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第15話 花園へ

 ずっと意識ははっきりしていました。だからこの行動はわたくし――腐破雫(ふわしずく)が選択したもの。

 あのときは助けなければと思ったのです。たとえそれがお友達であったとしても、ドレミさんに仇なす者ならば排除しなければと。そう思ったのです。ファンですから。

 歌を聴いてから、わたくしはドレミさんを盲信してしまい、その結果―――


「あぁ……あぁ……、あぁ……」


 転げ落ちた庭の上。

 わたくしは自身の犯した過ちを受け入れられずにいました。


「わたくしは……なんてことを……なんで……なんで……」


 翼さんの胸に深々と刺さった【気高き令嬢ヌル・ローズ・サン・エピヌ】。

 それは間違いなく、わたくしが刺したもの。

 地獄で見つけた一輪の花。守りたくて、その為に戦いに挑んだというのに……。

 なにを思ったか、ドレミさんのファンを名乗り、自らの意思で凶行に走った。

 わたくし自身の手で花を摘んでしまった。

 後悔なんて言葉じゃ表しきれません。絶望なんて生ぬるい。受け入れ難い現実に気が狂いそうです。


「止まって! 止まってください!」


気高き令嬢ヌル・ローズ・サン・エピヌ】を投げ捨てますが、翼さんの左胸から腐敗が進んでいきます。


「よ……かった……。おねえ……さん……、戻った……のだ」


 翼さんの弱々しく、今にも消えてしまいそうな声が耳に入ってきます。

 なにもよくありません! わたくしのせいで……わたくしのせいで翼さんが……!


「シェリフ! シェリフ! 翼さんを助けてください! お願いします! このままでは……翼さんが!」


気高き令嬢ヌル・ローズ・サン・エピヌ】の腐敗はわたくしの意思では止められない。

 ですがわたくし以外ならば。

 すがる思いで助けを乞いました。

 しかし返ってくる言葉はありません。


「シェリフ! 貴方はいつもわたくしを勇気づけてくれたでしょう! 助けてくれたでしょう! 翼さんを助けてください! シェリフ! シェリフ!」


 いくら呼ぼうとも返事はありません。


「お願いですから助けてください……。貴方しか頼れる相手はいないんです……」


 どれだけ願おうとも、シェリフは現れません。

 どこに……行ってしまったの?

 いえ……もうそれはやめるべきですわ。問い掛けても無意味ですから。

 本当は知っています。シェリフなんて人物はこの世に存在しないと。

 だってシェリフは、わたくしが孤独を、辛い日々を乗り越える為に生み出したイマジナリーフレンドなのですから。

 ずっと気づかないふりをしていただけ。ここに来てからも、来る前からも、やっていたのは一人芝居。

 シェリフは対等なお友達を欲していたわたくしの幻影にすぎないのです。

 そうだと分かっているのに、幻影にすがることしか出来ない無力。

 わたくしはただ無様に涙を流すことしか出来ません。


「泣か……ないで……、ほしい……のだ」


 枝葉のように細い手が、震えながらわたくしの頬に伸びてきます。

 触れると冷たく、ですがしっかりと熱を感じます。

 まだ確かに、ここに生きています。


「どうして……、どうして剣を捨てたんですか!」


 怒りの矛先が間違っていることくらい分かっています。

 ですが、止められませんでした。

 自らを犠牲にする道を選択した翼さんにわたくしの中にある自責をぶつけてしまいます。


「だって……、おねえ……さん……を……傷……つけちゃう……から……」

「傷つけてよかったんです! わたくしは貴方を守れればそれでよかった!」


 交友関係を支配され、自由なんてなかった人生の中で、初めて出来た本当のお友達。

 貴方を守れれば、この身がいくら傷つこうとも構わないほどの気持ちがあった。

 なのに……なのに……貴方は……。


「ぼくも……おねえさん……を、……助け……たかった……のだ。初……めて……出来……た、友……達……だった……から……」


 頬に伸びていた手が重みを帯びてきます。

 腐敗が心臓付近にまで広がっていきます。

 止まって! 止まって! 止まって止まって止まって止まって止まって止まって止まって!


