第2話 誰が為
あーし、柔南雲があの人殺しに物申した瞬間、誰かが煙玉を投げて粉塵爆発を起こした。
とんでもない子もいたもんだ。下手したら自分もろとも死ぬっていうのに、迷いなく殺しを選ぶなんて。
あーしは能力を使ってすぐに逃げたけど、もしかしたら誰か巻き込まれてしまったかもしれない。
「馬鹿みたい。自分が生き返るために誰かを殺すなんて。人間のやることじゃないでしょ」
商店街の通路に転がる空き缶を蹴ると、軽快な音が反響する。
いったい命をなんだと思っているのか。自分のためなら他人を蹴落としていいなんて考え、虫酸が走る。
あーしは殺し合いなんかに参加しない。
だから今はとにかく会場っぽいところからひたすら遠ざかっていた。
ここはどこかの商店街。寂れたと言ったら失礼だと思うから、レトロな感じと言ったほうがいいかな。昭和チックな雰囲気を残しながらシャッター街にはなってなくて、活気はある程度はあるんだろうなと思える。
店ももう開いてる。だけどどこにも人はいない。
八百屋も魚屋も肉屋も、品だけ置いて店番はいない。家電量販店のテレビたちも砂嵐を流してる。
ここ以外も全部がそう。まるであーしらだけがこの世界に取り残されたみたいだ。
「どこに行くんだっピ?」
家電量販店の前を横切ると、ふいにテレビからマスターを名乗っていた鳥の声が聞こえた。
足を止めてテレビに目をやると、砂嵐の中にはマスターが映っていた。
「帰るんだけど。あーしは殺し合いなんてしない。マーダー・パレードとかいうやつには参加しない」
「残念だけど拒否権はないよ。招かれた時点で参加は決定事項だっピ」
「知ったこっちゃないっての。とにかくあーしは帰るから」
「どこに?」
「家に」
「弟のために?」
耳を疑った。どうしてこいつがハルトのことを。
焦りを見せたら付け入られる気がした。だから努めて冷静に返す。
「なんであんたが弟のこと知ってんの?」
「南雲には5つ下の腹違いの弟のハルトがいる」
名前まで……。
「ハルトは心臓が悪いんだねっピ。移植手術をしないと長くはない。だけど移植には多額の手術費用がいる。南雲はその資金を集めている途中で死んだ」
「なっ……」
それは個人情報だろ。
管理者ってのは、人の私生活を覗き見出来るのか。
「詳しいじゃん。じゃあ、あーしの死因も知ってるんだ」
「薬物中毒」
「へぇ……。キモッ」
全部筒抜けってわけだ。
星の管理者様はずいぶんと万能らしい。
ということは一つの仮説が立てることが出来る。
「あーしのことそんなに詳しいんだから、他の子のことも知ってるんでしょ? つまりあんたは、生に固執した子をここに集めてる。違う?」
「その通りだっピ。これも浄化を効率よく進めるため。いいアイデアだと思ったっピ」
「じゃあ残念だったね。一人脱落だよ。あーしは生き返りたいと思わないから」
再び歩みを進めようとした。
けどマスターの言葉があーしの足を掴む。
「だったらなんで家に帰ろうとしてるんだっピ?」
嫌なところを突いてくる。
帰りたい理由? そんなの一つしかないでしょ。
「最期に大事な家族に会いたいと思っちゃいけないの?」
生き返りたいとは本当に思ってない。もう疲れ切ってしまったから。
生まれたときからハルトには心臓に疾患があった。
だからハルトが家に来てからママは一日中ハルトにつきっきりで、あーしには構ってくれなくなった。
寂しかった。なにをしてもハルトが中心。幼いながらに必死にアピールしても見向きもしてくれない。
お姉ちゃんだから。ハルトは大変だから。嫌というほど聞いたその言葉で、ママはあーしに壁を作った。
なにをしてもその壁は壊れない。
でも、あるとき気付いた。その壁は壊すものじゃないんだって。
そのきっかけはハルトの世話をさせられてた時だった。ハルトを介せば、ママはあーしを見てくれた。ハルトを利用すれば、壁の向こう側に招いてくれた。
嬉しかった。どんな理由でも、ママがあーしを見てくれたことが。
だけど、その幸せはずっとは続かなかった。
ハルトの様態が悪化したんだ。
それからはまた独りぼっちになった。
それで結局、独りぼっちのまま死んだ。
ハルトを治せば、ママがあーしを見てくれると思ったのに、その願いも叶わなかった。
「あーしはもう疲れた。だから最期くらい家でゆっくりしたい」
