第17話 ゾンビの襲撃
七音、雫の死亡と同時刻。十数キロ離れた場所に位置する河川。
かつて清流の音が耳を潤わせていたその地は姿を変え、数多の爆撃を受けたかのようなクレーターと泥水と鮮血の流れる地となっていた。
そしてその場所に――
「なぁ、お姫様よ。もう一回言ってくれよ。なんだっけ? 『貴方が罪を犯す前に、アタシが罪を被る』だっけか?」
オレ――大兼小金は、巨大化させた石に足を組みながら座って聞く。だが相手からの返事はない。
フィロ・ラム・リェーズヴィエ。正義勇花を殺したときはビビったが、オレの手に掛かれば赤子の手を捻るようなもんだ。
今や串刺し状態。石と同じく巨大化させた釘の数々を喰らって、戦闘不能になっている。
でかい口叩いた結果が針山の大将なんて滑稽もいいところだ。
「おい、答えろよ」
戦斧を薙いで釘を壊すと、フィロは短い悲鳴を上げて水溜りの中に落ちる。
澄まし顔も形無し。惨めなもんだ。
「おっと、変な気は起こすなよ。今のオレは気分がいい。暴れないんだったら延命はしてやる」
起き上がろうとするフィロの頭上に戦斧を向けて警告する。
いい目をしてやがる。喉元を食い千切らんと言わんばかりの迫力だ。
「一方的に攻撃してきやがったからな。ようやく話せるんだ。ブレイクタイムといこうぜ」
「なぜ……、アナタは戦……かうの……?」
「お? 合法的に殺せるからに決まってんだろ。オレが大人しい人間だとでも思ってたか? 誰だって猫被んだろ。騙し、謀り、欺き、誑かす。それが人間だ」
嫌というほど知っている。
それがオレの過ごしてきた世界だったから。
本性を隠し、皮を被って偽りの姿で生きるのが人間ってやつだ。
それを見抜けない馬鹿共は、そんな皮被り野郎を妄信し、搾取され続ける。
「この世界はいいよな。自分を偽らなくていい。暴力がこんなにも爽快なもんだって知らなかった。生まれ変わったような気分だぜ。だからお前には感謝してる。せっかくの制服をボロボロにされたのはいただけねぇけどな」
「アナタは……狂ってる」
「そうさ。オレは狂ってる。だからこの世界を楽しめるんだ」
「それは……悪意に呑まれてる……からよ」
まるで自分は違うみたいな言い方だな。
こんな状態になっても、そんなことが言える神経の図太さには感心ものだ。
「だったらテメェのそれはなんだよ。正義勇花を殺し、オレを殺そうとした。なにが違う?」
「アタシは……、殺しを楽しんではいない。自分が生き返るつもりもない……。他の人が道を踏み外すことを……止めたいだけ」
ずいぶんと高尚な志だ。
けど――
「一緒だな。過程なんて関係ねぇ。物事ってのは結果が全てなんだよ。どんな信念があろうが、殺しをしている時点で同類。それは覆らねぇ」
だから結果が同じになるなら楽しまなければ損というものだ。
そうではなければ苦しいだけ。
「一つ、昔話をしてやるよ」
それは一人の女のなんの実りもなかった生涯。
「ある家に一人の女の子が産まれた。一等地に家を構え、なに不自由ない暮らしが保証される環境も整っていた。だが、女の子に自由はなかった。その一家はとある宗教の教祖だったからだ。女の子は宗教のシンボルとして、不自由のない暮らしの中で自由を制限されて育てられた。初めはなにも思わなかった。人に崇められることに高揚感すら抱いていた。己の使命に疑問すら抱かなかった。だがあるとき、親が信者を言いくるめて、犯罪紛いの行為をしていることを知った。女の子は止めようとした。だが、所詮はお飾りのシンボル。親も信者も誰も耳を貸さない。そうこうしている内に、その犯罪の被害者が復讐を企てた。その結果、その宗教は壊滅。シンボルとして君臨していた女の子も殺されてしまいましたとさ」
