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第20話 手の届く範囲だけでも

 暗い……。


 地下に閉じ込められてから、どれくらい経ったんだろう。

 操っていたぬいぐるみを南雲さんに壊されて、叶ちゃんを助けなきゃって外に出ようとしたら、地響きが起きて生き埋めになってしまった。

 わたし――綿梨(わたなし)かりんの能力【人形劇】はマーキングをした人形やぬいぐるみに魂を憑依させて操れる。でもマーキングをしていたのは最初から持っていたクマのぬいぐるみだけ。

 そのクマのぬいぐるみは壊された……というよりも溶かされてしまったから、今のわたしは無力。

 叶ちゃんのお節介のおかげと言うべきか、ここの地下空間はある程度、形を保っている。

 動けはするけど、でもそれだけ。それ以上はなにも出来ない。


 あのときに似てるな……。


 思い出すのは小学三年生の在りし日の記憶。


「いやだ……開けて……」


 昔から臆病な性格だった。

 オドオドしていて鈍くさくて、周りのみんなの足を引っ張る厄介者。

 集団においては害でしかない。だから嫌がらせをよくされた。

 その日は放課後に体育館の倉庫に閉じ込められた。

 暗くて冷たくて埃っぽい空間。

 助けを呼ぶなんて発想はなかった。だって体育館の周りは普段、人が通らないから。

 真っ暗闇の中、時間の感覚も分からず、怖くて悲しくて辛くて、ずっと泣いていた。

 でも絶対に声は出さなかった。どこか意地みたいなものがあったんだと思う。大きな声で泣けば、近くにいるかもしれないいじめっ子たちが笑うかもしれないと思ったから。

 だから耐えて耐えて耐え続けた。そして流れる涙も尽きた頃、助けなんて来ないだろうと思っていた世界に光が差し込んだ。


「やっぱりまだいた。大丈夫?」


 暗闇に慣れた目からすると、まるで後光が差しているみたいだった。

 助けに来てくれたのは、当時は別クラスだった叶ちゃん。

 その手が若干赤かったことを覚えてる。


「どうして……ここに……?」

「アイツらが楽しそうに喋ってたよ」

「そうじゃなくって……」


 なんで助けに来てくれたのって聞きたかった。


「幼馴染だからね。かりんが困っていれば僕が助ける。だから僕が困ったときは、かりんが助けてよ」

「……うん」


 そのときわたしは決意した。わたしも叶ちゃんみたいに強い人になりたい。困っている人を躊躇いもなく助けられるような人になりたいって。

 叶ちゃんみたいに遠くまでは歩いていけないけど、この手が届く範囲だけは手を伸ばそうって、そう思ったんだ。


 やっぱりすごいよ、叶ちゃんは。

 わたしを閉じ込めていた瓦礫がテレポートしたみたいに姿を消して、照らすように空から光が差し込む。


「お待たせ」

「来てくれるって分かってたから寂しくなかったよ」


 差し出された手を取ると、叶ちゃんがグイッと引っ張り上げてくる。


「わっ!」


 その力は強く、わたしは勢いを止められず、叶ちゃんに抱きついてしまう。

 すると叶ちゃんがギュッと抱き締めてくる。


「無事でよかった」

「叶ちゃん……」


 叶ちゃんの鼓動がすごく早い。

 表情に変化がないから分かりにくいけど、とても心配してくれていたんだ。

 それがどうしようもなく嬉しい。

 思わず頬がほころんでしまうほどに。

 この気持ちをわたしも届けたい。

 だから強く抱き締め返す。


「叶ちゃんも無事でよかった。役に立てなくてごめんね」

「そんなことないよ。かりんはずっと頑張ってくれてる。それよりも南雲がそろそろここに来る。少し移動しよう」


 少し叶ちゃんの空気が張り詰めて、わたしから離れた。

 わたしは叶ちゃんの後ろについていく。

 いったい地上でなにが起きたんだろう。辺り一面が街の面影をなくし、残骸に満ちている。

 遠くのほうには岩山が出来ているし、まるで隕石が落ちたみたいだ。

 不安定な足元に注意を払いながら歩いていく。


「ねぇこれ、なにがあったの?」

「あの岩が落ちてきたんだ」


 叶ちゃんは目立つ岩山を指して言った。


「その衝撃でここら一帯は吹き飛んだ。岩の真下にいたら確実に死んでたよ」


 死んでいた。その言葉に思わず唾を呑み込んだ。

 悲惨な状況を見れば分かる。わたしが生き残ったのは奇跡だ。叶ちゃんが地下室に入れてくれたから、こうしてまた出会うことが出来た。

 もしもあのとき、意地を張ってついて行っていたらと思うとゾッとする。

 それと同時に疑問が沸く。


「ねぇ……翼さんたちは……? どうなったの……?」


 わたしは質問しながら空を見る。

 これが隕石によるものなら、翼ちゃんの能力で助かっているかも知れない。

 けど空にはなにもない。雲一つない。

 ずっと空にいるわけがないだろうから、どこかにいるのかもしれない。けど、姿が見えないというだけで不安が募ってしまう。