ようやく解放されたんだ。届きそうで届かない、そんな生殺しの地獄から。
だから最期くらいささやかな願いを叶えたいと思ってなにが悪い。
「でもここに南雲の家はないっピ。ここは星の一部をコピーしただけの場所。残念だけど南雲の住む場所はない。人間も他の生物もいない。どれだけ歩いても帰れないっピ」
「そんなこと最初から分かってるっての。そういうリアルの押し付けやめてくんない?」
叶わないと分かっていても、もしかしたらって希望を捨てられない。それが人間だ。
「生き返って、またお金稼がなくていいっピ?」
「うるさい」
じわりと心に黒いシミが湧く。
「弟のために頑張らなくていいっピ?」
「うるさいうるさい」
ゆっくりと、だけど確実に広がり始める。
「南雲が生き返らないと弟も死ぬっピ」
「うるさいうるさいうるさい」
これが何なのかは分からない。でも広がるたびに苛立ちが増していく。
「知らない男と一緒に寝てお金をもらわないっピ?」
「うるさいうるさいうるさいうるさい」
あーしの心に土足で踏み込むな。知ったような口を利くな。あーしの苦しみも知らないくせに。
「ママに振り向いてもらいたくないっピ?」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!」
怒りに任せてマスターの映るテレビを手で払い、テレビを熱したスプーンでアイスをすくうかのように溶かして壊す。
「お前になにが分かるんだよ! ハルトの手術費を稼ぐためにあーしがどんな思いだったか! 大金がいるんだ! 一回やそこらじゃない! 何回、何十回、何百回! 体の中に他人が入ってくる気持ち悪さがお前に分かんのかよ! 玩具みたいに扱われる怖さが分かんのかよ! 終わったあと、いっつも吐いてんだ! 体の中に入ったぐちゃぐちゃした気持ち悪いのを全部吐いてんだ! その辛さがお前なんかに分かんのかよ!」
みっともない。ずっと独りで抱えてきた気持ちをほじくられて、子どもみたいに怒鳴り散らかして。
こいつは殺し合いに参加させたいだけだ。
そのためなら構わず導火線に火をつける。
惑わされるな。相手は人じゃない。心のない悪魔だ。
「でもやめなかった」
別のテレビに何事もなかったかのようにマスターが再び現れる。
「弟が治れば、母親が自分を見てくれるようになると思っていたから。それだけじゃない。南雲は弟の幸せも願っている。ずっと苦しみの中にいたのに、みんなで幸せを掴む道を求め続けた。その道筋でどれだけ自分が傷つくことになっても」
耳を傾けちゃいけないって分かってるのに水面が揺れる。
心の中に土足で踏み込んだ挙句、整理をつけてだまくらかしていた気持ちという棚を壊してくる。
そうして無理やり本心に向き合わせようとしてくる。
「南雲は弟を憎んでいる。でも同時に愛している。母と弟にもう一度会いたくはないのかい? っピ」
やっぱりこいつは悪魔だ。
耳障りのいいことを言って、人をたぶらかせる正真正銘の悪魔。
この心に広がっている黒いのは後悔だ。
分かってる。ハルトが大好きだ。ママも大好きだ。
ママに振り向いてもらいたいのも本心。ハルトを助けたいのも本心。休みたいのも……本心だ。
「なんでこうなっちゃうのかなぁ……。もう全部、諦めがついたと思ったのに」
自分の芯の緩さに苦笑する。
「あんた、星の流れに干渉し過ぎんのダメなんでしょ? 死人を生き返らせるのと、病気を治すの、どっちの方が干渉度合い低いの?」
「病気を治す方が低いっピ」
「じゃあさ」
人生は果実だ。丁寧に丁寧に水をやって肥料をやって、愛情を持って育てれば極上になる。でもふとしたきっかけで、少しでも腐り始めると、もう元には戻らない。
あーしはもう腐ってる。腐り落ちてしまった。だから今更、枝に戻ろうとも思わない。
肥料として、そこに育つ果実を輝かせる。
それが願い。
「あーしが生き返る代わりにハルトの心臓治してよ。そうしたらあんたの口車に乗ってあげる」
「分かったっピ」
マスターは迷いなく了承すると、テレビから姿を消した。
地獄にも希望の種は落ちているらしい。
「ハルト、待っててね。あーしが助けてあげるから」
あーしは踵を返した。
これから始めるのは自分のためじゃない。ハルトのための【マーダー・パレード】だ。