「大……好き……なの……だ。雫……おねえ……さ……」

「いやあああああああああああああああああああああああ!」


 まるで苦痛なんてないかのような笑みを浮かべて、翼さんは動かなくなりました。

 それでも腐敗は止まりません。

 翼さんが消えていく。

 塵となって崩れていく。


「駄目です! いや! いやぁ! やめて!」


 どんどんと小さくなっていく。

 止まらない。止められない。

 翼さんがいなくなってしまいます!

 どれだけ叫ぼうと、どれほど願おうと、残酷にも時は進み続けます。

 胴が消え、顔が消え、足が消え――そして。

 掴んでいた手が崩れ落ち、風に乗って消えていきました。


「うぅ……。わあああああああああああああああ!」


 わたくしが殺した。自らの意思で殺意を持って、取り返しのつかない事態を招いた。

 心が張り裂けそうなほど苦しい。このまま張り裂けて死ねばいい。

 殺人鬼の裏切り者。理想を語り、たぶらかすだけの詐欺師。

 死ね! 死ね! 死ね! 翼さんではなく、死ぬべきはお前ですわ! 腐破雫(ふわしずく)


「なぜ翼さんが死ななければならなかったのですか……。なぜですか!」


 天に向かって叫んでも、答えなんてやっては来ません。

 ただただ怒りと悲しみが頬を伝うだけです。

 そんなわたくしのもとに足音が近づいてきます。

 顔を向けてみると、体の底から煮え返る憎悪が溢れ出してきました。

 歩んできていたのはドレミさん。顔の右半分が爛れ、生気を失った目で、こちらに歩んできています。

 その首元は赤く染まっていて、切断されたような跡もあります。

 それらの視覚情報から推測するに、このドレミさんは既に亡くなっている。いわゆるゾンビという存在なのでしょう。


 だからなんだというのですか!

 生きていようが死んでいようが関係ありません!


「あぁうあ!」


気高き令嬢ヌル・ローズ・サン・エピヌ】を拾い、胸元に突き刺して押し倒し、馬乗りになって、何度も何度も何度も何度も何度も突き刺しました。

 体が朽ちていこうとも関係ありません。ひたすら刃に憎悪を乗せて振るいました。


「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」


 どれほど刺したのでしょうか。

 気がつくと、ドレミさんは腐り消え、地面が大きく削れていました。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 脱力感と言うのでしょうか。

 全身が鉛のように重く、動かせません。

 これはきっと虚無感のせいでしょう。

 ドレミさんを殺しても、胸に開いた穴は塞がりません。それどころか腐食し、穴は広がっていきます。

 あまりにも大きな喪失は、生存に必要な気力さえも奪っていく。


 もうどうでもいい。


 ふと【気高き令嬢ヌル・ローズ・サン・エピヌ】が目に入りました。

気高き令嬢(これ)】を使えば、翼さんと同じところへ……。

 いえ、無理ですわね。

 腐りきった魂が行くのは地獄。

 わたくしと翼さんの道は交わることはありません。


「あーあ、アイドルちゃん、殺しちゃったんだー。まぁ、いいんだけどー。だってお友達になったのになーんにも出来なそうだったから」


 目の前にゴスロリ姿をした魔法少女――赤音姫奈(あかねぴいな)さんが降り立ちました。

 発言からして、ドレミさんをゾンビに変えたのは姫奈(ぴいな)さんなのでしょう。

 彼女がここに来た理由。おそらくはわたくしをゾンビ――お友達とする為でしょう。

 ドレミさんの次は姫奈(ぴいな)さんの傀儡ですか。

 滑稽ですわね。死して尚、誰かの(てのひら)で踊らされ続けるなんて。

 罪を犯した者に相応しい末路なのかもしれません。

 ですが――


「残念ですが、貴方とお友達になることはありません。わたくしはここで終わりですわ」


 その末路を受け入れるつもりはありません。

 お母さまに褒められたいからではありません。お母さまにとって誇りある娘である為でもありません。これはせめてもの償い。

 許されるとは思いません。許されるはずがありません。


 それでも、少しでも翼さん(あなた)の隣にいられる人間でありたい。


 そんな我儘。

 もしも生まれ変わりがあるのならば、生まれ変わりを許されるのならば、わたくしは貴方を見つけます。

 そのときは、花園へ行きましょう。手を繋いで。今度は放しません。ずっと一緒に……。


「翼さん……」


 不思議と動いた手で【気高き令嬢ヌル・ローズ・サン・エピヌ】を胸元に当て、力いっぱい押し込みました。

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