「仕方ない犠牲ってやつだ」


 確証があるかは分からない。けれど叶ちゃんははっきりと答えた。


「そう……なんだ」


 叶ちゃんに責任はない。

 わたしたちだって柔さんを相手取っていた。助けに行く余裕なんてなかった。

 でも……。でも……。


「わたしが……足を引っ張ったから……」


 わたしの能力と柔さんの物を溶かす能力は相性が悪い。だから逃げ続けることしか出来なかった。

 わたしの能力が別のものだったら、翼ちゃんと腐破さんを助けられたかもしれないのに……。

 後悔ばかりが溜まっていく。

 結局、わたしは叶ちゃんみたいにはなれていない。真似事をしているだけだ。

 無意識に握る手が震える。


「なに言ってるんだ。かりんはよくやった。南雲は僕たちの手に余る相手だ。僕一人でやっていたら死んでいた。かりんがいたから僕はここにいる。自信を持っていいんだ。かりんはいつもそう。そうやって全部背負い込んで、自分はなにも出来ない人間だって思い込む。その思考は変えるべきだ。かりんは立派だ。だからあのとき、手を伸ばしてくれたんじゃないのか?」

「でも……」


 助けられなかった。そう続けようとして言葉を飲んだ。

 ここでその言葉を出せば、叶ちゃんの優しさを否定することと同じだから。

 だから別の言葉を伝えることにする。


「ううん……ありがとう」


 あのとき――それはハートの国(ここ)に来る直前の話だ。

 ビルの屋上から飛び降りる叶ちゃんの手を掴んだけど、一緒に落ちてしまった。

 助けたかったのに。守りたかったのに。なにも出来なかった。

 あぁ駄目だ。ネガティブモードになってる。悪い癖だ。

 わたしは振り払うように頭を振る。

 とにかく今は生き残ることだけを考えないと。

 出来ることなら、みんなで生き返る道を探したい……。


「かりん、構えて。見つかった」


 叶ちゃんが慌てることなく言い放つと同時、物陰から柔さんが姿を現す。


「仲いいんだね。羨ましい」


 言葉とは裏腹に殺気の籠もった鋭い目つきをしている柔さんのその体は、ぬいぐるみ越しに見たときと変わりはなかった。

 出会ったときから負っていた傷があるだけだ。この災害の怪我はないらしい。

 叶ちゃんもだけど、被害の規模からして、よく無事だったなと思う。

 予想だけど、柔さんは地中に逃げたのかな。地面を柔らかくしてその中を泳いだりしていたし。

 叶ちゃんは……。あとで聞いてみよう。

 まずはこの危機を乗り越えないと。

 叶ちゃんがわたしから離れ、銃を柔さんに向ける。


「別に怖くないよ。だってそれ、殺せないじゃん」


 柔さんは構えることすらしない。嘲るように腰に左手を当てて言う。

 そんな柔さんの態度に、叶ちゃんは淡々と返す。


「でも動きは止められる」


 初めのほうに教えてくれたんだけど、叶ちゃんは撃った人や物の動きを止めたり、未来に飛ばすことが出来るらしい。

 だから柔さんとの戦闘では何度も銃を使って、柔さんの動きを止めていた。

 さっき瓦礫が消えたのだって未来に飛ばしたから。

 戦わないという選択肢の中だったら、叶ちゃんの能力はとても強力。

 見ていた限り、近接戦闘をするしかなさそうな柔さんとの相性はいい。体に少しでも触れたら溶かしてしまう柔さんとわたしの能力は相性最悪だけど……。


「じゃあやってみなよ!」


 柔さんが正面から攻めてきた。

 わたしはどうすればいい? 操れる物もない。叶ちゃんの背中に隠れていることしかできないの?

 もっと戦いに備えるべきだった。逃げていれば全部終わるなんて都合のいい妄想でしかなかった。このままだと、叶ちゃんにばかり負担をかけてしまう。

 なにか。なにかないの……?

 だけど見渡してもあるのはぐちゃぐちゃに壊れた家や道路の残骸だけ。

 わたしがなにも出来ない間に、叶ちゃんが銃を撃った。


「ちぃっ……!」


 けど、地中に潜った柔さんには避けられてしまう。


「走るぞ!」


 叶ちゃんに手を引かれて、残骸の上を駆ける。

 瓦礫の積み重なった不安定な足元だ。注意しないと足を取られる。

 どのタイミングで柔さんが出てくるか分からない中、警戒しながら移動を続けていると――


「っ!?」

「うわっ!」


 突然、地面が陥没した。

 まるで巨大な蟻地獄。瓦礫と一緒に中心にいる柔さんのもとへと引きずり込まれていく。


「いらっしゃーい」


 脱出しようとするけど、踏ん張りも効かず、瓦礫の波が襲い来る。

 魔法少女の体は丈夫で押しつぶされることはない。その点では安心だけど、瓦礫の重さで自由に動くことすらままならない。


「叶……ちゃん!」


 手が離れてしまった。

 瓦礫に呑まれて、どこかに行ってしまった。

 手の届く距離だけでも助けると決意したのに……。一番守りたい人すら助けられない。

 こみ上げる後悔が涙に変わっていく。


 いや……違う。まだだ! まだ諦めるわけにはいかない!