「それが……アナタ……」
「ちげーよ。昔話って言っただろ」
どこの誰とも知れない、憐れな女の話だ。
「つまりだ。さっきも言ったが、どれだけ講釈垂れようが、結果が全てだってことだよ。誰も中身なんか見ねぇ。だからオレはやりたいようにする。この世界の結末なんて分かりきってるからな。て、わけだから」
そろそろとどめを刺すかと戦斧を振り上げる。
ふと、後方に気配を感じた。
「あ?」
振り向いてみると、川を繋ぐ橋の上に二人の女子がいた。
全身大火傷と腹部裂傷。どう見たって生きた人間じゃない。
なのに動いているということは。
「ゾンビってやつか。面白いじゃねぇか」
火傷野郎は識別不能で誰かは分からねぇが、腹部裂傷の方は五十嵐大火だ。
死んで尚、戦わされ続ける姿に憐れみを感じていると、五十嵐大火が右手を突き出して炎を噴射してきた。
まるで炎の波だ。座っていた石から下りて、盾に使える物を探す。
「お、これいいな」
平べったい石を拾って身の丈以上に巨大化させる。炎は石に阻まれ、左右を流れていく。
ついででフィロも救っちまったが、まぁどうでもいい。
「お姫様。アンタを殺すのは後回しにしてやる。死にたくなかったら動きな」
動けるかどうか知らないけど。
さてと、次はこっちの番だ。
炎が途切れたタイミングで飛び出し、戦斧を振るう。
「さぁ、防いでみろ!」
まだ五十嵐大火のところまでは距離がある。
届かないと思ってんだろ。そんな顔をしてるぜ。表情変わんねぇけど。
だが残念! オレに距離は関係ねぇ!
オレの能力は【サイズ変換】。生物以外なんであれ、触れた物のサイズを自由に変えられる。
「どらぁ!」
勢いそのままに戦斧を巨大化させて、橋もろとも二人を叩き潰した。
豪快な音を立てて、橋が崩れていく。
その中から飛び出す、二つの人影。
「逃さねぇよ!」
戦斧を縮小させて回収。足下に転がる石を適当に鷲掴みにして全力で投擲する。
数は四。
「潰れろ!」
一瞬にして一軒家ほどの大きさになった石が、スピードそのままに二人に襲いかかる。
巨大化に比例して質量も大きくなる。普通なら潰されて終わりだが……。
「ま、そう簡単にはいかねぇか」
片や石を熱で溶かし、片や石を真っ二つに斬って、姿を現した。
「二対一! やってやろうじゃねぇか!」
オレは走りながら考える。
五十嵐大火は炎系の能力。先の二つの行動を見るに、超高温、広範囲に炎を扱える。遠近両刀のタイプだろう。
もう一人は、なにで石を斬った? 布か? ということは近距離から中距離と見たほうがいいか。
おそらくまだ隠し玉はあると考えて……。それでも狙うのは五十嵐大火だ。
答えは単純。そちらのほうが危険度が高いから。
「そら!」
再度石を拾って、今度は車ほどの大きさにして投げつける。
当てる為じゃない。分断の為だ。
作戦通り、二人の間に石を投げ込んだことで、左右に分かれた。
今の内に五十嵐大火を仕留める!
反撃の隙も与えない速攻で!
