は要領も悪くて不器用だから、随分と時間が掛かっちゃったけどね」
自嘲すると感情が込み上がってきた。
そうだ。もう終わったんだ。これでかりんといられるのは、会えるのは最期なんだ。
口にする資格はない。だけど意思に反して溢れてしまう。
「幸せだったなぁ……」
ずっと隣にいてくれた。いさせてくれた。
出会ったあの日から、僕はずっとかりんに支えられ続けている。
それはなんてことのない日常の崩壊。
僕が小学生の頃にお母さんが宗教にハマり、お父さんが出ていって、なし崩しの転落人生。
その日の食事さえもままならず、今にも崩れ落ちそうな細道を歩く毎日。
そして家の噂が広まり、誰も僕に関わらなくなった中でも、かりんだけは変わらずに接してくれた。
本当に救われたんだ。キミがいるだけで、僕の歩む先は明るかった。どれだけ壊れていても怖くはなかった。同時に、この光を失いたくないと強く思ったんだ。
「叶ちゃん!」
「来るな!」
駆け寄ろうとしてきたかりんを拒絶しないといけない辛さ。
胸が張り裂けそうなんてものじゃない。
でもこれが僕のけじめだから。
「僕にかりんに向き合う資格なんてない」
手を伸ばしてくれていたのに、結局は耐えきれず、全てを捨てて終わろうとした。
その結果、巻き込んだ。
終わろうとしたのに伸ばされた手を掴んでしまった。光にすがってしまった。
頼む。これ以上、僕に光を見せないでくれ。
でないと僕は……。
「資格ならあるよ」
温もりが僕を包みこんだ。
「叶ちゃんはずっと一人で頑張ってくれたんでしょ?」
耳元で囁かれた言葉に、感情のダムが決壊してしまう。
歯止めが利かなくなってしまう。
「ごめんね、かりん! 僕のせいでこんなところに連れてきてしまった! 僕と出会わなければ、辛い思いをせずに済んだ! 僕はどうしようもない奴だ! ごめん……ごめんね……!」
「そんなことないよ。ずっと叶ちゃんといられて幸せだったもん」
胸元に回っている手に強く引き寄せられ、かりんの鼓動が伝わってくる。
「一緒には帰れないの……?」
「無理だ。僕の力は大きくなりすぎた。もう地球には戻れない」
戻ってしまったら、どんな影響を与えるか想像もつかない。
「それに、こんな悲劇を繰り返さない為にも、僕にはやらないといけないことがある」
「……」
気持ちを落とし込むような長い沈黙を挟んで、かりんは「そっか」と口にした。
受け入れてくれた。そう、思ったんだけど……。
「じゃあ、わたしも残るよ」
想像の斜め上をいく言葉が入ってきた。
かりんらしいな。
でもそれじゃ駄目なんだ。
かりんは本来、ここにいるべき人じゃないんだから。
「ねぇ、かりん。そっち向いていい?」
「ん? いいけど……」
やっぱり最期くらいは悔いを残したくない。
たとえこの選択で新しい後悔が生まれたとしても、この選択をしたことを後悔はしない。
「ありがとう、かりん。大好きだよ」
「わたしも大好――」
僕はかりんの頬に唇を重ねた。
涙は流さない。笑っていよう。
だってこの別れは新たな門出だから。
眠るかりんを抱いて、僕は澄み切った空を見上げた。