 憧れに少しでも近づく為に! 変わるって決めたんだ!


「叶ちゃ……。叶ちゃん!」


 必死に瓦礫の中に手を入れて、手当たり次第に探す。

 触れるのは固いものばかり。そこに命は感じられない。

 時間はない。どんどんと柔さんの元へと引き寄せられていく。

 早くしないと。このままじゃ……。このままじゃ殺される。


「っ!」


 指先に柔らかく、温かみのあるなにかが触れた。

 きっと叶ちゃんだ!


「叶ちゃん……! ここ……だよ!」


 居場所を知らせ、手を伸ばし続ける。

 近くにいる。わたしが助ける。

 何度も叶ちゃんにかするけど、あと少しが足りない。

 けど絶対に諦めてたまるもんか!


「んんん!」


 叶ちゃんの手を掴んだ。

 なにがあっても放さない。

 強く握ると、答えるように手を掴み返してくる。

 今度こそ、掴んだ手を引き寄せてみせる。

 もう同じ後悔を繰り返したりしない!


「んああああ!」


 わたしはありったけの力で叶ちゃんを引き上げた。

 瓦礫の中から叶ちゃんが顔を出した。

 汚れてはいるけど、怪我はないみたいで胸を撫で下ろす。


「ありがとう、かりん。助かった」

「うん。でもまだだよ」


 そう。現状、なにも解決はしていない。

 未だ蟻地獄の中。叶ちゃんもわたしも助かってはいない。


「かりん。これを使って」


 そう言って差し出してきたのは、鳥のぬいぐるみだった。

 瓦礫にもみくちゃにされている中でも、打開策を模索していたんだ。

 やっぱり叶ちゃんはすごいよ……。


「ありがとう」


 期待に応えないわけにはいかない。

 繋いだ手を今度は放さないように、しかと握って魂をぬいぐるみに憑依させる。

 ぬいぐるみが自分になるのは不思議な感覚だ。

 痛覚以外の感覚全てが乗り移って、元々その体で過ごしていたんじゃないかって思わせてくる。なのにどこか俯瞰しているみたいで、ロボットの遠隔操作と内部からの操作がごちゃまぜになっているみたいな状態。

 大丈夫だよ、叶ちゃん。今すぐ助け出すから!

 能力で大きくなったぬいぐるみの足で、意識のなくなったわたしを抱える叶ちゃんを掴んで、羽を羽ばたかせる。

 風が羽に絡みついて、一瞬にして蟻地獄から飛び出していく。


「はぁ? なにそれズルじゃん」


 蟻地獄の中心にいる柔さんが眉をひそめる。

 ズルい? なにもズルくなんてない。死なない為に足掻くことは当たり前だよ。


「予想外なことになったけど、かりんのお陰で助かった。このまま遠くに逃げよう。」


 声は出せないから頷いて遠くに飛んでいく。

 一度羽を動かすと、大きく前進する。

 まるで風と一体になったみたいだ。

 このまま空高くまで逃げていけば、誰にも狙われないんじゃないかな。

 そのとき突然――右の羽がもげた。


「クソッ……! もう来たのか……!」


 わたしが状況を把握出来ない中、叶ちゃんは唇を噛み締めて言った。


「かりん! 僕を放せ!」


 慌てて放すと、その瞬間、なにかが大量にぬいぐるみの体を貫き引き裂いた。

 一定以上破損したぬいぐるみや人形には魂を憑依させておけない。

 強制的に肉体に戻される。


「はぁ……はぁ……はぁ……!」


 二度目だけど慣れない。

 言うなれば、超リアル型VRゲームの電源を無理やり落とされたみたいな感じ。

 そこに痛みはなくても、体を粉々にされる感覚が加わっている。

 胃の中がぐるぐるとする。


「かりん、大丈夫か」


 わたしを抱えたまま着地して、叶ちゃんが心配そうに覗き込んでくる。


「うん……大丈夫だよ」


 贅沢を言えば休みたい。でも今はそんなことを言っていられる状況じゃない。


「早く逃げないと……」


 肩を貸そうとしてくれる叶ちゃんから離れようとした。


「危ない!」


 いきなり叶ちゃんに押し倒されると、頭上を大量のなにかが高速で過ぎ去っていく。

 急いで立ち上がって、なにかが飛んできた方向を見ると、そこには血だらけのウェディングドレスに身を包んだ女の子――フィロさんが肩で息をしてこちらを睨んでいた。

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