ポケットに入れてあった無数の釘を投げつけ、五十嵐大火の正面で巨大化させる。
どう逃げようと、四方八方に伸びた尖端が体を貫く不可避の攻撃。
フィロと同じく串刺しになって終わり……かと思ったが。
「マジか」
大火は攻撃をくらう直前に炎で体を覆って、釘を溶かしやがった。
「だったら溶かせねぇくらい浴びせてやるよ!」
今度は砂利だ。
巨大岩石の雨あられ。これならどうだ。
轟音を立てながら、巨大な岩山が出来上がった。
そこに布が襲ってくる。
弾こうと戦斧を振ったが――
「っ!?」
布は刃のようにはなっておらず、戦斧に巻き付いた。
そして火傷女は戦斧ごとオレを振り回し始める。
岩山にでも叩きつける腹積もりだろう。
だが狙い通りにはさせねぇ。
戦斧を縮小させて、帯の拘束から抜け出す。
「お返しだ!」
オレは戦斧を縮小させた影響で飛ばされる最中、ポケットに残っている釘をプレゼントした。
お相手もいきなりオレが帯から抜けた影響でバランスを崩している。
隙だらけだ。
眼前で釘を巨大化させると、火傷女の全身を釘が貫く。
それを見届けて、オレは衝撃を殺して着地する。
「おいおい、そんな状態でも動くのかよ。気持ちわりぃな」
火傷女は頭、胴、手脚、全てに釘が刺さっているにも関わらず、必死に抜け出そうと動いている。
つまり、ゾンビ映画みたいに頭を壊して終わりじゃないというわけだ。
厄介極まりない。この調子なら、すり潰しても肉片が動きそうだ。
「まぁ手も使えない、足も使えないその状態なら詰みだ。最後までそこでもがいてな」
さてと、ゾンビの始末は完了した。
今度はフィロを始末するか。
そう思い辺りを見渡すが、フィロの姿はない。
戦っている間に逃げたらしい。当たり前だな。深手を負った状態でここにいたって盾か的にされるだけだ。
「ま、アイツ、ほっといても死ぬだろうしな……」
わざわざ探し出してまで殺す必要はないか。
野垂れ死ぬだろう。
それならばどうするか。
他の魔法少女を探しに行こうかどうか迷っていると、五十嵐大火の上にある岩山が火山の噴火のように吹き飛んだ。
「うぜぇ。潰れてろよ」
岩山に抑え込まれていた熱が自由に飛び交い、一帯の空気を乾燥させる。
凄まじい熱だ。辺りの水が湯気だけじゃなく沸騰してやがる。
「頭冷やせよ!」
足元の水を掬って、炎に向かって飛ばす。
もちろん水だってサイズ変換出来るんだ。ありったけ巨大化させて、津波を引き起こす。
さすがの炎使いも大量の質量の前では為す術なし。
津波に呑まれて、火傷女や瓦礫もろとも流れていく。
「っと、逆流してきやがった」
津波がこっちにも流れてきた。
自分で生み出して呑まれているようでは本末転倒もいいところだ。
「あっ、そうだ」
いいことを思いついた。
足下にあった円柱状の石を巨大化させ、その勢いを利用して自分を上空へと押し出す。
猛スピード故に鞭のように風が肌を打つ。冷えた空気が体温を一気に奪っていく。
雲が近づいてきた。それでも速度は落ちない。そのまま雲を突き抜ける。
「ずいぶんとまぁ派手にやってんのな」
視界一面に広大な景色が広がった。
果てなく続く無人の星。我が物顔で戦いの痕跡だけが跋扈している。さすがに肉眼では魔法少女たちの姿は見えない。
到達したその場所はおそらく成層圏だ。
空気が薄い。それだけでなく真冬並みの寒さ。
魔法少女の体だからこそ耐えられるが、そうでなければとっくに死んでいるな。
「んじゃ、もっと派手にしてやるか」
まず取り出したハンカチを巨大化させて、パラシュートを作る。
続けて先ほど一緒に拾っていた石ころを投げ捨て――巨大化させる。
直径十数キロメートルの巨岩だ。
それが上空十数キロメートルから落下。隕石に等しいだろう。
「さぁ、誰が生き残るだろうな?」
空を漂いながら見守る。
巨大過ぎて落ちているようには見えない。
だが確実に落ちて行っている巨岩は、雲を消し飛ばし、空気を震わせ、そして――
地面に接触すると、防御すら意味をなさない衝撃波を撒き散らし、有無を言わさず全てを破壊した。




